第4話(前)

 ハーレイはいつもと変わらずニコニコとしながら続ける。


「いやぁ、僕なら確実に死んでいたね! もっと修行しなきゃ」


「ハーレイ、お前なにを言ってんだ?」


 ハーレイは驚いたようにエンジを見ると優しい笑顔であっさりとその言葉を言い放った。


「佐々木くんを殺しそこなって残念だったね。でもほら、また絶対機会があるから、そのときに殺せばいいじゃないか」


「……ハーレイ……」


 校舎の入口で角田教師が「帆村ぁ~!」と叫んだ。


「あ、ほら先生が呼んでる! 出来るだけフォローするから、行こう!」


「あ、ああ」


 ハーレイに肩を叩かれ、小走りで校舎へと向かった。

 エンジはハーレイの横雅を見る。……いつもと同じ優しい笑顔だ。


 心の中でさっきのあれはなにかの聞き間違いだと言い聞かせて、エンジは走った。


「ほら、エンジ怪我をアピールして! 早く帰れるかもしれないから!」


「おう、こうか?」


「ほんっと下手だよ! もっとほら左足引き摺るとか……」

「……で、一週間自宅謹慎と?」


「……まぁな」



 ゴギン!



「あっきゃぁああああああ! ゴギン、て! ゴギンって!」


 頭頂を両手で抱えながらエンジは転がりまわった。


 爺はそんなエンジを見下ろしながら恐ろしい形相で蹴飛ばす。


「ぎゃぁああ! 蹴った? 今、蹴ったよね? あんた坊主だよね?


 え? え? わかんない、俺わかんない!」


「蹴ってなにが悪いか! 坊がこんなにも不良に育つとは……嘆かわしい」


「育てたのはあんただろあんた!」


「左様。坊をこんなにも不良品に育ててしまったのは一重にわしのせいである。


 頭を丸めてこの一週間、改心の為にわしと山に籠ろう!」


「な、ナニヲイッテイルンデスカオショウサン」


 もはや説明の余地はないであろうが、ここは炎殲院である。

 昨日の件の報告を受け、自宅謹慎という処罰を聞いた爺とエンジのやりとりである。

「ほれ坊! 仕度しなされ! すぐに行くますぞ!」


「あ、いや……そうは言っても爺? 寺は?」


「ノンプロですぞ! こんな寺一週間休んだところでどうってことないですからな!」


「いやいやいや! なに言ってんの!? 一応1000年近く歴史のある由緒正しい寺なんだけど……」


 爺はかわいく舌を出すとサムズアップで答える。


「えっと、ええっと! ほら俺、自宅謹慎だから! 外出するわけには、さ?」


「そう言われてみれば確かにそうですな……」


 爺はそういってエンジを横切ってゆく。なんとか坊主で山修行を免れたエンジは大きく息を吐いた。顔は真っ青だった。小太郎との死闘のときですらこんな顔はしていない。


「あ、もしもし? 帆村エンジの保護者の神楽と申しますが」


 ぎょっと爺の声のするほうに振り返る。

 爺は炎灯齊のコトダマを使ってどこかに話をしている。


「ジ、ジジイなにしてやがんだ!」


 ジロリとエンジを見ると爺は「自宅謹慎中の一週間、山で精神修行をさせたいのですが許可は頂けますかな」と続ける。


 みるみるうちに顔がさらに青くなるエンジは口をパクパクさせて炎灯齊に駆け寄るが、ひらりひらりと軽い動きでエンジの攻撃を躱す爺。

「そ、そんな許可下りるわけないもんね~……!」


 強がりをいいながら爺から炎灯齊を奪取しようと爺を追い回すが、最小限の動きで爺はそれを避ける。


「ええ、そうです。本人は反省している証拠として坊主にさせますので、……あ、許可くださる? それはそれは!」


「きゃぁぁぁぁぁぁああああああああああ」



 今まで聞いたこともないような甲高い声でエンジは断末魔を上げた。


 在苑中の学生で継紋句を持つ人間は、コトダマの接続リストに無条件で学苑が追加される。だから爺は炎灯齊を用いて学苑に連絡することができたのだ。


「良かったですな。坊?」


 ニッコリ。


 だがそんな予備知識など今のエンジにはどうでもよいことだった。


「じゃあ、仕度なされ」


「ガタガタブルブル」


「大丈夫ですぞ、ちゃんと爺がバリカンと剃刀を持っていきますからな!」


「千代―! 助けてーー! 私をお守りくだされーーーーー!!」


「千代は学苑~」


「きぃやぁぁぁああああああああ」

 ――佐々木小太郎と帆村エンジが死合した!


 ――佐々木小太郎、敗れる!



