第13話

 500人近くの生徒が生活する寮舎は規律が全てである。


 軍隊のそれほどとまでは言わずとも、それなりに厳しい規則があるのだ。

 士道学苑の入苑資格は戯刀での士道経験が3年以上であること。そして、年齢が15歳から20歳であること。


 紋刀の取得条件や資格はこの他に、学苑でのカリキュラムにて取得することができる。

 一年生、二年生、三年生で取得出来る資格や認定は段階があり、単純に所有する資格のみを希望する生徒は、一年生でそれらのみ条件を見たし退苑するのも少数からず居る。

 二年生のカリキュラムでもそれは同じであり、抜刀不可の帯刀資格などはこの段階で手に入る。

 三年生になると、カリキュラムの内容は実践向きになり、士道の士や軍族を希望するものはここで卒苑までのカリキュラムを消化することになるのだ。


 もちろん、落第制度もあり一定の成果に達しなかった場合は進級できない。ここでいう成果とは資格・認定取得と取ってよい。


 また、士道学苑には5年必須卒苑制度を採用しており、在苑期間5年以上は認めないというものだ。これにより怠惰的な士道士排出を防ぐ狙いがあり、それは概ね成功していると言っていい。


 以上のことを踏まえ、入苑時に例えば500人生徒がいたとする。だが500人の生徒はそれらの事情により卒苑時にはその半数から3分の2ほどに減少する。

 年度により推移は変わるが、平均すればそれほどの人数の増減が予想されるのだ。


 つまりエンジのクラスもそれが当てはまるとともに、それ相応の生徒の数が減っており、この3年生に残っている生徒というのは皆士道の道を目指すか、軍族を希望しているかその二つの道に絞った生徒達だということだ。


 一概に皆がそうだとは言い切れないが、先の職員会議でも持ちあがった通り、問題生徒が多く残りやすい傾向にもあると言っていい。


 担任を持つ教師は皆、この3年生の1年間がなによりも憂鬱な1年なのだ。

 無論、その分の生徒に対する思い入れもあるが。

「あァ!? 今てめぇなんつった!!」


「聞こえなかったかよ? 見事に雑魚ヅラしてやがんなって言ってんだ」


「てっめぇ……、ちょっと有名人だからって調子に乗ってんじゃねえぞオラ! デケェだけで役に立たなさそうなクソ紋刀持ちやがって!」


「じゃあ試してみるか雑魚キャラぁ!」


 学苑の大門より6歩歩いたところでエンジは喧嘩を売られた。ほぼ100%で因縁をつけられるのはエンジの方だが、元来より短気な性格が災いして売られた喧嘩は全部買っている。


「やってやんよクソがコラぁ!」


 エンジが雑魚呼ばわりした、坊主頭にサングラス口髭といった分かりやすい雑魚キャラが腰からぶら下げた戯刀を構える。エンジはそれを見て炎灯齊を構えた。


「ちょちょちょ、ちょっとえんとーさいさま……なんでこうも愉快なほどに毎日トラブルを起こすのですか!」


 エンジの影に隠れつつ千代は学ランの端をつまみふるふると震わせながら嘆く。


「知るかよ、俺は売られた喧嘩は……あ、そうだ」


 エンジは「ちょっと待ってろゴリラ野郎」と雑魚ゴリラに言い放つと、カバンに下げた戯刀を取りだした。


「にっしっしぃ~!」


 自慢げにエンジは戯刀を雑魚ゴリラに見せつけると「てめぇに炎灯齊は勿体ねーんだよ!」と吐いた。

「言ったなこのチビサル! 戯刀なんかで俺に勝てるつもりかコラァ!!」


「え、えんとーさいさま……戯刀でなどと、御乱心召されましたか?」


 千代が両目をぐるぐると巻き、混乱した様子でエンジを心配するがそんな千代を押しのけエンジは自信たっぷりといった様子で更に口角を上げた。


「見てろ千代! 俺は今までの俺にあらず! だ」


 キン、と小さな金属音を鳴らしながら抜刀して鞘を放ると、エンジは戯刀を雑魚ゴリラに向けた。


「おら来いよゴリラーマン! 戯刀だから死にはしねぇ! ラッキーだったな!」


 ゴリラーマンが文字通りゴリラのように鼻の穴を広げて戯刀を振り上げて突進してくる。


「え、えんとーさいさま!」


「シャラップ! 黙って見てろ、俺の修行の成果……!」








「戯刀だから死にはしねぇ、ラッキーだったな」


 ゴリラーマンがせんべいのように平らに潰れて倒れるエンジに吐き捨てて去った。直上から見るエンジは身体で卍を体現しているようだ。


「え……えんとーさい……さま……?」


 千代が近くに落ちていた木の枝でせんべいになった主をつついて反応を見る。

「……敗けた」


 ぽつりとエンジが一言唸った。


「え、ええ……それはもう一方的でした」


「…………敗けた」


 もう一度言った。

 いたたまれなくなった千代はハンカチで涙を拭いながら平らになったエンジに手を合わし、お経を唱え始める。


「なんまんだぶなんまんだぶ……えんとーさいさま、ご成仏くださいませ……千代は貴方の思い出を胸に一生独身を誓います。なんまんだぶなんまんだぶ」


「ごあーーーー!」


「まあーーーー!」


 勢いよく起き上がったエンジは頭から流血させながら叫んだ。それに驚いた千代はパンツ丸出しで腰を抜かし、口を半開きにさせる。


「強くなってねーー! な・ん・で・だーー! ……ん、そうか。きっとあのゴリラーマンが規格外の強さだったに違いない。そうに違いない、だよな? チヨン・カグラーゼ」


「か、勝手に欧米名っぽくしないでください! 残念ながらさきほどの霊長類の方の士道的実力は……10段階中3ほどではないかと見受けました」


「……」


「……」


「ごあーーーー!」


「まあーーーー!」

「そういうわけでハーレイ、乱れ太鼓までの2週間お前の部屋に泊めてくれ」


 寮舎でのハーレイの部屋に押し掛けたエンジはハーレイにそう詰め寄った。


「そ、そうは言われても僕はいいけど……その、ルームメイトがさ……」


 エンジの迫力に圧され気味で、はははと苦笑いでいなそうとするハーレイの頬をエンジはしっかりとホールドした。


「いででで! ひょ、えんじなにを……」


 頬をつねられたハーレイは綺麗な顔立ちを歪ませ涙目でエンジを見る。


「オマエ、ルームメイト、オレノヘヤ、イル。ハナシ、ゼンブトオシタ」


「なぜにインディアン調?!」


「ハーレイ、ワカッタカ。ウントイワナイ、オレ、ホッペタチギリトル」


 物悲しそうな目でエンジはハーレイの頬をつねっている指に力を入れる。

 それは暗に『断ってもいいけどその時は両方のほっぺたに素敵な穴が二つ空くよ。お団子とか食べる時に便利だよね』と言っているに他ならない。


「いだだだ! 分かった分かった! 分かったから話してよ!」


 なんか最近こんなのばっかりだな……と心で自らの運命を呪いながらハーレイは渋々承諾した。


「うう……いたた……、前も言ったけど僕が教えて強くなれるかどうかなんてわからないよ……?」


「大丈夫、自信持てよ!」


「(なんでエンジがドヤ顔なんだ……?)う、うん……」

『帆村エンジ街ゆく雑魚に敗れる!』


 このニュースは瞬く間に学苑中に広がり、それこそエンジは3歩歩くごとにそれについて触れられた。


「なあ! 帆村、本当に敗けたのか!」


「……強いゴリラだった……あれは間違いなく霊長類最強の部類に入るな……」


「おい! マジだって! 本当に帆村が街ゆく霊長類にやられたんだってよ!」


 ここでまた馬鹿正直に答えるエンジのおかげで『エンジ敗れる!』更に加速度を増して広まるのを止められない。(というか本人のせい)

 この話を広めたのは一体誰なのか謎は残るが、とにかくエンジは今までとは違った意味で人気者になった。


「ジョニー、神雷と共闘したというのに……まさか通りすがりの仮面……あ、いや霊長類にやられるなんて……」


 エンジの強さはすっかり3年生の間では知れ渡っていたから、その衝撃はなかなかの物であった。しかも当の本人があまり気にしていないのも噂を広めるパースの一つとなった。


「それにしても噂ってのは広まる早いな……」


「うーん……けど、一体だれがそんな話を……」


「別に誰だっていいけどよ。なぁ千代」


 エンジが軽いノリで千代に同意を求めると千代は桜色の頬を真っ赤に染めて憤慨している様子だった。


「ぬわぁにを仰いますですか、えんとーさいさま! これは大変不名誉なことでございます! 長年帆村家に仕えて参りました神楽にとってもこの汚名は由々しき問題でございます……これはどうにかせねば……」


 メラメラと大きな瞳を炎に変えて、千代は見ぬ犯人に向けて並々ならぬ怒りを燃やし、その熱を辺りかまわず放出している。


「でも千代、犯人捜しをして仮に見つけたところで別にどうとなることでもない……ってのも確かだからさ。今は火消しに回ったほうがいいんじゃないかな」


 やんわりといまするべきことをしっかり提示するのは流石ハーレイだと言ったところだろうか。しかし、千代はというとそんなハーレイの提案に更に怒りを募らせてしまったようだ。


「ぬわぁにを仰いますですかハーレイ様! ハーレイ様もえんとーさいさまのご友人であらせられるのならば他人事で済ませて良いことではございませんよ! うーめらめら」


「やめとけハーレイ、いまのこいつに何言っても無駄だって」


 エンジが半ば呆れた様子でハーレイに投げた。


「そう! 無駄でございます! ふふふのふぅ~……待っておれ犯人めぇ~この千代が臓物をまき散らしてもっともおぞましい死をプレゼントフォー・ユーでございますぅ~ふふふぅ~」


「ね、ねぇエンジ……なんか怖いこと言っているよ。君とこの家臣」


 エンジはそれについて返事することも辞めてしまった。


「この千代はあまちゃんとしーちゃん、まゆっちにあーぱん、トンちゃんにしか喋っていない極秘情報をばら撒く悪漢を必ず見つけるでござぁますよ……」


「え、千代言ったの?」


 犯人発見。

 ハーレイが目を点にして千代の神経を心から疑っている時、遠くの方で雄叫びが木霊した。その叫び声の直後、生徒達の「わー」や「きゃー」が交互、時に入り混じり飛び交い更に近い位置で同じ雄叫びが木霊した。つまりその雄叫びの人物が叫ぶ度にエンジ達の元へ近づいてきていることが分かる。


「ヴォォォオオオイ! 帆村ァゴラァァアアア!」


 お分かりであろう。自称・大剣豪 佐々木小太郎である。


 暴走特急のように次々と生徒達を跳ね飛ばしながら子分A・B・Cを身体にぶら下げながらずんずんと進んでゆく。


「わー小太郎さあーん! 止まってくださーい!」


「ダメですってー! 小太郎さんと帆村はマークされてるんですからー! 行っちゃダメですってーー!!」


「誰か止めてくれー!」


 ぶら下がっている子分たちはどうやら小太郎の暴走を止めようとして逆に振り回されているようだ。


 誰も止められずにエンジの教室に突き進んできた小太郎の前にエンジが立ち塞がった。


「!? 帆村ァアア! てめぇ敗けたって本当かよゴルァ!」


「ああ、本当だ」


 小太郎はティラノレックスのような咆哮と共に火を吐く勢いだ。凄まじい怒りである。

「てめェ正気かァ!! 俺以外との死合でやられるなんぞギャグじゃねェぞアァ゛」


「……ん、死合じゃないぞ。俺生きてっし怪我もたんこぶだ」


「はァ!?」


 小太郎と共に周りに居る生徒達も硬直した。(数人の生徒はひそひそと「やっぱりね……」とか話している)


「いやー今さ、乱れ太鼓に向けて戯刀を特訓していてよ。それで腕試しに戯刀でやったんだよ。そしたらたまたま運悪く相手が霊長類最強のゴリラでさぁ~」


「……ん、お前戯刀でやって敗けたの?」


「ああ」


「……」


「……?」


 エンジの周りを取り囲んだ生徒と、正面に立ちはだかる小太郎は一斉に同じタイミングで「はぁ~~あ」とため息を吐いた。

 そのリアクションの意味が分からないエンジはただ【?】を頭に乗せてキョロキョロと辺りを見渡した。


「お、おい。どういうこったハーレイ?」


「う~ん……多分、みんな知ってるんじゃない? エンジが炎灯齊以外……特に標準形状である戯刀を持っても雑魚だって……」


「ざ、雑魚!?」


 誰もが興が醒めたといったようにその場から離れ、口々に「なんだよ」やら「帆村が戯刀でってんなら小学生でも勝てるよ」とか言われながら各教室へと戻っていく。

 小太郎も「はぁ~」とため息を吐くと、


「気を揉んで損したぜ。この無駄な怒り、乱れ太鼓できっちり返してやるからな」


 高い目線で低い位置にあるエンジの頭を見下すと小太郎は「行くぞ!」と子分ABCを引き連れて帰って行った。


「なぁ、ハーレイ……」


「な、なにかな……エンジ」


「俺って……雑魚なのかな……」


「ははは……」


 ハーレイは否定しなかった。

「ぅおらぁああああああ!!」


 その日から更にエンジの特訓は熱が入った。元々ヤル気だったのが件の出来事で更に憎しみというスパイスがエッセンスに加わり、エンジを修羅へと変貌させていった。

 しかしそのおかげもあって、ハーレイの目から見てもめきめきと頭角を現し、次第にハーレイと互角に戦えるまでになっていった。

 ハーレイはエンジの成長を喜びつつも、自らも遅れを取らないようにとエンジが寝静まったあとも自ら鍛錬を重ねた。

 今のハーレイには暗い影はなく、心から親友との同じ時間を楽しんでいた。本当なら自分の実力に迫ってきたエンジの士道センスに嫉妬をしそうなものだが、そんなことよりも友と呼べる人間とこんなにも苦楽を共にし一緒に成長できることがなによりの喜びとして見出したのだ。


 得体の知れない自らの暗い闇の力に呑まれそうになったこともあったが、エンジのおかげでハーレイ自身、かの闇の力を忘れかけていた。このたった2週間のエンジとの時間、ハーレイにとっては今までの一生分の時間に感じられた。


「だああああっっ!」


「!? セッ!」


 エンジの強襲を半身で躱し胴を抜いた。


「くっそー! 惜しいよなぁ~!」


「本当にエンジには驚かされることばかりだ。たったこれだけの期間でここまで強く成るなんて……」


「だから言ったろ……俺の目に狂いはねぇって。師匠がいいからだよ」


 ハァハァと肩で息をしながらエンジとハーレイは、喜びと楽しみを共有した。


「もう一戦、やる?」

 手を伸ばすハーレイの手を取り、エンジは起き上がりしなに言った。

「とーぜん!」

――教員会議


「えー以上の点を踏まえまして、帆村エンジを問題生徒から除外してもいいのではないでしょうか」


 角田教師がそう述べるとすかさず白く細い腕が天井に向けて真っ直ぐに伸びた。


「それは少し軽率な判断ではないでしょうか。確かに今回の乱れ太鼓に於いては戯刀を用いての競技の為、危険性は普段の彼よりも低いのかもしれませんが……、御存じかと思いますがつい先日も苑外で暴行事件を起こしています」


「ぼ、暴行事件って言ってもですね……」


「あれを暴行事件と言わずしてなんと言うのですかっ!」


 挙手をし、意見を述べたのは杜永やしろ教師。社はエンジが問題生徒から外されそうになっているのに不服なようで、表情は不機嫌のペンキをべっとりと塗っており、それは普段のとげっぽい言い回しに磨きをかけていた。


「お、仰る通りです……」


 というわけで当然角田教師のようなキャラはこんな風に委縮してしまうのだ。


「そ、そういう訳ですので……乱れ太鼓まで残り3日となりました。例のゲスト、珠城桐乃でありますが……何故か連絡が取れませんで。一応本人には日時は知らせているものの、どういったことをしてもらうかなどの連絡が全く行き届いておりません。

 正直、当日になっても本当に現れるか不安なところでもあります」


「それは困りましたね、珠城君が来ないとなると場がビシッと締まらない。どうにかなりませんか角田先生」


 校長が窓際に立ち、外を見ながら角田教師に苦言を呈した。

「こ、校長!?」


 その場に居た教師全員が驚愕の眼差しとリアクション、それに声量で答える。


「ん、皆さんおはよう」

 

 職員会議が開始された当初、東校長はこの会議室にはいなかった。

 もっと言うなら角田教師がやしろと話している時までは確実にこの場にはいなかったはずなのにもかかわらず、急に現れたのだ。

 まさに神出鬼没。どこか神雷の登場にも似ているからか、東校長はミステリアスな雰囲気を持っていた。(だが禿げているので女生徒及び女性教員からは人気は無い)


「……今、誰か私の悪口言った?」


 …………。


「まあいいや、ともあれ今回の3年生はとにかく問題児が多いので是非とも必ず彼女には参加願いたいですね」


「ですが、校長! やはり現生徒に混じって参加というのは」


 やしろが校長に意見しようと立ち上がり、バレーボールのような胸が弾む。

 東校長は真顔でその揺れを凝視したのち、実に真剣な顔で次のように言った。


「(でっけーチチだな)杜永先生、その件は先の面談にて承諾したのではなかったのですか?」


「……は、はい、ですが!」


「(でっけー乳だな)困りますね。士道学苑の誇り高き教師ともあろうものが、自分で決めた結論をコロコロと変えられては」


「……す、すみません。前言撤回致します」


「ご配慮、ありがとう」


 校長は実にシリアスな眼差しをやしろの胸に集中させながら、実にシリアスに説き伏せた。


「では、角田先生。続けてください」


 東校長に名指しされた角田教師はびくんと肩甲骨を鳴らし、慌てて指し棒を探した。


「は、はい! それでは当日の進行についてご説明させて頂きます。

 乱れ太鼓当日は、3年生を除いた各年担任・副担任は普段通りの授業業務を行って頂きますので、直接行事には関与しません。

 ですが、副担任はともかく担任は1年から3年まで一貫担当して頂きますので決して無関係だと思わないようにしてください。副担任に就いておられる方々も同様にお願いします。

 まず、大太鼓の場所はグランドの中央に配置します。例年通りで今年も例外なくこの方式で開催します。ルールは、学苑貸出の戯刀で参加が原則。それぞれの仮紋、新紋、継紋、伝承は持ち込めない規則になっています。

 特に士道学苑という性質上この則を破ろうとする生徒が毎年いますが、そこは厳正にお願いします。

 乱れ太鼓開始の合図は僭越ながら私、角田が務めさせていただきます。

 私の掛け声で開始し、20分の間に太鼓に辿り着き戯刀で何度叩いたか、数の多さで競う至ってシンプルなゲームです。

 禁則はただ一つ、戯刀以外の刀を使わない。

 つまり毎年そうですが大乱戦が予想されるということです。

 終了は再び私の掛け声で終了し、一番叩いた数の多かった生徒が上半期筆頭生徒に任命されます」


 角田教師がそこまで話すとまたもや白く美しい手が上がる。


「う、も杜永先生」

「その大太鼓ですが、戯刀で叩いても破れたりしないのでしょうか」


 またどんなクレームが来るのかと構えていた角田教師は、よくある質問に安堵の表情を見せる。


「その点は心配ありません。山梨の山中にのみ生息する霊装牛の雄の皮で作った太鼓です。その強度は例え紋刀であっても両断出来るものではないと言われていますので。

 実際、乱れ太鼓が最初に行われてから今日まで、皮の張替や太鼓の交換などは一度たりとも行われいません」


「つまり絶対破れない……と」


「ええ、そう思って貰って結構です!」


 自信満々で角田教師は自分が牛のように鼻から息を噴き出した。



「まあ杜永先生の心配も分かるけどね。もしも太鼓が破れたら乱れ太鼓は今年で終わりにして来年からはなんか新しい行事を考えるよ(君たちがね)」


 いつもと同じ笑いを浮かべて東校長はそう言うと、また人知れず消えた。


「幽霊かよ……あの人」


 進行役の角田教師がわざと咳を鳴らし、仕切り直しを合図した。

 そして、ホワイトボードに抱えた他の問題生徒の名を差し、


「では山組の畑元先生、先生のクラスの【緋陀里 弾】の最近の動向はどうでしょう」


 角田教師に名を呼ばれた畑元という教師が立ち上がる。真ん中で分けた髪を口息でフッと上げ、猫背が目立つ教師だった。


「ええ、緋陀里ですが……まぁ特に乱れ太鼓に興味を持っている様子はありませんし、元々問題児と言っても喧嘩っ早いというタイプの生徒でもありません。ですが、彼の性格上……今は大人しくても本番でなにをするのか、想像出来ないのが現状です」


 畑元教師の話に誰もが「うぅん」と唸った。


「そうですか、では林組の中先生はどうです?」


 爽やかな笑顔で「はい」と答え立ち上がったのは、父兄からの人気ナンバーワン教師である中教師。中肉中背で明るい、生徒からの人気も高い。


「うちのクラスの問題児は佐々木小太郎でバッチリ決まりですね! 元々血の気の多い生徒ですが悪い奴じゃないですよ! 性格は狡猾な部分も確かにありますが、基本的にアホです。あ、あまり頭のいい方ではありません!」


 わざと言っているのかウケを狙っているのか、そんな危ういバランスの話すらもニコニコ笑顔で言うので誰もがその危ういトークをつい聞き流してしまう。

 彼の人気の理由の底とはそんな計算しているのではないかと思われる対話力かもしれないと思ったりしなかったり。


「とにかくこっちは、さっきも話で出た火組の帆村エンジと接触が一番怖いです。一年の時に帆村エンジと死合事件を起こしてから意識的に距離を置くように努めていますが、今回の乱れ太鼓はその因縁の総決算を企てているのではと睨んでいます。

 なので、当日はうちの佐々木と帆村との接触にさえ気を付けていただければ、まー平和なんじゃないでしょうか」


「……やはり、帆村エンジ……」


 ここでまたやしろが手に持ったペンを歯で噛んだ。

「そうですか……では、そのようにして当日も注視しておくようお願いします。必要があれば火組の担任であるこの角田も協力しますので!」


 キラリと歯を光らせ角田教師はやしろを見たが、目すらも合わなかった。


「…………最後に風組の梶 ヒロはどうでしょう」


 声の高い女性教師が「はい」と針の先みたく鋭く尖った甲高い声で返事をし、立ち上がった。


「えっとですね、風組の神田川です。えっとですね、梶君はですね、えっと……良い子ですよ」


「いい子なだけじゃ問題生徒のリストに上がらないでしょう」


 ニキビの目立つ顔にレンズの厚いメガネ、こけただけで折れそうな細すぎる身体。余りにもやしろと比べてタイプじゃないのか、角田教師の返しもどこか冷たい。


「ちょっとそんな言い方ないのではないでしょうか!」


「あ、はい! す、すすすみません神田川先生」


「あ、いえ……ぽっ」


 説明するのも面倒ではあるが、そのやしろと神田川教師は仲良しであり、神田川教師は角田教師に恋心を……ああ、もういいだろうか。


「えっとですね、梶君はその……格好がちょっと独創的と言うか、個性的と言うか……そのえっとですね、なので勘違いされてよく外で喧嘩を売られるらしいんですが、えっとですね、彼本人はそれほど悪意がないというかなんというか」


「俺が問題生徒だぁ~!?」


「あ、えんとーさいさまちょっと痩せました? 千代は超うっとりしてございます……ぽっ」


「じゃんけん、チー!」


 エンジのチョキで両目を突かれた千代は教室の床をしばらく転げ回ったのち、目を真っ赤に充血させて戻ってきた。


 ここは言わずと知れたエンジの教室である火組。

 教師たちが乱れ太鼓についての最終会議に入っている頃、どこから聞きつけたのか千代が【エンジが問題生徒リストに入っている】という情報を持ち込んできたのだ。


「俺が一体なんの問題を起こしたってんだ! 納得いかねー!」


 横に座ったハーレイもエンジのその返答に笑うしかなかった。だが千代は信じられないといった表情でエンジの右手を握ると、目を見詰めて真剣な顔で言う。


「えんとーさいさま……この千代が握った御手を、どうぞご自分の胸に当てまして想い浮かべください。本当に自分がなんの非も、問題生徒にリストアップされる筋もないのか……」


「うわ、千代がマジのテンションでエンジを説いてる……」


 ハーレイも思わず引いた。


「ナニモオモイウカバナイヨ」


「じゃんけん、グー!」


 めりめりめりっ、という細胞や血管、骨や筋肉に至るまで徹底的に破壊されているような音を鳴らして千代の拳がエンジの顔面にめり込む。

「…………………………ッッッッ!」


 エンジが床で顔面を両手で押さえながらゴロゴロと転げ回るのを尻目に千代はハーレイと話を続けた。


「問題生徒リスト……か。僕には関係ないと思うけど、他にはどんな生徒がいるの?」


 ハーレイが興味を持ち千代に聞く。千代の脳裏にハーレイの名が浮かんだが表情を変えず、そのモヤを胸中で払いなにもなかったようにハーレイに「確かにハーレイ様には関係の無いお話ですね」と笑った。


「これはあくまで極秘事項ということでよろしくお願い致します……。まず山組の緋陀里様、林組の佐々木様、そして風組の梶様でございます」


 辺りを気にしながら手を添えてこそこそと千代は問題生徒の名を明かした。ハーレイはというと小太郎以外の生徒にどうもピンと来ないようで、あごの辺りをぽりぽりとかきながら顔と名前を一致させようと考え込んだ。


「あ、でも風組って言ったら……」


「はい、私と同じ級友でございます」


「だよね」


 顔面から煙を出してあおむけで失神しているエンジを放置してハーレイは続けて「梶君ってどんな人なの?」と尋ねる。


「梶様はですね……なんといいますか、とても個性的で独創的といいましょうか……」

 

 よくわからないが、この梶という生徒を説明するときにはこの常套句は必要らしい。。

 風組では窓際の席で一生懸命ノートに授業のまとめを書いている女生徒が居た。


「剣劇の歴史に於いて、《突き》を突き詰めたのがレイピアというしなる剣を用いた……あっ」


 おむすびコロリンよろしくの如く、彼女の机から消しゴムがコロコロと転がり落ち、余程機嫌が良かったのか、消しゴムはどこまでも転がってゆく。


 だがそんな機嫌の良い消しゴムの旅人は、何者かのつま先に激突し、その勢いを殺した。


「……あ、ごめんその消しゴ……むぁっハ!」


 むぁっハ! とは中々エッジの効いた叫び声である。女子がこんなにとんがった叫びを上げるとは一体どんなにナウい人物か。

 話の流れからしてここで登場するのはだれか想像に難しくないとは思うが。


「おい、おめぇ……」


「ぶくぶくぶくぶく……」


 女生徒は泡を吹いて失神した。


「おい! おめぇ!」


 その大きな声で誰もが振り返り、起こっているおぞましい光景に絶句する。


「わー!」「きゃー!!」「人殺しー!」


 その騒ぎを聞きつけて千代とハーレイが廊下から、その人物を覗き見るが当然本人はそんなことなど知りはしない。


「け、警察……いや、軍族紋刀隊を呼べー!」


「オイ!!!」


「っきゃーーーあーーー!!」


「だから……オイ!」


 その生徒……梶ヒロは喚き叫ぶ生徒に向けて威圧するように恫喝する。その度に悲鳴は泣き声に変わり、そして男子生徒は野生の本能か紋刀の柄を握る。


 そこにはリーゼントに剃り込みを入れ、顔中傷だらけで筋肉もいい具合についた男。

 制服も着崩し改造して、その異彩っぷりを炸裂させている。


「千代……逆にさ、なんでこの人が今まで知名度低かったのかを問いたいんだけど……」


「性格は良い人なのでございますよ」


 そのぎょろりとした目つきは軽く20人は殺しているような闇の光を放ち、目が合った生徒を片っ端から凍らせてゆく。


「あのよぉ……おめぇらさぁ……ここまで丸2年以上俺と同じクラスなんだからよぉ……そろそろ慣れろよっ!!」


 悲痛な叫びはこの男が言うと高圧的な恫喝にしか聞こえないのがなんとも不思議だ。


「ここ2年マジで傷ついてんだぞ!!」


 涙をこらえているのか、ふるふると小刻みに震えて目を真っ赤にしている様子はさながら悪魔……いや、鬼のようで失禁する女生徒も現れた。


「だから傷つくからやめろって!」


 梶 ヒロ……顔つきやオーラはともかく、その風貌については趣味でありポリシーらしい。

「投下角が32度だから、反転する速度は……ふむ、だったらここに落とせばっと……」


 どっかーん


 3年校舎教室側から見える中庭の池が水柱を上げて爆発し、周囲に居た生徒が水浸しになった。場は混乱を極め、すぐに教師たちが飛んでやってきたかと思うと池がもう一度


 どっかーん


 と水柱と共に爆発。至る所に鯉がピチピチと跳ねている。


「ひ……緋陀里ぃ~~~!!」


 血相を変えて山組に駆け込んできたのは、先ほどの職員会議で見た畑元教師であった。

 畑元教師は頭にピチピチ撥ねる鯉を乗せたまま教室に怒鳴り込んで来て、緋陀里を探す。


「……? 緋陀里はどこだ~!」


「あの、緋陀里くんならあっちに……」


 クラスの女生徒が指で廊下を差す。その指先の差す方角を追うと廊下側の窓の手すりに肘を置き、大き目のヘッドフォンにニット帽、そしてお洒落なゴーグルで目を覆った少し太った生徒が居た。お分かりだろう、この生徒が緋陀里 弾である。


「お前またやったな~?」


「ん? なにがっすか? Dはずっとここにいたっしょ?」


 緋陀里の言葉に周囲に居た生徒がこぞって頷く。


「嘘をつけ! お前がやったってことは分かっているんだ!」


「D(弾のこと)がやったって分かってるって? 面白いこというじゃん畑元ティーチャー。じゃー、あれ言っちゃおうかな」

「な、なんだアレって……」


 頭の上でぴちぴちする鯉を両手で受け止めながら畑元ティーチャー……失敬、畑元教師は聞いた。


「アレって言やあ、アレっすよ……つまり、『証拠はあるんすか?』」


「ファアアアアアアア」


 畑元教師の許容量を超える怒りだったのか、意味不明な雄叫びと共に顔を真紅に染めて甲高い声で叫んだ。


「『証拠あるんすか?』」


 大切なことなので二回言いました。という顔でダメ押しの発言。

 

「もういいっ! 次があると思わないことだね!」


 よくある捨て台詞を吐いて畑元教師は鯉をぴちぴちと抱きながら去って行った。


「…………ぷっ、ハッハッハッ! イエ~!」


 パチン、と周りの仲間とハイタッチを躱しラッパーのように両手の甲を突き出すポーズで楽しそうに笑い合う。

 間違いなくこの男の所為であるかの出来事は、彼の天才的なほど計算されたトリックにて再現されたのだ。難しいことは私にもわからない。


「……で、あれが緋陀里 弾……ね」


 ハーレイと千代は角からこっそりと緋陀里の姿を確認していた。


「う~~ん……確かに、個性的だね」


「でございましょう?」

「それに……緋陀里って人はエンジと相性が悪そうだ」


「……千代も大いにそう存じます」


 ハーレイは千代と共に階段を下りながら問題生徒リストに上がっていて尚且つ自分たちがよく知らない生徒を見た上で、ひとつ気になることがあった。


「緋陀里くんは分かるけど、梶くんがなぜ問題生徒なんだろう? 確かにあの風貌じゃ外では火の粉がかかりそうだし、それを払っている所謂正当防衛だけでもマークされる……ってのはわかるけどさ。それだけなら乱れ太鼓に直接関係しないんじゃない?」


「左様でございます。ですがハーレイ様、梶様は確かに風貌が怖いだけで人はよろしいです。ですが、もう一つの顔があの方にはあるのですよ」


「もう一つの顔?」


「アマ士道の少年部門で帝國一を獲った強者でございます」


「アマ士道だって!?」


「ええ、アマ士道で帝國一は立派な記録です。ですが、今回の乱れ太鼓に於いて問題は記録ではなく、扱う刀でございましょう」


「戯刀……!」


「ご名答でございます」


 プロ士道は紋刀を扱う競技であり、それの道に就きたい士志願の国民はここ士道学苑にて教育を受ける。そして、その士道学苑に入苑するためには必ずアマ士道の経験を要する。

 アマ士道はいつか説明した通り、資格がなければ持つことすら許されない紋刀ではなく、戯刀を用いて試合をする競技なのだ。

 つまり戯刀を用いて開催される乱れ太鼓に於いて、彼と言う存在はそこ居るだけで問題として成り立ってしまうのだ。

「うわぁ……」


「うわぁ……でございましょう」


 色々な意味を含んだ「うわぁ……」を吐いた二人だったが、問題生徒はこの二人の他にも我らがエンジ、佐々木小太郎、そして……北川ハーレイの5人がいることになる。

 この5人は当日何らかの形でマークされることは疑いようのないことであった。


 しかし、ハーレイは自分も問題生徒のリストに入っていることは知らない。知っているのは(神楽和尚の裏工作により)千代だけであった。

 それを知るだけに千代には複雑な想いが巡る。ハーレイの問題児たる所以は、他の4人とはまるで違う恐ろしくネガティブな面であるからである。

 千代はだからといってハーレイを恐れるわけでも憐れむわけでもない。ただハーレイを不憫に思い、なんともいいようがなかったのだ。ただ生まれた血が帝國日本人と違う。

 ただ髪の色と目の色が違う。それだけなのに。


 ただ伝承を持っている。ただ紋句を知らない。ただ型破りで強い。

 それだけで孤独に追い込まれてきた主とまた重ねてしまい、千代は自身を責めた。


「ですがハーレイ様、学校行事とは楽しむものでございますよ! 誰が危ないとかではなく、ハーレイ様もきちんと参加してくださいませ」


「参加? 参加はするさ……筆頭生徒は到底ボクじゃ無理だろうけど」


 ははは、と笑って答えるハーレイの正面に周り行く手を阻むかのように千代は両手を腰に当てて前かがみにハーレイを叱る。


「それでございます! ハーレイ様、参加するとは『参加しなきゃならない』とか『記念に参加』とかということではございません! それこそ『必ず筆頭生徒の称号はもらう!』くらいの意気込みで取り組んでくださいまし! それが千代の言う『参加』でございます! なんならえんとーさいさまや佐々木塾八代目をも出し抜いてやるという意気込みを持つべきかと存じるのです!」


「………………あ、ああ、ありがとう」

 千代の勢いにやや圧倒されつつも、ハーレイは素直に感謝の言葉を返した。

 ――そして訪れたる本番の日。空は快晴、陽は天声浴びせるかの如く熱く生徒達の肌を焦がす。


 まさに運動会日和……否、乱れ太鼓日和である。

 しかしそうは言っても運動会でよく見る白い簡易テントには達筆な文字で【士道学苑運営委員会】と書かれてある。

 そのテントの下、陽の光を避けながらスピーカーの機械を乗せたパイプテーブルに東校長や各教師、客賓が並ぶ。


 そして、グラウンドのど真ん中には直径7メートルの大きく立派な和太鼓が鎮座している。例年の乱れ太鼓で痛みが激しくてもなんらおかしくはないが、傷は無数にあっても寿命を縮めるほどに痛みはしていなかった。


「毎年見る度に思うけど……雄大なお姿だぁね~」


「帝國きっての太鼓職人であり奏者である、かの煉獄二郎氏制作ですからの」


「ほう、それを本人がいいますか?」


「ひゃっひゃっひゃっ」


 東校長の横には白く長い髪に瞳が隠れた髭の老人であった。会話の内容から察するにこの老人がこのバカでかい太鼓を制作した【煉獄二郎】であることは間違いないだろう。


「申し訳あらんですな、遅くなりました」


 ひゃっひゃっと愉快に笑う煉獄二郎と東校長の間にこれまた体格の良い老人が割って入った。橙の袈裟にエンジの法衣、この出で立ちはまさしく神楽 煙宗司その人である。


「おー! そじ坊じゃないかね! 待ってたよ|


「いやこんな格好でお恥ずかしい」

 《そじ坊》と呼ばれた神楽の爺はよっこらせと東校長と煉獄二郎の間にあるパイプ椅子に腰を掛けると目の前に鎮座する太鼓を眺めた。


「ううむ……なんと雄厳なお姿か。神に仕える身としてこの堂々としたお姿を見ると、太鼓という物がまるで命を与えられたかのようにこの老いた目にも鈍光って見えますぞ」


 爺の賛辞に煉獄二郎は気を良くし、ふふんと鼻を鳴らすと「わしの最高傑作じゃ」と自慢げに詠った。


「まさしく。しかし形あるものはいつか崩れゆく運命(さだめ)。出来るだけ現役でいてもらいたいものですな」


「ひゃっひゃっひゃっ、その点は心配ご無用じゃ! 老いて益々盛ん、生涯現役はわしと同じじゃ!」


「全く、元気なジジイだねこの太鼓ジジイは」


 東校長が眉を下げて茶を啜り、煉獄二郎はそれに更に水を得た魚の如く活きを強調し、胸を叩いた。


「おうさ! わしゃ生涯現役! 生きている限りは太鼓を作り続けるんじゃ!」


「わしもその意気込み見習いたいですぞ」


「煽るな煽るな。そじ坊」


 客賓として参加することのない爺が来たことで、煉獄二郎と妙に息が合い盛り上がる二人は、その後も飽きずに賛辞の応酬を重ねた。


「今年はうちの坊が参加するのでの、わしは楽しみにしてきたのですぞ」


 爺が嬉しそうに東校長に言うと東校長は「帆村くんは大問題児だからね~」とからかいを含めた返事を返した。

「……全く、一体誰に似たのか。センエツでももう少し大人しかったのに」


「じゃあ、母親に似たんでしょう。南無阿弥陀仏」


「神司の前でいい度胸ですな」


 エンジの母親とは実に興味深い話だが、三人の中でそれ以上エンジの母親について言及することは無かった。


「に、しても……わしは初めて乱れ太鼓を拝見しますが……ううむ、良いですなこの爽やかで猛る殺気、ここに居るわしにもビリビリと伝わりますぞ」


 爺が見つめる先に3年生全員、およそ200と余名。豆ほどに見えるその1人1人から将来の有望士を想像させるような若く鋭い殺気が、中央の大太鼓に注がれていた。


「あんなにも熱い瞳を浴びせられちゃ流石の大太鼓も危ないんじゃないのですかな? れんちゃん」


「ふふふのふ、いらぬ心配と言ったろう。わしの太鼓は破れん。破れんから煉獄二郎の太鼓なんじゃ」


 煉獄二郎がふんぞり返って自画自賛している脇、東校長はキョロキョロと誰かを探していた。テントの周りは忙しそうに教師たちが右往左往していて、開始まであと10分ほどだという緊張と緊迫が喧騒に姿を変えて辺りを跳ね回っている。

 その中で校長は目当ての人物を見つけ、少し離れたその人物に向け名を呼んだ。


「杜永先生!」


 当然、それはやしろであった。


「はい!?」


「ちょっとこっちへ……」


「なんの御用でしょうか?」


 6月といえど雨が降らなければ真夏日と間違うほどの熱気。そして必要以上の快晴とくれば、動く教師たちの身体は汗でぐっしょりと濡れていた。

 いくら本番で生徒達が暴れると言え、それまでの間あくせくと働くのは教師であるのだ。


「(うほっ、シャツが汗で濡れてぴっとりと体の線がまるっと見えてルンバ)ああ、ごめんね呼び止めて。珠城桐乃くんのことなのだが」


「あれ? そういえば来ていませんね……まさかドタキャンですか?」


 首からかけたタオルで額を拭いながら半ば強引に束ねた髪を湿らせて、やしろは首を振り周りを見渡した。その姿は俗にいうエロさ爆発である。


「(おー……これはこれは)珠城桐乃といえば去年優勝したあの筋肉少女ですな?」←煉獄


「(いやはや、目の毒ですな)去年の筆頭ですか? それは面白い余興ですな」←爺


「(今着てるシャツくれねーかな)ふむぅ、それは残念だね。彼女には是非起爆剤になって欲しかったんだけどね」←校長


「そうですね……卒業生は今忙しいでしょうし、あまり無理を言うのも可哀想ですし、本人も断り辛かったのではないでしょうか。……あ、すみません校長まだやることがあるので失礼します」


「(行かないでロケットおっぱりすと)ああ、悪かったね忙しいのに」


 やしろがその場を去った直後、三人のエロ老人は顔を見合わせて溜息を吐いた。


 ――一方、生徒サイドでは。


「まああああああ~~~~!!」


 千代がタオルを顔に巻きつけながら太陽の日差しを手のひらでガードしようとするが、日差しは容赦なく千代に放射し続ける。


「焼けます! 焼けますわ! 美白命の千代めはこんがりトースト色になってしまいます! お助けください、お助け下さいえんとーさいさまぁあ~~!」


 ちらっ


 千代が大袈裟にのたまい、時折エンジをチラ見しているがエンジは無視……というか聞こえていないようである。


「おのれ炎灯齊め……なぜにこんなにもぷりちーできゅーとなうら若きキュンキュン女子に興味をしめさないかぁ~……! はっ、まさか……」


 エンジを見るとハーレイと仲良さげに話しているのが見えた。千代はギリギリと歯ぎしりをすると目を見開きながら睨みつける。


「まさか……女性に興味がない……? いや、そんなはずは……しかしもしもそうだとすると千代ほどの才女に夜這いの一つも行わないというのは……」


 キャラがまことと被ってしまいそうなので、千代の様子はここまでにしておこう。



「エンジ、大丈夫?」


「心配すんなって、俺は自分でも恐ろしいほどに絶好調なんだ! 睡眠時間1時間もとれりゃよく寝たほうだぜ!」


 と目の下のクマを真っ黒にエンジは息巻く。そんなエンジを心配してみるがすぐにハーレイは笑って「そうだね、エンジは大丈夫だ」と1人で納得した。

『それではこれより第30回、三年生総当たり乱れ太鼓を開催します』


 グラウンドのスピーカーから女生徒の声でアナウンスされるとざわざわとしていた生徒達の声がピタリと止んだ。


「……ん? この声どっかで……」


 エンジは聞き覚えのある声に首を傾げ、


「……ん? この声どこかで……」


 ハーレイはゾクッと背筋に寒気が走り


「……ん? この声は確か……」


 千代は敵意に炎を瞳に宿した。


『今回、アナウンスと実況を担当させて頂きますのは、2年生代表赤目 まことです』


「やっぱり!」


 別々の場所で3人の呼吸が合った瞬間であった。


『ハーレイはぁはぁ……あ、失礼しました。それでは今回の乱れ太鼓に来賓として来て下さった方々を御紹介します。まずこの大太鼓の製作者であります煉獄二郎様。そして、炎殲院より学苑に協力を頂いております神楽煙宗司様のお二方です』


「えっ!」


 当然二か所の場所から驚きの声が上がる。


『そして、見届け人として東校長。さらに今年はスペシャルゲストと致しまして……前年の筆頭三年生を務めました……』


「ちょっと、あのアナウンスの子に珠城さんが来ないこと言ってないの?!」


 やしろがまことのアナウンスを聞き、慌てて近くにいた教師に詰め寄る。


「来ない……? え、そうなんですか?! でも来てるんですけど……」


「へっ?!」


『珠城桐乃さんです!』





 ドォンッッ!



 まことの紹介とほぼ同時に凄まじい音がグラウンドの地面を押さえつけ、その手形をめり込ませるかの如く誰の耳にも重くのしかかった。

 ドォンッという音はその後も微かに余韻を残しつつも、まことが次のアナウンスを言うのを待たずにもう一度同じ重さで鳴った。


「な、なんだぁ!? 誰かが太鼓叩いたのか!?」


「すっげぇデカい音だったぜ!? 人が叩いてあんな音が出るのかよ」


 あれこれと推測に乗せて混乱が飛び交い、ざわざわと場の空気が震え始める。

 ただ数人の生徒はそれに動じることもなく少し遠くに鎮座する太鼓を睨んでいた。

「はァ! おっもしれェ! 強ェ奴ァ大歓迎だぜ! 速攻で帆村を潰したら暇だなァって丁度思ってたんだァ!」


 佐々木小太郎は何者かが見えているようなそぶりで太鼓を睨みつけ、にんまりと笑う。

 そして、景気づけにもう一度太鼓が鳴ると、陰からスマートながら体格もスタイルも両立して良いと言える人影が現れた。

 銀髪に白いタンクトップに短パン。足首まであるスニーカー。そして腰に下げた戯刀。


『改めてもう一度ご紹介いたします! 前年度、この乱れ太鼓を制した筆頭三年生……珠城 桐乃先輩であります!!』


 桐乃は口角を少しあげ微笑むと正面で殺気を飛ばす生徒達に一礼にて挨拶をした。



「おお~~!! 来たじゃないか珠城くん!」

 

 テントから校長が嬉しそうに叫び、その声に桐乃は向き直ると深く頭を下げてお辞儀をした。


『皆さーん、それぞれ戯刀は持ちましたか? それでは乱れ太鼓のルールについてご説明します!』


 参加者でもないのにすっかりテンションが上がるまことが前のめりにマイクを握りアナウンスを続ける。


「えらくノリノリですな、あのうさ耳の生徒」


「ええ、彼女も伝承持ちでしてね」


「なんと! 学苑に伝承持ちが2人とな? そんな稀な偶然、これまでありましたかな!」


 興奮気味に食いつく煉獄二郎に東校長はテーブルに肘をついて溜息を吐いた。

「いやぁ、いいことばっかりじゃないんだよ。去年も色々あったしねぇ……」



『ルールは単純明快! 太鼓を多く叩いた人の勝ち! ですが200人が全員一斉に太鼓に目がけて来るのはひっじょーに危険です!

 なので風林火山組、各組から20名ずつ選出し80名を準決勝戦で40名ずつ争い、さらに20名ずつに絞った上で決勝として残った40名で総当たり戦を行います!

 そこで40名から1名を筆頭三年生として任命しようというわけです!』


 バンッ! とテーブルを叩きまことは興奮した様子で乱れ太鼓のプロセスを説明した。

 まことの説明からすると、つまり乱れ太鼓は計7戦行われるということだ。


『ハーレ……ごほん、筆頭三年生になればこれ以上ない名誉! しかぁし!

 みなさんの前には最強の筆頭三年生珠城桐乃が立ち塞がります!

 珠城先輩は決勝のシード……つまり決勝戦で争うことになります! そしてもしも珠城先輩が勝つようなことがあった場合……』


 まことはギャラリーが息を呑んで次の言葉を待っているのを見ると、更に溜めた。


『今期の筆頭三年生は……』


 ごくり、と私が口で言っておく。



『なし!!』



 構える三年生生徒たちからは竜巻のような叫びが上がった。


『うーくわばらくわばら……そういうわけでまずは風組から始めます! 今から10分の準備時間ののち、開戦です!!』

「おい」


「うきゃ?!」


 まことの背後にはエンジが立っていた。


「あ、エンジ先輩じゃないっすかぁ~! すごいっすね、殺気ムンムンっすね! うっわーこれ来年はまことも体験するんですね~! 

 ……あれ、あのコロポックル先輩は?」


 そう言ってまことはテーブルの下を探す。


「千代は風組だからな、一番最初の回であそこにいるよ」


 とグラウンドで構える風組を指差し、不機嫌そうな眉を更に吊り上げた。


「あ、そっすかぁ~……。あ! まことのハーレイ先輩はどこっすか!? 今、まことはテンションMAXだから後ろから揉みしだかれても全然OKっす! むしろ望むところっすよ!」


 まことは相変わらずの猥談を目をギラつかせながら詠った。


「あほか。早く死ね、全ての士道の為に今すぐ死んでくれ」


「ジェラシー? イェーイ、みっともなーい! あ、でもそんなにまことが欲しいならお尻で我慢……」


「わーわーわーわー!」


 エンジは大声で叫ぶとまことの猥談を遮った。


「かわいいっすね、エンジ先輩」


 ニタニタと指でつついてくるまことに殺意を覚えるがとりあえずエンジは我慢した。

「そんなことよりよ、なんで2年のお前がここにいんだ」


 額に血管を浮かび上がらせ、ギザギザの眉をさらにギザギザにしながらエンジはまことの指を払いつつ聞いた。


「いやぁ~なんでも頼んでみるもんっすね、ダメ元で校長に直談判したんすよ。『まことのおっぱい好きにしていいから乱れ太鼓に関わらせてくれ』って」


「え、それでどうしたの?」


 内容のインパクトに圧倒されエンジは思わず棒読みになる。彼の心が呟いたのはこうだ。

 ……こ、こいつ校長に賄賂交渉しにいったのか。


「でも安心してくださいエンジ先輩、まことのピンクの(自主規制)は(自主規制)されることもなく(自主規制)……」


「わーわーわーわー!」


「ってことで校長はなにもしなかったっすよ」


 にへへ、とエロウサギは笑った。


「いやぁ、ハーレイ先輩の参加する行事っすから何が何でも親が死んでも絶対に見たいって思って……へへ」


 どうやらまことのハーレイへの思いはいつものピンク色の妄想だけではないらしい。それはまことの顔が物語っていた。口から出る言葉は大人も引くほどの下ネタだが、彼女の持つ気持ちはとは確実に恋心。まことはハーレイに本気で惚れているのだと鈍感なエンジですらわかった。


「……そうかよ。じゃあまあ、せいぜい邪魔すんなよ」


 去り際に尻を揉まれた気がするがエンジは気のせいだと自分に言い聞かせてその場を去った。

 グラウンドのスピーカーから軍の行進曲のような堅苦しい音楽が流れ、この日に向けてリハーサルや説明などろくに受けていない風組含め3年生は、なにをすればいいのか分からずにただそわそわとした。


「おーおー、毎年のことだがみんな戸惑っとるのぉ」


「東校長、これはなにかの決まりでかけているのですかな?」


「うん? いやぁ最初はそうだったんだけど今は自由。なんか面倒だからこのまま使ってるけど……やっぱそろそろ替えた方がいい?」


「そりゃあ……そうだのう、だってこれは大戦の時の行進曲じゃろう? 今の若い連中に聞かせても訳分からんだろうに」


 テント内で以上のようなコメントやりとりしつつお茶と菓子をつまむ3人の老人は非常に和やかなムードでその様子を見ている。そんな中、先ほど太鼓の影から現れた珠城桐乃がやってきた。


「お久し振りです。校長」


「おー珠城くん! いやぁ、来てくれないんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」


「すみません。私用が少々たてこんでいまして、ですがもう大丈夫です」


「そうかそうか。決勝まで退屈かもしれんが、是非よろしく頼むよ」


「はい、遠慮なく全力でやらせて頂きます」


「まあまあ、それはそれで頑張ってくれたらいいから、こっちで一緒にお茶でも飲みなよ」


 校長の誘いに桐乃は、「いえ」と断りテントから外れた場所で腰を落とした。


「つれないねぇ~」


 校長は包み紙から焼き菓子を取り出すと口に放り込み、太鼓を眺めた。

『それではみなさん待ちくたびれて【自主規制】もギンギンにおっ立って……あ、女子もいるので【自主規制】もビッチョビチョになっていると思います(ちょ、ちょっと赤井!)(やめろ! あいつを止めろー)ので、早速風組戦からやって行こうと思います!

 いいですかー……?』


「まことの奴、よっぽどテンション上がってんのな」


 判事が後頭部、首と髪の毛の境目を掻きまことのアナウンスに苦虫を噛み潰した顔で溜息を吐いた。


「はは……かなり直接的な単語飛び出してたからね」


 それに乗ったハーレイも同じく苦笑いで一筋の汗を流した。



『情ケ無用! 始めぇえ!!』



 

「うおおおおおおおおお!」

(……全く、緊張感がない連中だ。卒業すればそんな楽観主義ではおれなくなるというのに。映像記録は返却したからもうここにいる必要はないのだが……)


 太鼓に向かって叫びを上げながら、50人ほどの生徒が砂埃と巻き上げ戦国時代の合戦の如く光景を、薄く開いた眼で見詰めながら桐乃は思った。

 自分の売り込みの為に拝借した前年の乱れ太鼓の映像はさきほど返却済み。バックアップも取ってあるためにもうこの場にいる理由はない。

 だが桐乃の尻を乗せたパイプ椅子から立ち上がれない事情があった。


「珠城くん、どうだね今年の三年生は?」


 東校長が桐乃の隣で茶菓子とほうじ茶を持ちニコニコと話しかける。桐乃はそれに当たり障りのない短い返事を返すと、再び混戦するグラウンドに視線を戻しながら脱却できない現状を少し憂いた。


(やれやれ……もう少し様子を見てから決めるか。それにしてもこの校長、やはり侮れないな。他意なしに隣に居座っているようでどこかオレを監視しているような気がする。

 杞憂であるとは思うが、流石は士道学苑校長とでも言っておこうか)


「ん? 今、なんか私のことをイケメンだとか思った?」


「……いえ」


「いえ、ってじゃあイケメンって思ってないってことかぁ~! それはそれでショックじゃないか珠城くん」


 大袈裟にリアクションを取り身振り手振りでアピールする校長に対し、言い方はおどけていたが自分の思考を読み取られていたのではないかと内心桐乃は構えるのだった。


「まあ今日はゆっくりしていきなよ。まだ一回戦目だからね、前筆頭三年生」


 パキン、と噛み割った茶菓子の乾いた音が妙に桐乃の耳に残った。




【士道ノ十四に続く】

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