第12話 娘が耐えてた

 ※リムラシーヌ視点



 父であるウィルフリッドと、クロード・オクスレイ公爵が乱入した剣術大会は、『アオバラⅢ』の攻略対象である二年生の生徒が優勝する結果となった。


 あの後、各夫人たちを宥めたウィルフリッド、クロード両名と別れたリムラシーヌは閉会式に参加して、優勝した生徒とヒロインが喜び合う光景を遠くから眺めていた。


(このルートは有りだなぁ。それにしても、このヒロインはルミナリアスに興味なさすぎじゃない?)


 視線を感じる先には案の定ルミナリアスがいる。


(ほら、熱ーい眼差しを向けられてるよ。デートするの?)


(しないわ。だって殿下は敗者だもの)


辛辣しんらつー! せめて勝てなかったとか、約束を守っていないからとか、言ってあげなよ)


(……シーヌはどっちの味方なのよ)


 そんな心の中での会話を続けていると、女子トークの話題の中心であるルミナリアスがやってきた。

 堂々とはしていない。どこか恥ずかしそうにしながらだ。


「リムラシーヌ嬢。僕は約束を守れなかったけど、さっきの励ましの言葉は嬉しかった」


「そうですか」


「来年の剣術大会では一勝してみせる」


「はい、頑張ってください。私はこれで失礼します」


(このゲームの期間は一年だから来年なんてないんだけどね)



 翌日。

 リムラシーヌが登校すると、昨日の剣術大会のことで盛り上がっていたクラスメイトたちは一斉に黙った。


 攻略対象キャラが優勝したことよりも、リムラシーヌが女生徒で初めて大会に参加したこと。そして彼女が一年生代表候補筆頭だったクローザ・オクスレイを二回戦で反則負けにしたことが話題となっていたからだ。


「……女のくせに」


「あの子、参加しないって言ってなかった?」


「話題作りのためでしょ。それとも誰か悪い友達が勝手に名前を入れたのかしら」


「クローザ様に勝てないからって反則に持ち込むなんて。しかも親まで出して」


「親も親だわ。伯爵風情がしゃしゃり出て。いくら優秀な卒業生でも度が過ぎているわ」


 クスクス、と小馬鹿にしたような笑い声。


 全てリムラシーヌに聞こえるように言ってくるのだから、つくづく貴族令嬢というのは性格が悪いと思いながら席に着いた。


「あのウィルフリッド様の一人娘だもの。優遇されて当然と、育てられているのよ。ルミナリアス殿下にも目をかけてもらえるしね」


「お父様に聞いたのですが、ウィルフリッド・ブルブラックは大したことないらいしです。なぜ、王宮務めだったか分からないですって」


「そういえば、あの伯爵令嬢はルミナリアス殿下との婚約式に出席しなかったそうよ」


「まぁ! なんて愚かな。幼少期からそれなら今のような育ち方をしていても納得ですわ」


「何でもできるリムラシーヌ伯爵令嬢。だから、私は剣術クラスでもやっていけるわーってね」


 心の中で罵詈雑言を吐き散らかすシーヌと、聞こえてくる悪口を全て流すリム。

 共通していることは、どちらも言い返さないということだ。


 悪役令嬢と呼ばれることを恐れているのも事実だが、実家に迷惑や心配をかけたくないという思いから二人は耐えるという選択をした。


『アオバラⅢ』という作品は前作や前々作と違って期間は一年。


 この一年間を乗り切れば、というシーヌの意見を尊重した結果である。


 不運は重なり、他人からの声を気にもせず、鞄から取り出した本を読む優雅な姿はさらにクラスメイトの神経を逆撫でしていることにリムラシーヌは気づいていない。


「ねぇ、アリシアさんはどう思う?」


「私ですか!?」


 突然、話を振られたゲームのヒロインであるアリシア・ハーモルは思わず立ち上がり、リムラシーヌの背中を見つめてからおずおずと告げた。


「……私も同じ意見です。昔からリムラシーヌ様がいかに優れているのか、まざまざと見せつけられましたから。あまり良い印象は持っていません」


 その言葉にリムラシーヌは密かに動揺した。

 特にシーヌの狼狽え方は尋常ではなかった。


 幼い頃といえば。九歳の時に初めて会ってからタイミングさえ合えば、自ら話しかけて交流を深めているつもりだった。


 しかし、アリシアにとっては負担でしかなかった。


 リムラシーヌとしては早々にヒロインと接点を持ち、学園入学後も仲良く過ごす予定だったが、見事に裏目に出てしまっていた。


「格下の男爵令嬢にまで媚びを売ってこの言われよう。終わってるわね」


「聞きました? そのアリシアさんに女子寮で意地悪をしているって」


「まぁ! そろそろ学園側には対処をお願いしないといけませんわね。剣を振る乱暴者と一緒の寮なんて安心して眠れませんもの」


 なぜ自分たちがここまで惨めな思いをしなければならないのか。


 自分一人が嫌な気持ちになるから構わない。

 でもリムも同じ目に遭わされている。


 シーヌにとってそれが何よりも苦痛で、許せないことだった。


(ごめん、リム。もう無理。あいつらぶっ飛ばす。鼻の骨をへし折って、二度と外に出られない顔にしてやる)


(落ち着いてシーヌ。本に集中して)


(でも!)


(もう少しでホームルームが始まるわ)


 本のページを捲ろうとしたとき――



 ガラッと音を立てて教室の扉が開き、「セーフ!」という声と共にクローザ・オクスレイが登校してきた。


「なんだよ。みんな顔が暗いぞ。ルミナリアス殿下、教室の空気が悪いです!」


「大声を出さないでくれ。僕はまだ昨日のことを引きずっているんだ」


「くよくよしないで下さいよ、殿下。攻撃は最大の防御なんですから攻撃を続けるしかないんですよ」


「きみは何の話をしているんだよ」


 クローザの後ろをトボトボ歩くルミナリアスの姿にクラス中が静まり返る。


「で、なんの話? 俺たちにも教えてくれよ」


「いえ。大した話では。先生が来ますからご着席ください、クローザ様、ルミナリアス様」


 いつもの猫を被る侯爵令嬢の姿に嫌気がさす。


 一切、クローザたちに視線を向けることなく本を閉じるリムラシーヌ。

 その隣を通り過ぎたルミナリアスが不自然に立ち止まった。


「待て。さっきまでの話、リムラシーヌ嬢のことではないだろうな?」


「ま、まさか。そのようなことは――」


「では、なぜリムラシーヌ嬢はこんなにも苦しそうな顔をしているのだ」


 リムラシーヌ本人が一番はっとさせられた。


 気づかぬうちに俯いていた顔を上げれば、ルミナリアスは怒りを隠そうともせずに仁王立ちしていた。


 その姿に昨日のような気弱そうな雰囲気はない。


 まるで蛇に睨まれたような。

 教室内の温度が下がったような。


「誰か僕たちが来るまでに話していた内容を教えてくれ。リムラシーヌ嬢が関係ないというのなら説明できるはずだ」


 ルミナリアスが教室内を見渡しても、誰も目を合わせようとはしない。


 沈黙こそが答えだと察したルミナリアスはリムラシーヌの手を取り、教室から連れ出そうと力を込めた。


「殿下……っ!」


「ここはきみの居るべき場所ではない。鞄を持て。行くぞ」


「行くってどこへ!? 授業が始まるのに」


「学園長室だ。学園は苦しみながら通うような場所ではないと聞いている。ブルブラック伯爵には僕から説明するから一緒に来て欲しい」


 こんなにも怒っているルミナリアスを見たのは初めてで、困惑するリムラシーヌはされるがままに教室の扉まで歩いていた。


「リムラシーヌ嬢をこんな目に遭わせてただで済むと思うなよ。後で全員から聞き取り調査を行う。絶対に逃げるな。僕の愛する人にした仕打ちを全部さらけ出せ。そして、裁きを受けよ」


 リムラシーヌの手を引き、学園長室へ乗り込んだルミナリアスはそのまま学園を出て、ブルブラック伯爵家へと向かった。

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