第6話(前)

「……で、あるからして士道学苑で士道について、紋刀について学んだものは大きく分けて『士道の道』か、『軍族に就く』の二つの道に進むことになる。

 もちろん、これに限ったものではなく、単純に継紋刀を継ぐために入苑したり、道場経営のための物であったりといった道もあり得る。

 しかし、学苑を卒業した者のおよそ7割から8割はこの大きく分けた二つに道に進んでいるので、チミたちもきちんとした目標を持って学苑を卒業するように」


 暑苦しそうな腹を出した小太りの……いや、太った教師が黒板にチョークをカチカチと鳴らしながら『士道の道』『軍族の道』と書きながら語った。


「軍族に【突く】……ってことは、軍族の兵士に突かれるってこと……?

 それって慰み者になるってことだよね? ぐふふぅ~」


 よだれを垂らしながらまことは妄想に耽っている。どうやら思春期という文言だけでは留まらない性癖を持っているようだ。


「ちょ、ちょっと……まこっち! またエッチなこと考えてるの!?」


 隣の席でノートを取っていた同級生のおさげ女子に、悦に浸っているところを注意される。


「はっ!」


「……正気になった? もう、まこっちってば」


「道場経営のためってことは、道場を経営するために借金したのを返済するのに、うら若きこの身体が……」


「まこっち!」


「はっ! ……学苑の卒苑式にはこれまで恨みを買った男子たちが徒党を組んで複数で……」

「えんとーさいさまっ!!」


「はっ! ……俺の焼肉、寿司……おしるこはっ??」


 所変わってここはエンジ達の教室である。授業の合間の休憩時間に千代が訪れ、居眠りしていたエンジを起こしたのだ。


「……えんとーさいさまぁ~!」


 エンジのその様子から授業の最中から眠っていたことを悟った千代はキレのあるボディーブローを見舞った。


「ぱぴっ!」


「うわ、ぱぴっ! だって……千代、ちょっと今のは強かったんじゃないの」


 たまらずハーレイが横から口を挟み、苦痛に涙を流し悶えるエンジに同情せざるを得なかった。


「い~いんです! 2年に進級してからというものの、えんとーさいさまのこのだらけっぷりは目に余るものがございます!

 一年前、頭をツルツルにしてまで精進成されたあの特訓の日々をお忘れになられたのですか?!」


 千代のその台詞に、あの悪夢の日々がエンジの頭を走馬灯のように駆け巡った。



『す、スキンヘッドだぜ……あれ』

『うっわー、小っこいナリだから頭とのバランス悪いよねー』

『このはし、わたるべからず! とんちみせろ、とんち!』

 


 あの時、自分に投げかけられた暴言の数々にわなわなと体を震わせる。

「ほんともう……勘弁してください。もうほんと、二度とあんな目には会いたくないです……」


 千代から目を逸らしてエンジは小さな声で言った。


「聞こえませんなぁ~あ、え・ん・と・う・さ・い・さ・まぁ~?」


「ぐぅっ……! この外道がぁ……!」


 エンジは血の涙を流しながら千代に謝った。




「……で、なんの用だよ。千代」


 気を取り直してエンジは千代にわざわざ教室に尋ねてきた理由を聞いた。


「なんの用もこうもありません。来週からいよいよ始まります抜刀訓練に抜刀せずに参加希望を交渉している、というのは本当でございますか!?」


「……ああ、それか」


 説明しよう。士道学苑は、紋刀と士道について教える機関である。よって当然ながら紋句による抜刀での訓練も必修科目としてあるのだ。

 ただし、このカリキュラムは2年生になってからでないと受講できない。


 一年目では、特に礼儀や作法、紋刀を扱う上での基本的な体術、戯刀を使用しての立ち合いなどを重点的に学ぶからである。


 これは、入苑したての生徒は皆、抜刀したがるのでその欲求を抑えるという精神特訓も含んでいるためである。みなさんが知っての通り、小太郎とエンジの一戦、あのようなことが起こるのを抑止する意味合いもあるのだ。

「そうなんだよ千代。僕もエンジにはしつこく言ってるんだけど……聞いてくれなくてさ」


 ハーレイも困り果てているようで、お手上げと言った風に首を横に振る。


「うっせぇな、なにがだめなんだよ」


 エンジが面倒そうに言ったその言葉に千代も眉をピクリとさせた。


「なにがだめなんだ、は私の台詞でございます! 何故、抜刀に対してそんなにもこだわりをお持ちなのですか!?

