第1話(後)
「えっ!?」
驚くハーレイ。
「なんだよ、違うのか?」
驚くハーレイに驚くエンジ。
「え、いや……僕なんかがキミのような有名人と……」
「なに言ってんだ。お前、こうやって一つの椅子に座ってんだからもう友達だろ?」
ぶわわっ!
「うおっ!」
なんの音かとエンジ達が振り向くと、千代が涙の橋を作って号泣していた。それはもう泣いていた。
「えんとーさいさまぁああ~! ついにご友人が出来たのですねぇええ~! 千代は、千代は嬉しゅうごじゃあますぇ~~~」
もはや聞き取り不可能の言葉と鼻水を同時に吐き出す千代の顔は見れたものではなかった。
「大げさなんだよ!」
「ははは……」
「じゃ……まあ、これからもよろしくな」
「……うん。よろしく」
ハーレイは手を差し出した。
「ん?」
「握手だよ。友達の証」
「……そうか、じゃー握手だ」
「千代も握手するですぅうう~!」
「入ってくんな!」
ハーレイ、千代、エンジは三人の掌を一つに繋ぎ、互いのこれからを思い笑いあった。
「ゴォォルァァアア! 帆村エンジィィイイイ!」
そんな時、小太郎の雄叫びが廊下にこだまし、その声は嫌でもエンジ達の耳に刺さった。
「な、なんだなんだ?」
「獣の声がするぞ!」
「おいあれって燕塾の……」
教室の誰もが何が起きているのか理解できずざわつく中、エンジは立ち上がり声のする方を見た。
「あれって、完全に俺を呼んでるよな?」
「ダメですよ、えんとーさいさま。既に私どもは学苑で目立っております。揉め事を起こされてはこれからの学苑生活に響きますので……」
三人の子分に止められながら、それでも力ずくで進撃しながら小太郎の高い背の影が見えた。
「おらァ! 出てこい帆村エンジィ!」
「あれは……確か、“燕塾”の佐々木小太郎……」
ハーレイが小太郎の影を見て呟いた。その声が聞こえた小太郎は振り向き、ハーレイと目が合った。
「……? なんだァ? なんで外国人がこんなところにいやがる」
小太郎はハーレイの煌びやかな金髪を見ると忌々しく口を歪めた。
「……」
ハーレイは言葉を殺し、押し黙る。
「てめぇ、ここがどこだと思ってやがる。士(さむらい)が侍道を学び、士道に昇華させる場、崇高なる『帝國士道学苑』だぜ。つまり、日本男児しか入苑を許されていねー神聖な場所だ。まーサービスで女子の入苑も許可してるみたいだが」
「ちょ、小太郎さん! 男女差別ですよ!」
「うるっせ! 俺は古き良き男尊女卑を推奨してんだ! 文句あっか」
「……」
ハーレイは黙ってうつむくと、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。
「おい、ハーレイ……?」
「ごめん、帆村くん。こうやっていればすぐに終わるから……」
俯いたまま力なく笑うハーレイにエンジはそれ以上は何も言わなかった。
さて、ここでまた説明しなければなるまい。
この日本帝國は、数十年に渡り『鎖国』を宣言している。
『鎖国』とは言っても、ご存知の『鎖国』とは少し意味が違う。文化の流出を防ぐのがその主な目的である。輸入や情報などの交換は行っている為、ネガティブな意味合いはそれほど目立たないのだ。
ではこの国が言う『鎖国』とはなにか?
それは外国人の入国を禁ずるものである。もちろん、然るべき申請をし、許可された場合は特例として免除される場合はあるが、前例はほとんどない。
よって、日本帝國には純粋な日本人が九割以上で、外国人と思わしき人間はそれだけで国民からは白い眼で見られてしまうのだ。
更に国民レベルまで他国の情報がほぼ開示されておらず、『外国人=悪』のような風潮がこの帝國には深く根付いている。
そういった事情もあり、他国から帝國は毛嫌いされているというわけなのだ。
その中でも友好国の協定を結んだ国もあり、アメリカやポルトガル、台湾などは、入国に関する条件が少し緩く設定されているのだ。
『鎖国』については過去になにかその要因になる出来事があったようだが、この『紋刀』の文化を外に出すことをなによりも危険視している帝國は、国民が他国に出ることも原則的に禁じている。
お分かりいただけただろうか。この帝國において、ハーレイは生きていきづらい環境なのだ。
「おい、答えろ。“なんで外国人がここにいる”んだ?」
再び視界を教室に戻すと小太郎はずけずけと教室に入ってきた所だった。
ハーレイの傍までやってくるとハーレイの白い肌と碧い目がよほど気に入らないのかじろじろと睨む。
「僕の母はスウェーデン人ですが、父は日本人です。この国で生まれ、この国の言葉でしか話せません。戸籍上もちゃんとした日本人です……」
「っへぇ~、そうなのか。帝國のお役所様も優しいこったな。じゃーしゃあねェ、この国に住むことは許してやるよ。だがなァ」
バン、と両手で机を叩き、ハーレイの顔へと更に近づく。
「この学苑で士道を学ぶことなんざァ、この俺が許さねェ」
小太郎の迫力に誰も口を挟まない。状況だけを見守り、誰もが無関心を決め込んでいるのだ。
そうなった理由は2つある。
一つは、小太郎の迫力がそうだ。
もう一つは、見ているギャラリー達の目もハーレイを見下しているからである。
誰も止めに入らないのは、その二つの理由が居座っていたからである。
「俺が優しィ~く言っている内に、おうちに帰んな。坊ちゃん」
「……い、いやだ」
「あァ?」
ハーレイは立ち上がると拳を強く握った。小さな声だが、強い意志をはらんだ眼差しで小太郎を睨み返す。
「僕は、強くなる為にここに来た……! 日本人として、士として、紋刀を振るうために!
だからやめない! キミになにをされようが、他の生徒にどんな目で見られようとも、絶対にやめない!」
ハーレイの決死の言葉に小太郎の表情が変わった。
「っほぉ~、外国人のくせに生意気な顔すんじゃねェか。てめぇを今ここで叩き斬ってやりてェが、……新紋刀志望か。てことはまだ紋刀を持ってねーんだな。
丸腰の奴を斬ってもなァ? 坊ちゃん」
先ほどまで大声で喚いていた声とは明らかに違う低い声で、小太郎はハーレイを威嚇する。彼の表情を見るに、もし仮にハーレイが紋刀を持っていたなら本当に斬っていたのではないかと見ている者の不安を与えた。
「お前が、刀を持った時、俺がお前を斬ってやるよ。光栄だろ?
お前みたいな“偽日本人”が俺のような“名門士”に斬り捨てられるなんてなァ?」
小太郎はそこまで言うと、目線をハーレイから外へと外した。
「……で」
「そこでスゲー眼つきで俺を見ているお前はなんだァ?」
小太郎が視線を動かした先は、ハーレイと同じ席に座っていたエンジであった。
そう、小太郎はエンジの顔を知らなかったのである。
入苑式での悶着の時、小太郎は離れた位置にいたため、エンジの姿をとらえていなかったのだ。
ハーレイの隣でずっと睨み続けているエンジに反応しなかったのはそのためだ。
「ビビッてんのを隠すために睨んでたんなら、許してやるよ。ええ? チビ」
「……あのよ、気になったんだが」
ようやく口を開いたエンジに周りはみんな注目している。
「紋刀があったら、斬り合いしてくれるってことだよな?」
