第9話
この年の帝國の夏は、例年よりも冷夏の予想となり、7月にもなったこの日も季節よりもずいぶんと肌寒い気温であった。
ワアアアアアッ……!
しかし、肌寒い気温をその轟音で吹き飛ばそうと、観衆がその登場に歓喜の歓声をあげ、それは熱気となりその中心にいる人物に雨となり降り注いだ。
「Are not subject to such a grand welcome at any USA」
「you can not miss. Star」
ジョニーとシェリーは一言そう交わすと、降り注ぐ歓声の雨に両手を広げて応える。
「もう見飽きたぜよ。この光景は」
諒が呆れた様子で競技場のトラック中心に立つジョニーの背に向けて言った。
「まーまー。竜巳先輩、いいじゃないですか。話によるとこれでも大分と入場制限をかけたみたいですよ?」
まことが先ほど関係者から聞いた情報を、まるで自分が仕入れた情報の様に披露し、自慢げに片方の口元を上げた。
「それにしてもこの熱気はすげぇな。ジョニーって帝國でもそんなに有名なのか」
「そりゃメディアで毎日毎日あれだけ盛大に取り上げてたらああもなるんじゃないですか? それにしてもさすがスターですよねー。人前に立ち慣れてるっていうか……。
まことはあんな大勢の人前に立ったら緊張でおしっこ漏らしちゃうかもしれないです。
……あ、でも人前おしっこ漏らすってのも背徳感があって結構」
「しゃべんな」
「しゃぶんな?」
呆れたエンジは伏し目がちでジョニーの背に視線を戻した。
ジョニーから20メートルほど離れた関係スタッフのための特設テントに設けられたテーブル。
そこで三人は喝采を浴びるジョニーを見ていた。
彼らの目の前にはモニターが設置されており、各角度から映されたジョニーが確認できる。
ジョニーに熱視線を送る観客席を落ち着いて見ると、なるほど確かに満員と言う訳ではなかった。動員数はせいぜい4分の3ほどと言ったところか。
その様子を見れば先ほどまことが言っていた『入場制限をかけていた』という話にも納得がいく。
口には出さないが、表情でそう答える諒とエンジは、ジョニーの周辺でおかしなことが無いかを目の前のモニターと肉眼で確認できるジョニーの姿で監視していた。
「人前でお漏らし……」
そろそろ聞かないふりをするのもキツくなってきたエンジと諒は、まことを押し倒し押さえつけるが、まことは何故か嬉しそうだ。
「っきゃあああ! やめて! エンジ先輩! 竜巳先輩! 乱暴はやめてください!
いや、本気でやめてって言ってるわけじゃなくて、むしろ乱暴してほしいっていうか……やめてぇ! エンジ、諒ぉ~~~! むぐ、もごご!」
セリフだけ見れば誤解される方もおられると思うが、今まことがされていることはそういった卑猥なことでは一切なく、諒がまことを押さえつけ馬乗りになったエンジが、ガムテープをビビビと音を立てて伸ばしているという健全なものだ。
叫んでいるまこと(顔は笑っている)の口に無理矢理ガムテープを貼りつけ、彼女が喋られないように口を塞いだ。これぞ実力行使
「いいか?! 絶対俺達のどっちかがいいっていうまでそのガムテ―プ剥がすんじゃねーぞ! わかったな!」
「もごご」
幸せそうにまことは頷いた。
『うおぉおおおおおっっっっっ!』
まことを黙らせていると大音量の歓声にエンジ達は振り向かされた。
「うおーっ! ジョニーが銃を出してる!」
エンジ達からだと遠くてジョニーが持つ銃がよく見えなかったが、モニターではしっかりとその手に握られた銃を捉えていた。
ホワイトプラチナの右の銃はブラックゴールドの装飾がところどころに施されており、グリップの底に大きなドクロのレリーフがあった。
そして左に持った銃は右手の銃とは真逆に、ブラックゴールドでところどころにホワイトプラチナの装飾。グリップの底には同じくドクロのレリーフ。
右の銃となにより違うのが、銃そのもの形状であった。
ホワイトプラチナの銃はオートマティックのマガジン型なのに対し、ブラックゴールドの銃は六発式リボルバーで、通常よりも長いバレルが特徴的な銃だったのだ。
「She Monroe. And she's Hepburn. I ask Regards」
ジョニーが左の銃と右の銃を交互にアピールしつつ観客に向けて話した。
『こっちの黒い銃はモンロー。黒いのはヘプバーンだ。よろしくな』
ほぼ同時にジョニーの話した言葉の通訳が競技場のステレオから流れた。
声でそれがシェリーのものであると分かった。
『あまり彼のプロフィールを紹介したくはありませんが、この国が総出でもてなしてくれたことに是非感謝をしたいというジョニーの強い意志により、このデモンストレーションが実現しました。
僭越ながら私が彼の通訳並びに能力の解説をさせて頂きマス』
「憎ったらしいほど堂々と喋っちょるのう!」
あれだけの数の観客を前に堂々と話すシェリーに向けて、悔しそうな表情で諒は言った。
「しっ! ジョニーが構えたぞ!」
エンジはモニターにかじりつくように前のめりになる。
『みなさんにはあまり馴染みがないと思うのでGUNMANについて簡潔に解説します。
この国の士道は紋句と呼ばれる、『剣を抜くロックを解除するキーワード』を保有していますが、我が国のGUNMANではそれに近いシステムを『EMBLEM(エンブレム)』といいます。
これは撃つために必要なキーワードになっていて、通常このGUN(銃)には実弾は装填されていませんし、実弾を装填することも不可能です。
お分かりと思いますが、GUNMAN専用に作られた特別な銃ということになります』
シェリーはジョニーよりも一歩前に立ち、ジョニーのもつモンローとヘプバーンを時折指差したり、視線を送ったりしながらGUNMANのシステムについて説明する。
『ではどのようにしてこれを武器として成立させるか。
先ほども言った通り、士道では『紋句によって抜刀』することができます。
GUNMANでは『エンブレムによって弾丸を装填』するのです』
シェリーがそう言って一歩下がる。
『言葉で説明するよりも、このくだりは実際にみて頂きマショウ』
ジョニーが垂直に肩の高さに広げた両手を肘から上に曲げ、銃口を空に向けるとその言葉を口にした。
『A kiss from the goddess of victory(勝利の女神からの口付けを)』
直後、彼の握った二丁の銃からガギン! という明らかに内部に変化があったことを知らせる、金属が干渉し合う音が会場の誰もが聞こえるほどの音で鳴った。
『通常この装填音はこれほど大きな音は出ないのですが、ジョニー曰く【ファンサービス】だそうです』
シェリーが少しバカバカしそうに説明すると観客はまたどっと沸いた。
その様子にジョニーはますます機嫌をよくしてパッパッとポーズを変えて見る者を楽しませるのに余念がない。
「ジョニーやるなー!」
「なんじゃ? お前、もしかしてあのアメ公のファンになってしもうたんか?」
「るせー! そんなんじゃねーよ! そんなんじゃ!」
『GUNMANで扱う銃の種類は様々です。マシンガンのような形式もあれば、バズーカ砲のような形状のものまで。
弾丸を射出するというベースさえ守っていれば、GUNの形状は自由と言っていいでしょう。
紋刀は帝國政府直属の鍛冶機関でしか生産されないのに対し、GUNMANの製造はごく限られている我が国が認可を下した民間機関にてされています。
それによって多様性で勝っているのです。
GUNの形状が様々だということは、その能力もさまざまだということでもあります。
能力が様々、これは弾数にも同じことが言えます。
優秀な能力を持つ弾丸には制限があり、……これは個人差もありますが平均的に17発から20発ほどが一般的な弾数でしょうか。
弾数が無くなればリロードが必要となり、このリロード方法もプレイヤーによって違います』
再び一歩前に出たシェリーは解説を続ける。
観客たちは退屈しているかと思いきや、士道を元にした異国のGUNMANという競技のシステムに誰もが興味を示していた。
しかしそれ以上にシェリーの堂々とした演説によるところも大きい。
それに加えてジョニーのサービス精神あふれる佇まいも彼らを飽きさせない理由の一端にもなっていた。
『もちろん、能力の高さよりも汎用性を求めるプレイヤーは、能力をごく低めに設定し弾数無限という設定をしている者もいます。
それを踏まえた上で、ジョニーの弾数を御紹介しましょう』
シェリーのその少しの溜めの間に観客とエンジはそれぞれゴクリと生唾を呑み込んだ。
『各GUNに一発。つまり2発です』
「えええええええええええええ~~~~~~!!!!!」
特設テントでエンジが叫んだ。まったく同じトーンで観客席からもざわめきが轟く。
『ヘプバーンとモンローに今、一発ずつ弾丸が装填されています。ジョニーの場合、能力が特殊すぎるためその条件がおのずと重くなった結果、各GUNに一発しか装填されないという能力になったのです。
しかも……』
シェリーの言いたいことに同調したジョニーは白の銃……ヘプバーンを高く掲げた。
『ヘプバーンは標準的なオートマティックハンドガンの形状で、リロードの条件は手動でのスライドバック。一度に装填できる弾数は一発ですが、リロードの制限はありません。連射が出来ず一発ずつのリロードが彼のプレイに過酷な制限を課しているのは言うまでもないでしょう。
ヘプバーンの弾丸能力は相殺。相手の攻撃に合わせて撃つことで初弾、もしくは攻撃動作を無効化することができます』
会場はまたどよめき始めた。
しかしどよめきの中でも、勘の鋭い人間はそれの意味に気付き、言葉を無くす。
案の条エンジはその意味に気付いてはなかったが、隣で見ていた諒はその意味に気付いた。
「じゃあ……どうやって戦うんじゃ……?」
「なんだ? どういうことだよ!?」
思わずつぶやいた諒の言葉にエンジは食いついたが、諒は待てとエンジを制止すると「続きを聞くんじゃ。まだ黒い方の銃があるぜよ」と言った。
『お分かりですね? そう、ヘプバーン単体では攻撃は出来ません。
ということは、攻撃できるのはこちらのモンローということになります。
では次にモンローです』
シェリーが合図を送ると巨大な鉄球を吊るしたクレーン車がトラック内に侵入した。
「ッ!!」
そのクレーン車の登場に3人は構えた。
『このクレーン車はパフォーマンスの一環ですのでご心配なく』
シェリーがちらりとエンジ達を見てアナウンスした。どうやら観客に向けたものではなく、エンジらに向けたアナウンスだったようだ。
鉄球の大きさは直径2メートルほどの鉛の鉄球であった。
『私の解説にもそろそろ退屈してきた頃でしょう。では実際にその目で確かめて頂きまシヨウ』
シェリーが数歩後ろに引くと、ジョニーはヘプバーンを構えた。
鉄球を止めていた金具が外され、ブランコの振子が遠心力に従ってジョニーに向かって襲い掛かる。
『エンブレムによって込めた弾丸をGUNMANでは《スピリット》と呼びます。ジョニーが込めたヘプバーンのスピリット!』
ジョニーはその襲い掛かる鉄球に動じることなく、深くかぶったテンガロンハットのつばから射抜くような眼光を覗かせているのみであった。
ゆっくりとヘプバーンを目の高さで構え、トリガーを引く。
『バァンッ』
ヘプバーンから放たれた弾丸は鉄球を完全に捉えた。誰もが脳裏に弾丸の何千倍も大きいと思われるその鉄球が破壊される様など想像も出来ないでいる。
それだからこそその瞬間、誰もがなにが起こったのか理解できないでいたのだ。
「な、なんだ?!」
右隣で「んー! んー!」と塞がれたままの口で叫ぶまことが、その鉄球に向かって指をさす。
ジョニー目がけて振られたはずの鉄球が、ジョニーから逃げるように逆方向へと振られたのだ。
ジョニーはすぐにヘプバーンをスライドバックし、リロードを成立させ反対の手に持ったモンローを鉄球目がけて構えた。
「う、撃つぞ!」
息を呑み黙る観客たちの声を代弁するかのようにエンジが叫ぶ。
それに呼応したようにジョニーはそのトリガーを引いた。
『ガキン』
「……え?」
エンジ達が呆気にとられる暇もなく、すぐジョニーは再びヘプバーンを構え、鉄球を押し戻す。そしてまたリロードしたかと思うとモンローを構えた。
たった今起こったシーンを再現する鉄球は、まったく同じシーンでジョニーに襲い掛かる。
瞬間、キーンと甲高く細い音を競技場全体に轟かせ鉄球は粉々に四散し、その姿を無に帰した。
会場中、シェリーを除いた全員の時間が止まる。
目の前で起こったことが、余りに理解の域を超え過ぎていて、それぞれの時を止めたのだ。
『みなさん。今日は運が良いようです。まさか2回目でモンローのスピリットが出てくれるとは思いませんでしタ』
ジョニーを除いて唯一、場内の中でなにが起こったのかを完全に理解しているシェリーが再び解説を始めた。
『ジョニーの持つモンローの能力は【ジョーカー】。この弾が当たった対象はほぼ必ず倒されるほどのダメージを負います。説明だけすると信憑性にかけますが、こうして実際に見て頂くとご理解いただけるかと思いマス。
この能力は、ほぼ確実に相手をダウンさせますがその分条件も厳しいものとなっています。
リボルバーであるモンローにスピリットを装填した時点で、6分の1でランダムに撃ちだせるようになります。つまり、運が悪ければ5回撃っても空撃ちという事態も想定され、実際のプレイでもありました。
しかも、もし外せばリロードの条件は【ヘプバーンで6回攻撃を相殺すること】。
こんなにも特殊性の強い能力でGUNMANにおいて、ベストプレイヤーの座にいるジョニーの能力の高さを御理解頂けたでしょうカ』
ジョニーはホルスターにGUNをなおすと、両手を振って観客にサービスを振りまき、その凄まじい力とキャラのギャップに、観客は大歓声で応えた。
「攻撃を無効化する弾丸に、当たれば必殺のロシアンルーレットの弾丸。あんなデタラメな能力でよく闘ってられるもんじゃのう」
諒は各モニターをチェックしつつも素直な感想を述べた。
「でも見ました? あの威力の凄まじさ!」
「ガムテープ外すな」
「もごご」
「明日の神雷とのマッチング、すっげぇ楽しみになってきたな」
エンジはうずうずとする胸を押さえ、興奮気味に言うのだった。
出来ることならジョニーと戦ってみたい。
初めて見るGUNMAN、その頂上に君臨する男が目の前にいる。
神雷とはまた全く違うタイプの強敵にエンジの胸は高鳴ってばかりいたのだ。
「なんじゃお前さんが戦りたいっちゅう顔しとるのう」
「ああ、戦りたい!」
エンジの興奮している様に興味を持ったのか、珍しく諒から次の質問を投げた。
「ほう。帆村、お前さんならあのジョニー相手にどう戦るつもりじゃ?」
「そんなもん決まってる!」
諒はずいっと、エンジに近寄り「どんな?」と尋ねる。
「力押し!」
5秒ほどそのままの状態で固まった諒は、ふぅっとため息を吐き椅子に体重を任せた。
まことはというとモゴゴッと呻くように笑い、エンジの肩を叩いた。
「……どういう意味なんだそれ」
2日目も無事に終わり、ジョニーの泊まるホテルの前で、エンジ達は形式上の別れの挨拶を交わし、ジョニーの背中を見送ろうとその場で待っていた。
ジョニーは少し歩き、立ち止まるとシェリーになにかを話しかけ、少しするとエンジ達に向けて再び戻ってきた。
「……? どうしたんじゃ」
戻ってきたジョニーの意図が分からず諒はシェリーに尋ねた。
「……ジョニーが『一緒にディナーをどうだ』と言っています」
「ディナー?!」
思わぬ誘いに3人は一斉にジョニーを見上げた。
ジョニーはニコニコと笑って「オーライ?」と聞く。
「別に来たくなければ結構です。ジョニーはこう言っていますが、無理に一緒……」
「いきますっ!」
シェリーが言い終わるのを待たずにまことが手を上げた。
「……」
言葉を遮られ自分の意図することとは違う方向に向かっていく状況に、シェリーは不機嫌そうな表情を隠すことなく現した。
「肉食いたいな肉」
「わしゃあ魚が喰いたいぜよ」
「……」
ジョニーはシェリーに『通訳してくれ』というジェスチャーをし、渋々と言った様子でシェリーは3人の意向を伝えた。
「グッド!」
ジョニーは3人にサムズアップし、3人もサムズアップに笑顔で返した。
ただ一人笑顔でないのはシェリーのみであった。
「……それでは行きましょう……」
明らかにいつもよりも低い声でシェリーは、4人を後ろに率いてホテルの最上階レストランへ昇るエレベーターのボタンを押した。
さて、ここからは不機嫌色のレインコートを着込んだシェリーがジョニーとエンジ達を通訳している体を前提としてシーンを描写しよう。
「パッハァ~! 日本のビールは味に奥ゆかしさがあって実に好みだ!」
一瞬破裂音と聞き違えてしまうほど景気の良い息を吐き、ジョニーはジョッキのビールを一口で半分以上飲み干した。
「遠慮するな、どんどん食ってくれ」
ジョニーは所狭しとテーブルにならんだビーフ、ポーク、チキン、フィッシュのメインやサラダにスープたちに両手を広げてエンジ達に勧めた。
「……と、その必要がない奴もいるな」
「んが、んぐ、ごきゅん! おぐっ、もがっ!」
ジョニーが促す前に手あたり次第に料理にがっつくのは言わずもがなのエンジ。他の2人はそんなエンジが恥ずかしく思っているのか、ちょっと待てと言いながら止めている。
「ああ、いいんだいいんだ。そのまま食わせてやってくれ! それにしても……ビッグブレード・ボーイ、なかなか気持ちのいい食いっぷりじゃぁないか。
こりゃあ俺も負けてられないね!」
ジョニーは言い終えるが早いか、エンジに負けじと料理にがっつき始めた。
エンジも一瞬、ジョニーのその姿をちらりと見たが、彼の闘争心にも火がついたのかさらにペースを速めた。
「ちょっと! エンジ先輩! もうっ、汚いって! 汚すのはまことの貞操だけでいいのに! あ、いや竜巳先輩でもいいんですよ! ……もう誰でもいいんですけどね!」
「とんだアバズレ発言じゃのう……」
「……それで、ジョニー。なにか話が合ったんじゃないのですか」
思い思いに各々が発言する内容を通訳し続けるシェリーが、食事を進める暇などあるはずもなく、ようやく会話にひと段落ついたタイミングでジョニーに尋ねた。
「んがっ! んぐ、もぐ……! ん? なにがだ? 別に話なんてないぞ」
「……貴方は……」
シェリーが手元に並べられたナイフとフォークからフォークを掴み、ジョニーを睨んだ。
「お、おいおい! ちょっと待てよ! 理由がなきゃディナーに誘っちゃダメか?
だからお前は頭が堅いってんだ、よく見りゃキュートなのにダーリンの一人も出来ないのはその石頭のせいだぜ?」
「私のこの構えを見てもまだそんなジョークを言えますか、ジョニー」
「アッギャァ!」
「!?」
なにごとかと思い3人はジョニーに注目した。
注目の的であるジョニーの左手の甲にフォークが突き刺さっている。
「いつから私にジョークが通用すると?」
「すすすすまん! 悪かった、悪かったからもう勘弁してくれ!」
ふぅ、とため息を吐きシェリーは自らが刺したフォークをジョニーの手から引き抜いた。
「次は目、イきますからね」
「お、オーケイ……」
「うう、もう食えねー……」
「ふふん、も、もうお終いかい? デカいのはそのブレードだけだな……ボーイ」
ギブアップを宣言したのはエンジだったが明らかにジョニーも限界の様子だった。夥しい枚数の皿が積み上げられたテーブルの隙間からそれを眺めていた3人は、意味のない張り合いの勝敗についてミリ単位の興味すらもない。
「おいしかったぁ! ジョニーさんごちそうさまです!」
「あー……いやいや、レディには少々気の利かないレストランだったかな? すまないね、次はキミの為に店を選ぶよ。だから今日のところはこれで許してくれ」
ジョニーはそういうと近くのウエイターに目配せをすると、まことのテーブルにパフェが運ばれてきた。
「わあ!」
まことの目がキラキラと輝き、分かりやすく掌を組んで感動する。
「おーおー、やることがシブイのう。さすがじゃ」
諒は楊枝で歯の隙間を鋤きながら茶化すように言うが、その表情に微塵の悪意もない。
ジョニーの人当たりの良さをこの2日間でよく理解したのだろう。
「そうかい? この国では女性に幸せにするのは男の義務じゃないのかい?」
「……んー、そうじゃのう。そこら辺がこの国が開国できん一つの理由かもしれんのう」
「なるほど、それは勿体ないね」
ジョニーは諒の話にも本当におかしそうに笑った。
「ところで一つキミたちに聞きたいことがあるんだが……」
ビールをワインに切り替えたジョニーが、チビチビとシーサラダを食べ始めたシェリーを気にしながら3人に向けて尋ねる。
「なんだよ」
もう食べられないと言ったはずのエンジは、まことが幸せそうに食べているパフェを物欲しそうに眺めながら心ここにあらずと言った様子で返事をした。
「あるサムライのことなんだがね」
「なんじゃ、結局神雷のことが知りたいんか」
「いや、神雷のことじゃあない。……まぁ、確かに彼も気になる存在ではあるんだが」
ジョニーは一つ咳払いをすると3人をじっと見ると、「この国の人間とゆっくり話す機会なんてきっとこの場面しかないと思ってね。もし知らなくても気にしないでくれ」と言った。
「飯の恩くらいは返すぜ。知ってることくらいなら教えてやらぁ」
エンジは偉そうに言っているがパフェしか見ていない。
「そうかい! そう言ってもらえると嬉しいね! じゃあ、遠慮なく聞くが、この名を聞いたことはないかい」
「【センニンゴロシ】」
場が一瞬止まった。
それは凍ったのではなく、止まったのだ。
「《千人殺し》……か? なんじゃぁ、人の名前か?」
諒が眉の片方を上げて目を見開いた。初めて聞いた、というリアクションに他ならなかった。
「……千人殺しって……千人の女を」
「そりゃ千人斬りじゃあ」
まことが言い切るのを阻止する突っ込みを受けまことは、スプーンを口元まで持ってきて止まっていたパフェを口に入れた。
「知らないか。そうか、うーん……じゃあ仕方ない」
そう、時が止まった理由は、単純に誰もその名に覚えがないからだった。一瞬、誰もがその名の手がかりが記憶の中にないか探ったために出来た間。それが時を止めたものの正体だったというわけだ。……一人を除いては。
「おい、……帆村、どうしたんじゃ」
パフェを見詰めていたエンジの表情は一変していた。
物欲しそうに半開きになっていたはずの口は、まっすぐ結ばれ、目は強張り一点を見詰めている。
「そ……そんなにパフェ食べたいんですか……」
まことがそんなエンジの視線に観念したのか、アイスとクリームをスプーンですくうとエンジに差し出そうとした時、
「その男になんの用があるんだ」
エンジはパフェを睨みながら言った。いや、もう既にパフェなど目に入ってはいない。
彼以外の人間には誰一人として見えていない《ナニカ》を睨んでいる……そんな具合であった。
「ビッグブレードボーイ?」
「その男になんの用があるんだって言ってんだ!」
エンジが強くテーブルを叩き、高く積み上がった皿がそこに居る客全員が振り返るほどの音を立てる。
その勢いで一瞬傾き、崩れようとしたのをまことと諒が寸でのところで阻止した。
「……」
エンジは【千人殺し】についてなにかを知っている、と彼の剣幕で察しのついたジョニーは黙ってエンジの目を見た。
――この男はREDか? それともBLACKか?
ベットの受付が始まったルーレットテーブルの前でどちらにコインを託すか。
そんなカジノでの緊張感に似た感覚にジョニーは、無言という行動を選んだのだ。
「ジョニー……」
隣のシェリーがホルスターからGUNを出そうとするのを制止し、ジョニーは静かに「まあ座んな」とだけ言った。
ジョニー達のテーブルの周りを黒いスーツの男が数人囲んだ。
「護衛はいらないって言っただろ」
「これをシークレットサービスだと思わないでください」
シェリーの言葉に納得したのか、ジョニーは彼らを無視することにした。
「OK、ビッグブレードボーイ。その質問に答えよう。他の2人は知らないようだから、どこまで知名度があるのかは知らないが……。
ジャンルを問わず真剣勝負に身を置く実力者の間ではこの名のサムライは有名人だ。だが、この男は存在自体が胡散臭いサムライでね」
「……どういうことだ」
「実態がないのさ。誰もその正体を掴めていない。ただ、【一人で3国の軍を沈めたバケモノが帝國にいる】って噂だけが独り歩きしてね、もはや知っている人間の中ですらその存在自体オカルトだと言っている。
誰も接触したこともなければ、なにか史実が残っているわけでもない。3国の乱戦の中降り立ち、3国の軍総勢1000人を一夜にして殲滅したっていうのに、実態が掴めていないなんておかしな話だろ?
だが俺は、信じているのさ。頂点まで到達した人間が更に上を目指すってのは自然なことさ、だからその情報がないか、一切の情報をほぼ遮断しているこの国に直接仕入れに来た。
今回来日した理由の何割かはそれだ。
おっと、無駄話をしたな。つまり、その男……【千人殺し】と戦いたい、ってのがその男に対する《用件》だ」
シェリーがジョニーの話を通訳して話している間、エンジはジョニーを睨み続けていた。
ジョニーはそんなエンジから一切目を逸らさず睨み返している。
テーブルを囲む黒服と、シェリーがいつでも動けるように構える中、諒とまことはその緊迫の中で冷たい汗で額を湿らせているのみだった。
「次は俺が聞いてもいいかい」
「……」
「ビッグブレードボーイ、キミは千人殺しを知っているみたいだが……どういう関係なんだ?」
沈黙が更に空間に鎮座する。ただ、真ん中に居座りそこにいる人間を睨み殺すかと思うほどに張り詰めた沈黙だけを振動させていた。
「メシの恩、ちょっと早いがここで返すぜ」
沈黙を裂いたのはエンジだった。エンジはジョニーの返答を認めたのか、ようやく立ち上がった拍子に転んだ椅子を直し、元の席につくとジョニーを睨むではなく、見詰めた。
「あんたの疑問を晴らしてやるよ。まず【千人殺し】は実在する」
シェリーが通訳して伝えるとジョニーは「ワオ!」と叫び目を見開いた。
「根拠は?」
ジョニーが聞いたのではなく、シェリーが個人的にエンジに聞く。その表情はどこか怒りに似たものも感じた。
「……ヤツの名は『帆村 センエツ』、またの名を2代目炎灯齊」
まことと諒が同時に反応した。
「はぁ!?」
「マジで!?」
その先の言葉を失くす二人を無視してエンジは一つ深呼吸をする。エンジの言葉の意味を分かっていないジョニーはシェリーになにかを言われて合点がいったというリアクションをし、さらに「アンビリーバボー」と驚いてみせた。
「……つまりホムラ、【千人殺し】は貴方の父親だということでスカ」
「言っておくが、ヤツを倒すのは無理だ」
シェリーの問いに答えずエンジは続けた。
「……なぜだい?」
ジョニーがワイングラスを手に取ってエンジの顔を伺い、疑問を投げた。
「帆村センエツはこの俺が倒す。だからあんたには倒せない」
ジョニーはその言葉を聞いてハッハッハッハッと豪快に笑った。
『ジャキッ』
その光景に誰もが目を疑い、理解するのを放棄しそうになった。
ジョニーがモンローの銃口をエンジに向け、構えていたからだ。
「ジョニー! なにを……」
さすがのシェリーもこの光景に狼狽えた。しかしシェリーの言葉を遮るようにジョニーは被せる。
「じゃあ今ここでオマエを仕留めりゃ【千人殺し】に近づけるって解釈でいいのかい?」
緊迫した状況で通訳など出来るはずもない。だが、今のジョニーの言葉の意味がわからないまでもその表情と行動でエンジは理解していた。
「残念だけどな、俺はまだ限界じゃねえ。限界まで辿り着いた俺じゃなきゃヤツを倒せねーんだ。だから今の俺をやったところで無駄だぜ」
そう言うとこの状況でエンジは笑って見せた。
次の瞬間、エンジに向かってなにかが飛んできた。それを反射的にキャッチすると、自分に向かって飛んできたものの正体を見てエンジは絶句した。
「ちょ、……これ……」
「気に入ったぜ相棒! それがGUNMANのGUNだ! 好きなだけ見ていいぜ、ほら、こっちも」
今度はまことに向けてヘプバーンを投げた。
「わ。す、すご……」
「ジョニー!」
たまらずシェリーが詰め寄る。だがジョニーはワインを飲み、上機嫌に言った。
「明日は日中フリーだからな。ここ二日間サボってたトレーニングをこのホテルのジムでやってる。このスケジュールはシェリーしかしらない。キミらもフリーとしか聞いてないだろ?
良かったら俺のトレーニングの相手になってくれないか。サムライとはやったことないんでね。神雷戦の参考にするさ」
「ジョニー! 明日のことは……」
「いいのさ、こいつらは俺が認めた【次期ライバル】だ! そうだろう? 《エンジ》」
ジョニーはワインを飲み干し、ビンを取りまたグラスに注ぎながらエンジに対して言った。
「……エンジ? ああ、そうだな」
シェリーが通訳する以前に『エンジ』という名をジョニーが発したのに気付いたエンジは、嬉しくなり笑って答えた。
「帆村、えらく気に入られたもんじゃのう! え? 次期ライバル!」
「次期ライバル? ……ああ、そんなこと言ってくれたのか」
エンジは炎灯齊を手にすると、ジョニーの傍らにドスン、と立てた。「あんたもこれが気になるんだろ?」と照れ笑いを隠して言った。
「……クール」
――3日目。
エンジ達はホテルの部屋で今日の日程について、最終的な確認と打合せを行っていた。
時刻は朝8時。
ジョニーがジムに行く時間は不明ではあるが、現在までのところ彼がジムに向かったという連絡はない。
「おそらくシェリーはジョニーについとるじゃろうから、俺達は遊びに来たという建前で行かんといかんぜよ。シェリーは俺らの本当の目的を知っているからのう、ジョニーに不審に思われんために俺らと距離を離したがるのが予想できちょる。……そこで、じゃ」
諒が朝食に出されたモーニングセットについていたフォークの先でエンジの顔を差した。
「帆村、……それに赤目」
次にまことを差し続ける。
「お前さんたち2人がジョニーに接近して、一緒にトレーニングもどきに付き合うんじゃ。そして頃合いを見てシェリーを外に出して、わしんところに来させてほしい」
「シェリーを? なんでですか?」
「18時からの神雷とのエキシビジョンマッチについて、わしらの立ち位置じゃ。最悪ここでならわしらが実は護衛じゃったちゅう真相がバレてもええじゃろ。これが最後の砦じゃけえのう」
「ふむ、なるほど」
「流れとしてはわしとシェリーが先に会場に向かい、お前さんらとジョニー3人が後から来る。お前さんらが会場に着くころにはこっちのスタンバイもバッチリっちゅう寸法ぜよ」
少し得意げに口角を上げて諒はフォークを指揮棒のように振った。
「ジョニーがジムに籠るっちゅうスケジュールが、わしらしか知らんっちゅうことは、この秘密を死守せにゃならん。ということは、秘密を知る人間が全て現場に集結しとけば情報が漏れる心配もないっちゅうことじゃ」
「ひどーい! 竜巳先輩、私たちのこと信用してないんですか?」
「え? そうなの?」
「信用しちょるとかしちょらんとかじゃないぜよ。お前さんらは故意や悪意が無くても、つい零してしまう可能性もあるはずじゃ。
まーそれはわし自身も自信ないけんのう。最後の日じゃから念には念を入れとかんといけんっちゅうことじゃ」
諒の講釈に考えるのが面倒になった二人は、諒の立てたスケジュールについて素直にうなずいた。
『ピピ』
その時、諒のコトダマが着信を知らせ、諒はその内容を確認する。そして、すぐにエンジ達を見ると言った。
「言ってる内にジョニーが動きおった。わしらも準備するぜよ」
「よーし、ダッシュで行くぜ!」
「阿呆」
「アホだと?!」
「ジョニーはわしらが自分と同じホテル……それどころか自分の部屋の真下に泊まっちょるなんてことは知りもせんのじゃ! ジョニーが行ってすぐにわしらが姿を現したらどう考えても不自然じゃろうが」
「ぐう」
エンジがじれったそうに唇を噛み、落ち着かないようすで玄関へ続く短い廊下を行ったり来たりしている。
「どんくらい待てばいいんだよ」
「最低でも1時間は待っとかんといかんじゃろ」
諒はモーニングセットのサラダにフォークを突き立てるとプチトマトを刺し、口に入れた。
もごもごと頬の内側を盛り上がらせてソファの背もたれに体重を任せると、紋刀・龍伐齊をカウンターに立て掛けて
「まぁ気楽に待てっちゅうことじゃ。ここで急いては全てが水の泡……なんてこともあり得んこともないからのう」
「うー羨ましい……その落ち着き」
まことがそわそわとベッドのシーツのシワを指で伸ばしながら、エンジと同じく落ち着かないといった様子で答えた。
「泣いても笑っても今日一日ぜよ。まあ何も起こらずに終わるのを信じるしかないっちゅうことじゃ」
トレーニングジムは38階建てのビル25階にあった。
フロア全体がジムになっており、一つ上の階層にはプールもある。
普段は著名なアスリートやタレント、権力者やその家族が利用しているこのジムもさすがに今日と言う日だけはジョニーだけの貸切だ。
ジム内は所狭しと運動器具が揃っており、遠目から見れば満員電車の人ごみのように犇めき合っているようにも見える。
平常時の利用客で溢れている風景ならば、さらに息苦しさを感じてしまうことは請け合いであろう。
そんな情緒を感じているのかは分からないが、ジョニーはラットプルダウンという座りながらダンベルを上げるようなマシンで、トレーニングに汗を流していた。傍らではシェリーがバインダーを手にし、何かを記入しながらジョニーを見ている。
ウエスタン調の赤をメインとした格好にテンガロンハットがトレードマークのジョニーだが、ここでは肌にピタリと密着したスポーツウエアを身にまとっていた。
一方のシェリーの方もいつもの欧風の少年ファッションではなく、フード付きのパーカーの上下に身を包み、ジョニーのトレーニングメニューを目で追っている。
「んん! ……っんふぅ、……んん!」
うめき声にも似た声を喉から漏らす度、ジョニーの顔は赤く変色し、力いっぱいに強張らせた顔は目から火でも噴くのではないかと思わせる。その光景に反復してジョニーの背後に詰まれた重りがギシリとも音を立てずにリズムよく上下していた。
「シェリー……!」
「喋るとペースが落ちますよ」
「今……何回目だ……んん!」
「2千回目ですね」
「お、お前殺す気か……そろそろいいだろ」
「なにを言っているんですジョニー? あなたは来日してからトレーニングらしいトレーニングもせずに、好きなものを好きな時に食べ、好きな酒を好きな時に呑んできたのです。このくらいの枷は当然ですが……」
「ですが……なんだ? さすがにやりすぎだと思ったんじゃないのか」
「いえ、むしろ甘かったかと。ジョニー、メニューでは2千回までとしていましたが、2500回に変更しましょう。ファイト」
「うう……お前はギャングか」
「3千回にしましょうか?」
「イエス、サー! 文句言わずにトレーニングします!」
ジョニーが500回の追加を素直に受け入れ、30回ほどのリフティングをしたころエンジ達は現れた。
「ジョニー」
「おお、お前たち来たか」
便宜上割愛しているが、当然ジョニーの言葉はエンジ達には通じていない。だが、シェリーはエンジ達のことをあまり好ましく思っていないので通訳をしてくれないでいた。
「あ、シェリー」
そんな不機嫌なシェリーに内心「話しかけづらいなぁ」と思いつつもまことが声を掛け、ジョニーに話が聞こえないところまで連れてゆき、諒のところへ行くようにと促した。
シェリーは何度がジョニーをちらりと見たが、短いため息を吐くと本音の面倒さを胸の中に押し込めながら外へと出た。
だがジョニーはシェリーが自分の元から離れたことについて不審に思うこともなく、むしろシェリーが離れたおかげでトレーニングにブレイクを入れられることに喜んでいるのだった。
「すっげージムだな」
『なんだ、ジムでトレーニングはしないのかい?』
シェリーがいなくなったのでみなさんに通訳できる人間がいなくなった。……というわけでジョニーの話す言葉は全て訳した状態で進めてゆこうと思う。
「ん、ああ……道場とか……かな」
言っている意味はもちろん理解していないが、ジョニーと人間的な距離が縮まったせいか、彼のボディランゲージや言葉のニュアンスでなんとなく言いたいことが分かるエンジがいた。エンジは炎灯齊を軽く振って、普段はどこで訓練しているのか日本語で答える。
『ドージョー?』
「そう、道場だ。英語でなんていうのかわかんねーけど、……そうだな、学苑のジムってところか」
昨日訪問した【学苑】と【ジム】という単語でジョニーは察したらしく、「オー」とオーバーに驚いてみせる。
エンジは初めてみるトレーニングマシンを興味津々に眺めたり、触ったりしているとスポーツドリンクを手に持ったジョニーが「やってみるか?」と聞いた。エンジは、「いいのか」と聞くとジョニーは親指を立ててニッカリと微笑みで答えた。
「やったぜ! これは……えっと……どうやんだ」
マシンの使い方が分からないエンジにジョニーが優しく教えてやる。エンジは器具を動かすと「おー! おー!」と素直に喜びを表現しつつ、初めて体感するそれらを楽しんだ。
「グゥッド」
そんな素直なリアクションにジョニーも機嫌をよくし、エンジの隣にある同じ器具に座るとエンジに負けじと張り合った。
「おっ!? なんだやるかぁ~!」
『まだまだヤングには負けてないってのを証明しなくちゃな!』
テンポよく器具を鳴らしている二人はまるで歌っているかのようにリズミカルで、その表情も明るかった。ジョニー達の元へ戻ったまことがそんな二人に声をかけられなかったのはそのせいかもしれない。
==========
その後トレーニングレースをひとしきり競った二人は、サウナで汗を流し、シャワーを浴びて帝國ドームでの神雷戦の準備をしていた。ジョニーは、いつの間にかエンジのことを弟のように親しく接するようになり、エンジもまたハーレイと同じように肌や目の色に囚われない「友達」としてジョニーを捉えるようになった。
それは神雷との関係性とも違う、不思議ではあるがどこか羨ましいものだと、そばで見ていたまことは思ったようだ。
「……BLもいいな……じゅるり」
違ったようだ。
『シェリーはどこだ?』
あまりにも自由を楽しみ過ぎてシェリーと言うパートナーの存在をすっかり忘れていた様子のジョニーだったが、最後のメインイベントを前にようやくシェリーがいないことに気付いた。
「先に諒と帝國ドームへ行ったよ」
エンジの言葉に少し間を置き、【諒】というのがいつも3人でいるパーマ髪の生徒であることを察したジョニーは『OK』とだけ答えた。
その後、帝國ドームへ向かう車の中でジョニーとエンジは言葉が通じないのにも関わらず色々な話をした。その感覚だけで会話する二人を半ば呆けた様子で眺めるまことは、その間に入る隙がない。
諒がいなければすっかり外を監視すらしない、ある意味ジョニーと二人は似ていた。
控室の前まで行くと、ジョニーはエンジ達に手を差し出し「これ以上はくるな」のサインを出した。
自分たちも戦士であるエンジとまことはジョニーの意味することは充分に理解が出来る。
軽く頷くと素直にそれに従おうと踵を返し、ジョニーと別れようとした時だった。
「ENJI!」
名を呼ばれ振り向いたエンジに、差し出した手のポーズを変えると握手を求める格好で待っていた。
「ジョニー」
ジョニーと強く握手を結ぶと、ジョニーはどうすればいいかわからずソワソワとしているまことも呼び、同じく握手を結ぶ。そして二人に向かって最後になるであろう言葉を送る。
「It was good to meet with you. See you(いい出会いだった。また会おう)」
エンジは照れ臭そうに笑うと
「なんだ? 『シーユー』っていうのか? それなら俺にも覚えられそうだな! じゃあ、お返しに俺もジョニーに日本語を一つ教えてやるよ」
「ぶっ倒す!」
「ブッタオス?」
今までの流れがなんだったのか思うほど急ハンドルをきった言葉にまことは一瞬石化したが、ジョニーが意味も分からずにエンジの言葉を反芻したのに我に返り、
「ちょ、エンジ先輩! なんでいきなり喧嘩売るような言葉教えてんですか!」
「は? だってジョニーも俺に『次は覚えてろ』って言っただろ」
微妙に惜しいが全く違うニュアンスで理解していたエンジは、売り文句をプレゼントしたのだった。
「ち、違いますって! なにをどうしたらそんな風に解釈できるんですか! ここまでの流れでよくそこに辿りつきましたね!? 逆に尊敬しますよ!」
「なんだよじゃあなんて言ったって言うんだよジョニーは」
まこととエンジが言い合っているのを横目にジョニーは「bye」と手を振りその場を去ってしまった。
「っもー! なに言ったかなんか知りませんけど、少なくともエンジ先輩が思ってるような喧嘩言葉じゃありませんって! あほー!」
「あ、あほ!?」
「……もういいです! とにかく早く竜巳先輩と合流しましょう!」
「? ああ、そうしようぜ」
エンジとまことはコトダマで諒を呼び出しつつ、会場へと向かった。
『シェリーは控室でジョニーと落ち会ってるはずじゃ。わしらはお前さんたちが来る数時間前に会場入りして、刀狩が潜伏しそうなポイントを一通り洗ったぜよ。猫の子一匹隠れられんくらい調べたからのう、おそらく大丈夫じゃ。
もしも刀狩が襲撃するとすれば空からでもないと絶対に無理じゃな!』
諒は自信満々にそう言い放った。コトダマ越しからでも分かるほどの語気だったため、その自信のほどがうかがえる。更に諒はこう続けた。
『しっかし「念には念を」っちゅうことでのう、わしら3人が監視するポイントを設定したから今から言うポイントに行って欲しいんじゃあ。最終日のメインイベントじゃけぇ、ここにはわしら以外にも護衛が百人を超える体制で張っとる。仮になにか起こったところで実質的にわしらはお役御免じゃが、一応任務じゃからのう、最後まで気を抜かんように頼むぜよ』
諒の指示を聞き、まこととエンジは諒が指定したポイントに向かうことにした。なにかあればお互いのコトダマで連絡を取り合い、対応する。
シェリーとの打ち合わせで、この厳戒態勢の中で全員の位置を確かめられるようになっているらしい。
ジョニーの側でシェリーが状況を見つつこちら側に直接指示を出すということだ。
それはなんだかんだと言ってもシェリーが諒たちをその方面に於いては信頼していることの表れでもあり、たった3人と云えども直接指示できるシークレットサービスがいるというのは彼女にとっても心強いことなのかもしれない。
ドーム周辺をぐるりと囲み並ぶ入場客たち見渡しながらまことがポイントへ向かう。裏方のスタッフしか通らないような通路だったが、なるほどこの経路ならば襲撃には打ってつけだ。しかしそれは同時に監視するのにも打ってつけの好立地であるともいえた。
「うっひゃー、竜巳先輩ほんとによく調べたんだな~! 確かに盲点なのかもしれない」
まことはある意味穴場ともとれる裏通路を進み、不審者がいないか、異変がないかを細心の注意を払う。
「こんなところで刀狩と鉢合わせとか……しないよね?」
最初は諒の下調べに対して感心していたまことだったが、暗い通路が続くにつれ次第に心細くなっていた。
「まことの身体目当てなら百歩譲って許すけど……人殺しが目的の輩だったら……」
まことは不安になるイメージを拭うように後ろ腰に備えた飛天齊を強く握った。
「人殺しが目的の輩だったら……まことがやっつけなきゃ!」
この先になにもないことを祈りつつ、同時に彼女は会敵した場合、全力でそれを屠ることを決意した。
『客の入場が始まった! お前さんらポイントに着いたか?』
『まこと、バッチリっす!』
まことの返事を聞きエンジも「こっちもオッケーだ」と答えた。
そのエンジはというと、ステージの直上にある巨大なスポットライトを釣る剥き出しの鉄柵の足場にいた。小柄なエンジなのでそこに居るのは適役とも言えたが、エンジの場合自分の身体よりも巨大な炎灯齊を持っているためそこに辿り着くのには軽々に、とは言い難かった。
だがその苦労を思わせないほど平然とした表情でどっしりと胡坐をかいてエンジは諒からの応答を待つ。
『このイベントさえ終わってしまやぁ、無事にわしらの使命は終いじゃ。早いとこ済まして、平和な学苑生活に戻ろうぜよ』
「は、本当に【平和】ならいいけどな」
『違いないわい』
コトダマ越しに諒とエンジは笑った。
『帝國国民の皆様ッ! ついに夢のメーンイベントが開催されます!
この日を待ち望んだ人も多いでしょう! 他国からの入国を原則禁じている我が国において、他国の……それも友好国アメリカからのスターの来日!
それだけでもすごいことなのに、さ・ら・に!
我が国 士道のトップスター・風馬 神雷とのドリームマッチが実現するのです!
この歴史的大舞台を自分の目で確かめようと集った国民、なんと5万人!
さらに豪華ゲストもお招きしています! 正面、大型電子スクリーンをご覧ください!
向かって左からNNNの連続ドラマ主演で人気を不動のものとした女優若狭つかさ、その隣は……』
「うー始まったぁ~。いいないいなぁ、まこともじっくり観戦したいなぁ~」
すっかり空は藍色の風呂敷に覆われていた。星が輝いているのか、月は俯瞰で覗き込んでいるのか。
そんな日常の当たり前の移り変わりよりも、神雷vsジョニーの一戦の方が俄然気になるまことがいた。
「神雷先生が勝つかなぁ~、いやいやジョニーも負けて欲しくない……。けど、けどっ! やっぱり士道には勝って欲しいかなぁ。……うぅ~~ん! 悩むっ! 観たい!」
うずうずと腰をくねらせてじれったさを隠しきれないまことは、チラチラと背後の小さな覗き穴から会場を見た。
だが常に外を監視しておかなくてはならないまことには、会場での仕合をじっくり見るわけにはいかないのだ。その地に足つかない感じがまことの注意力を散漫にさせる。
「It would be useless when she does and looking away. It is attacked by a scary person」
「えっ!?」
突然英語で話しかけられたまことが振り返ると、外から差し込むわずかな明かりが何者かの半身を照らしていた。
まことは一瞬それがジョニーかと思ったが、すぐにそんなはずはないことに気付き飛天齊を握った。
「……誰ですか」
少し背が高い男のようだが胸から上が丁度影に隠れて見えない。だがまことは今ここでこの人物の顔を確認することが重要でないことを理解していた。
何故ならばこの訪問客はまことに状況を確認しに来たわけでも、ただの通りがかりでも、ましてや差し入れを持ちこんだ訳でもない。
間違いなく彼女の【敵】として現れたことだけは確かであったからだ。
故にまことのこの場合の問いには《なんという名前ですか?》ではなく《何者ですか?》という意味を込めてまことは聞いたのだ。
「Thanks to you we was a fool, it was easy to do really.」
「英語で話すのはやめて! まさか本当に外国人なの?!」
そう言ったまことの目に、対峙する人物の左手に持つ紋刀が目に入った。
「紋刀……? じゃあやっぱり帝國の人間ってことだよね。つまり」
暗闇の中でもその男の口元が醜く歪むのが分かった。悪意のこもった笑みがまことの全身をざわつかせ、緊張と恐怖が入り混じった冷たい汗が彼女の毛穴を広げさせる。
これは間違いなく、まことの人生の中で最大の危機であると言えた。
目の前の姿がはっきりしない敵は、明らかに自分よりも実力が上だと士としての感覚がそう叫び狂っているからである。
そう、本能が『逃げろ』と言っている。
「I'm afraid, but I died. It's to die remain virgin Although I'm concerned about」
「うるさいっ! 英語で話しかけるな!」
『飛天開眼!』
まことが飛天齊に力を込め、紋句を詠った。
短刀型の飛天齊を逆手で抜くと空間に太刀を入れ、それを足場にして思い切り蹴った。ロケットの如く凄まじい速さで敵に向かい刃を振るった。
しかし敵はまことの攻撃を最初から知っていたかのように最小限の動きでそれを躱す。その挙動に一瞬の戸惑いを見せたまことだったが、すぐに思考を切り替えた。敵はというと、勢いで背後に回ったまことについていけないでいた。
間髪入れずにまことに背を見せたままの敵に目がけ跳躍し、ロケットの第2撃を放ち敵に反撃の隙を与えまいと襲い掛かった。
「So I would have said. Attacks What are you, too linear.」
敵は鞘のまま紋刀を背にあてがい、まことの斬撃を受け流し、受け止めるではなくロケットの軌道を変えさせ、ほとんどダメージなく初めて見るはずの、まことの攻撃を完璧に見切っている。
「そんな……なんで!?」
突進する軌道を変えられたまことはその勢いのまま壁に貼りつき、足元に足場を作りその場で留まった。その様はまるで空中に浮いているようにしか見えない。だが影はその光景にも別段驚くこともなくゆっくりとまことに歩み寄り、距離を詰めてくるのだった。
「竜巳先輩とエンジ先輩に知らせなきゃ……」
相手は紋刀を抜いていない。紋句を詠わないと抜けない紋刀の性質上、唐突な攻撃はないことを分かっているまことは、コトダマを開き諒とエンジに会敵を知らせようと飛天齊の紋に手を掛けた時だった。
『ご来場の皆様方! 風馬 神雷、ジョニー・バレット両者が登場するまでの間、TKK12のスペシャルライブをお楽しみください!
尚、こんかいのドリームマッチを記念して本日はスペシャルメドレーにてお送りします! それではどうぞ!!』
大音量のアナウンスと、大人気アイドルグループの登場に沸くドーム会場の轟音が斬撃の音を掻き消し、その場に倒れる音もさせず敵の足元にはうつ伏せで倒れるまことの頭があった。
「そんな……紋句なしで抜刀するなんて……聞いて……」
途切れ途切れ辛うじて疑問を唱えるまことの瞳の焦点はどこにも合っていなかった。
「竜巳先輩……エンジ先輩に……」
去ろうと足を上げる敵の靴を残った力を振り絞って掴むが、簡単に振りほどかれ力の行き場を失くした掌は血の水溜りにぴちゃりと音を立てて落ちた。
そして数秒遅れてなにかが落ちた音が狭い通路に響いた。この狭い通路と視界の悪い場所では、まことの能力は存分に発揮できるはずもない。意識が遠くなってゆく最中それを痛感しつつも、たった今響いた音の正体がおそらく敵の持っていた刀であることを確信した。
(紋刀を捨てたってこと? ……じゃあ、どうやって戦うんだろ。紋刀は一人に一本しか所有できないし……。もしかして自分の紋刀じゃなかってこと……? もしそうだとしたら……)
そこでまことの思考は途切れ、意識を失うのだった。
『三代目炎灯齊、聞こえるか』
唐突にコトダマに通信が入った。この声にこの独特な呼び方は間違いなく神雷である。
「なんだよ。仕合前だってのに余裕だな」
それなりに緊張感を持ってポジションで会場を見下すエンジは、ややイヤミを含んだ言い方を神雷に投げた。
『抜刀アラームが鳴った。今関係者中、騒然としている。心当たりはないか』
「抜刀アラームだと?! どこでだ!」
『赤目まことの抜刀履歴が上がってきている。この3日間に関してはお前たち3人のアラームは解除しているから、アラームの主は赤目ではない。場所は妙なところだが……赤目と一緒ではないのか?』
「ああ、諒が指定したポイントに刀狩が出ないが張ってたところだ。俺達3人がそれぞれポジションについて監視してる」
『アラームが鳴っている紋刀の所有者は木本 雄二。知っているか?』
「いや、知らねえ」
『そうか。とにかくお前はそこから動くな。アラームの場所には誰かを行かせる』
「わ、わかった」
通信を閉じるとすぐにエンジはまことにコトダマを開く。だが、どれだけ待ってもまことがコトダマを返すことはなかった。
「くそっ! なにが起きてるってんだ!」
次に諒に繋ぐ。諒はすぐに出た。
『おお帆村か! お前さんは無事なんか!?』
「ああ、けどまことと繋がらねえ! 諒、聞いたか!?」
『ああ、抜刀アラームが鳴ったっちゅう話じゃろう? わしのところにも神雷からコトダマがあったぜよ。……赤目のヤツ、無事じゃとええが』
次の瞬間、コトダマ越しに諒の叫び声が聞こえた。それはなにかしらの痛みや苦痛の類だと直感で知る。
「おい! 諒! どうした!!」
『帆村! これはマズイぜよ……まさか、わしらを標的しちょるとは……』
次に金属のぶつかる音――。
これは……確実に太刀を振るう音だ!
エンジは容易に諒のおかれている状況が把握できた。つまり……襲撃に遭っている!
「おい! 諒! お前今どこだ!!」
『帆村、すぐに神雷に知らせるんじゃあ! わしゃあここでこいつを倒して根掘り葉掘り全部吐き出させちゃる!』
「やめろ! おい、諒! どこだ!!」
『ええからはよう神雷に報告するんじゃ! お前さんと喋っとったら紋句詠えんじゃろうが!』
「……わかった、絶対やられんなよ!」
『誰に言っとるんじゃ。わしゃあ無敵じゃ!』
【士道ノ十へつづく】
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