第13話 娘が男を連れて来た
乱暴にドアノッカーを叩く音は嫌でも耳に入った。
「誰だよ、非常識な」
領内から上がってくる報告書の確認を終え、庭園へ向かう途中。玄関の近くを通ったタイミングでの出来事だ。
フットマンが来訪者を確認するのを背後から見ていた俺は、一言文句を言ってやろうと構えていた。
「ブルブラック伯爵と話がしたい」
「ルミナリアス殿下? それにリムラシーヌ?」
肩透かしを食らった俺はフットマンの隣から顔を覗かせて、雑な挨拶をすることになった。
「お、お父様!? なぜ、お父様が出迎えを」
「可愛い娘の帰宅を察知するのが父の務めだからだ」
「………………」
リムさん、無言は傷つきます。
やっぱり思春期の娘との距離感は難しい。これがシーヌだったなら、胸に飛び込んできてくれたんだけどなぁ。
「どうぞ、お上がりください」
密かにへこんでいることを悟られないように二人を招き入れ、使用人に応接室までの案内を頼んだ。
俺は少しでもまともな服を着るために一度私室へ戻り、リューテシアを連れて応接室へと向かった。
「突然の来訪をお許しください、ブルブラック伯爵。ですが、リムラシーヌ嬢のことで急ぎお耳に入れたい話がありまして」
相変わらずだな。
王太子なんだからもう少し尊大というか、それなりの態度を取っていいと思うんだけど。
学生時代のルミナリオを見せてやりたいくらいだ。
「聞きましょう。この時間に我が家に来たということは学園を抜け出したということですからね」
「学園長には話を通しました。さぁ、リムラシーヌ嬢、全てを話してくれ。聞かれたくなければ、僕は退室する」
「あの……私は……」
うむ。どうやら話しにくいことらしい。
少なくともリムではこの場で話せないのだと察した。
「シーヌ、きみなら話せるか? 代わってくれ」
隣に座るルミナリアス殿下が怪訝な顔をするのは無理もない。
必要であれば後で説明しよう。多分、理解は及ばないと思うけど。
「……ダメか。ルミナリアス殿下、俺と散歩しましょうか」
膝の上で小さくバツを作った我が子。
今はリムが体を支配しているらしく、シーヌは出てこれないと。
それならば、男性陣は退室して女同士で話をしてもらおうという作戦へ変更だ。
ルミナリアス殿下を誘って庭園にでも行こうかと立ちあがろうとした時、リムラシーヌが「お待ちください」と上擦った声で制止した。
「話します。私の言葉で。全てを」
リムの決意を見せてもらったからには拒否できない。
腰を浮かせていたルミナリアス殿下に着席を促し、俺も椅子に座り直した。
それからポツリポツリと語り始めたリムラシーヌの話が進むにつれて、俺の血圧が上がっていく。
隣ではリューテシアも膝の上で拳を握り締め、ルミナリアス殿下も顔を歪めていた。
「……よく話してくれた。ありがとう。リムラシーヌの勇気に敬意を表する」
ここで怒り散らしても仕方のないことは俺が一番分かっている。
だからこそ、努めて冷静にそう告げた。
リューテシアにリムラシーヌを任せて一時退室してもらい、俺はルミナリアス殿下に断りを入れてからソファに体を預けて天井を仰いだ。
「あー、全員八つ裂きにしてやりてー」
俺が愛煙家なら、これでもかと煙草に火をつけているだろう。
さて、ルミナリアス殿下が怯えているから普段の俺に戻ろう。
魔力も抑えないと家が吹っ飛んでしまう。
「ありがとうございました」
「え!? あ、いや、僕は――」
「異変を察知した殿下があの子を救い出してくれたということですよね。これ以上ない感謝を申し上げます」
謙遜するルミナリアス殿下に頭を下げ続ける俺だが、実はこういう日がくるのではないかと危惧していた。
自分で言うのもなんだが、ブルブラック一族は優秀だ。王族との距離感も近い。
そんな環境で育った子が周囲から妬まれるのは息子たちから学ばせてもらった。
リムラシーヌは女の子だが、男兄弟と同じように育ったからか貴族令嬢としての気品と、強かさを併せ持っている。
更に彼女は二人で一人の存在だ。
男っぽいものを好むリムは仕草が女の子過ぎて男の格好が様にならない。
逆に可愛いものを好むシーヌは言動が男の子っぽいからドレス姿だと違和感が浮き彫りなる。
だからこそ、時や場所や場合を考慮して二人で人格を入れ替えて対処しているのだが、その姿は完璧に見えて当然だと思う。
リムは剣術を得意としているが、その他の勉強には興味がない。
反対にシーヌは運動を好まないが、薬術や魔術には強い関心を持ち、記憶力も良い。
きっと、実技のみでなく座学の成績も良いのにはそういうカラクリがある。
…………あれ?
うちの子、ずるくね?
だって、毎回のテストは二人で解いてるんだろ。デフォルトでカンニングしているようなものじゃないか。
バレたら退学とかありえる?
なんで今まで気づかなかったんだ。
「辞めさせるか」
「えぇ!? いくらなんでもクラスメイト全員を退学処分にするのは王族の権力をもってしても難しいかと」
頭を上げて、思いついたことを口走った俺に、焦ったルミナリアス殿下がとんでもないことを言っている。
「違いますよ。リムラシーヌを辞めさせるんです。ちょうどいい機会ですし」
「そ、それは、困ります! 僕はまだ彼女に一回しか告白していないし、良い返事も貰えていません!」
あ、急に胸が……苦しく。
もしかして、この前の手紙に書いてあったリムの好きな人ってルミナリアス殿下?
告白されたの?
え、両想いなの?
婚約式ドタキャンしたのに?
無表情を貫きながら混乱する俺と、必死に考えを改めさせようとするルミナリアス殿下は突然開かれた扉を凝視した。
「ルミナリアスとリムラシーヌ嬢がどうしたって!? 何か揉め事か! 権力が必要なら余に言ってくれ!」
ここにも親バカがいた。
国王の仕事しろよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます