第15話 娘が思い出した

 リムラシーヌとルミナリアス殿下の婚約式は約十年の時を経て実現し、参列した貴族たちに祝福された。


「よぉ、フリッド! めでたい日だな。ついにお前が王族の仲間入りかよ」


「やぁ、ディード。俺は王族ではないぞ。王太子妃の父親というだけだ」


「それでも親族だろ。やっぱりお前はすごい奴だよ」


「俺の力じゃないし。それに最年少騎士団長様に褒められてもな」


「ははっ! もっと讃えて良いぞ」


 ディードは胸に煌めく騎士団長の印を見せびらかすようにふんぞり返る。


「この度はおめでとうございます、閣下」


「誰が閣下だよ、マーシャル。例のアレの警備は万全なんだろうな」


「もちろんです。私の目の黒い内は二度と盗ませません」


 例のアレとは、もちろん青薔薇のことだ。

 いつでも出し消しできるのだが、前国王陛下の意向で今でも王宮の地下に保管されている。

 その警備責任者が王宮魔術師のマーシャルというわけだ。


「あ、帰ったらアーミィに言っといてくれ。お前の水の移動魔術、欠陥だらけだぞって」


「痛いところを突きますね。やめてくださいよ、傷つきやすい性格なんですから」


「甘いんだよ。あのが天才なのは知ってるだろ。もっと洗練させろ。毎度、毎度、ルミナリオをずぶ濡れにさせるつもりか?」


 マーシャルも俺のことを言えないくらい妻には甘い。

 このインテリイケメン逆玉スペシャルが。


 と、こんな風に和やかな雰囲気なのは一部で、リムラシーヌをいびり倒した貴族令息、貴族令嬢の父親たちが俺に謝罪の品を渡してくることも多々あった。


 適当にあしらっている俺を見かねたのか参列していたクロード先輩が一喝してくれたから助かった。さすが大公爵様。

 こんなことが続くなら、せっかくの婚約式が台無しだ。


「ウィル様、ご夫人方もカーミヤ様が対処してくださいました」


「あの二人には頭が上がらないな。また、ディナーをご馳走しないと」


「きっと喜んでくださいます。ウィル様の創作料理はどれもほっぺが落ちそうになりますから」


 エビフライ、大絶賛されたもんな。

 門外不出だったのに。


 甘い空気感だったのは束の間で、王立学園での不祥事に対して文句を言い足りないのか、こちらに突っかかってくる貴族夫人とバトルするためにリューテシアが離席した。


 うちの奥様、強すぎない?


 あの可愛さで口論負け無しなんだぜ。

 母は強しと言うけれど、本当に体現しているかのようだ。


 ぽつんと一人になってしまった俺を不憫に思ったのか、主役であるリムラシーヌがわざわざ来てくれて華麗にカーテシーした。


「おめでとう、リムラシーヌ。引き続き、妃教育がんばれよ」


「はい、お父様。あの……こんな結末になってしまい申し訳ありませんでした」


「二人で決めたことならいいんじゃないか。ほら、前国王陛下もご満悦だろ」


 目配せすると、上機嫌にルミナリオとルミナリアス殿下と肩を組む、むさ苦しい前国王陛下の姿にリムラシーヌが苦笑した。


「癪とまでは言わないが、これでルミナリオの願い通りになったってわけだ」


「陛下の願い、ですか?」


「言ってなかったけど、ルミナリオは学生の頃に『いずれはウィルフリッドやリューテシア嬢と縁を繋ぎたい』って言ってたんだ」


「あぁ……これで縁が持てたということですね」


「そうそう。そういう理由でリムラシーヌが生まれた時から婚約は決まってたんだ」


 これは友人としてのルミナリオの願いだ。


 しかし、前国王陛下の考えは少し違う。

 あの人は俺の奇跡の魔術師としての血を王家に入れたがっていた。


 残念なことに、まだ俺の魔術は健在だ。

 息子や娘に遺伝しているわけではないのだから、この子たちは奇跡の魔術師の呪縛に囚われることはない。


 そもそも、俺が魔術師だってことはシーヌ以外の子供たちに話していないから秘密はこのまま墓場に持って行くつもりだ。


「そういえば、シーヌは? ここ数日、大人しいな。もしかして、まだ納得していないとか?」


 シーヌは破滅の未来を回避する為にルミナリアス殿下を拒絶してきた。

 だから、この婚約は受け入れられないのかと勘ぐったのだが……。


「その件はもう何とも。興味がなさそうと言いますか、他人事のような対応をされてしまって。お父様の言う通り、数日間はずっと心の中に引き籠もっています」


 あのシーヌが珍しい。

 本当に気に入らないのなら文句を言いに出てくるだろうから、体調が優れないのか。リムに任せきりにしているのか。


「まぁいいか。シーヌの件はルミナリアス殿下に説明したのか?」


「なんとなく。殿下は私たちのことを二重人格だと信じておられますので、それ以上の詮索はされません。私もシーヌが転生者だということはお伝えしていません」


「それならいいか。これは夫婦の問題だから、三人でしっかり話し合って生活のルールを決めた方がいい」


「分かりました。……あっ」


 リムがそう呟くと同時にまとう雰囲気が変わり、焦ったような、落ち込んだような表情のシーヌが俺の手を取った。


「あのさ、ちょっと相談したいことがある、かも」


「あ、あぁ。構わないよ。バルコニーにでも行こうか」


 二人並んでバルコニーに出ると、シーヌは深刻そうに結んでいた唇を開き、驚くことを告げた。


「三日前にね。突然、前世の記憶を思い出したの」

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