 大体、なによりもネックだった紋句はクリアしたはずです! 入苑した時の紋句を知らず抜刀できなかった、あの頃のえんとーさいさまとは訳が違うのですよ?!」


 クシャクシャと頭を掻くと机に脚をドカッと乗せ、下唇を尖らせるエンジ。


「……」


「ほら、また黙る!! 一体なにがそんなに嫌なのですか!? 伝承を継承した士は、その手で伝承を守っていかなければならないのですよ!? ご自覚がおありですか!」


 機関銃のように捲し立てる千代に、黙りこくるエンジ。その様子を見ていたハーレイは、そろそろエンジが爆発しそうだと悟り、内心冷や汗を流していた。


「あ、そろそろチャイムなりそうだね……続きはお昼……ってことで」


「ちょ、ちょっとハーレイ様……!」


 あはは、とやんわりと笑いながら千代の背中を押して教室から出す、千代が文句を言おうとしたところを制止しつつ扉を閉めた。


「……ふぅ」


 エンジの元に戻ったハーレイは、血管を浮かべて組んだ腕の指をコツコツと鳴らすエンジを見て、千代をここから離れさせたのを最善の策だったと胸を撫で下ろした。


「悪ぃな、ハーレイ」


 ぶっきらぼうながらエンジはハーレイに一言謝り、その様子にハーレイは、もう一度ふぅ、とため息を吐くと


「いいよ。いつものことだろ。……けど、本当になににそんなに拘ってるんだい? 言いたくないのなら、もう聞かないけど」


 さすがにここで頑なに言わないのもハーレイに悪いと思ったのか、エンジは固く結んだ口を開いた。


「抜刀自体がそこまで嫌って訳じゃねー」


「……抜刀が嫌じゃない? それならどうして……」


「紋句だよ」


 エンジが放った意外な言葉に思わずハーレイは「紋句?」と反芻してしまう。


「そうだ」


 エンジの言葉の意味を汲み取ろうと、ハーレイは思考を巡らせたが一向に答えに辿り着けない。そんなハーレイを見兼ねたのか、エンジ自ら語りはじめた。


「お前、俺の紋句……知ってるよな」


「え? ああ、確か『絶対に守る』だろ?」

 ハーレイが返す言葉にエンジは顔を赤くし、それを見られまいとハーレイの立つ方とは逆の窓際に首を回した。


「え? え? どうしたの!?」


「……それだよ。その紋句」


 耳から湯気を出しながらエンジは声を上ずらせて言った。


「…………ああ、そういうことか!」


 ハーレイの頭の上で、電球が光った。閃いたというわけだ。


「……」


 それを悟っているのか、エンジは黙ってしまった。


「……バカだなぁ、エンジは」


「うっせ! だから言うのが嫌なんだよ!」


 ふぅ、とため息と一緒に笑いながらハーレイは耳を掻き、エンジの心中を察した。


「バカだけど、なんていうか……エンジらしいよ」


「……」


 さて、ハーレイは一体なにに気付いたのか、お分かりだろうか。

 エンジは抜刀する行為というより、抜刀する為の紋句に不満があったのだ。

 その紋句とは、『絶対に守る』。

 この言葉は、偶然探し当てたものであり彼が設定した言葉ではない。しかも、伝承であるが故に紋句の変更も出来ない。

 彼にとってこの『絶対に守る』という言葉は、簡単に言える言葉ではなかったのだ。『言うのが恥ずかしい言葉』と言い換えても良い。

 エンジには死んでも人前で口にしたくない言葉であり、ある意味愛の告白とも取れるようなこの紋句を詠うことがなによりも嫌なのである。

 そういったわけもあり、彼は小太郎戦以降、訓練であっても一度たりとも紋句を詠ったことはない=抜刀したことがないのである。

 エンジの性格から、それを読み解いたハーレイはバカバカしいと笑いつつも、それがエンジだから妙に納得してしまったのだ。


「けどさ、それで教師たちが許してくれるの? いくら特例尽くめの伝承使いであっても抜刀しないで抜刀訓練に参加するなんて許可が下りるとは思えないけど……」


 エンジは、足を下すと左手で頬杖をついた。


「それなんだけどよ、条件をクリアしたら認めてやるって校長直々に言われた」


「条件? 校長直々に? それって……」


 ハーレイがその続きを聞こうとしたとき、授業開始を知らせるチャイムが彼らの会話を中断させた。


「はーい席につけー」


「先生!」


「なんだ帆村」


「教科書忘れました!(スチャッ)


