第6話

 ベルベット魔法学園の大きな建物に、試験を終えた子供たちが集まっている。その数、千人強だ。試験自体は終わっているので、私語は解禁されている。

 がやがやとうるさい中、ユーリは一人膝を抱えて座っていた。

 能無し。

 その言葉がユーリの頭の中にぐるぐると回っていた。

 自分がけなされたこと自体が悲しい訳では無い。父と母、そして姉が愛してくれている自分がけなされた、そのことが家族に申し訳なく思ってしまったのだ。

 せっかくたくさん愛してくれたのに、能無しでごめんなさい。

 そんな気持ちで胸が締め付けられる。

 もう帰りたい。魔法の研究なんてもういい。

 ただ自分を愛してくれる家族に抱きしめられたい。そんなふうにユーリ思って泣いていた。

 さめざめと泣いていると、周りの子供たちが静かになった。ユーリが顔をあげると、壇上に髪も髭も真っ白な老人が立っている。

 名を、ヨーゼフ・ホフマン。この学園の学長である。


「コホン。うむ、未来の魔法師達よ。試験お疲れ様じゃ。実力を出し切れた子も、上手く行かなかった子もおるじゃろう。しかし、運も実力じゃ。素直に結果を受け止めると良い」


 合否の発表をそわそわと待つ子どもたちを眺めながら、ヨーゼフは続ける。


「合否の発表じゃが、学園の入口の掲示板に張り出しておる。このあと見に行くがいい。ただし、絶対に走らないこと、他の子を押しのけないこと。もしそんなことをする子がいたら、その子は不合格じゃ。なに、急いでも結果は変わらん。のんびり行くと良い。合格者は明日の昼の一の刻にここに集合じゃ。それでは、お疲れじゃった」


 ヨーゼフの短い話が終わると、入口に近い子から早歩きで結果を見に行く。

 みんなが駆け出しそうになるのを必死にこらえて早く歩いている中、ユーリは頭を垂れてとぼとぼと掲示板に向った。

 掲示板は左上から点数が高い順に並んでいる。

 ユーリは迷わず右下、一番点数の低い合格者の番号を見に行く。自分の番号があるとしたら、一番右下に決まっているのだ。


 一番右下は……


『受験番号:1521番 点数:300点

 以上の199名を合格者とする』


 ユーリの番号は、無かった。ユーリは呆然と立ち尽くす。

 二年間必死に頑張った。試験の手応えもあった。だけど結果は、不合格。

 定員数に届いていない所から、ユーリが三百点に満たなかったことがわかる。

 チャンスだったのだ、今年が。

 合格者が二百名を割ることは数年に一度しかない。

 そのチャンスを、ユーリは逃してしまった。


 滲む視界でぼーっと、『199名』の所を見ていると、更に右下に文字があることに気がついた。


『受験番号:0407番は、教官室へ来ること』


 0407番。ユーリの番号である。

 何があったのだろうか。ネガティブな思考でユーリは考える。

 思い出すのは、魔法適性試験の教官である。

 能無し、時間の無駄。

 魔法適性が無い者が試験を受けに来ては行けなかったのだろうか。またあの冷めた目で怒られるのだろうか。

 ユーリはこのままマヨラナ村へ帰ってしまおうかとも考えた。

 しかし、足は教官室へ向う。

 怒られるなら、ちゃんと怒られてからマヨラナ村へ帰ろう。そして幸せに過ごすのだ。

 父と母と、いつか帰ってくる姉と。大好きな家族を思い出し、なんとか教官室へと歩いていくユーリであった。



「……失礼します。受験番号0407のユーリです」


 ノックをして、扉を開ける。

 十名ほどの学園の教官らしき人達が会議スペースに集まり話をしている。その中にはレベッカやエマ、一般教養試験の教官ディーターと学長のヨーゼフもいる。魔法適性試験の教官オレグと目が合い、ユーリはビクリとして目をそらした。


