第7話


「し、失礼しますっ」


 ぺこりと頭を下げ、教官室を出る。

 姉に会いに行こうとは思ったが、当然ユーリには姉が何処にいるかなど分からない。だけど、魔法学園の何処かにはいるはずだ。

 街に買い物に行っている選択肢など思いもせず、いつも考えているユーリにしては珍しく、何も考えずに姉を探しまわった。


「お姉ちゃん……お姉ちゃん……どこにいるのー……?」


 理由も分からず涙を流しながら探し回り、適当な部屋の扉を開ける。


「おや、どなたですかな?」


「お姉ちゃん……いない……」


 教官らしき人のいる部屋や、


「君、どこの子? ここにいたら危ないよ?」


「お姉ちゃんいない……」


 魔法訓練場らしき部屋や、


「あら、可愛いお客さんだ。どしたのー?」


「お姉ちゃん……」


 上級生の教室などなど。迷いながら探し回るも、見つからず。散々探し回った後に、姉が学園の外に入っている可能性に思い当たった。

 今日は入園試験の為、学園は休みなのだ。学園の外にいてもおかしくない。いや、むしろどこかに出かけていると考えるのが普通であろう。

 姉に会えなかったさみしさで、ユーリは下を向き涙をこぼしながらトボトボと学園を出ていく。

 校門を出る時、数名の女子生徒のグループとすれ違った。

 下を見ていたユーリは最初気が付かなかった。しかし、


「もー、今日だけだからね?私、もっと強くなるために頑張らなきゃなんだから」


「えー、もっと私達にも構ってよー!」


「そうだそうだ! フィオレは頑張り屋さんすぎるぞー!」


 聞こえてきたフィオレという名前にユーリが振り向く。淡紫の髪の少女が目に入る。2年前と比べるとスラリとした体格、高い身長。がむしゃらで天真爛漫な空気は少なくなり、どこか知的な雰囲気が漂う。少し違う、だけどあの姿は、紛れもなくユーリの姉、フィオレであった。


「お姉ちゃん!!」


 気がつくとユーリは駆け出して、姉の腰に抱き着いていた。


「うわっ! びっくりしたー! え、え?誰……?」


 フィオレが下を見ると、珍しい白髪の小さい子。

 フィオレの記憶にある白髪はユーリだけだ。

 しかし、ユーリがこんなところに一人でいる訳がない。

 訳がないのだが……


「お姉ちゃん、ふえぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃん……」


 自分に必死にしがみついて涙目で見上げてくるこの子は、紛れもなく弟のユーリであった。



「はー、落ち着いた。突然ごめんね」


 ユーリは麦ストローでミルクをズズズっと飲み、ホッと一息付いた。先程までの悲壮感たっぷりな顔はどこへやら、ケロッとして今夜泊まる宿のごはん処でフィオレと二人でお茶をしている。


「えっと、大丈夫だけど……あれ? なんでユーリがいるの?」


 あの後、泣きじゃくるユーリを宥め、この可愛い子は誰だと詰め寄ってくる同級生に説明し、弟というとなおさら食いついて来た同級生をしばき倒し、ぐずるユーリとともに今日の宿屋であるこの店に来た次第である。

 ユーリは落ち着いてケロッとしているが、反対にフィオレが混乱していた。

 たしかに目の前にいるのは最愛の弟ユーリである。2年前より少しだけ背が伸び、丸みを帯びた美幼女がスラリとした美少女に寄りつつあるが、確かにユーリである。実姉のフィオレでさえ、時々弟の性別に疑いを持っていた。