「廊下ね」


「スチャッ」

「やあやあ、よく来たね! 帆村エンジくん! キミ、有名人だからすぐに顔を覚えちゃったよ」


 綺麗なバーコード状の頭をきらりと光らせて体育館で校長はエンジを歓迎した。


「忙しい放課後に呼び出しちゃってごめんよ、帆村エンジくん! 私は校長の東 東(ひがし あづま)。漢字で書くとややこしいけど、耳で聞くとそうでもないだろ?」


 ニコニコと笑って体育館の檀上でエンジを見下しながら明るく軽い感じで自己紹介した。

 しかし、エンジは週に一度の朝礼でその人物が校長・東 東だということは重々しっているので、ほとんどの言葉を流し聞いていた。


「……で、条件ってのはなんすか?」


 いつも通りのぶすっとした仏頂面でエンジは自分を見下す校長を見上げて尋ねる。

 校長はニコニコと明るい笑顔を崩さずに、「どうぞー」と誰かを呼び掛けた。

 校長が呼びかけた方角に首を回し、目で追うと用具室の扉がガララ、と重い音を引き摺って開いた。


「久しいな。三代目炎灯齊」


 赤いマフラーに二本の刀。見たことのある男が奥から現れた。

 誰もが知るその男を前にエンジは目を疑った。


「風馬……神雷!?」


「ふむ、元気なようだな。小太郎の話だと抜刀していないと聞いたが、落ち込んでいるわけではなさそうだ」


 足音を静かに鳴らして神雷は背中に差した十字の鞘に手をかける。

「ちょ、校長! 条件って……!」


「そこの神雷くんと一戦死合(や)ってくれる? あ、アラームは今解除してるから抜きたくなったら抜いていいよん」


「はぁ!?」


「神雷くんに一撃入れること。これが条件。簡単でしょ? 帆村エンジくん。」


「んなアホな!」


 エンジが文句を投げるが早いか、神雷が迫る正面から凄まじいほどの士気を感じた。


「三代目炎灯齊。お前の覚悟を見せてみろ」


「……え?」


『無双風雷』


 なにか今、信じたくない言葉を聞いた気がしたエンジは、恐る恐る神雷に向き直った。彼の脳裏の片隅で、百虎・神雷の紋句が確か『無双風雷』だったような気がしたからだ。


「ああ、そうそう。抜刀した神雷くんに一撃入れてね。大丈夫大丈夫、手加減してもらってるから、多分死なないよ。……キミが予想以上に強くて、神雷くんが手加減できなかった場合を除いてね」


「条件って、普通飲むかどうか聞いてから発動するもんだろ!? 強制じゃねぇか!」


 後ろに跳びつつ神雷との距離を保ち校長に反論する。


「ああ、聞いたほうが良かった? この条件、飲む? それとも尻尾を巻いて逃げる?」


 エンジは炎灯齊を正面に両手で構えた。


「冗談じゃねぇ! 望むところだ!!」


「そういうと思って聞かなかったのに」

「かかってきやがれ!!」


「暴れるぜ……」


 紋刀を抜いた神雷は、突然口調が変わりエンジ目がけて身を乗り出した。


「先手必勝だぁあらァ!!」


 神雷が間合いを詰めようとしたのを察知し、エンジは炎灯齊を大きく身体を軸にして回転した。


「成長しないな。三代目炎灯齊」


「ぐぅ……また、かよ」


 入苑式の時に見せた、強大な炎灯齊を片手で受け止めビクともさせない。

 炎灯齊を引いてみるがやはり動かない。


(まずい……二刀流の神雷相手にこっちの攻撃封じられちゃ)