「はぁ~ァ?」
小太郎は大げさに言うと、耳に掌をあてて『もう一度言ってみろ』というジェスチャーをした。
「なんで俺サマがどこの誰ともわかんねーサルと斬り合いなんぞしなきゃいけねーんだ」
……沈黙。
「ん? なんだ?」
普段ならば小太郎がそういえば、子分が先頭に立ち大声で笑うのだが、この時ばかりは笑い声を上げる者はいなかった。
エンジを知るものは小太郎の目当てがそれだと知っていたし、知らないものはゆっくりと立ち上がるエンジが握る炎灯齊でエンジであると確信したからである。
「……!? そのバカでかい紋刀……お前、まさか」
反射的になのか、小太郎の左足がずりりと音を鳴らし一歩下がった。
「千代」
エンジが呼ぶと千代がエンジの後ろでひざまずき、小さく息を吸った。
「名門・燕塾八代目に恐れながらこの神楽が申し上げます。
この方は、炎殲院十五代当主であり三代目炎灯齊・帆村エンジ様であります」
千代の口上はいつもの調子とは違い静かなものだった。
「っへぇ……お前が帆村エンジか。思ってたよりチビだな」
眼光を飛ばし口元だけを歪めた小太郎はエンジを見下す。
「挑発には乗らねーよ。それよりどうすんだ、お前に選ばせてやる」
「はァ?」
「戦う前に降参するか、戦って降参するか」
にやりと笑うエンジ。
「上等ォ……!」
ガガガ、ガッシャーン! と乱暴な音を立てながら周りの机や席を吹き飛ばし、教室の中心に場所を空け、あっという間にそこは死合の場となった。
「鞘を当てろォ、帆村ァ」
紋刀を持つ者同士がお互いの鞘を当てることは、斬り合いの同意を意味する。
死合とは、抜刀しての斬り合いを意味する。
片方が一方的に当てる行為は『ケンカ売ります』という意思表示であり、相手が同意した場合、『死合』が許可される。(但し、資格者が立会人として同席しなければならない)
エンジは小太郎に近づくと、ガチンという音を鳴らし鞘を鳴らした。
「帆村くん!」
ハーレイが心配そうに叫んだ。
「お前は気にすんな。元々こいつの目当ては俺だ。けど俺が立ち会う理由はこいつみたいなクソとは違うけどな」
ハーレイを見てニカッと笑い、表情を一変させ小太郎を睨みつける。
「おい! 誰だ死合しようとしてんのは!」
血相を変えた角刈りの教師が現れ、二人を見るや否や状況をすぐに理解した。
「ばっかやろう……!」
本来止めなければならない状況にも関わらず、教師は止めに入れなかった。
これは、『両方が同意の元行われる死合は、何人たりとも止めることは許されない』という絶対的な士道規則があるからだ。
この士道規則は帝國憲法と同様の力を持つため、一度死合が始まってしまうと教師といえども止めることは許されない。
それどころか、有資格者である教師がその場に居た場合、立会人として見届けなくてはならないのだ。
「角田先生、この死合、僕が見届けましょう」
うろたえる角刈り教師の肩を叩き、割って入ってきたのは神雷だった。
「立ち合いは僕がするよ。問題ないね?」
「ええ、望むところです」
「誰でもいーよ」
「うむ、じゃあ……いざ、尋常に……」
二人の間に立つと、神雷は右手を前に出し、その手を上に振ると同時に言った。
「勝負!」
神雷の狼煙に二人は飛び掛かるかと思われたが、場は静かなものだった。間合いを取りながらお互い、様子を窺う。じりじりと足を鳴らす音だけが聞こえ、生徒たちは黙ってそれを見詰め息をのんでいる。
「もっと猪突猛進なタイプだと思ってたが、……さすがは伝承使いといったところか」
「ふん、お前こそもっと高飛車な戦法なのかと思ったぜ」
睨み合いながらお互い距離を保ち、言葉で牽制し合う。
「は、高飛車な戦法なのは間違いねェな」
小太郎は刀の握りに手をやる。
「いいか、お前の短い人生、絶ったのはこの佐々木小太郎様だ。地獄の閻魔にでも自慢しな……」
刀の柄を強く握ると小太郎は、言い知れぬ威圧感を放出しながらその言葉を言った。
