第3話(後)

「お前さァ、いっつも帆村エンジと一緒にいるみたいだけどよォ……。

 情けなくねーの? いっつもいっつも強い奴に守ってもらっちゃって、いじめっこに守ってもらって満足でちゅか?

 ハーレイきゅん」


 人の心を全力で挑発するようなねっとりとした笑みを浮かべて、小太郎は倒れているハーレイよりもずっと高い位置から見下ろす。


「あんな怪力しか自慢することがねェチビ士の点数稼ぎにわざわざこんなことにクビ突っ込んじゃってよォ……これが傑作っていうのかァ? ヒャァッハァッハァ」


 自分より弱いものを追い込むのが大好物の小太郎はバンバンと上からハーレイの背中を紋刀で叩く。小太郎を魔王と崇める子分たちもつられて下品に笑う。その度に苦痛に顔を歪め、歯を食いしばるハーレイはただただ黙っていた。


「ふん、ここまで言われてもなにも言い返さねェとは……。よっぽど負け犬根性が染みついてやがんだな。

 髪でも黒く染めてくりゃぁまだかわいげもあるってもんなのによ」


 目を堅くつむり、両手の拳を強く握り、ハーレイはじっと耐えた。外国人の血が混じっているということだけで彼が受けた屈辱は計り知れない。


 そして、帝國ではそんな彼の気持ちを分かろうとする人間は限りなく少なかった。

 これが根付いてしまった愚かな鎖国という文化政策。


 これを失策だと唱えるものもいるが、その声はわずかにも国家政府には届かない。

 マスメディアですらそんな者の話に耳を傾けもしない。


 このハーレイのような人間が生き辛い国に息苦しさを感じているのは、ハーレイだけではなかった。


 鎖国により傷ついたのがハーレイであるのならば、紋刀文化によって傷ついた人間もいる。


 傷の舐め合いだと心無い国民に言われても、助け合わなければならない。痛みを知る者同士。戦わなければならない。

 それが、小太郎目がけて真っ直ぐ飛んでくる紋刀・炎灯齊に現れているようだった。


「うおォッ!!」


 上体を後ろへ逸らしてスレスレで炎灯齊を躱した小太郎は、急にした無理な姿勢のせいで体勢を崩した。


 ガァンッ、という岩を砕くような音を鳴らして部室の壁に突き刺さる炎灯齊。その衝撃でコンクリートで作られた外壁は突き刺さった炎灯齊の周りをマジックでなぞるように崩れ、かなりの広範囲までヒビを走らせていた。


「待たせたなあ、物干し!」


 当然、それを小太郎めがけ投げたのはエンジだった。校舎で鉢合わせた小太郎の子分を前に歩かせ、後ろから背中を蹴って急かしながら小太郎たちの前へと現れた。


「【物干し竿】だァ! 待ってるだけでそっちから来てくれるなんて、ピザ屋かよてめェ」


「なんだそりゃ笑えねぇな。おもしれーのはそのおもちゃみたいな紋刀だけにしやがれ」


 エンジは笑っていた。だが、それはおかして笑っているのではない。

 口元こそ笑ってはいるがその眼つきは殺気だっている。額を見れば少し遠目からでも分かるほどに血管を浮かび上がらせている。


 エンジは激怒していた。


「おもちゃみたいな紋刀ァ……? 念のため聞くけどよォ、そりゃこの【物干し竿】のことかァ?」


「それだよそれ。その物干し。それ以外ないだろうが、お前話の流れ読めねぇのか」


 次第に小太郎の表情が凄まじい敵意に染まってゆく。誰が見てもこの二人の戦闘は避けられないのは明らかだ。

「お前のクソを垂らした汚ぇケツをハーレイからどけろ」


「小太郎さーん……こいつボコボコにしてくださいよー!」


 エンジが語るより早いか、エンジの前を歩いていた子分Cが隙を見て小太郎に駆け寄っていった。


「きたねぇ椅子にきたねぇケツを乗せてなにが悪ィンだ!? おォ」


 走り寄ってきた子分を邪魔だとでも言うように紋刀で振り払う。うう……という呻きを上げ子分の横腹にめり込み、その場に彼はうずくまった。実に痛そうだ。


「ヘラヘラ平気な顔で連れてきやがって。腐っても士道生徒だ、このニセ士野郎に一太刀でも入れたんだろうなァ?!」


「う゛ぅ……ずびばぜん……」


「役に立たねェな、ゴミが」


 うずくまる子分を蹴飛ばし、ようやく小太郎は立った。


「鞘は当てねェでいいよなァ? これは死合じゃねェ、一方的な害虫駆除だ!」


 小太郎は足を肩幅より広く踏み縛り、紋刀の柄に右手をかける。


「おい【物干し】、お前忘れてんじゃねーか。千代はちゃんといるんだろうな」


「【物干し竿】だって言ってんだろうがァ!」


 丸腰のエンジに向かって、突進する。抜刀せず、鞘のままでエンジに紋刀を右脇腹目がけて左へ振る。

 しかしそれを余裕を残して軽く躱し、エンジは後ろに飛び退くと壁に突き刺さったままの炎灯齊の上に乗った。


「千代はどこだって言ってんだろ? バカかお前。さすがおもちゃ使い」


 その一言で表情を更に険しく一変させ、明らかに眼光に殺意を宿した。


「……ふん。いいじゃねぇか、これで俺がブチギレてんのとおあいこくらいか?」


 相変わらず笑みを絶やさないものの、小太郎に呼応するようにエンジも殺意に満ちた眼光で小太郎を睨んだ。


「【物干し竿】をおもちゃって言ったなァ……2度もよォ……もう後戻りできねェぞ。帆村エンジィ……!!」


「エンジ!」


 苦痛に顔を歪めながら先ほどまで倒れていたハーレイが立ち上がり叫ぶが、エンジはハーレイをちらりとも見ることはなかった。


「お前離れてろ! 巻き込まれんぞ!」


「……!」


 そう、エンジはハーレイを見なかったのではなく、小太郎から目を離すことが出来なかったのだ。小太郎がいつ飛び掛かって来てもおかしくないほどの闘気を放っていたからである。


「あのチビの女が気になるなら自力で確かめろよ。そこの外国人と同じい~い顔してるけど勘弁しろよ」


 小太郎もエンジだけを睨み、片方の口角だけを上げて挑発するように笑った。


「てめぇ……もしかして千代になんかしたんじゃねーだろうな」

「だから自分で確かめてみろって言ってんだろ、できるもんならなァッ!」


 エンジはゆっくりと炎灯齊から下りるとガリガリと音を立てて炎灯齊を引き抜いた。

 そして、横に一回、縦に一回と埃を振り払うように炎灯齊を振ると、いつものように片手一本で構えた。


「いい根性してんじゃねぇか、この俺を前にして片手持ちとは」


「悪ィな、これがおれのスタイルなんだよ。お前こそおもちゃにそんな大層な構えしやがって、いい性格してんな」


 ピリリッと静電気が指先を焦がすような音張り詰めた空気に走った。

 それは物体から鳴ったものではなく、空気から自然に発生した電撃と思わせるには十分なものだった。

 極限までは張り詰めた場は何人たりとも立ち入れない聖域と変容する。強烈な殺気と敵意のぶつかり合いで、周りの空気の質が変わったのだ。


「3度目だ、帆村ァ。お前、もう死ね」


 小太郎の目の奥で何かが起こった。決意の眼差しは禁じられたある行為へと彼の手を誘う。


「エンジ!」


 その空気にたまらず叫ぶハーレイ。


「離れてろって言ってんだ! 早くしろ!」


 エンジにもその覚悟は伝わり、数秒後には命のやり取りが始まることを直感で確信した。その為、ハーレイがこの場に居ることの危険性を危惧したのだ。

 小太郎はゆっくりと紋刀・燕尾閃の柄を握る。

 既にその眼光は刃よりも鋭くエンジという絶対敵を認め、その命を奪うことに全神経を集中させている。そして、その言葉を噛みしめるように紋句を詠うのだ。


『全てがひれ伏す』



 ガヂャリ


 金属系の開錠音。そして1秒を待たずに苑内アナウンスが彼らのいるグラウンドにも響いた。


『全校生徒のみなさん。ただいま壱年風組 生徒番号16番が抜刀しました。違反抜刀の為、抜刀した生徒の近くにいる生徒は、速やかに距離を取り近くの教師に報告してください。

 抜刀した生徒は危険です。至急離れて、教師に報告してください。

 抜刀した生徒は速やかに納刀すること。繰り返します、全校生徒のみなさん……』


 轟く抜刀警戒アナウンス。それを背に流しながらエンジを睨み続ける小太郎がいた。


「言っておくが、遊びはなしだからな。すぐに殺す。でないと、アラームで他の連中が来ちまうからなァ……」


 シュルシュルと刀身を走らせ、燕尾閃を抜いた。


「これは死合じゃねぇ、士を騙るニセ者を駆逐する一方的な殺戮だ。


 お前を地獄に送ったのはこの佐々木小太郎だ。地獄で閻魔に自慢しやがれ」


 小太郎が語り終えるが早いか、その姿がエンジの目の前から消える。顎から下の風が動いたのに気付き反射的に半身を回して横軸へと移動した。

 

 エンジがその動作の直後、間髪入れずに風を斬る音よりも早く銀色の刃が縦に走った。


(速ぇ……!)