「おお、来たか。遅かったの。ほれ、こっちに来なさい」


 ヨーゼフが手招きをするので、そちらに歩き、示された椅子にちょこんと座る。

大人たちの目線が集中し、ユーリは身を縮ませた。


「おいおい、こんな細せぇ子が戦闘技術100点だぁ? 採点したやつ誰だよ」


 赤髪短髪で浅黒い肌の、筋肉質の男が言う。名をアルゴ。戦闘技術担当の教官である。


「私だが、文句あるのか?」


 それにレベッカが鋭く返す。


「おいおい、冗談だろ。可愛いからって母性でもくすぐられたか? そんななりでも一応女なんだな」


「あぁ? ピースカ喚くな殺すぞ。ゴロツキ上がりの半端モンが」


「上等だゴラァ! てめぇぶっ殺して戦技主任の席明け渡してもらおうじゃねぇか!」


 いきなりメンチを切り合う二人の大人。柄が悪い。とても教官とは思えない。


「はいはい、そこまでぇ〜。今は喧嘩してる場合じゃないでしょ〜。話し合いしましょ、話し合い〜」


 そんな二人にエマが割って入った。


「うむ、エマの言うとおりじゃ。喧嘩してても何も始まらん。レベッカよ、ユーリ君の戦闘技術点は100点。これは確定でいいんじゃな?」


「もちろんです、学長」


 レベッカは迷いなく頷く。


「次は一般教養じゃが、これも満点でよいのじゃろう?」


 ヨーゼフの問いに、ディーターが答える。


「ええ、何の問題もありません。文字もきれいで誤字脱字もない。特に迷うこともなく全ての問題を解いておりました。文句なしの百点満点でしたよ。よく頑張りましたね」


 ディーターはユーリに優しく微笑みかける。


「魔法歴史学はどうじゃったか?」


 ヨーゼフの問に、濃紺の髪を腰まで伸ばしたおしとやかそうな、線の細い女性が答える。魔法歴史学担当、アンナ・ミュラー。


「そうですね。一問、審議の必要な解答がありました。しかし、結果としては100点という結論にいたりました」


 アンナの発言を聞き神経質そうな男性が答える。名をアナトリー・ザイツェフ。薬学の教官だ。


「その審議が必要な回答とは、一体何かね?」


「魔法の発明者名を答える問題です。本来なら名前で答えるべきところに、文章形式で解答してありました」


 アルゴはその発言を聞きニヤリと笑った。


「っは! だったらそれが不正解だな! 299点で不合格! もうめんどくせぇしそれでいいじゃねーか!」


 アルゴの言葉に、


「は?」


 やたらドスの聞いた声。誰の声だろうとユーリはキョロキョロする。


「てめぇ、学問を馬鹿にしてんですか?あ?」


 声の主は……アンナ・ミュラー。濃紺の髪の、線の細い、おしとやかそうな?女性教官である。先程までの儚い雰囲気から一転、猛禽類のようなオーラを放っている。


「たった一問落とすだけで不合格になる極限の状態で、悩みに悩んで出た解答を、めんどくせぇの一言で不正解にする? その頭に詰まってんのは豚の糞か?簡単な答えに飛びつかず、疑い、考え抜いた末に至宝の答えに辿り着いた敬虔なる学徒を、類人猿のてめぇが否定する? 殺されてぇのか? 学問舐めてんのか?」


 アンナの豹変ぶりに、アルゴが怒ることもできずに目を逸らして引いていた。


「あ……すんませ……」


「目ぇみろカス。目ぇ合わせろおい。こっち見ろ殺すぞ。てめぇが解けよ。試験問題。1問でも間違えたら晒し首にすっぞ。てめぇが否定した相手がどれほど学を積んできたか身をもって知れ、おい、ツラあげろ、目ぇ逸らすな腐れボケ」


「は、はーいそこまでぇ〜、そこまでぇ〜。アンナちゃん、アンナちゃん戻って来てぇ〜」


 処刑でも始まりそうな雰囲気を、またもやエマが間に入って止める。エマはド変態な性癖以外は、人格者の常識人であった。


「ヂィッ!」


 アンナは激しく舌打ちし、アルゴにガンつけしたあとに自分の席へと戻り、


「コホンッ。申し訳ありません、取り乱してしまいました」


 お淑やかな女性へと戻った。


「うむ、では魔法歴史学も100点で異論ないな?」


 ヨーゼフの言葉にアンナが頷く。


「では、この時点で三百点。魔法適性点の如何に関わらず合格になるのぉ」


「認められません」


 それに異議を唱えるのは、魔法適性試験の教官、オレグ。担当科目は魔法技術だ。


「魔法適性無しと判断された生徒を入学させるのは前代未聞です。ここは魔法学園なのです。魔法適性がない生徒がここで学ぶことに意味は無く、適性のない生徒に教える価値もない。無駄は省くべきです」


 オレグに反論するのはディーター。


「何も魔法を使うことだけが学園の目的ではないですよ。魔法の歴史を学ぶ、魔法の理論を学ぶ。適性がない子だって、いえ、適性がない子だからこそ、思いつく発想や発見があるかも知れません」


