第14話
「いやぁ~すごかったねぇ、風組の……梶くんだっけ? あの子は凄いよ」
上機嫌に笑う校長に煉獄二郎も「見事見事」と笑った。
「えっとですね……ええ、あの生徒は外見に問題はありますが、至って優秀な士道生徒でして……えっとですね、まあ今回の筆頭三年生の有力候補であることは間違いないかと思います」
風組担任の神田川教師は、俯きながらメガネをくいくいと直しながら自信があるのかないのかよくわからないが多分自信ありげに校長にいった。
そんな中で唯一機嫌の悪そうな顔を覗かせる人物がいた。それはこの巨漢の僧侶、神楽煙宗司である。
「まあまあそんなに機嫌悪くするな。お前の娘が進出枠に入れなかったのは、単純に日頃の鍛錬が足らなかっただけじゃぞい。後でお灸をすえればいいじゃないか」
「なにを言うかれんちゃん!(煉獄二郎のこと) 千代の鍛錬が足らなかった? 舐めたことを言うもんじゃありませんぞ!? うちの千代は神楽家でも始まって以来の……」
「始まって以来の……?」
【え、まさか始まって以来の逸材とか言う気とか?】と不安が過る煉獄二郎に対し、爺は興奮気味で続けた。
「可愛さですじゃ!」
「……あ、……うん……可愛さ……か……」
全く今の会話の流れから関係のない返事に煉獄二郎は戸惑い、宙を浮く相槌を打った。
現在、林組までの戦いが終わり次はエンジとハーレイがいる火組の対戦であった。
まずトップバッターを務めた風組は梶ヒロを筆頭に規定枠丁度の20名が勝ち残った。
ちなみにこの勝ち組に千代はおらず、爺はそれについて憂いていたようだ。
次に林組の戦いはまた大荒れで、小太郎と手下の3人、計4人が戦局を支配したと言っていい。小太郎の暴虐無人の立ち振る舞いにより、勝ち残り枠はまさかの12人。
規定枠よりも8名も少ない数となった。
『それでは火組の取り組の前に、現在までの成績を発表したいと思います!
1位は梶ヒロ先輩の121回! 次に田中太郎先輩の92回! そして3位に佐々木小太郎先輩の87回です!
歴代筆頭三年生の太鼓打数が……え? さ、300ぅ!?
……あ、すみません。とにかくそんな訳なので次の火組のハーレイ先輩、頑張ってください! え、ああ……はいはい、山組とハーレイ先輩以外の人達も頑張ってねー』
「お、おいなんだあの露骨なアナウンスは……」
まことのアナウンスに生徒達がざわついた。
「ハーレイって、あの北川ハーレイか? あいつって外国人じゃねーの」
「なんで山組の扱いがこんなにテキトーなんだ!」
飛び交う色々な意見はごもっともである。赤目まことが立派なアナウンスを出来ているかと問われれば、かなり私事に偏っていると言わざるを得ない。
だがまことの言動を止めるものは……なぜかいなかった。(というか教師たちは忙しいのでかまってられない)
「2位の田中太郎って誰だ?」
林組を除く各組がアナウンスで名の呼ばれた【田中太郎】なる人物に話題が集まった。
「聞いたことないよな」
そんな中1回戦が終わったばかりの林組の中で佐々木小太郎が身体を震わせていた。
「こ、小太郎さん……?」
ふるふると震える小太郎は子分Bの呼びかけに答えることなく踵を揺すりながら肩を震わせている。
「うー……」
唸る。
「うーうー…………!」
唸る。
「うがぁアアアアアアアアアアァァア!!」
噴火したように叫ぶ。
「わーまた佐々木が暴れたぞー!」
林組のほかの生徒達はまた騒ぐ。
「な・ん・で・お・れ・が……3位なんだァァアア!!」
お分かりの通り、彼はこの順位に納得がいっていないのだ。しかし、それはただ単に自分の順位に納得いっていないのではない。
「田中ぁ~~……」
「ひゃ、ひゃいっ!」
田中と呼ばれたその男に私は見覚えがある。活字なのでお気づきではないと思うので説明させて頂くと、この田中と言う男……普段は私に【子分A】と呼ばれている佐々木小太郎の子分の1人なのだ。
「ぬぁ~~んでテメェが俺を差し置いて2位とかになってんだァ!」
「ひぃぃ! ごめんなさい~」
ついでなので状況を説明しておこう。
林組の対戦時、小太郎は先頭に立ち太鼓に目がけて来る自分以外の生徒達を全員叩き伏せようと企んだのだ。
しかし、ジョニー襲撃事件に多勢を相手にした小太郎であっても戯刀でクラス全員を相手にするのは無理があったようで、それにはかなりの時間と労力を要した。
ということで、小太郎と3人の子分の4人で迎え打った訳だが、ちゃっかりと田中だけ抜け駆けをして太鼓を叩きに行ったのである。
そしてこの成績発表で始めてそれを知った小太郎の怒りが爆発した……というなんとも情けない話なのである。
「……にしても、あの梶とかいうヤロー121回とはやるじゃねェか。次の対戦は俺ら林組の勝ち組と風組の対戦だァ。この俺があのヤローをぶっ潰してやんよ」
頭に出来た大きなコブから煙を漂わせながら失神した田中を背に、小太郎は暫定1位の梶に対して対抗心を露わにしたのだった。
『火組のハーレイ先輩と他の人! それでは準備してください! はっじめますよぉ~~!』
まことのアナウンスに開始戦の前で構えるエンジは隣に居るハーレイを見てにやりと笑った。
「な、なんだよエンジ……。エンジまで赤目さんの言うことに反応しているのかい」
完全に名指しで応援されているハーレイは頬を少し赤らめ、エンジに文句を吐いた。
「違うってハーレイ! ……ありがとな、お前のおかげで今日こいつら全員を見返してやれるぜ」
これまでの修行で確かな手ごたえを感じていたエンジは、スタートコール直前のハーレイに感謝の言葉を告げた。
ハーレイは赤らめた頬を更に濃い色に染めると、照れ臭そうに「エンジの実力なら当然だろ。期待してるからね、エンジが筆頭になるのを」と言った。
「なに言ってやがる、狼煙(のろし)が上がりゃお前は俺の最大のライバルだ! 手加減しねーぞ! だからお前も手加減すんな!」
「……分かったよ」
ハーレイとエンジが同時に目の先に待ち構える大太鼓を見据えた時、まことのスタートコールがスピーカーからこだました。
『情ケ無用! 始めぇええええ!!』
戯刀を左手に掴み、エンジをはじめとした火組全生徒が太鼓目がけて猛り狂う獅子の如く疾走してゆく。
「えんとーさいさまぁあああ! ガ・ン・バ! ガ・ン・バ!」
一方、千代が外野の最前列を陣取り小さな旗を振りながら応援していた。
「(ふふふ……愛する主への応援ならばこの千代も負けませんよ。赤目まこと、愛の強さを思い知るがいいです!)」
