第2話(前)

 さて、――ここは日本帝國。


 皆々様が知ったるかの日本国と似て非なる国。


 

 一つ、この国では廃刀令が敷かれず、現代まで文化として生き残った。


 一つ、この国の刀には、それぞれに紋章が施された日本刀の進化形、紋刀がある。


 一つ、それを用いた武士を現代では【士(さむらい)】という。


 一つ、士同士の闘いを【士道】といい、相撲と並ぶ帝國の国技となっている。



 さて、この【士道】であるが、なにも真剣を用いての闘いではない。


 あくまでスポーツとしての競技であり、紋刀を所有する士が選手になる条件ではあるが、競技で使うのは紋刀を模した刃の無い斬れない刀、【戯刀(ぎとう)】であること。


 これを用いて勝ち負けを決めるこのスポーツ士道を国民は【仕合】と呼ぶ。



 では、紋刀とはなにか?


 なにに使うのか?



 真剣を鞘に納める紋刀は、所有者によって紋も違えば紋句もそれぞれだ。

 人を死に至らしめることの出来るその刀剣は、当然ながら扱いに気を使わなければならない。


 だが、同時に紋刀を扱うのにはそれ相応の技術と知識が必要でもある。

 その条件を満たし、認められたものに配布されるのが、


 【紋刀所持証】

 【紋刀登録証】

 【紋句登録証】

 【抜刀資格証】

 【紋刀帯刀許可証】



 であり、このどれか一つでも欠ければ所持することはかなわない。

 (但し、継紋刀を継いだが士道に入らないものに関しては所持証のみを持つことはできる。)


 これらを取得するために必須とされるのが訓練実績と成績である。

 もうお分かりだろう。


 紋刀を持つために必要となるのが、『士道学苑』の卒業資格なのだ。



 そして、紋刀を持つものだけに許された決闘システム【死合】。


 紋刀を持つ者同士が、鞘を当てることで決闘の意思をシステムに通電。


 紋刀の紋章に組み込まれたGPSやあらゆる最新鋭システムにより、死合意思が近隣拠点に通達、死合の立ち合い資格を持つ周辺の紋刀所持者に連絡が行き、双方が同意で立会人同席の元、抜刀しての斬り合いが出来る。

 【死合】とは、己が起こりを賭けたもの也。命を賭してまで守らねばならない者同志の為のシステムである。


 そう、この【死合】こそが侍の文化を現代にもっとも色濃く反映したシステムなのだ。

 それでは、学苑の外を少し覗いてみよう。





 ガキン



「YO、オメー。今、鞘あてたよな?」


「あー当てたよ!」



 早速のさや当ての現場に遭遇してしまった。



 ここは大東京市。ある都会の一風景である。



 さて、さきほど鞘当てをおこなった若者はどうなったのであろうか。


「イエース!」


「ちょぃーっす!」


 一触即発だと思われたが、二人は急にハイタッチをして握手をした。ここで疑問をお持ちだろう。

 なぜ死合が始まらず、むしろ友好的になっているのか?

 これは、彼らが【戯刀】所持者だからである。【戯刀】は、紋刀に比べると比較的簡単に帯刀することが出来る。


「うぃ~、ちょ! おめ~この“GITOO”、CHOかっこいいじゃん!」


「あ、見つかっちゃった? そうなんだよ『TOHO神姫』の新作でさー。バイトの給料はたいて奮発しちゃったってわけ~」


「マジで~! CHOシブイじゃん! 俺の『NERVOUS』もそろそろ買い替え時かYO」


 あからさまに知能指数の低そうな二人なのはさて置くが、戯刀は特に訓練を必要とせず、3日ほどの講習のみで許可証を取得できる為、若者を中心にファッションの一部として扱われている。


 ガキン


「い~い音でんじゃ~ん」



 というわけで、戯刀を持つ彼らにとって、【鞘当て】は挨拶の一種なのである。

「よぉ~し! それでは横太刀から上段突きを30回×5セット!」


 さらに場所を変えてみよう。今度はある士道道場である。


「はじめ!」


 師範なのか、稽古の先頭に立つ初老の男性。手には戯刀を持っている。


「はっ! はっ! はっはっ!」


 門弟たちが一糸乱れない動きで太刀の素振りを繰り返し、道場にて汗を流している。 

 ……よくよく見てみれば、彼らの持つ刀もまた戯刀であった。


「さあ、もっと気合い入れてやらんと士道学苑には入れんぞ! 立派な士になりたくないのか!?」


「なりたいです!」


「ならばもっと気合いを入れて太刀を振れぇい!」


「はい!!」



 そもそも戯刀の存在意義は、紋刀を持たない……もしくは持つことの出来ない国民の為の法でもある。だがそれは平和志向の高くなった世論を反映させたものであった。実際は士道学苑に通うためのツールとしての役割が大きい。