「僕晩ごはんまだなんだー。お姉ちゃんと違うの頼んではんぶんこしたいー」


「えっと、それは構わないけど……え?」


 9歳になったフィオレはそこそこしっかりとした大人になりつつあった。

 しかしユーリはどうか。まるで5歳のときと同じように見える。


「肉団子定食食べたい! お姉ちゃんのは角煮定食でいいー? 一緒にたべよー?」


「え、あ、うん、あれ? あ、あの、すみません、肉団子定食と角煮定食一つずつお願いします」


 混乱しつつも店員に注文するフィオレであった。


「えーっと、とりあえず一つ聞いていい?」


 ようやく落ち着いてきたのか、フィオレはユーリに問う。


「いいよ?」


「ユーリはここに何をしに来たの? お母さんとお父さんは? どうして泣いていたの?」


 一つと言いながら、口から出てきた質問は3つであった。まだ混乱しているようだ。


「えっと、魔法学園の受験をしに来たの。パパとママはマヨラナ村だよ。泣いてたのは、なんでだろ? 僕もわかんないや」


 ほとんど空になったミルクのコップを名残惜しそうにストローで啜りながらユーリは答える。

 ちゃんと3つの質問に答えたが、フィオレは1つ目の答えしか耳に入って無かった。


「え、魔法学園? だって、ユーリは適性が、その、無かったよね?」


 私のせいで、とフィオレは心のなかでつぶやく。


「うん、でも合格できるかなーって」


 鑑定式で出た結果がその後覆ったという事例は、今のところない。あったのは替え玉受験が行われたときくらいである。

 適性無しと判断されたものが、事実を受け入れられずに何度も鑑定に来ることは皆無ではないが。


「それで、その、魔力鑑定の結果はどうだったの?」


 フィオレも少ない可能性に少しだけ希望を抱き、


「適性は無かった。0点だったー」


 結果は、適性無し。

 フィオレは納得した。何故ユーリがベルベット領都にいて、なぜ泣きじゃくっていたのか。

 ユーリはおそらく、一縷いちるの望みにかけて受験しに来たのだ。もしかしたら自分にも適性があるかもしれないと、そんな淡い期待を抱いて。

 しかし、現実は残酷だった。

 無慈悲な冷たい0点という現実がユーリの心を引き裂いたのだ。だから、泣きじゃくっていた。

 フィオレはユーリの心情を思い、そしてユーリから適性を奪った自分に無性に怒りが湧いてくる。

 激昂しそうな気持ちを押さえつけ、フィオレは言う。


「ユーリは私が守るから適性なんてなくても大丈夫よ。だから、マヨラナ村にかえってのんびりしておけばいいよ。明日、一緒に馬車を探してあげる」


「え? 僕合格したから、明日からお姉ちゃんと一緒の学校に行くよ?」


 言ってなかったっけー? と言いながら、ユーリは届いた肉団子定食に箸をつける。


「おいひー。あ、肉団子半分どーぞ。角煮も半分いただきまーす」


「あ、うん。え? どうして?」


 またも理解が及ばないフィオレ。


「え! はんぶんこにしてくれるって言ったじゃん! やっぱりだめ!? ぼくどっちも食べたいのに!」


「え、いや、それはいいけど、いやよくなくて……」


「どっちー? 僕もうお腹すいちゃったー……」


「あ、えっと。ご飯はいいよ、たくさん食べてね」


「やったー!」


 ユーリはほっぺたいっぱいに頬張り、美味しそうに食べる。

 あー、やっぱりかわいいなー。

 なんてことを考えながら、フィオレはしばらくハムスターのようにご飯を食べるユーリを眺める。

 この子が幸せそうなら何だっていいじゃないか。


「って、そうじゃなくて。ねぇユーリ、合格したってどういうこと?」


 ようやく我に返り本題に戻る。


「そのままの意味だよ? ちゃんと試験に合格したってこと」


「でも適性無しだったんだよね?」


「うん。だけど他のテストが満点だったから。危なかったー、三百点以上の人がもう一人いたら駄目だったかも」


「え、満点って……」


「お姉ちゃんが教えてくれたでしょ、三百点未満は足切りだって。だから三百点とればなんとかなるのかなーって思って。ユーリくんは頑張ったのです!」


 口に角煮のソースをつけたまま、ユーリはえっへんと、得意げに胸を張る。

 まるで大したことのない事かのように、子供が親のお手伝いをしたことを自慢するかのような言い方だが、難易度はそんなものではない。

 フィオレの合格点は370点。その内魔法適性点は百点だった。それでその年の受験生の上位五人に入ったのだ。

 自分だって散々頑張った。泣いて辞めようかと思ったときもあった。それでも自分に喝を入れて必死に頑張って、その結果が370点である。

 フィオレがマヨラナ村を出てからの二年間、ユーリはどれほどの勉強をしたのだろうか、この小さな体で一体どれほどの鍛錬を積んだのだろうか。

 魔法適性点が0点と確定しているのに、一点でも失えば不合格になるというのに、一体どれほどの思いで努力を続けてきたのだろうか。どんな気持ちで試験を受けたのだろうか。

 自分のいないユーリの二年間を思い浮かべて、フィオレは泣きそうになった。

 この子は本当に、本当の本当に頑張ってきたのだろう。


「色々あったけど、ちゃんと合格したから明日からはわぷ……ほねーはん?」


 フィオレはユーリの頭を胸に抱いた。

 愛おしくてたまらなかったのだ。


「ユーリ、頑張ったね、本当に頑張ったね。お姉ちゃん嬉しい、すっごくうれしいよ。ユーリは自慢の弟だよ」


「お、お姉ちゃん、はずかしいよぉ……」


 周りの人は抱き合う姉弟に(姉妹に見えているだろうが)目線を向けて目を細める。何人かはもらい泣きまでしていた。

 フィオレはユーリを抱く腕を緩め、頬に手を添える。


「ようこそ魔法学園へ。明日からは同じ学校の生徒だね」


「うん! お姉ちゃんに追いつけるようにがんばる!」


「ふふ、私は優秀だよー? ついてこれるかな?」


「頑張るもん!」


 ユーリの楽しい学園生活が始まろうとしていた。

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