第2話 ここにもあった

 顔を向けた笠井に、女中がなだめるような微笑を浮かべて、はにかんだ。

 この宿で働き始めて間もない女は、二十歳前後。

 世間的にはトウが立った行き遅れだと、揶揄される年齢なのだが、雛人形の女雛のような面立ちと、ほっそりとした体形と、可憐な声音が愛らしく、どこか少女めいている。


「こんなに素敵な恋愛小説をお書きになる先生が、机に向かってずっとうんうん唸っているなんて」


 それでいて、十歳近くも年上の男に対して自ら声をかけてくるきもの太さも備えている。

 畳に丸めて捨てられた原稿用紙を拾い上げ、女は膝を着いた腿の上で大切そうに一枚一枚開いて重ねた。

 

「どうするんだい? そんなもの」

「もしかしたら先生が、あの時書いたものの方が良かったと、思われるかもしれませんでしょ? そうした時のために取っておきます」

 

 からかった笠井に、女は丁寧に、洗濯物でも畳むようにしながら答える。

 笠井は笑みを消し去ると、伏し目になった女のキレイな横顔を、微動だにせず凝視した。

 

 ああ、そうか。

 ここにもあったと目だけを光らせ、諦めの境地に入り込む。


 自分が決して断ることができない案件。

 求められたら応えずにいられない性分しょうぶんうずき出す。まるでやまいか何かのように。

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