 士道には紋刀を扱うプロ士道と、戯刀で競技をするアマチュア士道がある。

 紋刀を持つには、このアマチュア士道の経験が必須であり、経験が3年に満たないものには学苑の入苑資格すら与えられないのだ。

 ファッションとしての戯刀、アマ競技としての戯刀、用途はそれぞれだが、ある意味で紋刀よりも使用する幅は広いともいえる。

 お分かりいただけただろうか。

 この国は、刀を所持することは国が許可しているが、それは無差別に人斬りを推進するものではなく、あくまで安全の上に士道精神……士魂を持って生きてほしいというものであるということを。




―――




「その為の鎖国。我が国の誇らしい士道文化を流出させないための、やむを得ない政策なのである!」


「分かったか! お前ら!」


「はい!」


 なので当然、学苑の授業で扱うのも紋刀ではなく戯刀というわけだ。いちいち授業で真剣である紋刀を扱っていては、学ぶ側としても非常に危険であり、命がいくつあっても足りない。生徒にはそれぞれ戯刀が持たされ、抜刀や紋刀の扱いの訓練を行っていた。


「まず、紋句を詠う! 訓練では『仁義抜刀』という紋句を全生徒共通して使用すること! いいな!」


「はい!」

「それじゃ、はじめろ!」


 うむ。よく見ればこの偉そうに檄を飛ばす教師は、あの時の角刈り……角田教師ではないか。



『仁義抜刀!』



 もちろん、生徒達が扱っているのは紋刀ではないのでロックは解除されない。

 ……が、解除した体でまず訓練を行うのだ。



「そうだ、抜刀の勢いを殺さずに構えに入れ! まずは片手前突きの構え!」


「はい!」



 そんな中で、抜刀にまごつく生徒の影があった。

「ちょ……なにやってるんだよエンジ!」


 ハーレイがエンジに小声で注意の声をかける。そう、抜刀練習にまごつく影……それは本作の主人公である帆村エンジであった。


「う、うるせえな!」


 あたふたと刀身を鞘に納めようとするが、上手く鞘に入らない。

 今度は抜刀しようとするが、握り方がおかしいのか前突きの構えへとキレイに以降できない。


「エンジって、僕なんかより士道長いんだろ? こんな初期動作なんで出来ないんだよ!」


 動作を繰り返しながら小声でハーレイがそんなエンジに声をかける。


「……抜刀なんかしたことねぇから、わっかんねーんだよ」


 気まずそうにエンジは答えた。

 

 その回答を聞いてハーレイは妙に納得したのか、一瞬目を見開く。


「……あぁ、なるほど……。完全無欠だと思ってたけど、そういうわけじゃないんだね……」


「う、うっせーよ! 要は真剣勝負で勝てばいいんだろ!? こんな基礎的なもんは俺には……」


「必要ないか~~、お? 帆村」



 エンジの頭上が暗くなる。角田教師の影だった。

「お……おや角田ティーチャー?」


「い~~~~い度胸だねぇ~~~~帆村ぁ~~~?」


 にったりと笑いながらエンジを見下ろす角田教師。

 どうやら先日の佐々木小太郎とのひと悶着を根に持っているようだ。


「ぃよし、基礎訓練を必要としない帆村とやりあいたい奴らはいるかーー?」


 角田教師は生徒に注目させるように手を挙げて、大きな声で言った。


「え~帆村と~?」


「あいつムチャクチャな戦法だからなー」


「絶対けがするからイヤだ」


 様々な方向から声が聞こえ、挙手するのを躊躇する生徒たちを角田教師が片方の眉を下げて見渡している。

「……エンジ?」


 いつもならばここで「てめーらかかってこいやー」とでもいいそうなエンジがおとなしくしているのに気付き、ハーレイは声を掛けた。


「……」


 冷や汗をかくエンジ。それを見て確信したように角田教師はにんまりと笑った。


「いいかぁお前ら! 確かに帆村はベラボーに強い! だがそれはなぁ、あのバカでかい紋刀があってのことだ!

 だが今、お前らが持つのは戯刀! 形状も違えば重さも違う。

 もっと言えば、帆村は抜刀経験がないときたもんだ! さぁ、それでもお前らはこいつにビビるのか!?」



「そ、そんな……先生! それはいくらなんでもヒドいんじゃ」


 ハーレイの声に振り返り、角田教師は優しい笑顔で言う。


「北川……。これは先生なりの愛情なんだ。これから先、いくら炎灯齊を継いでいくとしても、標準形状の戯刀も扱えないようじゃ、士としてはダメじゃないかな?

 これは先生なりの愛なんだ。大事なことだから2回言ったよ」


 それはとてもいい顔だった。


「あ、愛……」


 なんだか上手く言いくるめられたようで釈然としないハーレイは、再度エンジを見る。


「……」


 相変わらずエンジは閉口したままだ。


「そういわれればそうか……あの紋刀さえなけりゃただの人以下ってことか?」


「さっきの基礎練の時も動きおかしかったよな」


「あながち角刈りのいうことが正しいのかも」

「さあ! 遠慮なく闘え帆村! 危なくなったら先生が止めてやるからな!」


 生徒達がエンジに敵意の眼差しを向け、じりじりと歩み寄ってくる。


「せ、先生!」


 にじりよってくる生徒達の足を止めたのはハーレイの一声であった。


「なんだ北川」


 怪訝な顔でハーレイに向き、角田教師が返事をする。一方のハーレイはというと少し思いつめた表情をしていた。


「これは乱戦ですか」


「……そうだな、形でいうならそれに近い」


「だったら……エンジにつくってのもありですよね」


 角田教師が何か言う隙を与えずハーレイはエンジの横に並んだ。

「ハ、ハーレイ」


「言っておくけど、僕は士道の腕にはあまり自信がないんだ。だからどこまで出来るかわからないけど……、友達と一緒に闘うっていうのはワクワクするね」


「言うじゃねーか」


 角田教師が腕を前に突き出し、振り上げる。


「はじめぇ!」


「うぉおおおおおおお!」


 雪崩のように向かってくる生徒達。


「おおっ! まるで乱れ太鼓のようだな」


 角田教師はその光景に満足げであった。


「いくよエンジ!」


「いくぞハーレイ!」


 ……



 …………



 ………………15分後。




「なあんだ、めちゃくちゃ弱いじゃんか」



「こんなにも歯応えないもん?」



「ビビって損したわ、俺。っつかある意味ビビったわ」


 体育館を後にする生徒達はそれぞれぼやいた。そのどれに聞き耳を立ててもエンジに対する失望感を表す内容ばかりだ。

 そうして、次々と去ってゆく生徒達で次第に体育館の様子がはっきりと見えてきた。


「帆村、北川、大丈夫か」


 二人並んで大の字に倒れるエンジとハーレイを角田教師が覗き込む。


「……うっす、大丈夫っす」


「こっちも……大丈夫です」


「そ、そうか……すまんな。ちょっと俺の判断が甘かったようだ」


 てっきり二人の様子を見て清々した表情になるかと予想したが、予想外の展開に角田教師はバツが悪そうな顔をしている。


「保健室連れて行ってやろうか?」


 角田教師のことをよくあるムカつくタイプの教師と思っていたが、どうやら生徒思いの普通の教師だったようだ。心配そうな表情がその人の良い性格を物語っているではないか。


「大丈夫っす。俺らだけで行けるんで」


 頬を腫らしてエンジがもごもごと口を動かして言った。


「……ほら、普通ああいう展開ってよ、なんかこう……もっと、いい戦いすると思うじゃないか」


 言い訳がましく角田教師は自らがけしかけたことについて語る。

 だが……まあ彼が言いたいことも分かる。


「いえ、別に僕はなんとも思ってませんから」


「俺は根に持つっすけど」


「う」


 エンジの釘を刺す一言に角田教師は胸を痛めた。


「とにかく、僕たちは自分でなんとかするんで、先生は戻ってください。心配はいりません」


「わ、わかった。無理するなよ」


 そう言って角田教師は居心地が悪そうにそそくさと体育館を後にした。

「ひっでぇ顔だなハーレイ」


「エンジこそ、よくそれで伝承使いだなんて吹いてるよね」


「お前、すっげぇ弱かったぞ。思ってたよりもずっと」


「よく言うよ。キミなんて開始10秒で戯刀飛ばされてたじゃないか。目を疑ったよ」


 ハーレイがその時の衝撃的な光景を思い返し、痛む頬を緩めた。


「くく……」


「ふふ……」


「はっはっはっはっ!」


「あははははは!」


 二人はそのまま転げながら笑った。痛むはずの体を盛大に転がし、二人とも腹を抱えて、


「なっさけねー! よえー!」


「ほんっと、少しでもキミに憧れた僕の純真な心を返してくれるかな!」


 愉快そうに涙が出るほどに笑った。

 身体はボロボロ、傷だらけ。エンジに至っては大きなたんこぶと、左目には青あざができた。ハーレイは、顔こそ綺麗だが、体中あざや擦り傷だらけだ。

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