第5話(後)


「ただ、知っておいたほうがいい」


 ハーレイが言葉を追うように付け足す。それを予想していなかった小太郎は逸らそうとした視線を慌ててハーレイに戻し、片方の眉をひそめた。


「エンジは、本人も言っていたように抜刀するよりも抜刀しない方が強い。刃が無い分、攻撃も遠慮がない。……一度刃を合わせた小太郎くんなら、わかるよね」


「……けっ」


 不機嫌そうに下唇を尖らせて小太郎はその場を後にした。

 そしてハーレイはその後ろ姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

 一方、エンジを追いかけて校舎を駆け回っていた千代はエンジを見失っていた。

 右往左往して探すが、炎灯齊を引き摺った痕跡はあるもののその姿はどこにも見当たらない。エンジにデコピンされ、赤く腫らしたおでこをさすりながら憎悪の炎をその目に宿す。


「うぅ……、今日という今日は許しませんからね……えんとーさいさま……!

 捕まえて帰ってえんとーさいさまの大嫌いな人参をありとあらゆる調理法で召し上がって頂きますからね……」


 千代が頭の中を和洋折衷、揚げ・焼き・煮・蒸しとあらゆる人参料理を思い浮かべ、エンジの口にそれを押し込むところを想像しながら千代はエンジを探す。


「えんとーさいさまぁ~、大丈夫ですよーもう怒ってませんよー」


 わざとらしく優しい声でエンジを呼び掛けるがそれに反応する様子はない。本格的に見失ってしまったのか、千代は次第に悲しくなってきた。


「おろろ~ん、おろろ~ん、えんとーさいさま~」


 涙目であまり足を踏み入れないところまで来てしまった千代は、ここがどこかを把握しようと辺りの教室を見渡す。

【視聴覚室】

 千代のすぐ近くにある教室の札にそう記してある。一年間で、1回か2回利用しただけのレアな教室だった。


 千代は立ち止まったままその教室のドアに近寄った。なにやら人の気配がしたからだ。

 ドアに耳を当ててみると、微かだが物音が聞こえる。


「ふふふのふ、えんとーさいさま……観念くださいまし」

 そこにいるのがエンジだと確信した千代は、物音を立てないように横開きの扉を慎重にスライドさせると、暗い教室の奥から漏れる光に抜き足差し足で近寄る。


「……なにかご鑑賞になっておられるのでしょうか」


 その光は、近づくにつけてテレビから漏れる光だと分かった。ほんの2、3メートル先の角を曲がれば、確かそこが大きなモニターだったはず。

 千代は記憶を辿り、それを思い出すとエンジをどう生け捕りにしようかと画策していた。

 チカチカとした光に近づく。近づけば近づくほどになんらかの動画を見ているのだと想像がつく。そろりそろりと、角から覗き込んだ。

 大きなプロジェクターの前に鑑賞者ようの座席とテーブルがあり、そこに一人誰かが座っていた。プロジェクターの画面のせいで、逆光でよく見えない。


(なにも一番前で見なくても)


 その人物はプロジェクターから一番近い席で、大画面のそれを夢中になってみていた。物音を立てず背後で覗き込む千代に気付きもしない。

 ……エンジを生け捕りにする方法、即ち不意打ちであると千代は結論をつけた。この状況下、テレビに夢中になっているエンジの背後に気付かれないように接近し、一瞬で緊縛する。これこそが最善であると、強い意志で臨む。

 明らかになんらかの映像を見ているはずだが、音がない。おそらくヘッドホンなどをして鑑賞しているのだろう。

 千代は、気配を消すことに集中してゆっくりとエンジの背後へと近づく。

 元々、小さな体格の千代が屈んで移動すると、机や椅子が彼女を消すのに大活躍してくれた。おかげで千代は、それほどの苦労もなくエンジの背後へと辿り着いた。

(ふふふのふ……さぁえんとーさいさま、ニンジン地獄がお待ちですよ。おっと、コトダマで父様にニンジンを山ほど買ってきてもらわないと)


 エンジの背後にしゃがんでいた千代は、ゆっくりと立ち上がりロープを構えた。


(お覚悟! 三代目炎灯齊!!)


