第14話 娘が素直になった
学園から緊急連絡を受けたルミナリオは公務を放っぽり出して我が家へ飛んできたらしい。
文字通り飛んできた。
「イエストロイ夫妻には礼をせねばな」
「そんなずぶ濡れにされたのに?」
水も滴るいい男にタオルを投げ渡しながら問いかけても、ルミナリオは上機嫌なままだった。
「この距離を一瞬で移動できるのだから安いものだ。ウィルフリッドの服貸してくれぬか?」
「いいけど。俺のはデカいかも。息子のやつがあったかな」
ルミナリオを使用人に任せて着替えを待っている間、ルミナリアス殿下は何度も謝ってきた。あいつの息子も苦労しそうだな。
早速、着替えを終えたルミナリオに事情を説明すると、彼もまた俺と同じように激怒した。
「ルミナリアス、リストアップを忘れるなよ。貴族だからと
邪悪な微笑みを
「ルミナリオ陛下! 何のお構いもせず、申し訳ありません!」
「よいのだ、リューテシア夫人。不届き者共にどうして制裁を加えるかウィルフリッドと考えていたところだ」
リムラシーヌも恥ずかしそうに謝罪しながら俺の隣に着席する。
「無理に出てこなくていいんだぞ。あとは大人に任せておけ」
「自分のことですから」
「……ハァ。シーヌに代わってくれ。頼む」
ごねるリムを説得すれば、待ってましたと言わんばかりの勢いでシーヌが表人格として出てきた。
「パパ! あいつら、ほんとに許せない! でも、私が反論しないでってお願いしたからこんなことになったの。入学した時点でガツンと言ってやれば良かった。あー、もう! 自分が嫌になる。パパたちに迷惑をかけることになるなら、猫被らなければよかったー!」
早口に捲し立てるシーヌを宥めている間、ルミナリオは驚いてすぐに何かを察したようにため息をついた。
ルミナリアス殿下はなぜか暖かい眼差しを向けている。
「殿下? この突然の変化に違和感を抱かれたりとかは?」
「いえ、特には。リムラシーヌ嬢は二重人格なのでしょう。僕にとってはいつもの彼女です」
わーお。
なんて物分かりが良いというか、達観しているというか。
もう少し子供ぶっても良いと思うけど。
というか、リムラシーヌさん、ルミナリアス殿下に素を見せ過ぎじゃない?
本当に遠ざけたいの?
客観的に見れば、すっごく距離が近いけど。
あ、胸……いたっ、苦しい。
「僕はどちらのリムラシーヌ嬢も好きです。一人、訓練場で剣を振る姿も。一人、図書室で勉学に勤しむ姿も。騎士装束を着て満足げな表情も、ドレス姿ではしゃぐ姿も。どれも可愛くて、想っているだけで胸が温かくなります」
や、やめて。
親の前でそこまで惚気ないで。
「……はぁ? パパの前で何言ってんの?」
シーヌさん、顔真っ赤ですよ。
そんな顔で悪態を吐かれても逆効果ですわ。
隣を見れば、リューテシアが頬に手を当てながらにっこり笑っていた。
あー、この顔はファンドミーユ子爵夫人にそっくりだなぁ。懐かしいなぁ。
俺も学生の頃にこの顔見たー!
ものすっごいデジャブ!!
「リムラシーヌ嬢。こんな時に言うことではないのかもしれないが、僕は本気できみと結婚したいと思っている。きみを悲しませるような真似はしない。生涯に渡ってきみだけを愛し、守ってみせる」
「……いや、だから、パパたちの前でそういうのは」
「親は関係ない。きみと一緒になれるなら僕は王位継承権も放棄する覚悟だ」
シーヌはルミナリアス殿下に気圧されて言葉にならず、リムが出てきた。
「以前、お話した通り。これは両家の問題です。あなたは王太子なのだから、そんなわがままは通りません。私もまた伯爵家の娘です。役目を果たさなくては」
こっちはこっちで頭固いなぁ。
誰に似たんだよ。
「リムはどうしたいんだよ。もう家のこととか気にすんな。好きなようにしろ。婚約式のことも気にするな」
「私は……。一度婚約のお話を蹴っているのに今更、婚約したいだなんて言えません」
言ってるよ?
もうそれが答えでいいんじゃないかな!?
「リムラシーヌ嬢!?」
「初めて会った日、殿下は私の目を見てお話くださいました。学園ではいつも一人の私を気遣い、剣術クラスであぶれる私とペアを組んでくださいました。何度、尻餅をつかされたとしてもです」
王太子殿下に何してくれてんだ!
俺でもそこまではしてないぞ。
「剣術大会の日はデ、デートをすると意気込んで試合に向かられるお姿も、負けてから悔しがられるお姿も格好良かった……です。それに、今日だって――」
「もう大好きじゃん! いいよ、婚約しちゃえよ! 王太子妃になっちまえよ!」
我慢できず口走った俺に、当然のようにルミナリオが賛同した。
「よい! 王宮へ行くぞ! すぐに婚約式だ! 全領地から貴族連中を呼び寄せろ!」
「ふぇ!? お、お父様!? ちょっと、パパ!? 私はルミナリアスと婚約したら、破棄されちゃって破滅するんだよ!」
ノーモーションで人格の切り替えを行うリムラシーヌ。
ルミナリアス殿下は感激しているのか、浸るようにまぶたを閉じて天井を仰いでいたが、『婚約破棄』の単語で我に返り目を見開いた。
「この状況で婚約破棄してくるようなら、ルミナリオも含めて俺がぶん殴ってやるよ」
小さく声を漏らすリムラシーヌとルミナリアス殿下。
ただ、その意味合いは全く異なる。
「絶対に破棄などしないよな、ルミナリアス!? 余、ウィルフリッドに殴られたくない!」
「ご安心ください。愛するリムラシーヌ嬢との婚約を破棄するなどあり得ません。それに、僕もブルブラック伯爵とは仲良くしておきたいです」
おいおい、なんだよ。
これじゃあ、俺が悪者みたいじゃないか。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。
「本当に王太子妃になるなら当初の予定通り、妃教育を受けることになるだろ。それこそ学園に通っている時間なんてなくなるぞ」
「構わん、構わん。二人とも辞めてしまえ」
ルミナリオの後押しもあって、翌日にはルミナリアス殿下とリムラシーヌは揃って学園に退学願を提出し、受理された。
ルミナリアス殿下は本当にクラスメイトからの聞き取り調査を行い、リムラシーヌに陰湿ないじめをした連中と、それを知っていながら見て見ぬ振りをした全員の名簿をルミナリオ陛下に提出。
ルミナリオは由々しき事態と激昂し、王立学園の学園長は責任を取って辞職した。
俺たちも世話になった学園長先生は最後まで学生たちの未来を潰したくないと懇願し、生徒たちは厳重注意となった。
しかし、それも形だけで、実際には各貴族への制裁が加えられている。それらを当事者である令息、令嬢が気づいているのかは知らないが。
俺たちの母校だからあまり大事にはしたくなかったが、未来の王妃を自主退学に追い込んだとして王立学園の評判は地に落ちた。
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