「詭弁だな。舌の無い料理人に上手い料理は作れん。当たり前の事だ」


「そんなことどうだっていい。合格者の条件は2つ。三百点以上であることと、受験者の上位二百名以内に入ること。それだけだ。ならユーリは合格だ。それだけの単純な事だ」


 レベッカが言うことはもっともである。しかしオレグは譲らない。


「三百点未満を足切りにしているのは、魔法適性が無い受験者を落とすためだ。ここは魔法学園なのだから当たり前だろう」


「そんなこと何処にも明文化されていないだろうが」


「されなくても分かることだろう。少し考えればな」


「はっ、分からないな。だったら『三百点以下』を足切りにするべきだろうが」


「では今からそうすればいい。三百点以下は足切りだ」


「それは困るわぁ〜。三百点ピッタリの子に合格出しちゃったもの〜」


「ふん、三百点なんて低い点数、どうせどこかの村から来た田舎者だろう。いまから不合格と伝えれば良い」


「領主様のご息女なのよ〜。不合格を伝えるならオレグ教官が行ってきてくださいね~」


「……」


 エマの言葉に、流石にオレグも黙った。流石に領主の娘に『やっぱり不合格でした』などと言いに行く勇気はない。


「そうじゃのぉ。オレグの言うことも分からんことは無い。魔法に興味が無いのに魔法学園に来るべきではないからの。しかし、試験が終わったあとに公表していないルールがあるからと、結果を覆すのは良くないのぉ。この学園の信用を損ねることにつながってしまう。そこで、じゃ。ユーリ君に何故魔法学園の試験を受けに来たのか聞いて、納得ができれば入学ということで良いじゃろ。答えられなければ、入学する意思がなかったものとして合格を辞退したものとして扱う。それでよいじゃろ?」


 ユーリの合格に賛成の教官も反対の教官も、微妙な顔で黙る。なんだかんだ議論をしていたが、結局学長の意見に従うしかないのだ。


「というわけでユーリ君。君は何故この学園に来たいと思ったのじゃ? 自分が適性無しということを知らなかったわけではなかろうしの」


 この場にいる全ての教官がユーリへ注目する。


「ぼく……ぼくは……」


 ユーリは思い出す。何故魔法学園に入学したかったのか。何故必死に二年間頑張ってまでここに来たかったのか。


「最初は、家族に認められたいって、安心させてあげたいって気持ち、それだけだった。適性無しって判定されたけど、心配しなくて大丈夫だよって」


 鑑別式からより過保護になった両親、そしてユーリのために魔法の訓練に打ち込む姉。ユーリは大切な家族に『僕は大丈夫だよ』と言いたかった。


「いつも魔法の訓練に打ち込んでいる姉を見ているとき、気がついたの。自分の中にある『得体の知れない何か』に。僕は仮にそれを『魔力』であると考えた」


 ユーリの言葉に、アンナとオレグがピクリと反応する。入学前の、魔法を学ぶ前の子で魔力を操作できる人は少ない。さらにユーリは適正無しと判定された子供だ。そんな子が魔力を操作できるということは、魔法理論から考えても魔法氏から考えてもかなり稀有な例であろう。


「適性は無くても、魔力はある。その事に気がついた。そして、僕は知りたくなった。魔力とは何なのか。その疑問から始まって、魔力の適性とは何なのか。何故鑑定式の水晶で適性が判定出来るのか。適性のない魔法は本当に使うことができないのか。そもそも適性とは何なのか。知りたいことがいっぱいなの。だから可能性は低くても、魔法学園の試験を受けに来た。僕は、魔法とは何かを、知りたい」


 ユーリは言い切ると、まっすぐにヨーゼフの目を見た。

 ヨーゼフはうむと頷き言う。


「魔法とは何か、か。うむ、全ての魔法学の原点じゃ。今の研究者は魔法の使い方や発展の研究ばかりで、魔法の基礎研究を行う者はもはや皆無。面白いではないか。属性が無いからこそ、魔法の原点の研究をする。儂は理にかなっておると思うんじゃが、オレグはどうじゃ?」


「……それでも、私は反対です。魔法学は簡単ではない。ただ好奇心があるという理由だけで、適性の無い者を入学させるべきではないと判断します。興味半分で中途半端に掻き乱して、すぐに中退することが目に見えています」


 オレグの言葉に、ヨーゼフが大きくため息をついた。


「オレグよ。お前の前にちょこんと座っているのは何者じゃ?」


「魔法適性の無い、入学に値しない人間です」


「違うわいバカタレ。魔法を学びたい、7歳の子供じゃ。お前はユーリのことを興味半分と言ったがの、興味半分程度の意志で1問でも間違えたら不合格になる試験に挑むわけが無かろう。しかも成し遂げておるのじゃ。大人でも難しかろうに。オレグよ、お主は学ぶということの本質が何か、一度考え直したほうが良さそうじゃ」


 ヨーゼフの言葉にオレグは顔を顰める。


「……ご鞭撻、感謝いたします」


 ヨーゼフが大仰に頷き、他の教官達を見回す。


「他に異論は無さそうじゃな。ユーリ君を加えた200名を今年の合格者とする。以上。ではユーリ君、明日忘れずに来るように、それでは、解散じゃ」


 どこか消化不良な表情の教官達のことは意にもかいさず、


「今日は何処に呑みに行くかのぉ〜」


 と、陽気な足取りでヨーゼフは出て行った。


 涙の不合格から一転、ユーリは合格となった。

 本来であれば跳んで喜ぶところではあるが、色々な感情が混ざったユーリは暫し呆然としていた。

 そしてハタと思う。

 姉に会いに行こうと。

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