一際目立つ応援にテントから覗いていた爺は、目頭をハンカチで拭い「坊の応援に専念するためにわざと脱落するとは神楽の鏡よ……」としくしくと嗚咽を漏らした。
両隣に座る校長と煉獄二郎は(絶対違うと思うけどなぁ……)と思いつつもそれを声に出しはしなかったのは語らないでおこう。
『ハーレイ先輩頑張れー! 愛してるー! まことを好きにしてー!』
スピーカーからまことの露骨な応援が響く。それを聞いた千代は絶句せざるを得ない。
「な……んだ……と……!?」
『ハーレイ様ぁ~! キャー! 子宮が震える~~!』
千代は近くに居た神田川教師に「ちょっと神田川先生! あ、あれはいくらなんでも赦されるべき行為ではないのではないでしょうか! あのような蛮行が赦されるのならばこの士道学苑は~うんだらかんだら」とここでその全文を晒すのも面倒なほど抗議をしたが、それは受け入れられることはなかった。(ちゃんとまことも他の先生に注意されて自粛したので問題ナッシング)
「だぁあらああああ!!」
乱れ太鼓という行事は、とにかく多く太鼓を叩いたものが勝つというシンプル且つ荒々しい行事である。それゆえ各生徒はこの日に向けて戦略を練り挑む。
例えば先ほどの小太郎戦のように、仲間と徒党を組み挑むものもいれば、エンジや梶のように孤軍奮闘で挑むものも当然いる。
だが結局は太鼓をいかに多く叩くかにかかっているので、最低限の戦略は必要となるのだ。この戦略とは、大きく分けると2つに分かれ、まず太鼓まで辿り着いてから叩きながら敵と応戦するか、敵と戦うことに力を注がずかいくぐりながらコンスタントに叩くかである。
奇しくもエンジとハーレイはこの両極の戦略をとった。
エンジは前者の敵を倒しつつも太鼓を叩くという強引な手法。ハーレイは敵の網をかいくぐりながら戦わずして太鼓を叩く。
だがこの火組の対戦、大きな誤算はエンジの成長にあった。
誰もが先のエンジ敗北事件をもって、改めて【戯刀を持つエンジは無力】だと決めつけていたのだ。それによりエンジが開戦直前にハーレイに言った「見返してやる」という発言は現実のものとなる。
「おらぁ! がぁ! ……おら、かかってこいバーロー!」
前後左右の敵を払いながらエンジは太鼓を叩く。ドォン、ドォン、という景気のいい音が響くたびに戯刀の柄に内蔵された鼓舞カウントが上がってゆく。
「おい、話が違うじゃん! なんで帆村が戯刀であんなに強いわけ!?」
混乱する生徒が喧騒に包まれる太鼓周辺で喉を枯らして叫ぶ。
「お前らが成長しねーからだよ!」
エンジの左手に持った鞘がその右から襲う戯刀を受け止め、ぐるりと回転しつつその相手を飛ばしながら勢いのままもう一撃太鼓を叩く。
「おーこれはこれは……火組というだけあって激しい乱戦じゃな」
煉獄二郎が巻き起こる砂埃で見づらい太鼓周辺を、目を凝らしながら話した。
「さぁて、火組の問題児……せじ坊の秘蔵っ子の帆村エンジくんは勝ちあがってくるかね」
校長は愉快そうに手を叩き、観戦を楽しんでいる様子だった。
「ふむぅ……うちの坊は炎灯齊以外の刀はからっきしですからのぉ……。善戦してくれるに越したことは無いが……身の丈は弁えてもらいたいものです」
そうは言いつつも少し心配そうな面持ちで爺は言う。
「……」
「君はどう思うかね。珠城くん」
椅子を立とうとした桐乃を煉獄二郎の声が引き留めた。
「さぁ、どうだか……」
観念した様子でもう一度座り直す桐乃は小さく舌を打った。
「(大人しく役目を全うするしかなさそうだな。食えないジジイどもめ)」
「えんとーさいさまああああ! がむばれーーーー!」
声の限り叫ぶ千代。答えるように鼓舞カウントを増やすエンジは、他の生徒の追随を許さなかった。
一方エンジの反対側の太鼓では、全く違う光景があった。
エンジサイドの太鼓ではエンジがその場を陣取り、近寄る生徒を迎え撃つ……まさしく太鼓芸を披露する芸人の様相を浮かばせていたが、反対側では逆に大量の生徒が団子のように詰め寄り、我は我はと場を奪い合っていた。
「うー……ハーレイ先輩はいずこ……」
そんな中ですっかりハーレイを見失っていたまことは、目を見開き夢中でハーレイの姿を探すが見つからない。余りにも必死で探している目に、砂埃が辿りつき乾いた眼からは涙がちらほらと光った。
「ほほー……すごい生徒がいたもんだね」
「帆村エンジのことでしょうか? 全く……やはり問題児は問題児であるというか……」
校長にプログラムの若干の修正を告げにきたやしろは校長の呟いた言葉に乗り、意見を述べた。
「ん? 帆村くん? ああ、違う違う」
「違う……? では誰のことを仰っておられるのですか? 火組で能力が高い生徒といえば帆村を他にいないはずですが」
「まあね。けれど、刀を持たなければ誰よりも優れているって場合も稀だけどあるんだよ」
「はあ……」
「火組の成績が出ればわかるよ」
校長は笑って菓子をやしろに渡した。
「(すっげーおっぱいだな)」
『それまでぇっっ!!』
対戦終了のアナウンスが響き、怒号と太鼓の音が飛び交う砂の霧が次第に晴れやかになってゆく。そして、晴れた左側の太鼓にエンジが立つ姿があった。
「かっ! やァっぱりあのヤローが残ったか!」
小太郎が戯刀を台に前のめりでその光景に騒いだ。
そしてもう片方の太鼓にはさきほどと変わらずくんずほぐれつの様相が露わになる。
「えらく極端だね」
現在のトップである風組の梶も呟く。
『では火組の生徒みなさん、速やかに退場してくださー……い』
ハーレイを見つけることが出来なかったまことのアナウンスは心なしか元気がない。露骨なテンションダウンを聞き分けた生徒たちは苦笑いをするしかなかった。
「うひょひょひょひょひょ! 残念無念でござぁますよねぇ~!」
千代だけはなぜか楽しそうだ。
「ハーレイ、おいハーレイ!」
エンジは太鼓台から飛び降りると姿の見えないハーレイを探した。
「エンジ……こっちだよ……」
キョロキョロと周りを見渡したエンジは微かに聞こえたハーレイの声に反応し、「どこだ!?」と更に探すがいない。
「こっち……こっちだよ……」
声を頼りに反対側の太鼓に近づくと「助けてー」と籠った声が団子のように重なった生徒達の底から聞こえてきた。
「うおっ! お前そこにいんのか!?」
一瞬、それを見て『なんでこんな状態になってんだ』と思ったがエンジは人を押しのけ、ハーレイの腕をつかむと力任せに引っ張りだした。
すぽんっという音が聞こえそうなほど綺麗に山から飛び出したハーレイは、「うう、重かった……」と言いながら照れ臭そうに笑う。
「一体どういう状況だよこれ」
エンジが目の前の人の山を見上げていると、教師たちがその場を整理しに駆け寄ってきた。
「エンジがそっちに居るから誰もそっちの太鼓に近づけなかったからさ、そうなるとやっぱりこっちに集中するよね。で、一つの場所に人が集中した結果おしくらまんじゅうみたいになっちゃって……」
教師が「おら、邪魔だからどけ」とエンジとハーレイを払う。二人は素直に従い太鼓から離れがてら会話を続けた。
「でもエンジは誰がどう見ても勝ち組だね」
「ああ、多分な。お前のおかげさハーレイ。……で、お前のほうはどうだ?」
エンジの問いにハーレイはため息を吐きながら首を横に振った。
「精一杯頑張ったんだけどね。とても自信ないよ」
「そうか……くそぉ! 一緒に勝ち残りたかったぜ!」
ハーレイが「ありがとう」と笑いエンジの肩を叩き健闘に激励を表した。
『続いては1回戦最終組の対戦です! 山組のみなさん! 気合い入れちゃってくださいよー!』
テントからハーレイの姿を確認してテンションが戻ったらしいまことは再びアナウンスに力を入れた。それが聞いている人に対し露骨に伝わってくると、不思議なことに誰もがまことのアナウンスに慣れてきた。
あろうことか数人の生徒からは「いえー!」だとか「おー!」とかの反応が返ってくるようになり、当然まことのテンションはうなぎ登りに上がる一辺倒である。
『うきゃー! じゃあみんな興奮しすぎて【自主規制】したり【自主規制】したりしちゃ……もごご!』
流石にこれには武力行使が入ったようだ。
山組といえば、緋陀里が所属するクラスである。他の3組と若干ではあるが大人しい勢いで開戦したが、問題児リストに入っている緋陀里はトレードマークのヘッドフォンで音楽を聴いている様子で小刻みにリズムを取りながらゆっくりと太鼓に向かっていった。
先行して太鼓に向かう生徒達の背中を見送り、歩いてゆく緋陀里はすぐに最後尾となり見ているものを困惑させる。
「なにやってんだあいつ、もしかしてヤル気ねぇの?」
そんな声が外野から零れる中、渦中のグラウンド中央、太鼓の周りでは異変が起こり始めていた。
両サイドの太鼓台を数人の生徒が徒党を組み占拠したのである。
無論、そんなことはお構いなしに他の生徒は太鼓に向かうがこの占拠した生徒は道をあけることはなく、だが戦うことも叩くこともせずにただそこを占拠した。
よく見ると占拠している生徒達は誰もが緋陀里と同じヘッドフォンを身につけている。
「なんだよおい! どけよお前ら!」
詰め寄る生徒の攻撃を躱したり、受け止めたりしながら頑なにその場を守る生徒に場が異様な空気に包まれた。一触即発、まさにそんな雰囲気だ。
そんな中、ゆっくりと歩いてやってきた緋陀里はだらしなく腰から下げた戯刀を抜くと、鞘で刀身を叩き振動させた。その瞬間、キィーンとなんとも言えない甲高い音が太鼓の周りに広がり、一瞬場が止まった。
「はい、お疲れさん」
太鼓周りを占拠した生徒と緋陀里を除く生徒が次々と倒れていく。それを無視しながら相変わらず緋陀里はゆっくりと歩きながら太鼓へと近寄っていく。
「な、なんだよ……なにが起こった!?」
外野は現場でなにが起こったのかまるで理解が出来ないでいた。
「なにか仕掛けをしたね。あの子」
「これは……士道に反する! 士道を侮辱する行為じゃあるまいか!」
煉獄二郎が立ち上がり憤りをまき散らし、隣の爺は煉獄二郎の唾を防ぐのに裾をまくって頭を守った。
「校長! これは流石に反則でしょう!」
血相を変えてやしろが校長に喰ってかかるが校長は「まあまあ」といつものようにニコニコしながら宥め、その様子にやしろは信じられないといった様子で校長を見るしかなかった。
「Hey、yo! Ready go!」
太鼓台に上がった緋陀里の掛け声で彼らは一斉に太鼓を叩き、それを妨害する生徒はただ1人としていなかった。
「誤解するのも無理はないけどね、これは反則じゃないよ。れっきとした刃通力の応用と知恵を使った戦法……いや、兵法だと言っていい。う~ん、やっぱり面白いね今年の三年生は」
どんどこと好きに太鼓を叩く緋陀里たちを外野の生徒達は唖然と見つめるしかなかった。
何故なら誰も状況が理解出来ておらず、整理すらもつかないからである。
「あれが兵法じゃとぉ~!? 馬鹿も休み休み言えい! 東!」
「まぁまぁれんちゃん、落ち着きな。この後もあるんだから、この次もその次もこれが通用すると思う?」
煉獄二郎は校長に言われ「うむぅ……」と閉口し、この後の対戦に期待したのか黙って座った。
「ま、同じ戦法を使うような子だと思えないけどね……」
東校長はそれがルール違反でないという確信があった。でなければこの規則とルールに厳しい士道学苑の伝統行事でそれを行うメリットがないからだ。
緋陀里は反則でないギリギリのことを刃通力とアイディアでやり遂げたのである。
「まぁ、検証は後日でいいでしょ」
東校長はあっけらかんと笑い、ほうじ茶のおかわりをやしろに頼んだ。(断られた)
『それでは1回戦、全てのクラスの対戦が終わったところで現在までの成績を発表しまぁ~す!』
山組の対戦が終わり、4クラス全てを含んだ成績の発表を行おうと、まことのアナウンスが元気よく響いた。
それを聞く生徒の誰もが先ほどの山組の様子から1~3位を独占しているのだと確信していたからだ。先ほどの対戦の内容も、成績の内容もこれ以上詰まらないものはない。
溜息があちこちから漏れ、次の対戦を早く望む(主に小太郎とか)の声も上がった。
『え~……と……え! マジ?! これ本当ですか!?』
1位を発表しようとするまことの慌てた声がそのままスピーカーから流れ、その慌てた様子に生徒たちは聞くのを嫌がった耳を傾ける。
当然、1位であると確信している余裕の様子の緋陀里もぴくりとそれに反応し、耳を傾けつつ「太鼓叩きすぎたかぁ?」と仲間と笑った。
『正しいんですね……じゃ、じゃあ発表します! 現在の乱れ太鼓鼓舞回数1位は……』
まことの普通ではない様子に、ざわついていた生徒達も静かに耳を澄ます。
小太郎やエンジ、ハーレイに梶、そして緋陀里。この一瞬だけは誰もが同じく沈黙でそれを見守っていた。
『鼓舞回数235回! 北川ハーレイ!』
「はぁあ!?」
誰よりも一番大きな声で驚いたのは無論、緋陀里本人である。
一方のハーレイは自分が呼ばれたことの現実感が沸かずただ立ち尽くしていた。
「すっっっっっっげぇぇえええええええ!!!!」
瞳の中に宇宙の星々を蓄え、文字通り少年のような純粋な反応でエンジはハーレイに詰め寄った。
「いや……なにかの間違いだと思うけどなぁ……」
苦笑するハーレイに対し、エンジはぶんぶんと顔を横に振ると居てもたってもいられない様子で足をばたつかせる。さながらその姿はエリマキトカゲがアフリカの草原を走り抜ける様のようだ。
「間違いなわけねえって! な、な? どうやったんだよハーレイ!」
その後発表された鼓舞回数ランキングは、2位が緋陀里の201回、次に彼の手下たちがそれぞれ200を割るくらいの回数だった。数字だけ見ても分かるように、あれだけ圧倒的な展開を見せた緋陀里よりも30回以上も離す断トツの結果といっていいだろう。
アナウンスで発表されたとき、学苑中の生徒が驚きの声を上げた。その驚きの歓声の中で滲み出そうな敵意を燃やす緋陀里がいた。その瞳からはエンジと話すハーレイに向け、螺旋を描く光線にも似た紫色の悪意を放っている。
そんな緋陀里の視線を知ってか知らずか、ハーレイはエンジにこう返した。
「いや、そっちの太鼓をエンジが独占してたからさ、僕は反対側に行ったんだよ。するとラッキーなことに僕が辿り着いた時には誰もいなかったんだ。エンジはみんなに【戯刀は無能】だと思われていたおかげで誰もが疑わずにエンジの太鼓に雪崩れ込んだから、僕はその間に太鼓を打つことが出来たんだ。だから君のおかげさ、エンジ」
エンジは納得がいかないとまた激しく首を振った。このままの激しさとスピードであと30分ほど振り続けたら空でも飛べるのではないかというほどの激しさであった。
「それだけでそんな235回も叩けるわけねーだろ! 確かに最初はどいつもこいつも俺のとこに集中したけど、ちょっとしたらすぐにそっちに方向変えた奴らも多かったぜ。現に終わった直後、お前んところは連中が団子状態になってたじゃねーか」
首を振って空を飛べるとは考えもしなかったエンジは、さらにハーレイに言及する。
ハーレイは困ったな、という顔で笑うと渋々語り始めた。
「こんなこと言うと誤解を生むかもだけど……僕、士道は全然ダメダメだけど他のスポーツは人並みには出来るんだよね。
今回は戯刀を使うとは言っても、仕合として使うんじゃなくて太鼓を叩くための道具として使うってことだから……多分、スポーツとして身体を動かせたと思うんだ」
「スポーツとして……? へぇ~」
あんまりよく分かっていない顔でエンジは感心した。
「はは……だよね。わかんないよね、実際僕もよくわかってないんだけど迫ってくる人を迎え撃つんじゃなくて、避けながら太鼓を叩いただけなんだ。信じてくれないかもしれないけど、本当にそれだけなんだ」
相変わらずハーレイは自信なさげに語った。だが逆にエンジの表情は明るく、回数の上では遥かにハーレイに凌駕されているというのになぜか嬉しそうだ。
「エンジ、嬉しそうだね」
「ああ、俺は嬉しい。ようやくみんながお前のすごさを分かったのかって思ってな!」
ハーレイはその言葉に一瞬涙ぐみそうになった。いつもは自分が圧倒されてばかりなのに、エンジはそんな自分が大差をつけて勝ったにも関わらずそれに憤ることもなくただ純粋に、自分のことで喜ぶように笑ったのだ。
それほどまでに純真。それほどまでに自分を友として認めてくれた。
だが実のところ、ハーレイの胸の内では不安が支配していた。アナウンスで自分が一位であると発表された直後、彼には歓喜の感情よりも先に『エンジに嫌われたらどうしよう』という気持ちが沸き起こったのだ。
エンジを応援し、特訓までしたのに自分が勝ってしまった。そんな自分にエンジは他の人間と同じく敵意を向けるのではないか。
そして、エンジも他の人間と同じく自分を蔑むのでは……と。
だがエンジは違った。眩いばかりの笑顔で、自分を1人の友としてただ対等に、そして尊敬し、称えてくれる。だから、ハーレイはどんなに敵を生んでもこの男とだけはずっと一緒にいよう。そう思ったのだ。
「ってことはさ、お前の周りに出来た人団子って……」
「あれは僕に向かってくる人達を避け続けていたら勝手に出来たものさ。僕は太鼓を叩くのに必死で背後のことまで気にしてなかったから、その山が崩れて埋もれてしまってから初めて気付いたんだ。そしてもがいている内に終了の合図がなっちゃって……」
ハーレイが苦笑いをすると、エンジも一緒に笑った。
「ちょいと待ちくださいましハーレイ様」
「うおおぅ!?」
ハーレイとエンジの間に人の隙間をぬって千代がにょっきりと現れた。
「お、お前は妖怪かよ! 妖怪まゆゲルゲ!」
「誰がまゆゲルゲかっ!(エンジに目つぶし)」
「ぎゃあ!」
「ち、千代……どうしたんだい? なにか気になったことでも?」
両目を押さえゴロゴロと痛みに転げ回るエンジを余所に、急に割って入ってきた千代に言葉の意味を問うた。
「ハーレイ様は今えんとーさい様に『もがいている内に終了の合図がなった』とおっしゃいましたね!?」
「う、うん……そうだけど。すごく重くて身動き取れなかったんだよ」
ハハハと笑うハーレイの口を抑え、千代はハーレイの顔を見詰めた。
「……ち、千代?」
千代の眼力に気圧され、ハーレイは後ずさりしたが、それとは少し違う感情で胸が高鳴った。ハーレイはエンジのように鈍感ではない。それ故に自分のこの高鳴りの正体がなんであるかを知っていた。だが、それは決して抱いてはいけない感情である。
だからハーレイは、自分の顔……特に頬の色が変わっていないかばかりを気にした。
「やはり。ハーレイ様、つまりそれは【団子に押しつぶされなければまだ叩けていた】という意味に取って間違いございませんね?」
ゴロゴロと痛みに転がるエンジの動きがピタリと止まった。そして、体勢を立て直し再びハーレイの前に身体を向けると
「マジかハーレイ」
と真剣な目つきで確かめた。
「エンジ……目、真っ赤だけど……」
「大丈夫だ」
「そう……」
2人に詰め寄られたハーレイは少し深く息を吸い、吐くとこれまた自信の無さそうにまゆをくしゃりと潰すと
「うん……確かにあのままなにもなければまだ叩けていたけど……でも大した数じゃないと思うよ」
「ハーレイ様! 貴方様は分かっておいででないようですので、僭越ながら千代が申します! 235回というのはその時点でとんでもない数なのでございます!
歴代最高鼓舞回数は300回越え。細かい数字を言えば312回でございます!
しかもこの歴代史上記録を出したのはどなたかご存知でしょうか?」
「はっはぁ~ん分かったぜ! うちのじいちゃんだな!」
「違うです」
「じゃあ、校長だな!」
「違うです」
「じゃあ爺か!」
「ちょっと黙れと言いたい気持ちを制していることをお察し頂いた上で、静かにして頂いてよろしいでしょうか。えんとーさいさま」
エンジは三角座りで拗ねた。
「乱れ太鼓史上最高記録である312回を叩きだしたのは誰であろう、士道の至宝である『百虎・風馬神雷』その人なのでございます!」
「じ、神雷!?」
「百虎を除いた最高鼓舞記録は264回。この回数は、ハーレイ様があのまま叩いていたなら裕に超えることの出来た回数かと存じます」
「そんな~おおげさな……」
千代の大きな目がハーレイを見詰め続ける。ハーレイはその瞳から逃れられない自分に苛立ちを覚えながらも、ずっと見つめられていたいという逆の感情を混在させる。彼にとってこれも初めての経験であった。
「大袈裟ではございません! ハーレイ様、ここでもし百虎の記録を塗り替えるようなことがあれば……大いにチャンスでございます!
これまでの汚名を返上し、純粋な帝國人にも勝る名誉を手にするのです!」
千代がそこまで言って、エンジもようやく事の重大さに気が付いた。
「そうか……! そうだよ! おい、ハーレイ! お前、チャンスだぜ!」
エンジがまた心底嬉しそうな顔ではしゃぐ。
ハーレイはそんな友の顔を交互に見て何かを決心した男の顔つきに変わった。
「そうだね……エンジもジョニー事件で自分自身に打ち勝ったんだもんね……。僕も負けてはいられない……!」
ハーレイが強く頷いた時、黒い悪意を抱いた緋陀里が人混みに紛れてその隙間から園児ら3人を見詰めていた。
「……とんだ茶番じゃん。偽帝國人のクセしやがって……オレがお前のナンバーを止めてやる。覚悟しとけ、YO」
YO、が必要だったのかどうかはさて置き、そう独り言をつぶやくと緋陀里は下がった。
「う~む、なるほど……わしらが見抜けんとはのう」
「いやいや、老兵が3人も揃って誠に情けないかぎりですな」
爺さん3人組(G3)は先ほどの火組の取り組みをモニターで再度確認しながら映し出された光景に唸った。
確かによくよく見ればちゃんと記録されている。エンジに注目し過ぎた余り誰もがその存在に気が付かなかったのだ。
映像に映し出されたのは、カメラが捉えられるかどうかギリギリの速さでハーレイが背後から迫りくる生徒達を避けながらひたすら休みなく太鼓を打つ姿であった。
映像ではハーレイの背後に人だかりが生まれ、それがどんどん積み上がってゆく過程が記録されていた。その人間離れした動きにG3は誰もが息を飲んだのだ。
「彼だけは問題ではない……なんて誰が言ったの?」
「い、いえ……素行は決して悪くありませんし、彼は常に被害者の立場ですので……問題児リストに乗せるのは適当ではないかと判断したまででして……」
「この子のこの能力には気付かなかった、と」
「はい……。運動測定でも至って平凡な数値ですし、彼の身体能力がこれほど高いとは……」
校長に詰められるやしろは、なにも間違ったことは言っていなかった。誰もハーレイのことをマークしていかったからだ。
過去にハーレイは運動測定や体育訓練の際に常人離れした記録を出したが、教師サイドがその数値を信用せず、語測定として数値を修正していたのだ。
それにより紙面上、ハーレイはごく一般的な平凡な生徒だとされていた。
だがしかし、いくら数値の修正が行われていたからといって全ての測定値を修正するわけにはいかない。いくつかの測定で突出した数値を出していたハーレイだったが、一年の時に行われた測定で本当の値を出すと自分にとって不利になると察したハーレイは、それ以降の測定ではある程度のセーブをしていたのだった。
結果、やしろを含む彼の測定数値に目を通した教師たちには【北川ハーレイの一年生時の時にはなんらかの不備があり、本来の数値は2年生以降の数値を参考とす】というように映った……というわけだ。
「情けないねぇ……この伝統ある士道学苑に勤めている誇り高き教師たちが悪しき固定観念によってその本質を見抜けないとは……。ま、これも時代かね」
「す、すみません」
「(すっげーくびれだな)あ、いやいや! なにも杜永先生だけに言っているんじゃないんだよ! これからは彼に対する見方を変えてくれればいいってだけだから!
…………けど、この乱れ太鼓」
校長は老眼の為モニターに至近距離と言ってもいいほど近寄ってかじりつく二人の隙間から映像を見下し、そこに映るハーレイに向かって言った。
「この子の登場で随分荒れそうだね」
普段はニコニコと笑うばかりの校長が、この時ばかりは何故か笑うことはなかった。
===
『さ~あお待ちかねの第二回戦! 風組から勝ち抜いた20名と、林組から勝ち抜いた18名の総当たり戦! ここで勝ち上がった15名ほどが決勝に進みます!
じゃ~あ、張り切っていってみよー!』
まことの元気なアナウンスで第二戦が開幕した。
クラス対抗ではなくあくまで個人戦のはずだが、何故か風組と林組は睨み合っていた。
「お前んとこの娘……」
「うるさいですぞ、れんちゃん」
「この対戦はなんといっても地味に出番が一番少なかった梶くんと、自己主張しきれなかった燕塾の八代目・佐々木くんが見所だねー」
校長がそれを言い終わるタイミングでまことが大きく息を吸った。
『それではぁ~……情ケ無用! 始めぇええええ!』
「ワアアアアアッっ!!」
一斉に駆けだす人の波から一つ飛び出す背の高い影、それは言わずと知れた……
「ごゥォらァ! 俺が世紀の剣豪佐々木小太郎だァ!」
「おおー主張してきたねー」
校長がはしゃぐ。
大勢の軍勢の前で先ほどで同じく3人の手下が小太郎の前に立ち戯刀を構えた。
「てめェら雑魚には興味ねェってんだァ! 俺の獲物は梶ィ~! てめェだァ!
