第4話 余計なお世話

「クマ撃ちのマタギの皆が猟に出ている頃ですから、銃声なんかも聞こえてくるかもしれませんけど、マタギの皆は一般の人が入れない急斜面や雪深い山の中しか歩きませんから大丈夫です。裏山の林道の入り口から、ゆるゆる登って行かれたら、一時間もかからないうちに山頂に着きますよ。見晴し台もありますし、今日のように天気のいい日は富士山だって見えますから」


 女中は、笠井と一緒に座敷を出てから、編集がつどう座敷とは逆方向へと廊下を進み、突き当り近くの引き戸を開けた。


 中に入ると急こう配の階段になっている。

 二階から一階まで降り切ると土間があり、藁草履わらぞうりやカンジキが置かれていた。


「良ければ毛足袋けたびを使ってください。かかとに滑り止めの、カモシカの爪が付いてますから、道に雪が残っていても暖かいですし、滑りません」


 女中は足首まですっぽりと、毛皮で覆ってしまえる見慣れぬ足袋を、笠井の為に土間に出す。

 おそらく土方どかた地下足袋じかたびに、毛皮が被せてあるのだろう。


 山高帽やまたかぼういきに被り、黒のフロックコートをまとった笠井は、内心悲鳴を上げていた。


 この都会の紳士然とした出で立ちの小説家に、そんな野蛮で野暮な足袋を履けと迫る女の親切心。

 雪山登山でもあるまいし。

 息抜きするなら、それこそステッキでも振り、雪解け水でぬかるんだ道はできるだけ避け、清涼な山の空気を吸うだけで、充分だったはずなのに。

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