 千代がエンジを緊縛しようとしたまさにその時だった!


 ぴょこんっ


「……? 耳?」


 エンジだと思っていた人物の頭から、日本の長い耳が伸びていた。シルエットのその様子は、うさぎのそれそのものである。


「えんとーさいさまじゃ、ない?」


 そこで千代はやっと目の前の人物がエンジではないことに気付いた。

 千代は、それが誰かわからないその人物が夢中で見ているプロジェクターの画像に目を移してみた。

「ひぃぃぃいいいやぁぁぁああああああああああああああああ」


 千代の断末魔が木霊する。その声は、校舎中に響くかと思うほどの大絶叫であった。


「……ん、誰ぇ?」


 千代の断末魔に、ヘッドフォンを着用していたその人物は、ヘッドフォンを外しつつ後ろを振り返った。


「あれ、誰もいない?」


 後ろを振り返ったが、誰もいないのでキョロキョロと周りを見渡し、次に後ろの席を覗き込んだ。


「あわわわわ……」


「あ、いた」


「なんまんだぶなんまんだぶ……」


 頭を抱えてしゃがみ込んだまま震える千代。ヘッドフォンの人物は、千代を覗き込んだまま「ねぇ、キミだれ?」と尋ねる。


「そそそその前に、そそそその映像をばけけけ消してくださいまし……」


 ヘッドフォンの人物は、うずくまったままの千代が指差すプロジェクターの画像を見て、「あーこれね、すんっごいでしょ? 大画面で観たかったんだよね」と涼しい顔で言う。


「あわわわ、ははははやくそれを……」


 ヘッドフォンの人物は「しょうがないなー」と言いつつ、コントロールパネル室へと行く。その間、千代はカタカタと震えながら映像が消えるのを待った。

「え~っと、どうやんだっけこれ」


 適当にパチン、パチンとスイッチやノズルを回す。しかし映像は消えない。


「あっれ~? おっかしいな」


 あれこれをいじっていると、【vol】と書かれたスイッチを見つけた。


「あ、これだ! えいっ、と」


 パチン


『あっあ~ん! そんなところ舐めないでぇ~! うっふーん』


「まぁああああああああ!!」


 大音量でなんとも卑猥な女性の艶めかしい声が流れた。プロジェクターの映像とは……俗にいう……その、あれだ。アダもにょもにょビデオという奴だ。


「ごっめーん、間違えちったよ! ……あり」


 なんとか画像と音響を消してヘッドフォンの人物が戻ってきた。だが、千代はその場で泡を吹いて失神していた。


「おひょ、こりゃいい拾い物ぉっ」


 ヘッドフォンの人物は、「よいしょっと」と声を出して千代を担いで視聴覚室の外へと消えた。

「……と、いう訳でですね、ここにたどり着いたんです!」


 保健室のベッドにその人物は縛られていた。そして、そのすぐ横でパイプ椅子に腰かけているエンジがいた。


「ほほぉ、それで? 千代を誘拐したわけだ」


 エンジの額には血管が浮いており、かなり怒っていることが見て取れた。ヘッドフォンの人物を見る眼も据わっている。


「はいっす! エロビデオ観た後っすから、いたずらしたくなっちゃって……そりゃもう色々いたずらしたっす!」


 ゴッ


「うっきゃぁああ!」


 エンジが炎灯齊で縛り付けられたその少女の頭を小突いた。


「しくしくしくしく」


 エンジの横では三角座りでしくしくとすすり泣く千代の姿。


「千代は汚れてしまいました……えんとーさいさま」


 千代は床を見ながら呟く。それを見てエンジはもう一発ベッドの少女を小突く。


「うっきゃぁああ! ぎゃ、虐待だっ! 女子に手を上げるなんて!」


「うっせー俺は男女平等を推進してんだよ。悪い奴に男も女もねー」


 