 小太郎とエンジの一件は、誰が漏らしたのか瞬く間に苑内に広がった。

 エンジが自身の人生のピンチに直面している同じ頃、学苑はその話題で持ちきりだった。


 しかも、エンジも小太郎も謹慎につき学苑に来ていないとなればその噂話は尾ひれ羽ひれをつけて大きくなった。


「おい、北川! お前あの場にいたのか?!」


「え? ああ……まあ」


「すっげぇ! ちょっと教えろよ! どんなだったんだよ!?」


 普段見向きもされないハーレイがこの時ばかりは注目の的となっていた。


「ごめん……2人の名誉もあるし、先生からも言うなって言われているから……」


「んだよ、つまんねーの」


 そうは言ってもやはりハーレイ。真面目なのは変わらない。すぐに聞いた相手は諦める。


 ハーレイは、エンジとの『仕返し事件』以降、誰も彼を虐げなくなった。それはあくまでエンジの存在であり、ハーレイ自身も怒ったら危ない奴だと思われているからだ。


 しかし、だからといってハーレイに対し気軽に話しかける人間がいるかと言えばそうではない。それがこの生徒とハーレイのやり取りの中に滲み出ているように見える。

「燕塾八代目が校舎と同じくらい背の高い紋刀でえんとーさいさまに襲い掛かったその時!」


「おおっ!」


 また違う教室では千代が周りを囲む生徒達に先日の件を自慢げに話していた。

 千代は身振り手振りを大袈裟に振りながら興奮げに立ち回る。


「えんとーさいさまは切れ長の濡れた目で千代の目を見詰め、「絶対にキミを守るよ。今夜帰ったらキミを抱こう千代……いや、マイハニー」と言って刀身を引き抜きましたっ!


 そうすると燕塾八代目の胴体を炎の線を走らせました! するとなんということでしょう……」


「ご、ごくり」


 その鬼気迫る演出に聞いている生徒は生唾を飲む。

 というか、話に尾ひれ羽ひれを付けている張本人は千代だったようだ。


「真っ二つに切り裂かれたのです!」


「うおーー!」「きゃあああー!」


 オーディエンスのレスポンスに恍惚の表情をしながら、達成感に満ちた顔で千代は吐息を吐く。


(えんとーさいさま……留守中のことはこの千代にお任せください……精いっぱいその名を轟かせてみせます! 神楽の煙の名に於いて!)


 これは重症のようである。

『……絶対にキミを守るよ。今夜帰ったらキミを抱こう千代』


「うっとり」


『これがなんだって?』


「炎灯齊の抜刀紋句でございますよ! えん! とー! さい! さまっ!」


『ふーん。そうなんだー。えっと、ちなみにさぁその愉快にふざけた抜刀紋句とやらを、まさか他人に言いふらしたりしていないよね。千代タソ』


「ええ! お任せください! ほぼ全クラスに知れ渡ってございます! あとは2年と3年のクラスにも……」


『お前殺す今殺すすぐ殺すさぁ殺す! 小太郎とお前が橋から落ちそうで一人だけ助けるなら小太郎助ける! 指を火傷しそうなハーレイと大型トラックにひかれそうなお前とだったらハーレイ助ける! 守らない守らない絶対にお前だけは守らない!!!』