 

 そしてすぐに第二の太刀が来ることが予想された。だがその立ちがどこから来るのか小太郎の動きの速さから予測が出来ない。


「なら……これか!」


 正面に炎灯齊を盾にした。と同時にギンッという音と振動が炎灯齊のあちら側からエンジを襲った。


「ぐっ!」


 しかし、比較的乾いた音だったのが表しているようにその斬撃はまだ軽いほうだった。

 その為、余韻に縛られることなくエンジはすぐに次の行動に移ることができた。


「ぅおらっ!」


 ブォンと風を鳴らして炎灯齊をその場で一回転させ、強制的に小太郎と距離を離し、自分の間合いを守ることに徹するエンジだったが、初めての真剣との戦いに言い知れぬ緊張が隠せないでいた。


「け、鬱陶しい奴だぜ」


 額に一筋の汗を流し、燕尾閃を肩に担ぐように構え、左手で地を抑えて小太郎はエンジの戦法に対する直な感想を詠う。

 

 緊張が全身を走っているのは小太郎も同じ様子だった。


 そう、この死合はお互いにとっての初めての殺し合い。


 初めての命の奪い合いなのだ。


「オラ、千代を返しやがれ」


「け、何度言わせ……」

 巨大な炎灯齊が影を作り小太郎の全身を包んだかと思えば、その影の形どうりに炎灯齊が襲った。


 ドォンと、刀には似つかわしくない轟音と砂煙に小太郎は自ら距離をとり、視界が晴れる場へと飛び退いた。

 炎灯齊が起こした衝撃と砂煙でエンジの姿が確認できずに、周囲の気配に集中しながら小太郎は耳を澄ませた。

 頭上に気配を察知し、反射的に上空を見上げると高く飛んだエンジが今にも炎灯齊を投げつけそうな体勢に入っている。


「嘘だろォ!? うォイ!」


 その光景にさすがに声を漏らす小太郎は高く飛んだエンジには、到底及ばないまでも後方に高く飛び退いた。

 またも轟音を上げてたった今まで小太郎がいた地に炎灯齊が突き刺さる。


「紋刀投げるかよ普通! どんな戦い方だァ!?」


 初めての真剣勝負に、初めて見る戦法。小太郎を戸惑わせるには十分すぎる条件がそろっていた。

 

 しかし、だからといって小太郎の戦意が喪失することなど決してなかった。エンジの戦法に対する対処策を戦いの中で模索する。いくつもの策が浮かんでは消え、次の攻撃が小太郎を襲い、そしてまた小太郎の速い太刀は同じようにエンジに選択を迫る。

