第9話 娘が剣術大会に参加してた
俺、ルミナリオ、クロード先輩はVIP席に横並びに座って、今年度の剣術大会の開催宣言を聞いている。
事の発端は数日前。
ルミナリオの息子とクロード先輩の末っ子がうちのリムラシーヌと同級生だというのは既に周知の事実だ。
奇跡的に三人とも剣術クラスだから卒業生として賑やかしに行こうではないか、とルミナリオから誘いを受けた。
以前貰ったリムラシーヌからの手紙に剣術大会には参加しないと記されていたから最初は乗り気ではなかったのだが、滅多にない機会だから少しだけ顔を出すことにした。
「なぜ、ウィルフリッドの娘が剣術クラスなんだ?」
「うちの教育方針がそっち系だからですかね」
自分で言ってても意味不明だ。
リムラシーヌが剣術クラスを専攻した本当の理由は言えないからお茶を濁すしかなかった。
「娘にまで厳しく指導したのか?」
先輩、それだと俺が教育パパみたいじゃないですか。
子供たちが希望したから指導しただけで、俺から強制したことは一度もないですからね!
「ウィルフリッドの娘だからな。もう何が起っても余は驚かないぞ」
「うちの子は剣術大会には参加しないらしい。俺が来ていると知られれば、嫌われそうだから適当に帰る」
「娘とは難しいな」
「同感である。余、息子しかいないけど」
まさかこんな話を三人でする日が来るなんて学生時代は考えもしなかった。
「第一試合、リムラシーヌ・ブルブラックとアーノルド・ヘブセイドは前へ!」
自分の耳を疑った俺は席を乗り出して闘技場の中心を凝視した。
「リムラシーヌ嬢は参加しないのではなかったか?」
「そのはずなんだが、何かの間違いかな」
純粋に大会を楽しみにしていた父兄である俺たちはトーナメント表すらも確認していない。
上から見下ろすリムラシーヌは覚悟を決めたように唇を結び、模擬剣を握りしめていた。
服装は他の男子と同じ騎士服を模したものだ。
当然、スカートではなくズボンを履いているのだが、これがまた良く似合う。
兄たちの影響か、リムは昔から男のような服装を好んでいた。
反対にシーヌは可愛い服に目がない。
「止めた方が良いのではないか?」
「いや。あの目の時は何を言っても聞かない。それに、うちの娘はあんなモブに負けやしない」
隣で「モブ?」と聞き返すルミナリオを無視して、相手の男をもう一度確認する。
だって、あの顔はどう見てもモブだろ。
モブの俺が言うのもなんだがオーラがない。
始め! の合図と共に踏み込んだリムラシーヌの一撃で勝負は決した。
よーし!!
よくやったぞ、リムラシーヌ!
さっきまでの困惑していた会場の雰囲気を一瞬にして変えてしまったというのに、当の本人は興味なさげに闘技場を後にした。
「トーマのような戦い方だな」
「リムは叔父を慕っているんですよ。……俺よりも」
自分で言っててダメージを受ける俺の肩が優しく叩かれた。
「分かってくれるか、ルミナリオ」
「うむ。よく分かるぞ」
ちなみにシーヌはどちらかというと叔母を慕っている。
叔母なんて言ったらキレられるから、リファちゃんって呼んでいるけど。
◇◆◇◆◇◆
次の試合はルミナリオの息子であるルミナリアス王太子の出番だった。
相手は案の定モブだ。
「お前の息子こそ参加していいのか?
「うむ。だから余はどこのクラスにも在籍しなかったのだが、あやつはおバカだから」
見た目は賢そうなんだけどね。
ちょっと抜けてるよね……不敬だけど。
誰が見ても相手の方が実力は上だった。
それなのに強くは打ってこない。いわゆる接待されている状態だ。
「何故、打ってこない! 本気でやらない方が不愉快だ!」
「し、しかし……」
ルミナリアス殿下の言いたいことも分かるが、相手の子のことも考えてやって欲しい。
万が一、王族を傷つければ、親に何を言われるか分かったものではない。
場合によっては家を潰されるかもしれない。
そんな状況で本気なんて出せるわけがないだろ。
「僕が良いと言っているんだ! 僕は自分の力で勝たなければいけない! 勝たせてもらっては意味がないんだ!」
鬼気迫るものがあったとしても、それだけで強くなるわけではない。
現実とは残酷なのだ。
それでも相手の子の心を動かすことはできたらしい。
相手の男子生徒が審判を務める剣術クラスの教師に目配せして、許可を得た上でルミナリアス殿下の剣を弾き飛ばした。
その反動で殿下は尻もちをついてしまい、相手の子は戦々恐々としている。
直後に勝者宣言されて教師が両者に駆け寄って行ったが、ルミナリアス殿下はその場から動こうとしなかった。
教師は相手の子のメンタルケア中だ。
「……ルミナリアス」
「失礼を承知で言うが、弱いな」
「うむ。昔から運動が苦手な子でな。入るなら魔術クラスだと思っていたのだが、どうしてこうなったのやら」
「あの剣幕だ。何か成し遂げたいことでもあったんじゃないか?」
「む。そこまで打ち込むものを見つけられたなら、学園に入れたのは正しい選択だったか」
俺たちは雑談しているが、会場は静まり返り、いたたまれない空気感だった。
そんな中、ルミナリアス殿下に歩み寄る影が一つ。
目を凝らすまでもなく、それは我が娘だった。
あいつ、自分から破滅に飛び込む気か!?
不用意に敵と接触していいのか!?
学生の頃と違って、余計な知識をつけたからこそ心配事が増えてしまった。
これでは親バカと言われても否定できない。
打ちひしがれるルミナリアス殿下の前にしゃがみ込んだリムラシーヌが何か言葉をかけている。
声をかけるだけで手を貸すわけではないようだ。自力で立ち上がったルミナリアス殿下はリムラシーヌのあとに続き、闘技場から退場した。
俺は読唇術を使えるわけではない。
しかし、リムラシーヌが最後にかけた言葉だけは読むことができた。
彼女はルミナリアス殿下に「格好よかったですよ」と言ったのだ。
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