第3話
カコ、カコン!
硬い木材がぶつかり合う音が響く。
フィオレが魔法学園の試験に出発した日から一年がたった。結局あれからフィオレは帰ってきていない。無事に魔法学園に合格したのだ。
定期的に届く手紙によれば、学園に揉まれながらも楽しくやっているらしい。
友達も出来たとのこと。
その手紙を読んだシグルドが
『変な男じゃないだろうな!? 冒険者になるくらいしか能がないやつだったらどうしよう!』
と狼狽えていた。
ユーリは思う。自分だって冒険者やってたじゃんと。
ユーリの訓練は順調に進んでいた。
動体視力を鍛える訓練の後は、自分の思うように身体を動かす訓練をした。最初は地味な訓練だった。
地面のある一点を人差し指で突くだけなのだ。ゆっくりと、全く同じ点を。
ユーリは最初、こんなの意味がないじゃん、と思っていた。簡単すぎてやる意味などないと。しかし、これを少しずつ早くしていくと、突く点がぶれるのだ。
全く寸分の狂いもなく高速で突けるようになるまでこの訓練は続いた。この訓練、ユーリは合格点がもらえるまでに結構な時間がかかってしまった。
というのも、ユーリはこの訓練が退屈すぎて魔力をこねこねし始めてしまうのだ。
地面を突きながら、魔力をこねこね。
同じ的を殴りながら、魔力をうねうね。
回し蹴りをしながら、魔力をもみもみ。
さながら、授業を受ける子供が手遊びをするように。
そのうちにユーリは魔力を操作するのが癖になった。
日常生活を送りながらはもちろんのこと。父との訓練中も、魔法学の勉強中も、お風呂のときも、トイレのときも。
細かい操作は無理だが、眠りながらでもある程度操作できるようになっていた。
しかし、それだけだ。この魔力と思わしきものを何かに使えたことは一度もない。
「よし、ここまで。かなり的確に動けるようになったな。すごいぞユーリ!」
「はぁ……はぁ……」
ユーリは地面にペタリと座り込み、シグルドに問う。
「パパ、僕、強くなれてる?」
「ああ、もちろんだ!」
「パパと比べてどのくらい?」
「え……っと、うーんそうだな……」
シグルドは答えにくそうに頬をかく。
「大丈夫。ほんとのこと教えて。パパいつも言ってるでしょ、『自分の力を正しく把握しろ』って」
「そうか、うん。そうだな」
ユーリの言葉に、シグルドは少し考えて答えた。
「父さんの百分の一くらいには、強くなれてると思うぞ、うん」
ユーリはゴロンと仰向けに転がり、青い空を眺めた。
遠すぎる。父の1%にしかなれていない。
こんな調子で魔法学園の試験に合格できるのだろうか。
シグルドも考える。この調子でいいんだろうか。ユーリを合格に導けるのだろうかと。
しかしこの二人、大きすぎる勘違いをしていた。
父、シグルドは確かに強い。
強いが、強すぎるのだ。
目の訓欄と、体を動かす訓練を完璧にこなせるようになったユーリは、それだけで同年代に負けることなどないだろう。
父より遅い拳を見て、避けるだけでいいのだ。そこらへんの冒険者ではユーリに攻撃を当てることは難しい。
何故二人がこんな勘違いをしているのかというと、まず父シグルドだが、強すぎて他人の強さを測れないのだ。
例えるなら、世界一高い山の上から、地上の建物の高さを見比べているようなものだ。父からすれば、犬小屋も高層ビルも、どちらも『小さな建物』にしか見えない。分かるのはどちらも圧倒的に自分より低いということだけだ。
そしてユーリだが、友達がいない。
適性無しの落ちこぼれと鑑定されたことも理由の一つではあるが、それよりも大きな理由がその容姿である。
可愛い。可愛すぎた。なので、村の男の子は仲間に入れてくれない。
『お、お前見てるとなんか、変な気持ちになるんだよ! こっちくんな!』
といった具合である。
小さな村の幼気な少年達の性癖に、新しい扉を開きまくっているユーリである。
そして女子も近くに来るのを嫌がる。
『男の子のくせに私より可愛いとか生意気』
との理由だ。当たり前である。自分より可愛い子が隣に来てしまえば、比較して自分が醜く見られるのだ。しかも対戦相手は男の子。プライドがゆるさない。
といったわけで、ユーリには友達がいなかった。友達がいないので、同年代と比べた自分の強さなど分かりようがないのだ。
勘違いした二人の訓練は、どんどん激しい方向に加速していくことになる。
◇
そんな訓練と勉強漬けの日々を過ごしていたユーリだが、運動前の準備体操で軽く走っている時、いきなり顔面からコケた。
「ぐえっ!!」
ユーリは混乱する。自分はただ軽く走っていただけである。なのに、急激に加速したのだ。
「え? え? いまの、なに?」
鼻血を出しながら、軽く走ってみる。こけない。思いっきり走ってみる。こけない。
さっきの急激な加速はなんだったのだろう。
もちろん、突然筋肉がついたわけではない。
そうなると、理由は……
「もしかして……魔力?」
確かにさっき、無意識に足の方に魔力を集中させていた。
いつものように、こねたり、形を変えたりしながら、何をした?