 ガギン、と音を鳴らして炎灯齊を突き立ててエンジは、溜息を吐いた。

 いたずらといっても、眠っている間にあれこれ触られただけだ。いや、これだけでも充分な大事ではあるが、問題はそれを行った犯人が女子であるということ。たったこれだけの違いだが、絶望的なほど男がそれをするのとでは意味が違った。


「いやね? なんかやってやろうだなんて思ってなかったっすよ、ただほらレ○゛ってのもあるから、そっちの方もちょっと興味あって」


「……お前な、それだけ聞いたら相当終わってるセリフだぞ。大体女なんだろお前」


「見ての通りピチピチの15歳っすよ! 思春期真っ只中だから、女体に興味もありんしょ?」


「キャラがブレてんぞ」


「いや、先輩だとは思いもしなかったんで……ほんと、もうしませんから許してください」


 ベッドに括りつけられながら少女は、反省した表情で懇願する。


「……どうだ? 千代」


「しくしくしく…………さまが、…………婚してくれるなら」


 しくしくすすり泣きながら話す千代の声がよく聞き取れず、エンジは「なんだって? もう一回言え」と催促した。


「えんとーさいさまが……結婚してくれるなら」


 チラッ


(あ、こいつウソ泣きだ!)

「おい、お前名前は」


「はいっす! 一年林組、赤目(あかめ) まことっす!」


「よし、赤目。縄をほどいてやるから、もうちょっとこいつにいたずらしてくんねぇかな」


「望むところっす!」


 まことの目がキラーンと光り、千代を見詰めた!


「まぁあああ! 嘘です嘘ですえんとーさいさま! 千代は生涯独り身です! てへぺろ!」


 千代は大したダメージではないことを理解したエンジは、渋々まことを解放してやることにした。


「待てよ、今ほどいてやるから」


「あ、許してくれるんすか? じゃあ、お手は煩わせないっす!」


「あ?」


 エンジがロープをほどいてやろうと立ち上がると、まことはそれを何故か制止した。

 まことは目を閉じると、大きく息を吸った。そして、ゆっくりと目を開けると


「刃通力、解放」


「……これ、は!?」


 まことが解放した刃通力に、炎灯齊が共鳴する。その小刻みな振動に思わずエンジは叫んだ。


「お前……伝承使いかよ!」


 横目でエンジを見詰め、まことは口元だけを緩めてにやりと笑った。

「反省してるんすよ、ちゃんと。だから大人しく縛られてあげたっしょ?」


 そのただ事ならぬ様子に千代も思わず立ち上がり、構えた。


「そんな……まさか、刃通力だけでこの縄を破ろうというのですか!?」


「ふふ……」


 ……


「……まさか、刃通力だけでこの縄を破ろうというのですか!?」


 ……


「破ろうというのですか?」


 まことは表情を変えず、ただ脂汗だけが顔をびっしょりと濡らした。

「面目ないっす。考えてみれば刃通力だけで物理的な力を行使できるわけなかったす。ほどいてくださいっす」


 ゴッ


「うっきゃぁああああ!」



 まことの縄を解き、落ち着いた3人は改めて自己紹介をすることにした。

 エンジは不機嫌そうに、自己紹介を拒んだがまことが先に名乗ったことと、千代がしつこくマナーについて説教しようとしたので、嫌々名乗った。


「2年火組、帆村エンジ。 ……見ての通り【申】の伝承を持ってる。以上」


「あっさりしてるっすね」


「そして私は、帆村家に代々使える家臣一家の娘、神楽煙千代でございます」


「さっきはごめんなさいです」


 まことはコホン、と咳払いをすると改めて二人にお辞儀をし、後ろ腰に差した白い紋刀を見せた。


「赤目 まことです。【卯】の伝承使いで、事情あって今日から入苑したっす。これまで他の伝承使いはテレビの中の風馬神雷くらいしか見たことなかったんで、非常に光栄っす」


「……あのさ」


「はいっす?」


 エンジは、困ったような眉をして言った。

「その喋り方、気色悪いんで先輩とかいいから普通に喋ってくんねぇ? タメ語なのか敬語なのかあやふや過ぎてモヤモヤすんだよ」


「マジっすか」


「それだよそれ。すっげぇモヤモヤする」


 まことはにっこりと笑うと「ありがとー」と言った。


「それで、赤目様はなぜあのような場所でその……ごにょごにょ」


 千代がまことにさきほど視聴覚室でもにょもにょビデオを観ていたことを質問した。

 まことは憂いを含んだ目をすると、おもむろに立ち上がりグラウンドを一望できる窓際に立つ。


「実はまこと、思春期だから。エッチなことに尋常じゃない興味があるんだよね」


「千代、なんであいつ恰好つけて変なこと言ってんだ」


 まことのその様子を見て明らかに違和感を感じたエンジは千代に耳打ちをしたが、すぐに千代は口元に人差し指を立て「しっ!」とエンジにそれ以上喋らせまいとした。


「赤目様は……おそらく新手の変態さんです。そっとしておきましょう」


 と千代は額に一筋の汗を流して言った。


「まことはさ、処女を誰かに奪ってもらいたいんだ……。でもね、今の時代、女子がただ寝そべっているだけで事が終わるなんてことしちゃ、ナンセンスだと思うんだよね。

 やっぱり男子にも喜んでもらおうと思えば、それ相応の知識と技術がいるじゃん? だからさ、まことは性への探求心を忘れないの。わかるかな……」

 恍惚とした表情でまことはエンジ達に振り返った。

 だがまことの目映ったものは、パイプ椅子が1つと解かれた縄が散らかったベッド、そしてドアの前で立ち尽くす角田教師であった。


「……おんや? 帆村先輩と神楽先輩はぁ?」


 冷や汗。


「そ、そうか……赤目。お前の赤い瞳は性への好奇心でいっぱいなんだな……。本来禁止されていることなのだが、教師としてお前に教えることが出来るのならば……」


 詰め寄ってくる角田教師。心なしか鼻息が荒い。


「ま、まことはぁ……その、そういう意味じゃなくて」


 後ずさりするまこと。


「分かっている、分かっているぞ! 女子だって気になるもんな! 大丈夫だ、先生、全部受けとめてやるからな! そして大人の男というものを教えてやるぞ! 俺はやるぞ俺はやるぞ俺はやるぞ!」


 ドンッ、と背中に衝撃を受けた。その衝撃の正体をまことは見ずとも知っている。

 つまり、壁だ。もう後がない。女子の憧れのシチュエーション『壁ドン』である。


「子供の名前はもう決めてるぞ! その名も角三! どうだ!?」


「ご、語呂悪い上にいじめられそうな名前だと思います」


「幸せにするぞ、赤目ぇぇええ!!」


 まこと目がけてところてんのように服からパンツ姿でダイブする角田教師! まことの運命やいかに!!


「うっきゃぁあああああ! ひ、『飛天開眼!!』」

『全校生徒のみなさん。ただいま壱年火組 生徒番号21番が抜刀しました。違反抜刀の為、抜刀した生徒の近くにいる生徒は、速やかに距離を取り近くの教師に報告してください。

 抜刀した生徒は危険です。至急離れて、教師に報告してください。

 抜刀した生徒は速やかに納刀すること。繰り返します、全校生徒のみなさん……』



 赤目まことは、【丸腰の相手に抜刀した】罪で自宅謹慎一週間を入苑初日に課せられた。

 誤解とはいえ、教師を相手に抜いたことは角田教師の懇願により問われなかったのが不幸中の幸いだろうか。

 そんなことは知りもしないエンジ達は、まことが自宅謹慎中もなにごともなく学苑生活を過ごしたのだった。




「納得いかない!」 ←まこと






 ――ここはどこだろうか。



 辺りは薄暗く、鮮明には見えないが大きな建物と、剥き出しの大きなパイプやダクトが見える。

 鉄の階段がいたるところに見え、階段の一息つく場所には必ず同じく鉄の扉があった。

 打ちっぱなしのコンクリートの塀と、舗装の荒いアスファルトがその巨大な建物をより冷えたものにする。無機質な巨人は、一体ではなく、隣や奥にも同じ背格好の建物が見える。どうやらここはなんらかの工場地であるようだった。


