第8話 娘が密会してた
※リムラシーヌ視点
誰もが眠る深い夜の時間。
女子寮を抜け出したリムラシーヌは男子寮との間にある銅像の下へ向かった。
(『アオバラII』に出てきた女子寮の隠し通路があって良かった。リムは寝てるから今のうちに)
一切の灯りがない闇夜を急ぐリムラシーヌを待っていたのは他ならぬルミナリアス王太子である。
「本当に来てくれるとは思わなかった」
「これでもう七日目ですからね。私のせいで風邪をひいたと言われても目覚めが悪いので」
「そんなことはしない。きみに会いたかっただけなんだ」
ルミナリアスが待ち合わせの時間と場所だけを書いた紙切れをリムラシーヌに渡したのが七日前。
最初は疑い、わざわざ危険を冒してまで顔を出さなかった彼女だが、ここ三日間は寮を抜け出して遠くからルミナリアスの姿を見ては部屋に戻っていた。
「こんなところを人に見られたくありません。手短にお願いします」
「僕はきみのことが好きだ」
適度な距離を保っているリムラシーヌに近づくことなく、告げられた言葉に鼓動がはやくなった。
「なにをっ! 私は……くっ」
「私は、なんだ?」
リムがルミナリアスに恋心を抱いていることを知っている手前、強く拒絶する言葉を軽々しく言えなかった。
「今からでもきみと婚約したいと思っている。僕はあのホームパーティーで初めて会った日からきみを好きになってしまった」
「お戯れを」
「嘘じゃない。僕がきみとの婚約に執着しなかったのはお互いの顔も考え方も知らなかったからだ。でも、僕たちはあの日出会った」
「私たちの婚約を望んでいるのは父でもルミナリオ国王陛下でもなく前国王陛下です。今のあの人には何の権力もありません。父が命じないのであれば、私は誰とも婚約するつもりはありません」
「親は関係ない。これは僕たちの問題だ」
ルミナリアスの顔は見えない。
しかし、その声は真剣そのもので嘘偽りはないのだと伝わってくる。
「……こんな男に混じって剣を振る女をですか? 模擬戦で私に負けて、無様に尻もちをついたのに? 他の生徒の前で私に辱められたのに?」
「それは僕が弱いからだ。幼い頃から剣術が苦手でね。きみは薬術クラスに入ると思っていたから僕も同じクラスを専攻しようと考えていた。きみのお父上と同じようにね」
「っ!! 馬鹿にしないで! パパはママのことが好きだから薬術クラスに入ったんじゃない。そんな下らない理由で動くような人じゃない! 知った風な口をきくな!」
「ち、違う! そういうつもりじゃなくて、常識に囚われない選択を――」
「だったら、なんで剣術クラスを選んだの。私がそうしたからでしょ!? 私がどこを専攻しようが、薬術クラスに行かなかったあんたはただのストーカーだ!」
ストーカーという言葉に馴染みのないルミナリアスだったが、リムラシーヌの剣幕を見れば何を意味しているのかおおよそ理解できてしまい、唇を噛み締めた。
「あんたはアリシアと仲良くやってればいいのよ」
「どうしてここでアリシア嬢の名前が出てくる。彼女は関係ないだろ」
このままルミナリアスとゲームのヒロインであるアリシアが結ばれればそれでいい。
仮に他の攻略対象とヒロインがくっついたとしても、自分がルミナリアスと関わりを持たないことこそが得策だとシーヌは踏んでいた。
「僕はきみ以外の人との良縁は求めない。言葉だけで足りないなら、行動で示すしかないと考えたんだ」
「気持ち悪――」
パンッ!!
乾いた音が夜風に流される。
突然の出来事に目を見開くルミナリアスだったが、それはリムラシーヌも同じだった。
彼女は自らの右手で右頬を引っ叩いたのだ。
片目は驚愕に歪み、片目は怒りに満ちている。そんな器用な表情をしていた。
「……ルミナリアス殿下、数々の非礼をお詫び致します。このような深夜に、そのようなお言葉をいただき、動揺してしまいました。処罰はいかようにも」
一瞬にして
「処罰なんて。深夜に呼び出して、勝手に自分の気持ちを打ち明けた僕が悪いんだ。気にしないでくれ。ただ、さっきのは嘘じゃない」
「寛大なお心、痛み入ります。しかし、お返事はできかねます。婚約となればブルブラック伯爵家と王家の問題になります。お父様に相談しますので今しばらくお待ち下さい」
先ほどとは打って変わって感情的でもなければ、抑揚のない声にルミナリアスは言葉を飲み込むしかなかった。
今のリムラシーヌには何者にも有無を言わせないオーラがあったからだ。
「では、これで失礼いたします」
「……あっ」
一礼して、踵を返したリムラシーヌの背中に手を伸ばしたルミナリアスは大きく息を吸って一気に吐き出した。
「剣術大会!」
深夜に似つかわしくない張りのある声にリムラシーヌが足を止める。
「剣術大会で一回でも勝てれば、僕とデートしてくれないか!」
リムラシーヌの冷ややかな雰囲気は変わらない。
ダメか、と肩を落としたルミナリアスだったが、本心なのだから後悔はなかった。
諦めて男子寮に戻ろうと一歩を踏み出したとき、背後から「くすっ」という可愛らしい小さな笑い声が聞こえ、とっさに振り向いた。
しかし、リムラシーヌはすでに歩みを進め、彼女の背中は遥か遠くで闇夜の中に消えた。
◇◆◇◆◇◆
「優勝ではなく一回勝てればなんて、安く見られたもんだわ」
「ルミナリアス殿下の実力は知っているでしょ? クラスの中で一番弱いんだもの。あのお言葉だけでも相当な勇気が必要だったと思う」
「リムは優しすぎるんだよ」
「……頬、ごめんなさい。痛くない?」
「痛いよ。でも、リムも一緒でしょ」
まだ右頬は熱を帯び、ジンジン痛む。
リムラシーヌの小声が女子寮へと続く隠し通路に反響した。
「あれは言い過ぎ。それに約束を破った。私が寝ているときに出歩かないでって言ったのに」
「ごめん。ルミナリアスがしつこかったから一言言ってやろうと思って」
「ほんと、昔から一言も二言も多いよね。でも良かった。不敬罪でユティバスに収監なんて笑えないし」
「あ、あはは……。それは笑えない」
それから無言で女子寮の私室に戻ったリムラシーヌは静かにベッドに潜り込む。
王立学園の女子寮は全員が個室だからこそ、こんなにも大胆な行動ができている。
「さっきの話、どうするの?」
「私は一回も勝てないと思っているからシーヌの望み通り、デートはしないよ。おやすみ」
リムは嘘をついている。
シーヌが直感した理由はいつも決まっている。片方が嘘をつくと胸の奥がチクチクと痛むからだ。
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