第2話

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織姫のぼやき







女には二面性がある。

 例えばこの女。なんとも言えない笑顔で子供に笑いかけているだろ? でもね、こいつの裏の顔は金貸し。昼の顔と夜の顔にギャップがありすぎて、そんなこと言われてもピンとこないだろ。何年か前にあった元清純派アイドルのクスリ騒ぎみたいなもんだな。まあ女に限らず人ってのは必ず、大なり小なりの二面性があるって話だ。

ジキルとハイドって知ってるかい?

 それは極端だとして、あてられてる光が太陽か月か、そりゃ同じ人間でも全く違う星の光浴びてりゃそうもなるだろう。結局なにが言いたいのかというと、早い話が俺たちも女になれってことなんだ。いや、分かってる。それ以上は突っ込むな。まだこれからの話は長いからな。

 まず自己紹介をしておこう。俺は天河 壮介、34歳だ。

 若い頃はイタリアにいてね、そこで修行というか……まァ生きていく為に仕方なくマフィアって奴に在籍していた。その後、アメリカ行ったり、中国行ったりってして今は日本で落ち着いてる。なんだ、そんな顔するな。別に取って食ったりしないよ。

 とにかく、だ。俺は今、ある人物に雇われている身だ。その人物についてはすぐ説明するが、今はそいつから指令があれば仕事をする。

 内容? そうだな、詐欺に強盗がメインか。おっとすまない、驚かせるつもりじゃなかった。そういったオーダーを取ってくるのはオーナーなんだが、どうやらモットーがあるらしい。悪人だとか社会悪だけを標的にしてるんだと。

 すごいと思わないかい?

 俺は思うね、とても真似出来ない。何故かって? 割に合わないからさ。悪人だけ……、大岡越前でもあるまいし。俺みたいなアウトローは、そんな真似してちゃ飯にありつけない。……話が逸れたな。二面性の話に戻そう。

 俺達は……いや、“俺”はそういった二面性を持つようにある命令を受けた。

 夜の店で店長をしろってな。

 どんな店なのかって。それを俺の口から言わせるのか。……そうだな、それを話さないと物語がいつまで経っても始まらない。だが、最初に知っておいてくれ。俺はそういった類の人間ではない、と。いや、本来の自分はそっちではないと!その気になれば普通の人間としてこの国でも生きていける。戸籍なんてものは金さえあればどうにでもなる。だが、その金が必要だ。俺はある“人物”に騙され、行動のほとんどを限定されている、だからこそこんな屈辱的な仕事もしている。いつか自由になってそいつに報復してやる。……ああ、すまない。ここにVTRがある。これを再生してくれ。解説する。

「いらっしゃいませ~! あらおかえりなさーい!」

 薄いピンク色の照明に照らされた店内が不快だろ。

「お・つ・か・れ・さ・まぁ! やーっ、そんなこと言わないでぇ~!」

 こいつの名前はきゃりぃ。セーラー服にツインテールにルーズソックス、三種の神器を全て揃えているが、問題はどこからどうみてもそいつが男だってことだ。

「あんらぁ、いらっしゃい。わっちに逢いにきたんでっかあ? ささ、こちらに」

 こいつはお菊。真白い化粧がなにか勘違いをしていることを周りにアピールしているこの着物姿の女、男?、は奥のソファへ手招きしている。

「こんばんはー、あれあれぇ~今日はお一人さんですか~あ? じゃあじゃあ、今日はサキの一人占めですねん!」

 サキ。今日はチャイナドレスを着ている。コスプレが趣味らしく、毎回凝った衣装で客を出迎える。

「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」

 ゆっちん。体が出来上がり過ぎて完全に無理がある。緑の髪をなびかせているがカツラで、中はスキンヘッド。風貌も性格も漢らしいのだが、無類の猫好きでもある。

 とにかくニャンニャンうるさい。

「いやあ~、よう来てくれはったねぇ? うちと今日はしっぽり濡れとく~?

 かまへんかまへん、文字通りのリップサービス、しまっせ~」

 おぇ。この細いだけの奴は明石家。関西出身でとにかくよく喋る。漫画などで出てくる典型的な関西人キャラだ。こいつと喋ると関西人に対しての印象が悪くなるだろう。さっきのサキの衣装、実はこいつの持ち物。衣装やコスチューム、制服やユニフォーム、なんでも持ってる。

「ようこそいらっしゃいました。貴方のご来店を心よりお待ちしておりました。さぁ、どうぞこちらへ」

 と、こんなとこだ。……なんだ。最後の女? 紹介してもらっていない?

 “一人だけレベルの違うどっから見ても女?”

 あれは、だ。

 ……。

 …………。

 あの頭を盛ったドレスの女か?背もそこそこ高くて、切れ長の瞳と泣きぼくろが特徴的な? ――それは、俺だ。



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BARマゼンタへようこそ







 映画『レオン』をご存じだろうか。

 劇中で主役のレオンが眠るシーンがある。殺し屋である彼の就寝方法がこの作品全体の空気を実によく表している。スタンドライトの横に銃を置き、その横に置いた椅子に座ったまま眠るのだ。これは、いつ刺客が訪れても応戦出来るようにという殺し屋という特殊な職業ゆえの職業病である。さて、何故冒頭からこのレオンという映画について語ったかお解りだろうか。読者の貴方の目の前に、今まさに『レオン』と同じ就寝方法で眠る男がいるからである。映画を知る方ならば容易にイメージが出来るであろう。

 だが、知らない貴方にとってみてはどうか。どうにも想像難しいだろう。

 では、試しに手を叩いて見てほしい、彼は即座に暗闇の中から銃を握り、貴方の眉間に涼しげな風穴を一つ、空けてくれると思う。さぁ、どうぞ!

『♪』

 闇の中で奏でられるメロディ。これは鎮魂歌だろうか。それにしてはチープなメロディラインである。

「……もしもし」

 どうやら携帯電話であったようだ。幸運にも貴方の眉間の皺に穴が空かずに済んだようだ。人一人の命が救われたところで、この男の電話の会話を聞いてみよう。

「ああ、お前か。……で、仕事か? ……ちょっと待て。それは“どっち”の仕事だ」

 男の声は実に機嫌が悪そうであった。本人が無感動でポーカーフェイスだと思い込んでいるだけにここは静観しているのが妥当だろう。

「そうか。“シアン”の方の仕事だな。ふん、どんなに困難な仕事だろうが“マゼンタ”の方よりもよっぽどマシだ」

 彼の声ばかり聞いていてもギャラリーは沸くわけはないので電話の向こうの声も聞いてみよう。

『なんで“マゼンタ”の仕事を嫌がるんだい? 君はもうあの界隈じゃ有名な【女性】だよ? やはり僕の狙いは正しかったようだね。壮介』

「黙れ。ただでさえ“マゼンタ”の話をするのも虫唾が走るのに、お前にファーストネームで呼ばれると鳥肌が立つ」

 会話の途中だが、会話をしているこの二人、どうやら一方は天河壮介らしい。そして、電話の向こうの人物は【僕】と一人称を名乗っているが声は女性の声だ。

『鳥肌が立つ? それはいいね、壮介。 僕は君のチキンな部分に興味津々さ。“また”セックスしたいね』

「~~! お前、それ以上言うなよ……殺すぞ」

 おや何故だろう。声の表情からすると相当な美人であることがイメージできる受話器の向こうの美女にそんなお誘いを受ければどんな男であっても据え膳は食すだろうに。さてはこの男、心までも女に成り下がった……いや、成り上がったのか。

「俺は、お前と【セックス】なんぞしたこともないし、したいとも思わん」

『ははは、確かに“未遂”ではあったけどね、それにしても【したいとも思わない】って僕が傷つくって思わないのかなぁ、壮介?』

 男であるならば誰でも股間を直撃しそうな誘惑の言葉を最後まで聞かず、天河は通話ボタンを切った。そして力任せに投げた。

 ここは暗闇なので彼がどんな表情でどういったフォームで携帯電話を投げたのかは分からないが、少なくとも今聞こえた乾いた音で投げられた【可哀想な被害者】は息を引き取ったようだ。

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