出てきやがれ!!」
小太郎の前に立つ三人は迫りくる軍勢に立ちはだかり小太郎は梶を名指しで呼び出しその登場を待った。
軍勢に紛れて一つの影が小太郎の前で止まった。言わずもがな梶である。
「わざわざ俺を指名とは……光栄だね燕塾八代目」
「かっ! くっだらねェ、その名で呼ぶんじゃねェ! 俺は大剣豪(予定)佐々木小太郎様だァ! 戯刀でも俺の天下だってことをここで一発てめェらにも思い知らせてやんぜェ!」
抜いた戯刀を両手で握り顔の横に刃を並べて構える小太郎は、挑戦的に見開いた眼で梶を誘った。
「やれやれ……、抜かれてしまったけど俺は俺で自己記録に挑戦しようと思っていたのにな」
リーゼントをキュキュッと整え、傷だらけの腕を突き出し士道の手本のような美しい構えを取った。
「けっ、そのツラで教科書通りの構えたァ変態道一直線だな! 残念だが時間もねェし、この後は帆村の野郎ォとケリつけなきゃなんでよォ! さっさとリタイヤしてもらうぜ!」
一直線に梶に向かって迫りくる小太郎を警戒しつつも梶は、
「この風貌で悪かったな。これでもプロ士道の士を志しているんだ。それまでは俺も負けられない! 例えお遊びでもなぁ!」
横腹に振り抜く小太郎の刀身を、鉄を擦り合わせるような音を鳴らし自分の刀身をぶつけると、お互いの立ち位置が入れ替わり、二人とも即座に相手に向き直り、笑った。
「いいねぇ……これぞ仕合だァ……。だが、こんなもんは……帆村との死合に比べりゃままごと同然だァ!」
長身の小太郎は意外にも低く前傾姿勢の体勢で梶に向かい地を蹴った。
「言動は綺麗とは言えないのに、仕合のスタイルは正統派とは……面白い!」
「テメェの誰でも分かる士道入門と一緒にすんなぁ!」
砂埃を打ち消すかのようなギィンという金属音を炸裂させ、両社は戯刀を振り抜いたままの姿勢で静止した。
先に動いたのは小太郎だった。
小太郎は自分に対し背を向けたままの梶を横切り、真っ直ぐ太鼓へと走り去って行った。
「馬鹿……な、これほど……」
梶が前のめりに倒れ、彼の後ろから太鼓に向かう人間はもう誰もいない。
「……やっぱくそつまんねェー。こいつが物干し竿だったら確実に死んでたなありゃ」
ほんのついさっきまで戦いの空気に笑みを浮かべていた小太郎だったがその表情は不機嫌の色に染まっていた。彼が考えるよりも実力差が開きすぎていたからである。
「ちっくしょぉお! 戯刀同士ならもうちっとオモシレー勝負できるかと思ってのによォオオ!」
半ばキレ気味で小太郎は子分たちが守る太鼓へと駆けて行った。
『第2戦風・林組、結果発表!』
「おおっ、2戦目からは取組ごとにカウント数発表するのか!」
わくわくと背中や肩から音を出しながらエンジははしゃいだ。当然、気になるのは小太郎の鼓舞カウントである。
『一位は……田中太郎 72回!』
ずこーーーっっ!!
その直後、林組の方から間抜けなずっこけ音が聞こえた。無論、音の主は小太郎である。
「くく、くくく……さぁお前ら御立合い……これから愉快な殺人ショーが始まるぜェ~……」
「こ、ここ、小太郎さん……か、堪忍やで……堪忍やぁ~……どうしてもさっきの感覚をもう一度味わいたくて……堪忍……」
ズバッ
「ぶへらっ!」
2位は小太郎であったとさ。
『ハーレイ先輩、まことの寮の部屋は2101室です……。いつもは春ちゃんと優ちゃん、真理ちゃんと一緒に居るんだけど……今夜は無理言って彼女たちには他のお部屋で泊まってもらうので……その、私を【自主規制】して【自主規制】……』
まことのアナウンスの後ろで「やめなさい」とか「いい加減にしろ」やら「こいつは確実に人選ミスだ!」とかという声が聞こえ、一旦途中でアナウンスが止まる。
『……え~ちゃんとやらないとマジで今からでも降りてもらうとかパワハラを受けたので、しゃーなし普通に進めますねぇ~……』
「うっわぁ……あからさまなヤル気ない感じ……」
と大多数の生徒が同じ感想を抱いた。
『次は(ハーレイ先輩の)火組と! (ハーレイ先輩以外の)山組の取り組みです!』
まことのしゃーなし感が充満し、酸い匂いを醸し出しているアナウンスがまるで耳に入っていない当の本人、ハーレイはエンジと隣り合わせで開始の合図を待っていた。
「山組……緋陀里の野郎ぉのクラスだよな……。ハーレイ、さっきのわけわかんねー手品の正体わかったかよ?」
今にも開始のコールが放たれそうなこの時にエンジはさきほど緋陀里が見せた非常識な戦法が気になった。力ずくで場を制圧するタイプのエンジと、策を練って最小限の労力で支配する緋陀里とではあまりにも水と油ではないかと、流石のエンジ自身も感じたのだ。
「大丈夫だよエンジ。緋陀里くんは同じ戦法は多分使わない。さすがに対策されるかも知れないし、教師陣からも確実に目を付けられているはずだから。いくらあれが反則でなくても同じ手法は取らないと思う。あくまであれは僕たち勝ち残り組に向けた威嚇の意味以外のなんでもない。むしろ今回気を付けるのは、別のこと……」
エンジはハーレイを見ながら心底この男の頭の良さに感心をしていた。こんなにも自分に持たないものを持っている友にある種の羨望のようなものさえ抱いていたのだ。
「別のことって、メシのことか?」
「え? いやいやご飯じゃなくて……今回の戦法のことだよ。予想もつかないからさ」
「ああ、そうかメシが予想つかない……」
なんのこっちゃ。
「とにかく、俺にはあの野郎の考えてることを読むなんて無理だ。勝ち抜けのことを考えるんだったらお前とチームを組むのが一番だと思うんだけどな、どうだ」
「チーム?」
「ああ、好きなように俺を使ってくれ! それで一緒に決勝に行こうぜ!」
親指を立てエンジは不敵な笑顔を浮かべた。
「……やれやれ、何か企んでそうな笑い方をするくせにその中身はなんにも考えてないんだもんなぁ」
「なんだ? お前今俺のこと馬鹿にしただろ?」
「滅相もない!」
ハーレイはいつものように笑うと、ひとつ大きく息を吸い込んで太鼓を睨んだ。
「……わかった。じゃあ、僕に任せて!」
強い言葉を普段使うことのないハーレイが自ら進んで言葉を選んだ。『僕に任せて!』などという強いニュアンスを含んだ言葉をこれまでハーレイの口から聞いたことがあっただろうか。
『情ケ無用! ……始めぇえ!』
スタートコールで一斉に猛ける生徒達は、ある光景を目にして皆立ち止まった。
これまでの取り組みと同じように我先にと争う様が予想されて居ただけにやや後続で様子を見るつもりだったハーレイは怪訝に思う。
「なんだぁ?」
当然、エンジも止まる背中に何事かと首を傾げた。ハーレイと共に立ち止まる背中をかき分けて見ると、生徒達の前に立ちはだかる緋陀里とその仲間。