『全てがひれ伏す』
ガギン、という金属音が響く。これは紋刀の抜刀ロックが解除されたことを意味する音だ。
シャリシャリという少し長めの音を走らせ、小太郎は燕尾閃を抜いた。
「なんて長い刀だ……」
「美しい……」
ギャラリーが沸く中、小太郎は燕尾閃の刀身を披露した。
燕尾閃の刀身は緩やかに弧を描く曲線が美しい、長尺の刀だった。
それはまるで燕が空を大きく旋回する軌道のようであった。
切っ先は縦に二つに割れており、それもまた燕の尾を思わせる。
それを腰の横に構えた。
「入苑した最初の相手が伝承とは……、感謝するぜ“炎灯齊”」
「……」
エンジは黙って、炎灯齊をぐるりと回すと片手で構えることで応えた。
「バカでかい紋刀持ってるだけあって、相応の豪腕ってわけかァ」
空気が針の先のように張り詰める。
「リャァ!」
先に仕掛けたのは小太郎だ。
低く体をかがめた状態で、間合いを詰めると舞い上がるように燕尾閃を振るった。
エンジはそれを炎灯齊を軸に前に飛び、その反動で宙返りしをして避ける。
「……! サルかよてめェ」
次の攻撃に備え、向き直るエンジに襲い掛かる燕尾閃。今度は横に一太刀浴びせようと綺麗な弧を描き振りぬく。
同時にギンという尖った金属音。炎灯齊を盾に斬撃を防いだのだ。
「帆村ァ……」
小太郎は唇を噛みしめて、炎灯齊を盾に半身を隠すエンジを睨んだ。
「てめェ……何故“抜かねぇ”!? ……バカにしてんのか」
構えを立て直すと、エンジはその問いに対して眉ひとつも動かさずにいう。
「は? 抜かなきゃたたかえないなんてアホだろ。これが俺のスタイルだ」
その回答に小太郎は顔を赤くした。
「死合に抜刀せずたたかうなんて、そんなもんは士道じゃねェだろ!
命かけてんだぞこっちゃ!」
「何言ってんだ。俺だって鞘を当てた瞬間からお前を殺すつもりでやってるぜ。
……ただその手段が“斬る”のか“叩き潰す”かってだけだ」
「屁理屈詠いやがって! 俺がいやでも抜かせてやるぜェ!」
エンジの答えで更に頭に血を昇らせた小太郎は三の太刀で斬りかかった。
それに備え、炎灯齊を両手で構えるエンジ。
「いや、帆村エンジは紋句を知らないから抜刀できないんだ」
そんな空気を読んでか読まないでか、神雷が独り言のように言った。
「……は?」
小太郎の太刀が止まる。
「……おい」
エンジは呆れた様子だ。
「ちょ、待てよ神雷!」
「今日は神雷“先生”だ」
「……神雷先生!」
「死合ってのは双方が抜刀して初めて許可されるんじゃないのか!?」
「帆村は伝承所持者であるために、『特例』扱いだ。死合においてもそれは適用される」
「なんだよそれ! そんなもん死合じゃねーじゃねェか!」
「落ち着けよ、佐々木。別に抜刀できなくたって俺は戦えるし、むしろ抜刀なんかしたことないからこれが俺の士道だ。ささ、続きしようぜ」
「……っざけんな!」
小太郎は燕尾閃を鞘に納めると、エンジに背を向けた。
「よくもこの俺サマを舐めてくれたなァ……帆村。お前が俺と士道をバカにするのなら、俺もお前をこの学苑から消すのに手段は選ばねェぜ」
『チッ』とわかりやすく舌打ちすると子分たちを引き連れて教室から去っていった。
去り際の小太郎がエンジに向けた目つきの色は、戦っている時とはまた変わっていた。
「……無効死合ってことで。各自、席につけ」
神雷はそれだけ言うと、角刈り先生に後を任せた。
角刈り先生はその結果に安堵して大きく息を吐き、顔に皺を寄せる。
(あ~あ……北川の奴、佐々木に目をつけられちまったな)
(ただでさえ外国人嫌いで有名だから、遅かれ早かれでしょー)
(あいつの机窓から捨てたのに、それがきっかけで帆村と仲良くなっちゃったね)
(なにやってんだよ、あいつを気軽にパシれなくなんじゃん)
(入苑式直後でいきなりジュースパシられるなんてすごくね?)