 一見静かな印象を受けるこの無機質な風景だが、ある一角のみ騒音が響いていた。

 耳を傾けてみると、それは人の声であることが分かった。

 声のする方に行ってみると、十数名の人影と、その複数の人影に向かい合う二つの人影。

 それはひと目で多勢が無勢に対立している様相であることが分かる。


 しかし、騒音の元である威嚇の言葉は多勢派から発せられているようだった。


「貴様ァ、ここがどこか分かっているのか! 今、退けば今回ばかりは見逃してやる!」


 多勢の先頭で刀を抜く仕草で威嚇する男。軍服を着ており、赤い羽根のついたヘルメットを着用している。見れば、その後ろに控える複数名も皆同じ格好をしていた。胸の勲章、腕章などからこの部隊の隊長クラスであるようだ。


 しかし、彼が発した言葉は迎え撃つ部隊の言葉としては、些か弱々しく聞こえる。

【今回ばかりは見逃してやる】、この言葉の意味するところは、つまり侵略してきたのは彼らが向かい合う2人であるとういうこと。

 なのにも関わらず、迎撃の通告ではなく、【出来れば戦いたくない】とも取れるニュアンスの言葉。

 たった二人の侵略者に対して、十数名の多勢を率いる部隊の長としては、相応しくないほど弱々しい言葉なのではなかろうか。


「見逃してやる……か」


 この二人もそれを感じ取ったのか、一人がククッと鼻を鳴らして笑った。


「笑うな、銀次」


「へぇ、すいやせん。けどダンナぁ、俺らたった二人にこんな人数揃えておいて見逃すって……これが笑わずにおれやすかい」


「からかうな、この部隊長は自分たちと俺達の力量の差を肌で理解している。それだけでも上出来だろう」


「そうですかい、よかったなぁ? あんちゃん、うちの頭ァお前を評価してるってさぁ」


 部隊長は「ぐぅ……!」と奥歯を強く噛みしめた。

 その臨戦態勢であることを物語る表情からはギャップのある脂汗。彼が睨みつける瞳にはその二人の姿がはっきりと映っている。

 縞模様の赤黒い着物を羽織った中肉中背の男と、猫背で腕をL字に組み、額に掌をあてて笑うキツネ目で細身の男。青い着物を着崩してだらしなく腰に紋刀を差している。


「……それで、隊長さんよぉ」


 キツネ目の【銀次】と呼ばれていた男は、クククと笑うのをやめずにこちらを睨みつける隊長の男に呼びかけた。


「な、なんだ……」


 構えもせず、ただクククと猫背の背を丸めて無防備に笑うだけの男に、全身で脅威を感じつつ、なんとか返事をした。

「俺っちと、うちの頭、どっちと死合(や)る?」


 顔を覆った手のひらの指と指の隙間から細く切れた目で隊長を覗き聞いた。


「バカな! 決闘でカタがつくなど……」


「はぁ? あ、いやあ~すまねぇな~! 誤解を与えちまったようだ。言い直すよ」


 カッカッカッと頭を背に仰け反らせて大袈裟に笑う銀次は、バネのように反らした上半身を前のめりに屈み、腰に手を当てると挑発するように言葉を直す。


「俺っちか、うちのひとりと、お前さんら全員やってやるからよぉ~、俺っちか頭か選んでちょ」


 ニタァと音が出そうなほどねっとりとした歪んだ笑みで銀次は放った。


「な……!! 舐めるなぁぁあああ!」


 隊長が右手を高く上げ、後ろに控える部下達に合図をする。


「抜刀許可! これより無銘屋構成員の殲滅を開始する! 紋句詠唱!」


 ジャキ、ジャキ、と刀を握る音が一斉に鳴った。そこにいる全ての兵がたった二人のその男たちを睨みつけている。


『帝國、万歳!!』


 紋刀を持つ兵たちはそれぞれ紋句が違うため、様々な言葉が飛ぶがそれをいちいち拾っていられないので、ここは代表して隊長の紋句を聞いてもらった。


