第5話

「よお。私は戦闘技術採点担当のレベッカだ。戦闘技術の試験にようこそ。そして残念だったな。ここは外れだ」


 ユーリが戦闘技術の試験場に入ると、不遜な態度で椅子に座っている、気の強そうな茶髪ポニーテールの女性に話しかけられた。

 戦闘技術の試験はグラウンドで行われる。

 グラウンドが十平米ほどの広さにいくつも幕で区切られており、ほかの部屋は見えない。何故かこの部屋だけ誰も並んでいなかったが、理由はこの女性、レベッカにあるようだ。


「試験はカンニング禁止だが、事前の情報収集は禁止じゃない。むしろ推奨されている。事前に在校生に話でも聞いてれば良かったのになぁ。グラウンド左端の部屋は鬼教官がいるからやめとけって分かったのにな。それとも昨日今日着いたばかりの田舎者か?」


 ユーリはうなずき、割符を手渡す。


「あ、そうそう。戦闘技術と魔法適性の試験は喋ってもいいぞ。監督員と二人きりだからな」


「僕はマヨラナ村からきたユーリ、よろしくおねがいします!」


「元気は良いみたいだな。何か聞きたいことはあるか?」


「どうやったら戦闘技術で100点を取れる?」


「はぁ?」


 教官は訳がわからないとばかりに首をひねる。


「100点なんて出したことないな。少なくとも私はな」


「でも、僕は100点をとらないと駄目なの」


「首席でも目指してるのか? クソ真面目な奴だな」


「ううん。僕には魔法適性が無いから。100を取らないと絶対に不合格になっちゃうの」


「は?」


 今度はポカンと口を開ける。


「え? お前適性無しなのか? なんで試験受けに来たんだよ。受かるわけ無いだろう」


「可能性はあるよ。魔法適性以外で満点とれば、三百点だもん。足切りにはひっかからないよ」


「え? あ、そうか。たしかに、足切りは三百点未満だったか。しかし、そうか……くくく、そうか! あーっはっは! 分かった、お前、馬鹿だろ!? 可愛い顔して、相当なイカれ馬鹿だ!」


 何がツボに入ったのか、教官は腹を抱え、膝を叩きながら爆笑する。


「あー、笑った笑った。キライじゃないぜ、お前みたいな奴は。で、どうして適正も無いくせに学園に入りたいんだ?」


「適性はないけど、魔力はあるよ。だから、使えないかなって思って。研究したいんだ、魔法のこと」


「へぇ、適性がないやつにも魔力はあるのか。それは知らなかったな。何せ適性がないやつが学園にくることなんて無いしな。そうか。そりゃ100点とらねぇとどうしようもねぇなぁ。しかしな、だからといって採点を甘くするわけにはいかねぇ。ここでお前の無謀な夢を断ち切った方が、お前のためかも知れないしな。それで、100点を取る方法だったか。そうだな」


 レベッカは少し悩んだあとに口を開く。


「色々と基準はあるが、明確なのが一つ。私に勝てば100点だ」


 にやりと笑い、レベッカは立ち上がって身体強化を発動した。


「どんな方法でも良い。私に攻撃を当てられたら100点にしてやる。武器はそこにあるのを何でも使え」


 レベッカがあごでしゃくった方には、ボロボロの武器が乱雑に置いてあった。


「お前が私に一撃でもいれたら合格だ。足でも腕でもどこでもいい。あぁ、刃は潰してあるから変な心配はしなくていいぞ」


 ユーリは頷くと、短いナイフを手に取る。刃渡り20センチくらいだろうか。

 震える手で握りしめ、キッとレベッカを見据える。


「そんなに緊張しなくていいぞ。どうせ私のところになんて誰も来ないんだ。何回でも付き合ってやろう」


 レベッカはそういうが、ユーリは一撃で決めるつもりだ。

 相手が一番油断している時に、一回だけの必殺を叩き込む。勝機はそれしかないとユーリは考える。

 魔力を練る、練る、練り込む。それを足の筋肉に浸透。

 父から危険だからやめておけと言われた方法。捨て身の部分強化である。

 初めてのときのように、高くジャンプしたときのように。あの時のように魔力をこめて。

 これでだめなら諦めもつく。だから、変な小手調べなんてせず、最初から正真正銘の全力攻撃。


「……行くよ」


 レベッカがにやりと笑う。

『どこからでもかかってこい』

 そのセリフを言おうと口を開けた瞬間。


 ユーリは消えた。爆音を立てて。

 足からの激痛など無視し、たった二歩の踏み込みだけでレベッカの元に迫る。


 ユーリの全くの想定外の動きに、しかし、レベッカは反応した。魔力強化を最大出力まであげ、殺気をふりまく。

 自分が試験の教官をやっていることなど、一瞬で頭から吹き飛んだ。

 自分に向かってくる脅威を排除しなければならない。大きく右腕を振り上げ、拳を固く握りしめ、そして刹那に考える。


『これ、殴ったらこいつ死ぬな』


 紙一重であった。

 ユーリにもし一欠片でも殺気があれば、短い人生はここで終わっていただろう。

 ただ勝ちたいという純粋な気持ちだけだったから、ユーリに殺気が全くなかったからレベッカは正気に戻れたのだ。

 もはやレベッカの頭に勝敗のことなど無かった。

 避ければユーリは大けがをするだろう。この子を、ユーリを受け止める。それだけであった。


 再度の轟音。土煙が舞う。そして響く叫喚。


「ぐ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 強く強く踏み込んだユーリ足の骨は折れ、筋肉は断裂。レベッカにぶつかった左腕もあらぬ方向に曲がっている。

 しかし。

 しかし右手のナイフは、しっかりとレベッカの首に添えられていた。

 痛みにうめき、大量の涙をながしながらも、ユーリは右手のナイフを離さない。

 ボロボロのユーリ、無傷のレベッカ。

 しかし、勝ったのはユーリである。


「こ、これで、100点……だよね……」


 かろじてそれだけ言ってユーリは倒れ込んだ。そして、這うように進む。

 次は魔法適性試験なのだ。

 0点なのはわかりきっているが、未受験だと落第になるかもしれない。ユーリは0点を取りに行かなければならないのだ。

 しばし呆然としていたレベッカだったが、ハッとして正気に戻る。


「ま、まてまて! いま医療係を呼ぶ! ちょっと待ってろ!」


 レベッカは慌てて走って出ていき、おっとりした女性を連れて戻って来た。


「あら〜、あらあらあら~。酷い怪我ね〜。筋肉がボロボロ、骨もボキボキ。痛そうね〜」


 金髪ゆるふわロングで糸目巨乳の彼女の名はエマ。この学園の聖魔法教師兼保険医である。

 エマは倒れているユーリをしばらく診察したあと、何故か赤く染まった頬に手を当ててうっとりと言う。


「はぁ〜〜、小さくて可愛い子が大怪我して痛みに呻く様、本当に興奮するわ〜〜。保険医になったかいがあるわね~~」


 おっとり巨乳美人保険医は、ド変態であった。


「ねぇ、ここの筋肉ぶっちぶになっているのだけど、どう? 痛むかしら?」


 そんなことを言いながら、


 グイッ


「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ユーリのふくらはぎを親指で強く押す。悪魔の所業である。

 痛みに叫ぶユーリを眺め、親指をさらに強く押し込む。


「ぁ……んぅ……もぅ、そんな声ださないでよぉ。はぁ、はぁ、もっと、したくなっちゃう……」


 ぺろりと舌なめずりをし、うるんだ瞳でユーリの反対のふくらはぎに手を添えて……


「はよ治療せんかこの色ボケ保険医!!」


 ゴイーン。

 レベッカの鞘付きの剣がレベッカの頭に落ちた。


「ふぎゃっ! いったーい! 何するのよぉ! レベッカは昔っから凶暴なんだからぁ!」


 そんなことを言いながらエマは治療魔法をかける。自分の頭に。


「自分より先にこの子の治療をしろ! 変態保険医が!」


「はぁー。せっかくいい感じに仕上がってるのにぃ。こんなシチュエーションなかなか無いのよぉ? こんな可愛い子が痛みにのたうち回ってるところなんてぇ。もうちょっと、もうちょっとだけお楽しみさせて、ねぇ?」


「……」


 レベッカは無言で剣を振り上げる。今度は鞘から抜いて。


「分かったぁ! 分かったからぁ! もー、レベッカのケチンボ!」


 エマはようやくユーリの治療を始める。

 ユーリにかざしたエマの手から、柔らかな金色の光が生まれ、ユーリの体を包む。痛みはだんだん収まっていき、気がついたときにはユーリの怪我は無くなっていた。


「あーあ、治っちゃった。はい、これで大丈夫よ~」


 怪我が治ったユーリは勢いよく立ち上がり、レベッカの後ろに隠れた。レベッカの足にしがみついておびえた表情でエマを見る。


「もぉ~、ひどーい。私が治したのにぃ」


「あ、ありが、とう……」


「よし、もう大丈夫だな。それじゃ、一応魔法適性試験に行って来い。戦闘技術は合格、100点だ」


 レベッカはぐしゃぐしゃとユーリの頭を撫でたあと、背中を優しくポンと押した。見かけによらず優しい人だ。


「また怪我したら治してあげるからねぇ〜」


 出ていくユーリにエマも声をかける。こちらは見かけによらず恐ろしい人であった。

 ユーリが出ていったあとに、エマは問う。


「レベッカにしては手加減が下手くそねぇ。なんであんなに大怪我させちゃったのぉ? あ、もしかして、レベッカも目覚めちゃったぁ? いいわよね〜可愛い子の悲鳴! 嗚咽! 絶望の顔! さっきのあの子の顔と声、思い出しただけでもう私……はぁ、はぁ」


「お前と一緒にするな変態。あれは私じゃない、自分でやったんだよ」


「自分で……?」


 思いがけないレベッカの言葉に、エマは首を傾げた。


「身体強化だ。通常のものとは違った。足だけが異常に強化されていた。始めて見た、あんなの。あいつは異常だ」


「……珍しいわね、あなたにそんな顔させるなんて」


 言われてからレベッカは気がつく。自分が好敵手に出会ったときのような、不敵な笑みを浮かべていることに。


「あいつ、わかっててやったんだ。無事じゃ済まない事にな。何も分からず突っ込んで大怪我する馬鹿はまぁまぁいるが、大怪我すると分かっていて突っ込んで行ける大馬鹿はそうそういない。目標の為なら命だって捨てるやべぇやつだ」


「ふーん。面白そうな子ねぇ。また大怪我してくれるかしら〜」


 どこまでも自分の欲求に素直なエマの頭に、レベッカは再び剣の鞘を落とした。



 いったーい! というエマの叫び声を背に、ユーリは魔法適性試験へと向う。気楽なものだ。何故なら0点が確定しているのだから。

 グラウンドの、戦闘技術試験とは反対側の一角に魔法適性試験の会場はあった。

 入ると鑑定式のときに使ったものと同じ水晶と、見たことのないメモリの付いた魔導具が並べられている。

 その横に、不機嫌そうな痩せ型の初老の男性が佇む。髪は紫だ。

 何処か疲れ切ってやつれたような様子の彼の名はオレグ・ヴォルコフ。厳しく厭味ったらしい性格で、生徒から人気のない教官だ。

 ユーリを見ると、何も言わずに手を差し出してきた。ユーリは割符を差し出す。


「こっちの棒を握れ。強くな」


 ユーリは言われたとおりに、メモリの書かれた魔導具についている棒を握る。

メモリはグンと動き、最大値を振り切った。オレグは少し驚いたように目を開く。


「ほう……入学試験用の測定器では測れんか。中々の魔力量だ。ではつぎ、隣の水晶に手をのせろ」


 ユーリは一つ深呼吸をして水晶に手を乗せる。鑑定式のときと同じように、白く淡く光っただけだった。


「……ん? お前、能無しか?」


 能無し。魔法適性な無い物を揶揄した言い方だ。ユーリは黙ったままだ。


「ふん。期待させるだけさせて能無しとは、お前は0点だ無能め。何でわざわざ試験など受けに来た。時間の無駄だ。さっさと出ていけ無能が」


 ユーリはペコリと頭を下げ、魔法適性の試験会場を出ていく。分かり切っていたことだ。分かり切っていたことだが、あそこまで言われるとは思わなかった。ユーリの目に涙が浮かぶ。

 前世の記憶があるとはいえ、人格は甘やかされて育った7歳の子供なのだ。


「ふぇ……」


 思わず鳴き声を漏らしそうになり、慌てて口を噤む。私語は厳禁だ。涙を落としながら、ユーリは結果発表までの待機所へと向う。


 全力は、出し切った。

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