(いやーどうせ長くは続かないって。誰もあいつと仲良くしようなんて思わないだろ)
(性格どうこうってよりメリットがないからなー。自分の生い立ちを恨んでもらうしかねーよ)
ガリガリガリガリガリガリ……
(おい、帆村が来たぞ)
ガリガリガリガリガリガリ……
(うわ、やっぱりとなりに北川がいやがる)
ガリガリガリガリガリガリ……
(まーあの二人、お似合いじゃねーの? なんもしなくても敵しか作らないタイプっていうか……ははは)
ひそひそと二人に向けて心無い言葉が交わされる。ハーレイは自分のせいで今の状況を招いてしまったのだと思い、気まずそうにエンジを覗き見た。
「ごめん……帆村くん。僕のせいでみんなに避けられて……」
「シャラップ」
「え?」
「お前がどう思ってんのか知らねーけど、俺は慣れてんだよ。お前と会う前から、世間が俺を見る目は今とほとんど変わらねーんだ」
周りから聞こえてきそうな、二人を的にした中傷めいた言葉にハーレイが気遣うが、エンジはそのようなことは気にしていない様子だった。
「今と変わらないって……それって」
「……つまんねー話だよ」
そういって話そうとしないエンジとハーレイの間に、千代が割り込んできた。
「私がご説明します。北川様」
千代がコホン、と一つ咳をするとその続きを聞きたくないのか、エンジは歩く速度を速め、二人と距離を離した。
「あ……帆村くん」
「……えんとーさいさまは、伝承使いにも関わらず紋句を引き継いでおられないということで、心無い人たちから好奇の目に晒され続けて参りました。
更にお父様である二代目炎灯齊様は、幼い頃に生家である炎殲院を出て行かれ、それ以来行方知らず」
「そもそも継紋刀は親から子へと代々紋句を伝え引き継いでゆくもの。
ただの継紋刀ならば紋句が分からなくとも、帝國鍛冶(紋刀資格発行の場)で然るべき処理を行えば変更が出来るのですが、伝承十二本刀はそれの例外にあたります。
伝承十二本は、希少刀種であるため特例法が施行されているため、一般の紋刀規則に当てはまらず、一子相伝。
つまり、親から子への伝承が絶対とされている為、紋句が不明であってもそれを明らかにする方法はありません」
千代の話を相槌を打ちながら聞いていたハーレイは、エンジの知られざる半生に眉を顰め彼を想った。
「……でも、帆村くんは三代目なんだろう? だったら初代であるお祖父さんが紋句を知っているんじゃ……」
「残念ながら初代炎灯齊様はすでにお亡くなりになっておいでです」
「そんな……」
「もうお分かりでしょう。えんとーさいさまは炎灯齊を抜けないのに、士道を学ぶことを義務づけられました。
それは同じ士道を学ぶ者たちにとってどう映るのか。
……先ほどの燕塾八代目の態度を見れば明らかでしょう。 まともに真剣死合をしてくれる相手すらもいないのです」
“まともに相手をしてくれない”。それは理由は違えどハーレイにも良く解っている事だった。
「……」
「北川様、恐れながら申し上げます。北川様とえんとーさいさまは、人柄こそ違えど、よく似ているのでございます。
そんな自分と似た空気を、えんとーさいさまなりに感じ取られたのではないでしょうか」
「刀の抜けない士(さむらい)と、金髪の日本人、……か。
確かに似ているのかも知れないね。だけど一つだけ絶対的に違うものがある」
「……それはなんでございましょう?」
「彼は強い。憧れるほどにね。僕はまだまだだ」
ハーレイの言葉に千代はふわりとした優しい笑みを見せるとこう言った。
「あのお方は負けず嫌いですから。抜刀出来ないことを今ではなんとも思っていらっしゃいません。むしろ、抜刀しないことを誇りに思っていらっしゃいます。
あの大きな紋刀を片手で振り回せるようになったのは、人並み以上の努力があったからでしょう。千代はその姿をお近くでずっと見て参りました」
「はは、やっぱり僕じゃかなわないな」
乾いた笑いに首を横に振り、千代は続けた。
「いえ、北川様。人より劣ることなどなにもございません。えんとーさいさまは人に負けないものを手にするために、努力の上であの抜けない刀を扱うことができました。
北川様はきっと、これからえんとーさいさまとご一緒に精進されることで、えんとーさいさまにも持っていない何かを掴むことができると思います。
ですから……頑張りましょう!」
千代はそういうと大きな口を大きく緩めるとにっこりと笑った。
「……ありがとう神楽さん」
肩に圧し掛かっていた重荷が少し軽くなるのを感じたハーレイは、今日の中で一番、自然に礼を言うことが出来た。
「それと、お願いがあるんだけど」
「なんでございましょう。北川様」
「僕を“様”づけで呼ばないでくれよ。ハーレイ、って呼んでくれ」
「滅相もございません! えんとーさいさまの大切なご友人を呼び捨てで呼ぼうなどと!
……では【ハーレイ様】でご容赦くださいませ」
「だったらな!」
千代とハーレイの間に今度はエンジが割って入ってきた。
「な、なにかな? 帆村くん」
強引に会話に乱入してきたエンジにハーレイは圧されるばかりだ。
「お前も、俺を“帆村くん”だなんて呼ぶんじゃねーよ! エンジでいい、エンジで!
っつーかエンジって呼ばなきゃ、叩き潰すぞ!」
ぐいっ、とハーレイに顔を近づけるとエンジは偉そうに威嚇した。
「ではハーレイ様。わたくしめのことは“千代”とお呼びください。“神楽さん”では堅苦しゅうございます」
しばらくエンジと千代の顔を交互に見つめると、観念したようにハーレイは笑った。
「分かったよ、エンジ、千代。よろしくね」
それを聞くとエンジはまた正面に向き直り、ガリガリと音を立てて炎灯齊を引き摺り先を歩いた。
「……おう」
「あーー! えんとーさいさま、照れてるぅ~! ひゅーひゅー!」
急にからかう千代にエンジは無言で炎灯齊を振り下ろした!
「甘うございます!」
それをひらりと宙返りで躱す千代。
何事かと彼らを見る生徒たちをよそに、「えんとーさいさまともあろうお方がお照れになられるとは、千代は嬉しゅうございます」とはにかんだ。
ざわざわとするギャラリー。
「……千代」
「はい?」
「おもっきりパンツ見えてたぞ」
「……!?」
顔を赤くしてゆっくりとハーレイを見る千代。これは『見てないよねハーレイキュン?』の意である。
苦笑いするハーレイ。
「……な、なにを仰いますか! 見せてやったのであります! みんなにわたくしめの入苑式仕様のパンツを見せてやったのでございます!!」
「どんな強がりだそれ」
千代の強がりを余所に、周囲のギャラリーからは「水色」「水色のしましまだ」「ある意味ポイント高いな」などと聞こえる。
「まあーーっっ!!」
いたたまれず千代は叫びながら走り去った。
「じゃあ、戻ろうぜハーレイ」
ガチャン、と炎灯齊を背負い直し、エンジはハーレイに促した。
「……ああ、エンジ」
同じ時刻、別の教室では佐々木小太郎が子分どもとよからぬ話をしていた。
「士道を舐めているなんちゃって士と、帝國舐めてるなんちゃって日本人。この二人を学苑から排除する知恵を出せェ」
子分どもは考える振りをしながら内心は、『そんなこと知るかよ』と思っている。