 紋刀の形状から見ても、小太郎の一方的な勝利になるかと思われたが、いざ始まってみれば二人の力量は互角のようにも見えた。


 そういった一進一退の攻防が続く。

 しかし、そうこうしている間に教師がこの違反死合を止めにやってくる。

 小太郎はそれまでにはこの勝負を決めたかった。


 それはもちろん小太郎の勝利で、だ。


 燕尾閃は長尺の業物。形状は他の紋刀と比べて急な弧を描いている。持ち主である小太郎はこの刀で戦う術を熟知していた。



「……はっ! ようやく頭が冷えてきたぜェ、俺としたことが初めての殺(や)り合いに本調子じゃなかったらしい……!」


 小太郎は刃を逆に構えてエンジと間を詰める。


 そのスピードは瞬きほどの時間しか要しなかったが、エンジが身をかわすには十分な余裕があった。


「っとと、よく言うぜ! 動きが悪くなってんじゃねぇのか!」


 そういって炎灯齊を軸に大きく体を一回転させて躱す。

 距離を離された小太郎は半月のような形になっている刃の背を釣り針の先をひっかけるように炎灯齊にかけ、くるんと横に小回りすると一瞬で間を再び詰める。


「なっ!」


 予想外の動きに一瞬エンジの体捌きが遅れ、一閃を振る燕尾閃の切っ先がエンジの左胸から肩にかけ制服とエンジの皮膚の皮一枚を斬った。


「オラァ余所見してんなよ!」


 先に冷静さを取り戻した小太郎は厄介だった。


 いくら頑張っても身振りが大きくなってしまう炎灯齊を持つエンジには不利であると例え有段者であっても思うだろう。

「ちぃっ! 仕方ねぇな……!」


「なんだぁ? なんか隠し技でもあんのかァ!? あるんなら出し惜しみしてンじゃねェぞ! さっさと出しとかねぇと……死ぬぜ?」


 小太郎の2連撃、エンジは避けるがまた同じように刃をひっかけ間を詰められ、左手首から肘にかけて服と皮を斬られた。


 傷口は浅いが斬られた胸と腕からは流血している。


 エンジは出来るだけ小太郎と距離を置くと炎灯齊を両手で持ち、構えた。


「ようやく両手かよ! だが悪いが待ってる時間はねェ! 次で決めさせてもらうぜ!」


 追撃しようと距離を詰める小太郎を目の前にエンジは両目をつむった。


「なっ……!? てめェふざけ……」


「刃通力、解放!」


 “刃通力”という単語を聞いて思わず小太郎は追撃しようと踏み込んだ右足を止めた。

 見た目ではなにも変わらないが、明らかになにかエンジの中で変わったことをその卓越したセンスで小太郎は感じ取ったのだ。


「いくぜ佐々木小太郎」


 小太郎が距離を詰めるのを躊躇したのとは逆にエンジはその一歩を大きく踏み込んだ。

 そのスピードは小太郎ほどではないにせよ、先ほどまでとは格段に上がっている。


「な、にィ!!」


 

 炎灯齊の一振りを燕尾閃で辛うじて防御するが、その衝撃で5メートルほど小太郎の体ごと吹き飛ばした。


「なんだ?! なにが起きたっ!」


 エンジのスピードが上がったのではなかった。そしてエンジの力が強くなったわけでもない。

 それはここまで剣を交えたからこそ小太郎が一番よく分かっている。では、エンジの身にどんな変化があったのか。小太郎の行き着いたそれは実にシンプルなものだった。


「炎灯齊の重さが変わったのかァ」


「ビンゴ」


 ただでさえ軽々と扱っていた炎灯齊だったが、その重さがさらに軽くなったとあれば脅威度が単純に増す。人が持つ視感覚というものは、その情報に翻弄されるものだ。いくら頭脳で分かっていても、目で見た情報でついその情報を誤ってしまう。

 小太郎がいくら“あれはでかいけど軽い”と分かっていても、予測する攻撃動作はどうしても遅く思ってしまう。その状態で戦うとどうなるか。

 “実際よりも攻撃動作が速く感じてしまう”のだ。

 しかも、自分の知らない【刃通力】という能力で明らかにエンジは変化した。得体の知れないものに小太郎は無意識下に恐怖し始めていたのだ。

「ぐ……」


 だが、教師たちが駆けつければ今後エンジと小太郎はマークされる。二度と死合が出来ないように苑内では扱われるだろう。

 つまり、エンジを苑から追い出すのにはこの機会しかないのだ。

 そうして、小太郎は一生涯で唯一と言っていい過ちを犯す。


決着を焦り、選択を誤ったのだ。その過ちとは……


「チビ女を出せェ!」


 2人の真剣死合にすっかり圧倒され、出るタイミングを完全に見失っていた子分2人が千代を連れて部室の奥から現れた。


「へ、へい……」


「んー!」


 猿ぐつわをされた千代はエンジに向かって言葉にならない叫びを上げる。


「無事か千代……」


 エンジの目に映った千代は額から血を流していた。


「お前……千代になにした?」


「悪ィなァ帆村ァ!! 俺も今回だけは手段選んでらんねェんだわ! 刃を抜けねェ士を士と認めたとあっちゃァ燕塾の名に傷がつく!

 だがそんなもんはおまけだァ、俺がお前と北川を許したらなによりも大剣豪佐々木小太郎の名が泣くんだよ!

 それがどれだけ卑怯で卑劣な手段だろうとなァ、俺は俺の士道の為にここでお前の息の根を止めなきゃならねェーんだ!!」


「……」


 エンジは傷だらけのハーレイと、頭から血を流す千代を見た。


「千代……ハーレイ……」


「お前は強かったぜ! だけどなァ、お前の強さはあくまで格闘技なんだ!

