第2話
ユーラシア大陸ほどの大きさの大陸、グロリオサ大陸。
その南部の3割ほどを領土とするエルドラード王国がユーリの生まれた国である。とはいっても、ユーリが住んでいるのは、大陸の南部に位置するエルドラードのさらに南部のベルベット領の、更に南部に位置している人口五百人ほどの村である。
名を、マヨラナ村という。特産はマヨラナと呼ばれるスパイス。村人はせっせとマヨラナを収穫し、ベルベット領に納めている。
鑑定式の日から一年経った。
ユーリの父と母はあれ以来いっそうユーリを愛でるようになり、姉フィオレは魔力操作の訓練に勤しんでいる。
なんでも、どんな敵が来ようともユーリを守れるくらいの力が欲しいらしい。少しでも強くなり、ベルベット領の魔法学院に入学し、さらに強くなりたいらしい。
そんな風に家族に過保護にされているユーリはというと、あいも変わらず考えていた。
魔力とは何か。属性とは何か。
村の教会に納めている様々な本を読み漁り、色々な人に色々な事を聞いて周り、知識を蓄えた。
曰く、魔力とは神からのお恵みである。
曰く、魔術とは神へ捧げる儀式である。
曰く、魔法とは神授である。
つまり、神様からもらった魔力で儀式をして、魔法という捧げ物をしましょうね、ということらしい。そしてその副産物で火が出たり水が出たりするわけである。
「そういうおとぎ話的なものじゃなくて、もっと理論的なことを知りたいんだけどな」
そうユーリは独りごちる。
そして火と水を操る訓練をしているフィオレを眺めながら考える。
ユーリは適性無しと判定された。それは火も水も、土も風も木も闇も光も、なにも扱えないということである。
では、この身体中に蠢く何かは何なのだろうか。自分の意志で動くこの得体のしれない何かは何なのだろうか。
ユーリは適性無しと判定された。しかし、魔力が無いとは言われていない。
いや、あるのだ。魔力は。
コンコンと、何か内臓のような臓器から湧き出ている。手のひらから外に放出してみる。が、途端に霧散する。
練ってみたり、圧縮してみたり、回転させてみたり。この不確定名:魔力のようなもの、を体内で操作する。
しかしどうやっても体の外に出た瞬間に霧散するのだ。
分からない。分からないが、知りたい。
使えるのなら、使いたい。
今日もユーリは姉をぼんやり眺めながら考える。
体内の魔力を練って、圧縮して、放出して、様々な形に変えて遊びながら、ユーリは考えるのだ。
◇
さらに一年が経った。
フィオレは7歳。ベルベット領都、ベルベット魔法学院への入学試験を受ける歳である。
両親とユーリに涙の別れを告げ、フィオレは受験へと向かった。不合格なら戻ってくるし、合格ならそのまま学院の寮に住むらしい。
姉が居なくなって、両親はよりいっそうユーリを愛でるようになった。愛情をぶつける相手が一人減ったのだ、仕方のないことかもしれない。
姉のいない家で、両親に挟まれて眠りながら、やはりユーリは考えていた。姉に聞いた話では、魔法学院では魔法を学べるらしい。そう、魔法が学べるのだ。
しかし、魔法学園に入園するためには試験に合格する必要がある。国中の子供たちがこぞって受験をしに来る、超難関の試験に合格しなければならない。
入園試験は、魔法史学の点数100点、一般教養の点数100点、戦闘技術点100点、そして、魔力適性点100点、合計400点で合否が決まる。
定員数は200人で、300点未満は足切りで不合格だ。
300点未満は足切り。300点未満。300点、未満。未満……
「みまん!!」
ユーリは叫びながら飛び起きた。
「んー……ユーリー? まだ朝じゃないわよ……?」
飛び起きたが、寝ぼけ眼の母に抱きしめられ、ベッドに倒された。
天井を見ながら、ユーリは早鐘のように打つ心臓の音を聞きながら考えた。
ユーリが入園試験を受けるうえでのネックは魔法適性点である。
魔力適性点は、魔力量を最高五十点満点で評価し、そこに属性数を乗算した値で計算される。ただし、百点以上は切り捨て。
いや、切り捨てなどどうでもいい。問題は属性数を乗算するということだ。ユーリは属性無しである。いくら魔力量が多くても0を乗算して0点なのだ。なので魔法学園に行くことはほとんど諦めていた。
しかし、足切りは300点『未満』。そう、『以下』ではなく『未満』である。
もし、もしもだ。魔力適性点が0点でも、他が満点なら300点。足切りにはひっかからない。
もちろん、301点以上の人が200人いた時点で、不合格は確定である。
しかし、可能性はゼロではない。ゼロではないのだ。
魔法学園に行き魔法を学べば、この己の内側に渦巻くものが何なのかを知ることができるかもしれない。もしかしたら、魔法も使えるようになるかもしれない!
興奮した頭で考えて、考えて、……そしてユーリは寝た。
なにせまだ5歳なのだ。睡魔には勝てなかった。
◇
「パパ、お願いー……けんじゅつ、おしえてぇ……」
翌朝、ユーリは早速父に頼み込んでいた。
土下座で頭を地面に付けて……なんて頼み方はしない。父と母にお願いをするときには、小さな身長を活かし、少女のように愛らしい顔を活かし、足にしがみついて涙目で見上げるのが一番効くのだ。
それをユーリは心得ている。
暫く目を開けっ放しにすれば、目がしばしばしてきて涙を出せるのだ。
ユーリは自分の武器を使いこなしていた。
「うーむ、しかしだな。ユーリはまだ小さいし、体も出来上がっていない。十歳になってからでもいいんじゃないかな?それまでは体力づくりだけにしておこう。うん、それがいい」
父は足にしがみつくユーリを見ないように視線をそらし、しどろもどろにいう。
十歳じゃおそいの! 七歳までに必要なの!