緋陀里の両隣に2人ずつ、計5人で太鼓に向かう人並みを塞き止めて見せたのだ。
「HEY、お前ら……ここから先には通れねーZO」
本当ならば、特に手練れとは評判のない緋陀里達ではその人波を止められるはずもない。
だが、先の緋陀里が見せた予測不能の戦法が皆を牽制していた。だからこその制止であった。
当然、それは緋陀里にとっても計算済みであったことは、この場では語るるに落ちると言ったところだろう。
「いやいや、さっきの俺が見せたパーティーはどうだったかな? ああ、別に横切ってくれていいんだぜ。別にお前らを止めたいわけじゃねーからYO」
そうは言うが緋陀里と仲間の見えない壁を突破しようとする者はいなかった。それよりも緋陀里の一挙一動に注目し、自分は術にハマるまいと警戒している。
そして緋陀里の両隣の仲間たちがヘッドフォンを耳に当て直すと、おもむろに戯刀を抜く。
「……そうか!」
その様子を皆と共に凝視していたハーレイがなにかに気付き叫んだ。
突然横で叫ばれたエンジは驚きから肩を鳴らすとハァハァと息を荒くさせハーレイを強く責めた。
「なんだよ! びっくりして朝食ったパンダクラッカーが飛び出そうになったじゃねえか!」
「エンジ、走るよ!」
「は?」
「早く!」
エンジが理解するより早くハーレイは飛び出した。
「お、おい! ハーレイ!」
「みんなも早く突破するんだ!」
ハーレイは駆けながらも後ろで立ち止まっている生徒達に言うが、その声に誰も耳を傾けない。それは緋陀里に対する畏れと、ハーレイに対する疑心からであった。
「おっと、こっから先は通さないZE。この売国ヤロー」
緋陀里の仲間がハーレイの前に塞がり戯刀を構え、ハーレイの挙動をせせら笑いながら見守った。
「……!」
ハーレイが戯刀と言えど仕合で勝てるはずもない。それは悲しいくらいに彼自身が分かっていた。だからこそこんな子供だましの壁すらも自分の力では突破……
「どけぇ!」
気持ちの良い乾いた炸裂音を放ちエンジの一振りが仲間を弾き飛ばし、3メートルほど飛ばされたその男はピクリとも動かなくなった。
「おら! いくぞリーダー!」
エンジは何事もなかったように、ハーレイの手を掴むと『先を走れ』と合図を送る。
「お前の敵は俺の敵だ! 心配すんな!」
「……だったね」
ハーレイとエンジは高い位置でハイタッチをさせると緋陀里たちの壁を横切って行った。
「BAKAがよ……! お前らヤレ!」
ハーレイとエンジの立ち回りを目撃し、塞き止められていた人のダムが決壊すると悟った緋陀里は焦った様子で一人欠けた仲間達に命令を飛ばす。
緋陀里は明らかにイラついた表情で自らの戯刀を抜くと初戦の時の様に鞘で刀身を打ち、音を鳴らした。
キィー……ンと先ほども聞いた音が鳴り、生徒達の半分がその場に倒れた。
だが、先ほどエンジに突破された側には1人しか仲間がいなかった為、なんらかの不備が起こったようでそちら側の生徒は数人しかその場に倒れなかったのだ。
「Goo……! ふざけやがってぇ!」
妙な術を逃れた生徒達は怒りにも似た感情を爆発させ緋陀里に向かって突進してゆく。
「NA、なんだって! お前ら太鼓を叩き……」
「てめぇがいたらまた眠らせられるだろうが!」
尤もなことを叫びながら生徒達は、緋陀里を集中的に潰しにかかる。
その光景にすっかり仲間も逃げてしまった。
「E? E? マジで? 嘘、ちょっと……」
彼の代わりに代弁するが、この緋陀里弾。他にもいくつか戦法を持っていたが、確実にハーレイを眠らせたかったために初戦とほぼ同じ手法でこの対戦に臨んだ。
だがそれが仇となりハーレイに見破られたのだ。古今東西、よく居る子悪党キャラである。
「GYAaaaa!」
「ハーレイだ! ハーレイを狙えー!」
緋陀里を屠った面々はハーレイを潰そうと一斉に目的の方向を変える。
「そんなこったろうと思ったぜ!」
ハーレイとエンジは両側の太鼓を仲良く叩いているかと思いきや、エンジはハーレイと同じ叩き台にいた。
「おら! かかってこいや!」
ムッキャー! と雄叫びを上げ誰もがエンジ達を避け逆側の太鼓へとゆく。
「ずこーーーっっ」
拍子抜けのエンジはずっこけた。
そんなエンジの後ろでハーレイは太鼓も叩かず笑うだけだった。
『鼓舞回数250回、北川ハーレイ! 2位は213回帆村エンジ!』
この取組を観戦していた誰もが容易に想像した通りの順位となった。
ハーレイは自己記録を更新したところで鼓舞を辞めてしまい、後をエンジに譲った。
これは自分だけの力勝ち取ったものではないというハーレイの配慮と、結果としてあまり正々堂々と言えない勝負展開になったからであった。ハーレイはそこで生まれた学苑史上最高記録は偽りの物に近いと感じており、文句をいいながらもエンジはハーレイのその結論に賛同したのだった。
『これは大荒れです! 例年ならば決勝に勝ち抜けるのは40名前後なのですが……なんと今年の乱れ太鼓、決勝に残った人数は……13名! これは……密度の濃い取組が期待できそうです!』
まことの興奮気味のアナウンスは更にボルテージが上がり鼻息もマイクを通してスピーカーから聞こえてきそうだった。それもそのはず、まことの愛するハーレイがトップの記録で決勝まで残っているのだ。これがテンション上がらずにいれるはずもない。
「じゅ、13名……かぁ……」
ハーレイが額に汗を一筋流しつつ呟くとエンジは他人事かのように笑い「だ~い丈夫だって!」とあっけらかんとした。
「梶と緋陀里が消えたんならもう気を付ける奴なんていねえじゃんか!」
ゲラゲラと人を馬鹿にしたような大笑いでそれを発していると、一際殺気だった気配が漂った。
「っほォ……そりゃお前俺に言ってんだよなァ~帆村ァ」
ピンポーンその通り! 佐々木小太郎である。
「あ、居たのかよ。つ・ば・め・じゅ・く・は・ち・だ・い・め」
「かっ! せいぜいのたまっとけ、お前ェはこの俺様がぶっつぶしてやっからよ!」
「は? お前が俺を? 語尾に『ァ』とか『ェ』とか言う奴に俺が? そりゃ怖ぇえよ。マジ怖ぇよ」
ヘラヘラと楽しそうにギザ眉をひくひくとさせて小太郎を文字通り小馬鹿にする。それはもう小馬鹿にしている。
「それよりもテメェ、『戯刀だから負けました』とか言うんじゃねェぞ! それか俺が左手で持ってやろうか? アァ?」
「戯刀で負けたのは変なデブにだけだよ! ……ってことは、あ。あのデブよりお前の方が弱いってこと? あ、ごめん……マジごめん。傷つけるつもりじゃなかったんだ。
っていうかさ、左手でしてやるとかハンデっぽいこと言ってるけど実は左利きでしたーとかってオチじゃねーの」
「なんだァ!? テメェなんぞはなァ……アレだ! 馬鹿……そう、馬鹿、馬鹿だ! アホ!」
小太郎の語彙力は子供並であることがはっきりと分かってしまった。その後も数分間一方的に小太郎を蔑むエンジと鋼のハートでそれをフルスイングで打ち返そうと空振りする小太郎の姿が合った。
「こ、小太郎さぁん……」
一方、テントではG3が相変わらず盛り上がっていた。
がっはっは、と笑い声が聞こえたかと思えばおろろーんと泣き声が聞こえ、かと思えば「表に出ろ!」「ここが表じゃん!」という怒りの声、そしてまたがっはっは、とループしている。このグラウンドの中で唯一外界とは無関係に時が進むのであった。
「ちょっと校長先生! 決勝直前なんですから静かにしてください!」
「おっ、杜永先生じゃあないですかぁ~。すっげぇ~おっぱいですねぇ」
「んなっ!」
その言葉を吐いたのはなんと校長その人であった。顔は赤くにへらにへらと笑っている。よく見ると隣にいる煉獄二郎と神楽和尚も赤い顔で喜怒哀楽を定期的なスパンで一周させている。
「この匂い……まさか、飲んでるんですか?!」
「はい、小生は~それはもうびっしょり飲んでおりますっ!」
煉獄二郎が敬礼をし、その横で爺が立った。
「神楽和尚……どうかなんとか言ってください! こんな行事に大の大人……しかも学苑の校長が昼間から酒だなんて……」
「無論、わしが喝を入れてやりましょうぞ」
爺はジャラっと数珠を出すと大きく息を吸い、敬礼をする煉獄二郎を睨みつける。
「コラァ! 煉獄二郎二等兵!」
「は?」
この「は?」はやしろのものである。
「びっしょり飲んでいるとは何事かっ! びっしょりとは! それは飲んでいるときの擬態語ではないぞっ! その場合はもっさりと言うのだ! もっさりと!」
「イエッサー! もっさり、イエッサー!」
がっはっはっ、おろろーん。
ダメだ……とばかりに頭を抱えるやしろは音も立てず静かに立ち上がる人影を見た。
珠城桐乃だ。
「あ、……珠城さん。ごめんなさいねこんな有様で……まさか酒盛りを始めるとは思わなくて……。次、出番よね? よろしくね」
「ええ」
そのまま桐乃はテントを後にした。
「ちょっと! なんで飲んでるんですかー! 一体どこからお酒なんて持ってきたんですか!」
「すっげぇーおっぱい!」
更に盛り上がりを見せるその場にやしろのみを残して桐乃は決勝戦が始まるグラウンドに背を向けその場から離れた。
「やれやれ……ようやく解放されそうだ。決勝にわざわざオレが出なくともどうとでもなるだろう」
桐乃が校舎裏にある焼却炉付近に差し掛かった時、キツネ面の男が裏口の門前に立っていた。
「お前は……」
キツネ面の男は、誰であろう以前ジョニー事件でエンジと戦ったあのキツネ男であった。
キツネ男は腕組みをし、ただじっと立ち、歩みを止める桐乃を仮面の裏からただ見詰めて言葉は発しない。
「……ノブナガの使いか」
その男が誰なのか察しの付いた桐乃はキツネ男に言葉を飛ばした。
「くきゃっ、決勝に参加するんじゃないのか」
「あれはただの囮だ。お前も知っているだろう、オレは去年の映像記録を拝借し、今日はそれを返しに来ただけだ」
歩みを止めたままの位置で微動だにせず、桐乃はキツネ男の問いに答える。桐乃にとってキツネ男は決して敵ではないはずだが、なにをしでかすかわからない雰囲気をもった男を警戒していたのだ。
「記録を返すだけならわざわざ決勝に出るだなんて言わなくていいだろう。記録を持ちだした時と同じくまたこっそりと返せばいい」
「わざわざそんな危険を冒してどうする。ここは士道学苑だ。いつ誰の目が光っているかわからんだろう」
「なんだか言っていることとやっていることに矛盾が生じてる気がするがね」
仮面の外からでもキツネ男がくきゃっ、と嘲笑しているのが手に取るように見て取れた。それだけに桐乃は苛立ちを募らせる。
「なにが言いたい。どうであれオレは自分のすべきことはこなした。それをお前にとやかく言われる言われはない!」
「そうかい。じゃあ、もう一度【これ】を返してきてくれるかな」
キツネ男は桐乃に何かを放り投げ、桐乃はそれを無言で受け取る。
「これは……どういうつもりだ!」
キツネ男が手渡したのはさきほど桐乃が返却し終えたはずの映像記録であった。
「急いだほうがいい。早くしないと決勝が始まるからね。返さなくてもいいけど、それじゃあ竜巳さんの試験をクリア出来たってことにはならないと思うがね……」
クックックッ、と笑うキツネ男に桐乃は声を荒らげて「何故お前がこんなことをする!」と問いただした。
「何故? さあね、俺は言われたから来ただけさ。ここまで言えばわかるだろ? これも【試験】だということさ……。じゃあ、君が優勝したと報告する準備をしておくよ」
焼却炉の奥へと身を隠すとキツネ男はそのままいなくなってしまった。
桐乃は映像記録を握りしめ怒りに震えていたが、少ししてさきほどキツネ男が言ったことにハッとする。
『これも【試験】だということさ』
「……ッ! 優勝してみせろということか……面倒なことを簡単に言ってくれるじゃないか……竜巳諒!」
映像記録を抱え、桐乃は保管庫へと急いだ。
『え~、すみません皆さん! なにかちょっとトラブルみたいで決勝戦開始が遅れています~! なんか酔っ払いがいるみたいで……あ、ちょっとそこはまことのお尻!
まことのお尻はハーレイ先輩専用のお尻だからこれ! そう! これ! ハーレイ先輩専用のお尻!
だから、色々な意味で! ……総括してもハーレイ先輩のお尻なの! 触らないでってば! うっきゃーーーー!』
テント内でG3が泥酔しているのをなんとか鎮火するため、決勝が遅れている旨を説明するまことにもG3の魔の手が迫っているようだ。さすがのまこともG3に触られるのはあまり好ましくないらしく、珍しく拒否っぽい反応をマイクを通して露見させた。
「えんとーさい様! 優勝でございますよ! なんならハーレイ様も事故に見せかけて……くっくっくっ!」
何気に怖いワードを含ませた千代が両手の持った旗を更に増やしてエンジを応援する。しかし悲しいかなエンジの耳にはそれは届かない。
「おい、田中ぁ!」
「も、もひゃ!?」
ここまで散々小太郎の寝首をかいてきた田中(子分A)がおにぎりを頬張り小太郎の呼びかけに振り返った。
「分かってるだろうな!」
「分かってまふって! もう抜け駆け……」
「違ァう! 俺と帆村の一騎打ちに手ェ出すなって言ってんだろォがよォ! 空気読めこのアンポンタン野郎が!」
「へ、へい」
空気読んでるのになー。と思いつつ予想外の言葉に子分A(田中)口の中のおにぎりを呑み込み、子分B・Cと目を見合わせて溜息を吐いた。
【士道ノ十五へ続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます