第6話(後)
『我が帝國国家日本と友好同盟を結んでいる、数少ない友好国家アメリカ。士道のシステムを参考とし、生まれたスポーツ支援制度【GUNMAN(ガンマン)】は、日本で言うプロ士道である。
アメリカに【GUNMAN】が生まれて今年で50年という記念すべき日に、【GUNMAN】発足を助けた感謝を込めてなんと、【GUNMAN】の大スター選手“ジョニー・バレット”が来日する!
当番組は、ジョニー・バレット来日を記念してスペシャルな舞台を用意した。それは来る7月7日、帝國では七夕にあたるこの日にジョニー・バレットのパフォーマンスを独占生放送!!
帝國の剣劇と米国の銃撃、どちらが勝っているのか切り札が切って落とされる2時間半!
それでは来日する前に意気込みをジョニー本人にインタビューした映像をどうぞ!』
画面が暗転し、派手なBGMと共に白いテンガロンハットを被った長い金髪を風に揺らした鼻が高く、彫りの深い青い目の男が映し出された。
「さすがにこう見るとハーレイみたいだな」
「帆村、静かにしろ」
ぼそりと呟いたエンジに神雷が大きく映し出されたプロジェクタの横で注意した。
下唇を尖らして、肘をつき「へいへい」と手を振るエンジとその隣には、赤目まことと竜巳諒が座っていた。
映像は、日本語の吹き替えでどこかの声優がジョニーの声を当てている。
『Q.日本にどんなイメージがありますか』
『日本だろ? なんともアメイジングでミステリアスな国さ! GUNMANの礎となったって話だが、実際のところ日本という国の情報はほとんど知らないしね!』
『Q.初めての来日ですが、どんな気持ちですか』
『ははは、聞いてくれたね! さっきからその質問がいつ来るかウズウズしていたんだ!
答えはこうさ、「エキサイティング」!』
『Q.エキシビジョンで日本の士と試合をしますが』
『そう! 【サムライ】は強敵だと思うぜ! こっちは遠距離に融通が利く銃だが、サムライは近くに来られたら……アウトだ』
“アウトだ”の部分で両手の拳を開き、BOM! というジェスチャーをする。
『Q.エキシビジョンで戦うことになる【風馬 神雷】について』
『OH~! デンジャラスボーイだな!! 戦いの映像を見たが、とてつもなく強そうだ。こんな危険な男を敵に回すなんて俺はなんてツイてないんだ……!
彼が敵でなくもし味方だったら、ベストフレンドになるぜ。神雷となら異世界でモンスターに襲われたとしても乗り切れそうだ! だが俺は全力で戦って、勝たせてもらうぜ』
大きいジェスチャーで身振り手振りアクションを付けながらサービスたっぷりに話すジョニー・バレットはかなり陽気な人物という印象を見る者に持たせた。
『ありがとうございました~! このようにジョニー・バレットさんは来日に向けてやる気充分といった様子でした』
司会の女性がスタジオでこう締めると、次の話題に移り、そのタイミングで画面はフェードアウトしてゆく。
「エンジ先輩、エンジ先輩!」
「……なんだよ」
「やっぱり……アメリカ人って大きいのかな!?」
「なにが」
「ほら、アメリカンドッグのこと! あんまり大きいと入らないから」
「一刻も早く死ねばいいのにな。お前」
ジョニーを見て悶々とするまことと、そんなまことに呆れるエンジ。
「それにしても……」
エンジはまことの隣で静かに佇む3年の竜巳諒を見た。彼は微動だにせず、ただそこに居る。無表情に結んだ口と、丸いレンズの色眼鏡に隠れて見えない目元。
黙っていても放つ無言のオーラが、エンジを無意識に構えさせた。
「【辰】の伝承使い……か」
エンジは竜巳に無言で睨みを利かせる。しかし、竜巳はそれに全く動じない。
「ふん、余裕ってやつか……。気に入らないぜ」
神雷が近くへとやってくると、竜巳を見た。
「……」
黙って竜巳を見ている神雷。もしや、一触即発の状況なのか。
「……竜巳」
「……」
神雷の呼びかけを無視し、姿勢を変えずただ佇む竜巳。
「……ご、ごくり」
内心、エンジも竜巳のことを『すごい根性の持ち主だな』と思っていた。あの国内最強クラスとも言われる士、風馬 神雷を無視するとは。
いつ竜巳が神雷の逆鱗に触れるか分からない状況に、エンジは生唾を飲んだ。
「……竜巳、起きろ」
ついに神雷が仕掛けた! ……ん?
「竜巳 諒、起きろ」
ゴンと、風迅で頭を殴られる竜巳。
「んがっ!」
「い、痛いじゃろうが! なにするぜよ!」
飛び上がり、竜巳は神雷に詰め寄る。
「……え、寝てたの?」
呆気にとられたまことがぽつりと呟き、エンジもヤレヤレと首を振った。
エンジと神雷が戦った日より3日後、エンジは校長と神雷に視聴覚室に呼び出された。
そこに居たのは、【卯】の伝承使い・赤目まことと、【辰】の伝承使い竜巳諒であった。
まこととは面識があるエンジだったが、諒とはお互い初めての顔合わせだったので、少し緊張していて一言も口を利かなかったが、なんらかの思惑があって伝承使いが3人ここに呼ばれたのだと理解した。
「で、アメリカのアイドルが来日するからなんだっていうんじゃ」
頭を擦りながら諒は神雷に対して疑問を投げつける。
「ねぇねぇ、神雷ってやっぱりやりまくってんのかな」
ピンク一色のまことは興奮気味にエンジに聞く。
「お前はいいからちょっとは話を聞け」
神雷は着物の胸元からたこせんを出すとそれをぱりぱりと食し、彼らのそんな様子を無視するように
「お前たちにはこのジョニー・バレットの在日間、彼の護衛をしてもらう」
「は?」「ひ?」「ふぅ~」
神雷は口いっぱいにたこせんを頬張ると再度プロジェクタに画像を映した。
映された画像に日程スケジュール表。
「まふ、ほほにははへていふほが」
「口のもん無くなってから喋らぁせんかい!
諒が思わず突っ込んだ。どうやらこの空間には突っ込み属性の人間が多いようだ。
「……ごくん、まずここに書いてあるのが『抜刀訓練合宿』。2年生は来週から抜刀訓練に入ると思うが、お前たち伝承使いには別メニューを受けてもらう」
「別メニュー……?」
「おいおいちょい待ち、わしは3年やけどうすんじゃ。抜刀訓練なんぞ終わっとるぜよ」
「らかはへふめみゅ」
「食いながら喋んな! どっちかにするぜよ!」
おお、どうやらこの男はボケを放っておけない性格らしい。さすが九州男児?
「ごくん、……だからお前たちは別メニューと言っている。まず、竜巳諒」
「な、なんじゃ」
「お前の実力は合格済みだ。テストの必要はなかった」
「そりゃどうも……って、なんのテストじゃ」
神雷は次にまことを見た。目が合ったまことは神雷を見詰めて自分の指を舐めている。これではただの痴女だ。
「赤目まこと、お前は入苑時のテストに合格した。まだまだ未熟な部分もあるが、まぁ問題ないだろう」
「ね、ねぇ……今私神雷に口説かれてる?」
「口説かれてねえ(キッパリ)」
神雷は最後にエンジを見た。
「そして、一番の不安要素だった帆村エンジ」
「不安要素だぁ!?」
神雷はたこせんを取り出すと食べ……ようとしたが諒とエンジに止められ、不機嫌な表情になりながら話を続けた。
「伝承使い……というか、学苑の紋刀をもつ全生徒で唯一、抜刀しないお前が不安でなければなんだというのだ。故に他の2人よりもキツめのテストをした」
「おい、お前なにされちょったんじゃ」
「お尻は大丈夫だった!?」
「……神雷と死合いさせられた」
エンジは神雷から目を逸らさずまことの頬を思い切りつねりながら言った。
「それもまぁ……紙一重ではあるが合格した。それ故今回のメンバーに晴れて参加できたというわけだ」
パリと一口たこせんを頬張る。何故この男はこんなにもたこせんを好むのだろうか。
「肝心なことをはぐらかしよるんはやめじゃ。なんのテストかって聞いちょるぜよ」
「ふむ」
神雷は3枚目のたこせんを食べ干すと、映し出された画面の【5月20日 抜刀訓練合宿】と書いてある部分を指した。
「テストとはこの抜刀訓練合宿に参加するテストだ」
「お、おい! 俺が聞いてたのは抜刀訓練“授業”の非抜刀での参加資格だったはずだぞ」
「そう、あれは嘘だ。……うむ、だが抜刀訓練には変わりないから半分嘘だ」
「そんな嘘の割合なんてどうでもいいよ! メンツを見たところ……全員伝承使いってことは、わざわざ俺達を選抜したってことか!?」
神雷はエンジに近寄ると、胸元からたこせんを出しエンジの座る机の上に置いた。
「ご褒美」
「は?」
「概ねその通りだ。今回の護衛に関して、伝承使いであるお前たちが故意に選抜された。その理由は、伝承の持つ特別で強力な力が必要だからだ」
「はい、神雷先生!」
まことが右手を上げ、発言を求めた。神雷は「赤目、言ってみろ」とそれを促す。
「あのぉ~、なんで神雷先生やぁ~、ほかのプロ士道とか軍族の人じゃないんですかぁ~?
やっぱりそのぉ~、まことをぉ~慰み者に……」
「だ・ま・れ・!」
更に妄想爆発なことを話そうとしたまことを無理矢理椅子に押し込む。むぎゅぅと声を上げ、体の関節が変な方向に曲がった。
「ふむ、その質問が今回の護衛任務の肝となる」
「任務?」
“任務”というワードに鼻をピクリと動かして諒が反応する。
「そう、今回の任務は帝國政府から下りた重要な任務。いわば国務と言ってもいい」
「ちょっと待てよ! 俺は軍族じゃねぇし、軍族に希望も出してねぇ! なんでそんな任務の肩担がなきゃなんねぇんだ!?」
「ん? ……誤解しているようだから言っておこう。
お前たちには拒否権はない。なぜならばこれは既に機密であり、発動された任務であるからだ。そしてその人選は俺に一任されている」
「……はぁ!?」
「そりゃちょっと横暴すぎちゅうもんじゃろが」
「拒否権はない……? ゾクゾク」
「この学苑が国家機関である限り、お前たちには従う義務がある。拒否権はない……とは言ったが別に断ってくれてもいいぞ?
ただし、その手に持つ伝承は回収させてもらう」
「……!」
3人は黙り込んだ。
「……まあそんなに固まるな。ジョニー・バレットが滞在しているほんの3日間、奴を守ればいいだけだ。赤目の質問に答えていなかったな。お前たちでなければならない理由……。それはジョニー本人が護衛がつくことを拒んでいるからだ」
「なんでじゃ」
「奴はアメリカでナンバー1とも言われている実力者だ。どんな刺客が来ようが迎撃する自信があるんだろう。帝國政府に来日の条件として護衛をつけないことを言ってきた」
まことが手を上げ、また神雷が「話せ」というやりとりをする。
「あの、じゃあジョニー・バレットに護衛をつけなくてもいいんじゃないんですか?」
「その通り。表向きには護衛がついていないことにしなければならない。いくら本人が護衛を付けるな、と言っても今回ジョニーを狙う奴はいくらでもいる。友好国との関係を崩壊させたい連中がな」
含みを持たせる物言いにまことが更に迫った。
「友好国との関係を崩壊させたい連中……それって」
「それは君たちの最初の敵でもある。刀狩の連中だ」
「……!」
再び室内が静まり返る。“刀狩”というワードがそれほどまでに危険を孕んでいるのだと空気が告げた。
【刀狩】
紋刀ばかりを狙う集団。
その性質からかなりの高値で闇取引されている紋刀は、当然ながら価値が上がれば上がるほど、狙われやすくなる。
学苑を卒業し、紋刀を手にして士はまずこの刀狩などの集団から士の魂である紋刀を守らなければならない。
古ければ古いほど価値があがり、最初の紋刀と言われている伝承十二本刀はその中でも最高金額で取引される対象だと言われている。
上記のように紋刀を売りさばくには複数の紋刀が必要であり、その紋刀は不正に奪取したものがほとんどだ。(近年、金策に行き詰まり自ら売りに出す士もいる)
過激なものになれば、人殺しさえ辞さず現代の辻斬り騒ぎも起こっており、これは帝国内で徐々に社会問題になりつつあった。
また、売るという用途の他に紋刀を改造し所有者でなくとも使用可能に施した状態でさらに値を乗せて取引する集団も増えている。
このような活動をしている集団を総じて【刀狩】と呼ぶ。
刀狩には集団によって理念も目的も違い、それぞれがそれぞれの集団を名乗っている。
紋刀を扱う職業の一つ、帝國軍の紋刀兵団の主な活動はこの刀狩の殲滅でもあるのだ。
そういった訳で、続きをどうぞ。
「刀狩の連中からすれば戦争してくれた方が好都合だ。自分たちが奪ったり改造した紋刀がもっと売れるようになるからな。
その手っ取り早い方法がアメリカの象徴であるジョニーの暗殺。
来日中に奴が刀狩と言えど、日本人に殺されたとあれば、さすがに黙っていないだろう。強大な軍事力の総力を挙げて帝國をつぶしにくるはずだ。
そうなれば対アメリカと戦争になることは避けられない。
世界最大の軍を持つ国との戦争に、鎖国中で他の国とも交流がほぼない帝國に手を貸す国があると思うか?」
表情が凍り付くまこと。生唾を飲み込む諒。
「じゃ、じゃあそんな危険な来日、中止したほうが……」
「このイベントはアメリカと帝國にとって絶対的に必要なものだ。絶対的な力を持つアメリカと、帝國の文化が如何にすぐれているかを強調したい帝國政府。
友好条約を結んでいるアメリカが鎖国している日本に、アメリカの象徴を送り込むんだ。
諸外国に威嚇する意味でもこれ以上ない舞台……。
特に、【士道】を基にして作られた【GUNMAN】という兄弟システムが確立して50周年という記念する年。政府としても中止はあり得ないというわけだ」
神雷は3人を見渡して、4枚目のたこせんを出し食べ始める。さすがの諒もその姿に突っ込むことはしなかった。
「だが……まあ心配するな。こんな大々的なイベントをわざわざ襲ってくるような刀狩などいないだろう。利口な奴なら利口な奴ほど、それがどれほど馬鹿げているかわかるだろうからな」
「それに今言ったことはあくまで【最悪のシナリオ】だ。お前たちは念のための人員。これも経験だと思って、有難く思っておけ」
諒はそこまで神雷の話を聞いて、机に突っ伏して溜息を吐いた。
「……んで? わしらの立ち位置は?」
「うむ、お前たちは今回、士道学苑を代表してジョニーと同行する。これはあくまでジョニーの親日をアピールする目的だ。
帝國の未来の士を育成する学苑で学ぶ謂わば士の卵のお前たちとジョニーが一緒に行動することで、さらに好感度を上げようっていう取組というわけだ。わかるな」
「ってことは……あ~つまり、俺らはジョニーのファンを装えってわけね」
面倒そうに頭をポリポリと掻きながらエンジが言った。
「そういうわけで、だ」
神雷は画面の次の項目を指差した。
「お前たちには来週からジョニー来日までのおよそ40日間、俺の元で抜刀訓練をしてもらう。……つまり、抜刀しての戦闘訓練だと思ってくれ。
三代目炎灯齊、お前は別メニューだがな」
頭を掻いていた指を止めて、エンジは神雷を見つめ強く頷いた。
「伝承持っとるだけで面倒事に巻き込まれるもんじゃのう」
諒は龍伐齊を叩いて笑った。
「それで、だ。来週からの40日間……」
「ぬゎあんどぅえすってぇぇええええええ~~~~!!」
夜の炎殲院に千代の叫び声が木霊した。
「う……うるせぇな! 鼓膜が破裂するかと思ったじゃねえか!」
両耳を押さえ、ひくひくと目尻を痙攣させてエンジは千代に苦情を詠った。
「3人で合宿!? 共同生活!? え? ええ??」
「なんだよ、そんな大事じゃないだろ!」
千代はキレのある動きでエンジに向くと、エンジの両腕をがっしりと掴んだかと思うとぐわんぐわん揺らした。
「大事ですよ! お・お・ご・と・!! だってその中にはあの【ハレンチおばけ】赤目まことがいらっしゃるんですよ!?
お忘れではないでしょう!? あの淫乱で卑猥な妄想に耽り、よだれを垂らすあの様を!? あ、あれは病気です! 重病です!
そんな女と四六時中一緒にいるとなると、えんとーさいさまが犯されてしまいます!」
「お、犯されるって……お前なにを……うああ~~!」
ぐわんぐわんぐわんぐわん
「えんとーさいさまの操がぁあああ!!」
「やめれぇええ~~~!!」
千代は意を決したかのようにぐわんぐわんを止めると、しっかりとエンジの目を見た。
エンジは目をぐるぐるキャンディのように回せていてそれどころではない。
「千代も一緒に参ります!」
「ば、バカいうなぁ~……目、目がぁ~」
「えんとーさいさまをお守りしなくては!」
ふんふん、と鼻息を荒く飛ばして千代は意気込む。エンジを突き飛ばすと大きなカバンを出し、荷物を詰め始めた。
「な、なにしてんだ」
「身支度です! 40日間も院を離れるわけですから!」
「お前、無理に決まってんだろ!? 言ったろうが機密だって! そもそもお前学苑はどうすんだ!」
「辞めます。(キッパリ)」
「あほか! いい加減にしろよお前!」
千代の決意は固いらしく、エンジの見ている前で和紙と硯(すずり)を取り出すと墨汁を作り、真っ白い封筒に【退苑届】と達筆な字で書き始めた。
「あ~! ちょっと爺、爺!」
たまらずエンジは奥で読経をしていた爺を呼んだ。
ギシリと板を軋ませて爺はすぐにやってきた。
「全く、なにごとですかな」
「父様! 私を止めようとも無駄でございます!」
「爺! あんたの娘をどうにかしてくれよ! これこれこうでかくかくしかじか……」
※※※
「なるほど……分かりました」
エンジからことの経緯を聞いた爺は、千代の前に座る。
「父様! 無駄無駄無駄でございます! ウリィーでございます!」
興奮状態から静まる気配がない千代の顔には、退苑届を書く際に使った墨汁がところどころについていて、正月の羽子板に敗けた子供のようだった。
「千代……臣下たる者の心配は分かるが、学業を蔑ろにしてはならん。学ぶことは主である炎灯齊様をこの先守ることに繋がるのだぞ?
一時の感情に負け、炎灯齊様をお守りできなくなるのと……どちらがよいか?」
興奮し、ふんふん言いながら身支度をしていた千代はその言葉で我に返ったのか、急にシュンとしおらしくなった。
「父様……しかし千代は……」
「心配なのだな。わかるぞ。しかし、時として耐えねばならぬ」
「かしこまりました……」
千代は、全ての作業をやめエンジの元へと歩み寄ってきた。
「えんとーさいさま……」
「わかってくれりゃいーんだ、わかってくれりゃ」
照れ臭いのかエンジは千代と目を合わさずにぶっきらぼうに言った。
「父様、私はもうわがままを申しません。心配はさせませんので、どうぞ二人にしてくださいまし」
「そうか、ではわしは奥の御神像の間におるからな」
爺はやれやれ、といった表情を見え隠れさせながら部屋を後にした。
「大体俺があんな痴女と……」
エンジが千代の心配を払拭しようと話始めた時だった。
ドサッ
「ドサッ?」
人が転んだような床の振動に驚き、千代を見る。
千代はエンジの目の前で大の字になって寝転んでいた。
「……なにやってんだお前」
「千代は決心致しました! 今、ここで千代を抱いてくださいまし!」
「……は?」
「早う、早う千代を女にしてくださいまし!」
「え~っと……千代?」
「あんなハレンチ痴女にえんとーさいさまの操を奪われるくらいならば! 奪われる前にどうぞこの千代めの操を受け取りくださいませ!」
ギンギンに目を見開き、息を荒くする千代。ハアハアと息の荒さがうるさい。
「さあ! 早う千代を抱くのです! 抱きまくるのです!」
「……」
「さあ! 来るのです! 三代目炎灯齊~~!!!」
「爺! 爺~~! 来てくれーー!」
千代の鬼気迫る表情と色気のいの字もないアクションに、エンジは半泣きで爺に助けを求めたのだった。
「抱いてーーーー」
「爺ぃいーーーー」
――5月20日・抜刀訓練合宿初日
「えんとーさいさま、くれぐれもお体にお気を付けください」
玄関から見送る千代は心配そうに太い眉を【ハ】の字にしてエンジを見詰めた。
「ああ、どんな訓練すんのかわっかんねーけどな。強くなれるってんなら願ったりだぜ」
「坊、向こうでサボるでないですぞ」
「分かってるよ」
エンジを見る爺の表情も心なしか心配そうに見えた。
「なんだよ、爺までそんな顔すんなよ。らしくねえ」
「……坊。 本当は戦いなど好まないのに、伝承を持っているというだけで会敵に向けた特訓をしなければならん……爺は不憫に思いますぞ」
「なに言ってんだ、強い奴と戦うのは好きだぜ。殺し合いが嫌なだけだ。それにこいつ(炎灯齊)を抜かなければ、俺が誰かを斬り殺すこともないしな」
ガリリと引き摺った炎灯齊を見せてエンジは笑った。
「それに……」
エンジが言いかけた言葉を爺は制止した。
「わかっておりますとも。“あの男を倒すまでは”……でございましょう」
「……ああ」
エンジは二人に背を向けると、手を振った。
「えんとーさいさま! あの痴女に垂らし込まれぬよう、お気を確かにーー!」
「結局そればっかりかよ!」
見送る二人に手を振ると、エンジは表情を引き締めるのだった。
「ぃよし、行くか!」
【士道ノ七へと続く】
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