「おいおいどっちとやるんさ? って聞いたよな~?」


 両手を広げてやれやれと言った様子で銀次が溜息を吐く。

「俺がやる。お前には後でこいつらの紋刀の回収をしてもらう。それまで高みの見物をしておけ」


「頭がやるんですかい? あららぁ~あいつらかわいそうに……。素直にさっき聞いた時に俺っちだって言っとけばよかったのにねぇ」


 そう言って銀次は3度の跳躍で非常階段の3階付近へと軽々飛び移った。

 着物の男は、羽織っていた着物を緩めステテコのような下半身の着物を2度手の甲で払った。紋刀を抜刀した兵全員が今にも襲い掛かってきそうな士気を放っている前で、その男は彼らを見ることもせずに


「なにしてる? 早くかかってこい」


 と挑発した。


「紋刀はどうした!」


 たまらず隊長が叫ぶ、抜刀し刃を向けているのに彼に攻撃しなかったのは、着物の男が紋刀どころか武器らしきものなどなにも持っていなかったからだ。


「紋刀? 刀ならあるだろう、ここに何十本も」


 そう言って男は隊長をはじめとする兵たちが握る刀を指差した。


「……ッ!! 構わん、斬れ!!」


 隊長が決断し、全員に斬撃開始の号令を出した。


「うあああああああっっ!!」


 地鳴りのような雄叫びが男に目がけて襲い掛かる。

 先陣を切った兵が持った紋刀を振り下ろした。

 だが男に振り下ろしたはずの太刀は、なぜかすぐ後ろにいた仲間の腕を斬っていた。


「……え??」


 斬った方も斬られた方も状況が把握できずにコンマ何秒か静止した。

 その一瞬はまるで時が止まったかのようにスローモーションで流れ、斬られた腕が紋刀ごと宙に舞い、太い筋肉質の手がその紋刀を斬られた腕ごと掴んだ。

 そして、斬った方の兵士の背目がけて刃を突き立てる。

 そこにいた全員がその光景をなにも出来ずに見守るしかなかった。

 顎が外れそうなほど全開に口を開き、瞳孔が開いたままの兵士の手から紋刀が攫われ腕の無くなった兵士の隣にいた兵士2人を立て続けに斬った。


 1秒も経たない一瞬で、丸腰の男に4人の兵士が斬られたのだ。


「うわあああああ!!!!!」


 4人が地に伏せたところでようやく時が動き始めた。


「お前らは何人いる……? 18ってところか」


 地に刀を突き立てまた両手を空にすると、背を向けたまま男は続けた。


「刀を持っていないと言ったな……。お前らは自分の持つ紋刀を死守しろ、お前らの持つをの紋刀が俺の刀だ。俺はお前らの刀を奪い、それでお前らを斬る。

 ……お前らはそれぞれ一本ずつしか紋刀を持っていないが、俺は合計18本の刀を持っていることになるな」


 そう言って男は両手の指をコキコキと鳴らし、静かに残りの兵たちを見た。

 その目は、凍ってしまいそうなほどに冷たく覚めた殺意で染まっていた。


「いつ見ても壮観だねぇ~、無刀流剣術【邪剣】。 ほんっとにあのバケモノが味方で良かったさぁね。ククク」


 その後、部隊が全滅するまで1分の時すらも余らせた。


 そして残った彼らの亡骸からは紋刀だけが奪われていた。世間では、《刀狩》と呼ばれる集団が社会問題になっており、この男たちはその中でも特に戦力に特化していると噂されている【無銘屋】と名乗っていた。

 少し経って、アドバルーンのようなアーモンド状の形をした飛行艇が羽の音を響かせて、その場から去って行った。









【士道ノ碌へつづく】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る