「ちなみにいい案を出した奴には、燕塾グループお食事券を1万円分進呈しよう」
「はい! 小太郎さん!」
とても良い顔で子分Aが手を挙げた。なんとも現金なものである。
「毒を盛るというのはどうでしょうか」
「お前、俺を犯罪者にする気か」
死合で相手が死に至った場合を除き、帝國では人を死に追いやった場合は逮捕され罪を償わなければ……、言うまでもあるまい。
「却下だ。次」
「はい! 小太郎さん!」
次は子分Bがとてもいい顔で手を挙げた。食事券の力は絶大である。
小太郎の御家である『燕塾』はプロ士道の士を育成する道場を経営しており、その他の分野でも色々な事業を展開している。小太郎は御曹司という訳だ。
士道の腕も去ることながら、絶対的な権力も持ち、彼の自意識過剰にも取れる態度にはそれなりの理由があったのだ。
だからこそ、自分より目立ったというだけの理由ですら、彼には重大なことなのである。
「あのいつも横についているチビ女を攫うのはどうでしょう」
「チビ女……? ああ、あのチビ女か。どっちもチビだから紛らわしいな」
「そうです! あのチビ女を攫って、脅すのはどうでしょう? 二人ともとはいわなくとも北川くらいは責任を感じて自主退苑するかもしれないっすよ!」
「お前……それ超卑怯じゃねェか」
小太郎の目が光る。その眼光に後ずさりする子分B。
「だが、卑怯だからこそ威力がありそうだ! いいねェ、それ! それいいよ!」
「ぅあありがとうございまっす!」
小太郎が食事券を渡すと、子分Bは小躍りして喜んだ。
「じゃーお前ら作戦考えとけ。それでいく」
「うぃっす!」
自分と戦う相手とはフェアさを求めるが、それ以外の邪魔な人間は手段を選ばずに排除する。
これがボンボン士・佐々木小太郎のモットーだ。
最後の入苑説明の授業が終わり、エンジの教室を受け持った神雷は生徒たちを見渡すと静かに話す。
「さきほども言った通り、僕が学苑に来るのは今日だけ。次に予定が決まっているのは3年後の卒苑式だ。
毎年入苑式には来ているので、実際は来年入ってくるキミらの後輩達の入苑式になるが。
ともかく、それ以外の日に来る時は気分次第です。
こう見えてプロ士道の士をしているので忙しいからね」
神雷の「こう見えてプロ士道の士をしている」というワードにまた生徒達が反応する。
当然、心の中で皆「知っとるわ!」と叫んだ。
「そういうわけだから、しばらく会うことはないんで今のうちに言っておく」
神雷はもう一度生徒達を見渡すと、静かに、だが力強く
「ようこそ、士の世界へ! 我らは強き修羅を欲する! 手にする刀は守るものと知れ!
己が胸に燃ゆる士魂を守るものと知れ! 士である以上、刀に生き、刀と逝け!
この修練の先にある決意を掴め、それが士魂を守る覚悟の言葉となる!
それを紋句という! その紋句と共に死ね!」
神雷の詠った文句に、その場にいた生徒達はビリビリと震えた。それはエンジやハーレイも同じである。
それほどにその言葉は、重くあり、生徒達を奮い立たせる。
「……以上だ。諸君らの武運を祈っているよ」
神雷がそういうのと同時にチャイムが鳴り、教室から去って行った。
「面白くなりそうだな、ハーレイ」
「僕はちょっと震えてるよ、エンジ」
ふるふると拳を震わすハーレイを見てエンジは笑った。
「笑うなよ、止めたくても止まらないんだ」
「お前、知らないのか?」
「え?」
「それは恐怖や不安の震えじゃないんだぜ」
「それって……?」
「武者震いってんだ」
【士道ノ二へ続く】
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