「うっとりしっとり」


 エンジは「うがぁあーー!」と絶叫し、コトダマを切った。


「爺、そういう訳だから俺は俺の自尊心を守るために山を下りる、あ、いやいいんだ。爺はもうちょっと山でゆっくり……」


 ゴギン


「あっきゃァァァアアア!!」


「何度も言わせるものではありませんぞ坊! そんなに山を下りたくて仕方ないのなら、山に下りたくても降りられないようにしておきますかな……」


「え? ちょっと……バリカン持ってなにするの? ねぇ、おじいちゃん?」

 帝都ドームは、スポーツ球場である。


 主にプロ野球の球場と使われるが、ミュージシャンのコンサートや大型のイベントなどにも使用される大規模なドームである。

 このドームに収容できる客数は実に5500人にも及ぶ。

 その面積は4万6755平方メートル、124立方メートル。


 莫大な広さを誇る敷地や土地などをよく『帝都ドーム○○個分』と例えられる。

 プロ士道の帝國大会もまた、この帝都ドームで行われる。


 さて、早速だがこの帝都ドーム10個分を誇る土地面積を誇るこの建物をご覧いただこう。

 庭には、池があり錦鯉が優雅に泳いであり、その奥には京を思わせる広く、真っ白い砂が綺麗な庭園もあり、お茶場だろうか屋根付きの畳間がありもする。


 かと思えば、西洋のライオンの彫刻が大きく寝そべっていたり、バラ園があったりさらにはテニスコートまでもが見える。


 これらの情報を纏めると、つまりこうだ。


 趣味の悪い金持ちの家……といったところか。


 もうお分かりだろう。ここが誰の家なのか。


 正面を向いてみると、それもまた洋風なのか和風なのかはっきりしない、巨大で絢爛な家と呼ぶよりも城と呼ぶが正しい建物がそびえる。


 そしてリムジンロータリーを目の前にした玄関には大きく『名紋 燕塾』と大きく掘られた金の看板があった。


 その家のある一室にその男は横になっていた。


 その名は佐々木小太郎である。同じく自宅謹慎処分を受け、同時に自宅療養をも強いられている。

「兄ぃ! 兄ぃ!」


「あんだよ武蔵」


 ベッドで寝そべりながら携帯ゲームをピポピポと退屈そうにプレイしている小太郎の側に小太りな子供がやってきた。


 見た目の年齢で言えば、おそらく10歳前後だろうか。


 とにかく丸々とよく太っている。


「あのさ! 兄ぃさ! 敗けたって本当?!」


「敗け……ッ!! てめぇ誰がそんなこと言いやがった!」


「ね、ね? 本当なの?」


 キラキラとした目でもふもふしながら坊ちゃん刈りの小さな力士は小太郎に距離を詰める。


「マジなわけねーだろ! そそそそんなこたァよ!」


 武蔵はホッと安心すると、ニタニタしながら「だよねー」と続ける。


「あれだけ無敵だ最強だって言っておいて、初死合で敗北するなんて燕塾の名が汚れるもんねー」


「なにが言いたいんだァてめェ……」


 口を分かりやすく【へ】の字にして武蔵に睨みを利かせる。その顔に「わー怖いよぅ」とおどけながら武蔵は言った。

「僕は士道に入るつもりもないし、パパもママもそのつもりでいるから……さ。


 燕塾の『士道の名』は兄ぃにかかってるんだよね。だからさ、こんなとこで早速敗けてていいのかなー、なぁんてね」


 武蔵は名前に似合わずインテルっぽい口調で小太郎に話す。実に癇に障る表情だ。


「ハッ……! 士道のセンスがねェお前に言われちゃおしめェだぜ」


「そうさ。僕は僕の才能も能力も把握してるからね。だから、兄ぃも自分の立場をキチンと自覚しとかなきゃさぁ~」


「うっせ!」


「わあ! 怖いよぅ! 助けてぇ~【百虎(びゃっこ)】ぉ~!」


 武蔵が頭を抱えて声を大きく【百虎】の名を呼んだ。

 名を呼ばれ、小太郎の部屋に入ってきたのは……風馬 神雷。


 プロ士道の名実ともに文句なしのトップスターこと風馬 神雷。その疾風迅雷の闘い振りから【百虎】の異名を持つ。伝承十二本刀・寅・神轟齊の所持者でもある。


 その現代に伝説を作る男は、たこせんべいに目玉焼きを乗せたものを食べながら現れた。


「神雷……」


「まさかとは思うが、敗けたのか。小太郎」


「……」


「え、敗けたの!? ダッセェーー!」


 小太郎の無言から敗北を感じ取った武蔵は、わざわざ小太郎の癇に障る笑い方でからかった。


「武蔵ィ……てめェ」


「ポリポリ、武蔵、ポリポリ、お兄さんに、ポリポリ、そんなポリポリ、言っちゃだポリポリ」


「喋るか食うかどっちかにしろよテメェもよ!」


「あいやすまんポリポリパクパク」


「いやいや……ごめんよ兄ぃ。そんなに怒ると思わなくてさ。

 けど、さっき僕が言ったことの意味、頭のいい兄ぃなら分かるよね?

 今回のことは聞かなかったことにしてあげるよ。是非、次は素敵な報告が聞きたいね」


 武蔵はポケットから棒つきの丸いキャンデーを出すと、包み紙を剥がし小太郎のベッドの上に包み紙を丸めて捨てた。


「僕はこう見えても兄ぃを尊敬してるんだ。僕に出来ないことをしているからね。ある意味でとてもいい立場なんだよ、兄ぃは。

 だって、士道だけしておけばいいんだから。その代わり、燕塾を名乗る者として最強でなければならない。だからこその神雷だし、燕尾閃だからね。

 神雷を専属につけるだけでどれだけの金が動いてるか、兄ぃには分からないでしょ?

 けど分からなくていい。分からなくていいから最強で示してよ。

 そう思うでしょ……神雷?」


「すまん。聞いてなかった」


「それで結構」


 武蔵は歳の見合わない言葉遣いで兄・小太郎を圧倒した。全て正論だったこともあるが、小太郎は昔から弟の武蔵に口喧嘩で勝ったことがないので、言い合うことを諦めたのだ。


「じゃあ、あとはよろしく。早く怪我治してね、お兄ちゃん」


 わざとらしく【お兄ちゃん】と捨て台詞を残して武蔵は去った。

 

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