 斬れねェ刀なんて木刀やバットと一緒、お遊びなんだよ!


 お前のその大層なおもちゃじゃァ誰も守れねェ!」


 小太郎はゆっくりとエンジににじり寄る。


「分かってんだろうなァ……お前、ちょっとでもそのデカブツを動かしてみろ。

 北川ハーレイとチビ女がどんな目に合うか、わっかんねーぞ」


 焦りは人の判断を狂わせる。明らかにこの時の小太郎は焦りに食われたと言っていいだろう。だが、小太郎が焦りに狂えば狂うほどエンジには別の感情が溢れる。


 その感情とは、無力感。

 自分の無力に体が蝕まれてゆく。誰も守れない自分。自分だけが強くても守れないもの。涙こそ出ないものの、エンジの中で無力感が全身を支配しようとしていた。


「ぶはっ!」


 その時だった。千代がされていた猿ぐつわが外れたのだ。つかまっている間、千代はずっと猿ぐつわの結び目を擦り続けていた。それがこのタイミングで報われたのだ。


「えんとーさいさま!」


「千代!」


「なんというお顔をされておられるのですか! 千代は情けのうございます!

 貴方様は三代目炎灯齊なのですよ!? その炎灯齊には誰の魂が入っているのですか!

 それに千代は腐っても士道を志す士でございます! 自分の身が危うかろうとも、誰に守ってもらおうなどと考えたこともございません! それはハーレイ様も同じでございます。それでも千代たちをお守りされようと戯言をお考えならば、敢えて申しましょう!」


 自分の置かれている立場をも鑑みず、気丈に言葉をしたためる千代はただエンジを真っ直ぐに見つめた。


「大した家臣を持ったなァ。勿体ねェわ。大丈夫だ、士道をできねェようにするだけだ命は勘弁してやらァ……」


 小太郎は更に間を詰めると燕尾閃を高く構えた。


「腕一本置いていけェェ!」


 俯いたままのエンジ。脇には地面に突き刺さったままの炎灯齊。


 そして、千代が声の限り叫ぶ。


「えんとーさいさま助けてぇ! 千代をお守りください!!!」



 頭を上げ振りかぶる小太郎を睨みつけるエンジ。


 炎灯齊の柄を両手で握ると、さきほどまでの無力感が嘘のように闘志を漲らせた。

 その目には大きな決意と覚悟を宿していた。


「ああ、良く言った千代。任せとけ、お前は俺が……」


 構わずに燕尾閃を振り下ろす体勢に入る小太郎。


「無駄だァ! 動くと本当に死ぬぜェエエエ!!!!」






『絶対に守る!!』




 



『全校生徒のみなさん。ただいま壱年火組 生徒番号21番が抜刀しました。違反抜刀の為、抜刀した生徒の近くにいる生徒は、速やかに距離を取り近くの教師に報告してください。

 抜刀した生徒は危険です。至急離れて、教師に報告してください。

 抜刀した生徒は速やかに納刀すること。繰り返します、全校生徒のみなさん……』




 細く長い刀身。


 見る者を魅了する真っ赤に光る赤銀色の刃。

 その姿は、鞘に収まっている状態からは誰も想像の出来ない姿だった。鞘に収まっている姿が出刃包丁ならば、抜刀した姿はさながら柳包丁。刃が走った軌道には少し遅れて炎の螺旋が追いかけた。


 その紋刀の銘は『炎灯齊』という。


 十年以上もその刃を抜かれなかった伝承十二本刀・申・炎灯齊である。

 腹から右アバラを斜めに切り裂かれた傷口から血を炎を吹き出し、小太郎はその場で崩れた。


「な……にィ……話が、違……」


 その場にいた誰もがその瞬間なにが起こったのか理解できていなかった。

 しかし、場の中で誰が一番その状態を理解できていなかったかというと、それはエンジ本人であった。

 振りぬいたはずの炎灯齊はなんの重み感じず、握りを滑らせてしまったのかと一瞬誤解したほどだ。


「炎灯齊が抜けた……」


「エンジ……」


『お前には絶対に口に出来ない言葉だ』


  エンジの頭の中で祖父の言葉がよぎった。

 そして、エンジは赤い刃の炎灯齊を眺めて独り言のように呟いた。


「絶対に……守る……?」









【士道ノ四に続く】

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