そう叫びたい気持ちをぐっと押し殺し、ユーリは泣き落としを続行する。
父の太い足にしがみつき、太ももにおでこをくっつけ、ぐすん、と鼻をすする。その後に『ふえぇ』と声を漏らすのがコツだ。
「パパぁ……だめぇ……?」
「う、ぐぅ……しかし、どうしていきなり剣術なんだ?」
「お姉ちゃんとおなじ、魔法学園に行きたいの……お姉ちゃんと同じとこがいい……」
「いや、だけど、ユーリは適性がないからなぁ……試験に合格するのは、その、言い難いが、難しいと思うぞ……?」
「がんばるもん……」
「がんばるって言ったってなぁ……」
父は困惑し、ポリポリと頭をかく。
「一回受験してだめだったら諦めるから……おねがい……」
「うーん……でもなぁ……」
二年前の鑑定式以来、父も母もより過保護になった。それ故に、ユーリが少しでも怪我をしそうなことはさせたくないのだろう。
なかなか堕ちない父に、ユーリ次の手を打つ。
「おねがい、ねぇ、おねがいー……」
足にしがみついたまま、身体を左右に揺らすのだ。
かわいい、これはかわいい。
「く、くそう! 母さんどうしよう! ユーリが可愛い!」
「あなた! ユーリが可愛いのは当たり前よ!」
突き抜けた親バカである。
しばらくの問答のあと、ついに父は堕ちたのだった。
◇
ユーリの父、シグルドは強い。
なぜこんな辺境の小さな村で自警団の団長をしているのか理解できないほどに強い。
昔は冒険者をやっていて、たまたま立ち寄ったベルベット領都で、たまたま買い物に来ていたフリージアに出会い一目惚れし、引き止めるパーティメンバーを振り払ってマヨラナ村に来たとかなんとか。
こんな村からベルベット領都に買い物に行くことなんて年に一回あるかないかだ。
父は母と目があった瞬間に運命を感じたらしい。母の方は目が合ったことすら認識していなかったようだが。
「よし、じゃあ最初はかるーく身体の動かし方からやろう。優しくするから大丈夫だぞ」
「やさしくしないで、きびしくして」
さっきまでの涙目はどこへやら。ユーリはスンとした表情で言う。
「いや、しかしだな……」
「やさしくしたら、パパのことキライになる」
「それはこまる!」
シグルドは暫く腕を組んで考え込んだ。
ユーリはその間にストレッチをする。無理して体を壊したら何日も無駄にしてしまう。それは合格から遠ざかるという事だ。全てを万全にする必要がある。
「よし、そうだな。うん、まずは眼からいこう」
「め?」
身体を鍛えるのに、眼からとはどういうことだろうか。
「よし、ユーリ。パパの方をしっかり見てるんだぞ」
「うん」
ユーリは5メートルほど離れた所にいる父を見る。脱力して手をプラプラしている父を。
いつ見てもマッチョだなー。
なんて、ユーリは呑気なことを考
「フンッ!!」
「へっ?」
拳がユーリの目の前にあった。
瞬きはしていない。なのに、一瞬で目の前に父がいて、拳を突き出している。ユーリがそれを認識する前に、拳の風圧がゴウと吹き、ユーリの白い髪を激しくなびかせた。
思わずペタンと尻もちをつく。
「とまあ、見えないことには何もできない。まずは眼を鍛える訓練をしよう」
そういう父の言葉も耳に入らず。
「ふ、ふえぇぇぇぇぇん!」
「ゆ、ユーリ!?」
ユーリは泣いた。ビックリしたのだ。5歳の子供にやっていいことではない。
◇
「ぐすっ、もう大丈夫」
目と鼻を赤くしたユーリが泣くのをやめて立ち上がる。ユーリが泣いている間、シグルドはというとずっとオロオロしていた。
「大丈夫か? 今日はもうやめとくか?」
「ううん、大丈夫。やる」
「そ、そうか……」
ユーリの目標は、魔力適性点が0点でも合格すること。つまり魔力適性点以外満点である。最高得点が、最低条件だ。こんな事でへこたれている場合ではない。
「それじゃ、俺の姿を目で追えるようになったらクリアだ。行くぞ」
シグルドは高速で移動し、ユーリに突きを放つ。また移動し、放つ。
寸止めしてくれると信用はしているが、怖いものは怖い。
ユーリもの凄い恐怖と風圧に耐えながら必死で目を開いていた。集中し、父を見る。
ただそれだけの訓練だが、背中にはビッシリと汗をかく。
そんな訓練が始まって、2時間ほどたっただろうか。見ているだけのユーリは汗びっしょりだが、父は息一つ切らしていない。
そしてついに……
「!」
ユーリの瞳が、シグルドを捉えた。
シグルドが動いた瞬間に、動いた方向にただ視線を移動しただけ。
たったそれだけだが、ついに『視えた』。
何回も何回も眼前に迫った拳が、今回は開かれてユーリの頭にポンと乗せられた。
「すごいぞ! よく見えたな!」
シグルドは歯を見せながら笑い、ユーリの白い髪を乱暴にくしゃくしゃとかき回す。
ヘトヘトになったユーリは、ぺたんと地面に座り込んだ。
ユーリは思った。父は半端じゃなく強い。2年間しっかり訓練すれば、戦闘技術100点だって、夢じゃないかもしれないと。
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