「お前も気づいてるんだろ? これは刃通力によるものだ」


「うっせぇな! 離せこのやらぁ~~!!」


 全力で炎灯齊を引いているのに、神雷は力の流れが逆なはずの自分の胸元に炎灯齊を引きよせる。


「この程度で、攻撃を封じられるようなら……お前、――死ぬぞ」


 ジジ、という電気が放出するような音を立て左手で抜き、炎灯齊を剣で払った。


「がぁ!? なんだ……こりゃ」


「知っているだろ? これはお前の持っている炎灯齊と同じ伝承だ。普通の紋刀にはない特殊能力を発動する」

 炎灯齊を持つ手に電撃が走り、エンジの全身の毛がそれによって総毛立った。


「ほぉう、さすが伝承……といったところか。普通の奴ならこの電撃はもっと強く伝わり行動不能にするはずだがな」


 神雷がそこまで喋るとエンジの胸元からあごにかけて、一陣の風が走った。

 その風がなんであるか本能的に察知したエンジは炎灯齊を蹴り、後ろに飛び退いた。


「マジかよ! 笑えねぇ!!」


 飛び退いた直後、一段と強い上昇風と共に右手に持った刀を振り上げた神雷の姿が見えた。


「紹介してやる。左のこいつが【雷迅】、右のこいつは【風迅】、雷迅は電撃で敵の動きを封じ、風迅は風で斬撃を飛ばす。どうだ?」


「どうだ、じゃねえ!」


「まあそう焦るな。俺の攻撃を受けきり、第2の太刀に反応したのは上出来だ。だが、お前は大きなミスをした」


「はぁ!?」


 迅雷は右手に持った風迅の切っ先をエンジに向けると


「風迅は『斬撃を飛ばす』と言ったな」


 次の瞬間、エンジの左肩に血しぶきが舞った。

 この血しぶきの正体は、間違いなく斬撃によるものだった。


「な……にぃ!?」

「ふん、やはり飛び退いた分傷は浅いか」


(ヤベェぞこれ……、雷撃による攻防一体の性能に、間合いを離すと襲い掛かってくる飛ぶ斬撃……)


 神雷を睨みつけ、歯をくいしばる。奥歯からギリッと軋む音がした。


「次からは直線状に避けないことだな。俺の風迅から逃れたくば、横の軸に避けることだな」


 ゆっくりとエンジに迫る。両手には雷迅・風迅が握られている。

 間違いなく、このままだと一方的に勝負がついてしまいそうだった。


「ご丁寧に教えてくれちゃって……舐めてんじゃねぇか?! 神雷さんよ」


 威嚇をしながらエンジは神雷の気を少しでも散らそうと画策する。


「そうだな。俺はお前を舐めている。 ……例えば、先ほどのお前の戦術だが」


 先ほどのエンジがしてみせたように、神雷はくるりと回り風迅による回転斬りをする。

 その姿はエンジと変わらないはずだが、神雷の方が美しく思えた。


「!? マジか!!」


 離れているはずの神雷に対し、炎灯齊を盾に構え、身をかがめる。直後、ギィンという金属同士がぶつかる音を響かせて、その衝撃に炎灯齊が震えた。


「俺がやると、もっと効果的なようだな」


 【飛ぶ斬撃】によりただの回転斬りでは無くなったそれは、回転しながら周囲に斬撃を飛ばすため、正面からでは突破できそうになかった。


 皮肉にもエンジの攻撃が彼にそのヒントを与えてしまったのだ。

「冗談じゃねぇ! 斬撃を飛ばすとか反則だろ!」


「ああ、お前の言う通りだ三代目炎灯齊。これは伝承だけに許された反則」


 風迅で斬撃を飛ばしながら神雷は徐々にエンジとの距離を詰めてゆく。


「だが相手が同じ伝承使いならばこれも反則にはならないだろう」


 その言葉にエンジは思わずその手に握った炎灯齊を見た。ギリリと歯を鳴らして攻撃を避けるばかりだったのを否定するように炎灯齊を盾に神雷へと駆けた。


「ふむ、戦術的選択に性格が出ているな」


 左手に持った雷迅を構え、距離を詰めに来る炎灯齊の楯に雷撃を振るった。


「だが、この雷迅を忘れたわけではあるまい。まさかなんの策もなしに俺に近寄ったわけじゃないだろう」


 雷撃を受け振動する炎灯齊の陰から神雷の頭上になにかが飛んだ。


「紋刀を囮にしたか、凡そ士道の戦術とは言い難いな」


 頭上に飛んだそれに対し、神雷は風迅で迎撃した。


「この手応えは……!?」


 峰打ちで振った風迅から伝わった感触に違和感を覚えた神雷は、その正体を見るために自らが振り落したそれに目を追わせた。


 エンジの来ていた制服の上着。


「だぁあああ!!!」


 雄叫びと共にもぬけの殻だったはずの炎灯齊が神雷の背後を襲った。雷迅での防御の間に合わず二本の刀を交差させ、両手でエンジの一撃を受け止める。


「くっ……なるほど、バカではない……か」


「両手を使わせてやったぜ! これなら2の太刀をビビることもねぇ!」


 ミシミシと神雷の踏ん張っている床が鳴った。さきほどエンジが放った回転切りを片手で受け止めたのに何故か神雷は苦しそうな表情を見せ、エンジの攻撃に耐えるのみであった。


「刃通力……か」


「ああ、今回ばかりは爺に感謝してるぜ! あん時の修行がなきゃ刃通力発動にまだ時間かかってただろうからな!」


 そう、さきほどまでのエンジは刃通力を使用せずに攻撃を放ったのだ。それをすることにより“エンジには刃通力が使えない。もしくは、発動までに時間がかかる”と思わせるため。


「なるほど、この重さではさすがに楽観できないな」


 全体重を乗せて炎灯齊を振り下ろしているその攻撃は見た目こそ地味ではあるが、刃通力の恩恵もあり、受け手に対してかなりの威圧を強いている。


「さぁ! 雷撃を放出してみろよ! 気合いと根性で耐えてやらぁ!」


 ギギギ、と刃と刃を鳴らせてエンジが神雷を挑発する。口元は笑っているが、その表情に余裕はない。


 だが次の瞬間、力比べの真っ最中である炎灯齊の向こうから強い向かい風が吹いた。

 強い突風に、体勢を崩した隙を突かれ神雷に炎灯齊を弾き返されたのだ。

「残念ながら風も使えるのでね。時と場合で使い分けているのさ」


 炎灯齊もろとも弾き飛ばされたエンジは空中で宙返りをし、炎灯齊で慣性を殺しながら着地する。


「ちぃ……! イチかバチかだったのに……」


「もしもあそこで雷撃を行っていたとしても、力が相殺されるわけではない。お前にダメージを与えることが出来たとしても、同時に俺にとっても不利になっていただろう。

 あの場合、雷迅ではなく風迅を使うのが最善だと選択した」


「……わざわざ解説ごくろーさまです!」


 神雷はほどけそうになったマフラーを直しながらエンジとの距離を再び詰めようと歩み寄ってくる。


「そういうわけだから、同じ手段は無駄だ。どうする三代目炎灯齊。抜くしかないのでないか?」




「やっぱり思った通りやるねぇ~帆村エンジくん! わくわくするよ」


 その戦いの様子を傍観している東校長がスピーチ台に肘をつき、メガネのフレームを触りながら呟いた。


「それにしても刀身を鞘に納めたまま刃通力を振るうだなんて、前代未聞だね。いや~、面白い! 面白いなぁ~! 帆村エンジくん!

 ……けど、そのままじゃぁ神雷くんに一発なんて入れれっこないぞぉ」


 さも愉快そうにケラケラと笑い、二人の仕合を見守っていた。


 しかし、その後も神雷の攻撃に防御一辺倒のエンジは、次第に疲れが見え始めていた。


 (どうする、近寄ったら雷撃、離れたら風撃、唯一の奇策も失敗した。)


 ギィン! と盾にする炎灯齊にぶつかる風斬撃。


 (しかもこの斬撃、風のくせしてクソ重い。そろそろ防御にも無理が出てくる頃だ……。くそ! 考えろ! なにか、なにかあるはずだ!)


「さぁ、思考しろ。俺を驚かせてくれ三代目炎灯齊。まさかこれでもう終わりではないだろ? まぁ、俺としては炎灯齊の真の姿を拝みたいところだがね」


「ふざけてろ! 俺は絶対に抜かねぇ!」


「……なにをそんなにこだわっている? 紋句があって、刀があって、それでも抜かないというのは士として不自然すぎる。いや、それはもはや士ではない」


 斬撃を次々と放ち、神雷はエンジに疑問を投げかける。エンジは相変わらず斬撃に耐えながら一筋の光明を待ち続けていた。


「士じゃねぇ? ああそうだ、俺は別に士になりたいわけじゃねぇ。軍族に就くつもりだってねぇ」


「……ならば伝承を引き継ぐためだけの為にここにいるのか。ではなおさら抜刀にこだわる必要がなさそうなものだが?」


「うっせぇ!!」


 エンジは今まで隠れていた炎灯齊から現れると、炎灯齊を構えた。


「ほう、ようやく覚悟が決まったか」

「うぉらぁああああああ!!」


 抜くのかと思いきや猪突猛進、エンジは一直線に神雷へと突っ込んでいった。


「なんだ結局は力押しのやぶれかぶれか……。まぁ、そんなもんだろうな」


「そうだ! もう考えるのはやめだ! 大体頭使って戦うなんて俺の性じゃねぇ! 力押し上等だオラァ!!」


 風斬撃を正面から受けるも、それを物ともせず神雷に飛び掛かった。

 上半身をのけぞらせて、思い切り頭上に振りかぶり飛ぶエンジの顔や身体は、今受けた斬撃の傷だらけだった。玉砕覚悟のエンジはそんなことは気にならない。


「喰らえェェエエエエ!!」


 渾身の力を込めて炎灯齊を振り下ろす。それを受け止めようと構えた神雷だったが……


「……!?」


 なにかを感じたのかエンジの一撃を受け止めずに飛び退いた。神雷がその場を退いた場は、エンジの一撃により凄まじい音を立てその一体の床が粉々に破壊され、粉塵が舞った。


「わー! 予算キツキツなのにーーーー!!」


 校長の悲鳴が轟くが二人には聞こえない。


「これは……“ケツイ”……!? 驚いたな。この戦いの中でその境地までいったのか!」


 粉塵から姿を再び現したエンジは、さらに追撃するため前傾姿勢で地面を蹴った。


「逃がすかぁ!」

 エンジが次に放った一撃は、神雷の脇を捉え思い切り振りぬかれた。

 明らかに手応えのある金属の衝撃音と同時に振りぬいた方角の先にある壁が爆煙を上げて破壊され、校長の悲痛な叫びが木霊する。


「ッシャァ!! 」


 エンジはガッツポーズと共に雄叫びを上げた。


「……刃通力を極限まで高め、その先にある“ケツイ”。抜刀もしていないお前が何故そこまで到達できた?」


 服の埃をはたき、何度か咳をしつつなにもなかったかのように神雷は穴の開いた壁から出てきた。


「……効いてねぇ、だと!?」


「答えろ、三代目炎灯齊。そこまでの力がありながら何故抜刀を拒む」


 横姿で構えもせず、無傷の神雷は殺意を持った瞳でエンジを睨み、強く質問をした。


「……俺には言えねぇだけだ」


「言えない? 紋句をか? なんだそれは、そんな理由でお前は死ぬのか」


「死んでもいい!」


 すでに体力の限界を迎えていたエンジだったが、最後の力を振り絞り神雷に斬りかかった。


 無情にもそれを雷迅で軽く受け止める。


「もう限界のようだな」

「死んでもいいと言ったな? お前の紋句がどんな言葉なのか知らないが、その言葉の為に死してもいいとは、なんだ? 俺には理解ができんな」


 今にも倒れそうなふらふらの状態でありながら、神雷を睨みつけるその目は一切光を失ってはいなかった。たとえ、ここで命を落としたとしても、この光を消すことは敵わないであろう。


「こいつを抜く言葉は……【刀を抜く程度の気持ちで】、簡単に言っていいもんじゃねーんだ! 本当に守んなきゃなんねぇもんがあった時にしか、“絶対に”言っちゃいけねぇ!」


「……」


 そう啖呵をきったかと思うと、力尽きたのかエンジはその場で崩れ落ち、そのまま気を失った。


「……どう思いますか。東校長」


 決着を見届けると、檀上から東校長が降りてきた。


「どうもこうも、言ってることが甘いね。抜かなきゃ守れないものもたくさんあるだろう」


「……同感です」


「でもね」


「……?」


「本来、紋句の本質とはそういうものだったはずだ。確固たる覚悟と決意によって、刃を抜く。その為の言葉が紋句だ。

 そういう意味では、この小さな少年がこの学苑の誰よりも紋句を理解しているのかもしれないな」


「それも、同感です」

「しっかし、約束は約束だからね。彼にはちゃんと抜刀訓練を抜刀して参加して……」


 東校長が言い終えるのを待たず、神雷はエンジからは見えない方の半身を校長に向けた。


「……おやおや、これはこれは」


「不覚ですよ。こんなひよっこに一撃入れられるなんてね」


 脇腹に大きな傷を負っていた。炎灯齊の形状から斬り傷というよりも裂傷に近い傷だった。


「これ、イッってる?」


「ええ、肋骨が何本か」


「ねぇねぇ、それって」


「もちろん、学苑に申請しますよ。治療費」


「……だよねぇ~」


 東校長の周りがどんよりとしたオーラで包まれる。本気で落ち込んでいるようだ。


「ですが、これで一応合格ということですか」


「……だね。正直、帆村くんが抜刀しようがしまいが関係なかった。キミに一撃入れることが出来るほどの実力があるかどうかのテストだったからね」


「では、ジョニー・バレットの件は」


「ああ、帆村くんを含めた3人にやらせよう」


 そう話し、二人は気を失って倒れているエンジを見おろしていた。

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