自分は一体何をした?
興奮で手を震わせながらユーリは考える。
今まではただ、体内に流れる魔力を捏ねて動かしていただけだ。さっきは、足に、足の筋肉に、練った魔力を『染み込ませた』
いや、そんなことは前から試していたはずだ。ただ、いつも魔力は素通りしていた。ただ体内を蠢いていただけだ。いつもと何が違う? どうかわった?
変わったのは、多分、体の構造への理解と、意志?
いつものようにジャンプする。いつものように少しだけ跳べる。
今度は魔力を太もも、ふくらはぎの筋肉に浸透させ、筋肉を強化するようにイメージ、そして……
「跳ぶっ!!」
跳んだ。
ユーリは跳んだ。高く。
……十メートル程も。
「できたあああぁぁぁ!!」
「ユウウゥゥゥリイイイィィ!!」
玄関から出てきた父が見たのは、高所から落下している最愛の息子であった。
鬼の形相で踏み込み、ユーリが地面に落ちる前になんとかキャッチ。
紙一重であった。
「ユーリ! どうした!? 大丈夫か!? 何があった!?」
「あは! あははは! あははははははは! できた! パパ! できたよ!」
ユーリが魔力による身体強化を覚えた瞬間であった。
◇
ユーリは自分が魔力によって高く飛んだ事を説明した。
筋力を強くすることで、強い力を得たことを。
「ふむ、体内の魔力を筋肉に通して強化する、か。確かに魔力による身体強化の部類だが……パパの使っている魔力強化とはちょっと違うかもしれないな」
「そうなの?」
「パパは別に、早く走ろうと思って足を強化したり、強く殴ろうと思って腕を強化してるわけじゃないんだ」
「じゃあ、どうやってるの?」
「簡単だ。全身を強くするんだ。というか、ユーリは器用だな。足だけを強化するなんて。そんな話聞いたことがない! すごいぞユーリ!」
父はユーリを高い高いして褒める。そして、今度は真剣な顔でユーリを見て言う。
「だけどなユーリ、多分そのやり方は危険だ」
「え、そうなの?」
「ああ。何故なら強化しているのが足『だけ』だからだ。たとえば、全力で走ってコケたときのことを考えてみろ。全身を強化していれば、当然頭も胸も腕も強化している。多少の衝撃には耐えられるだろう。でも、足だけだったら?」
「強化してないところは弱いままだから、大怪我する……」
「そうだ。さっきも危なかったぞ? 頭から落ちてたら大怪我をするところだった」
ユーリはぞっとした。
無邪気に笑っていたが、たしかに、落ちたら良くて骨折、運悪く頭から落ちれば最悪死亡だ……
「き、きをつける……」
「ああ、そうしてくれ。父さん肝が冷えて凍っちゃったぞ! ハハハハ!」
父はユーリを降ろすと、頭にポンと手をおいた。
「しかし、それができることは凄いし、これなら普通の魔力強化はすぐ覚えられるだろう。パパてっきりユーリには魔力がないと思っていたから、教えるつもりはなかったんだがな」
「ほんと!?」
ユーリは大いに喜んだ。これで戦闘技術点を上げられるかもしれないからだ。父からいわゆる『普通の』身体強化を教えてもらえればその可能性はぐっと上がる。
「魔力強化はな、魔力をこう、グワーっ! てやるんだ! グワーッてな! よし、やってみろ!」
「……へ?」
「どうした、ほら。体の中から、グワーっとしてみろ!」
あまりに抽象的すぎる説明に、ユーリはぽかんと口を開けた。
「む、パパをうたがっているな? 大丈夫だ。足だけを強化なんて器用なことが出来るユーリならこれでできる!」
「う、うん……」
ユーリはやってみた。
体の中から魔力をグワーっと。
そんな簡単な方法で出来るはずが……
「……う、うそ」
出来た。
いとも簡単にユーリは身体強化を覚えたのだ。
「なんで……こんなに簡単に……」
「いや、簡単なことではないぞ。普通は、魔力をグワーっとして、それで強化できるまでにかなりの時間がかかるんだ。でもユーリは足の強化でそもそものコツを掴んでいたから、すぐ出来たんだと思うぞ」
「そっか……そっか! 出来たんだ!」
強化した身体でユーリは喜ぶ。ピョンピョンと飛び跳ねながら。1メートルほど飛び跳ねながら喜んだ。
しばらく喜んだあと。ユーリは思った。父、ずるくない?と。
何故なら、今までの訓練でも魔力強化をつかっていたはずである。この前の手合わせのときも、ありえないくらいの速さで動いてたし。
「ずるい」
「ん? どうしたユーリ?」
「パパ、ずるいよ。稽古のときに魔力強化してたでしょ。勝てないに決まってるよ」
口をとがらせてユーリは拗ねる。しかし、そんなユーリに父は首を傾げた。
「いや、ユーリとの訓練で使ったことはないぞ?」
「へ?」
「うん?」
しばしの沈黙の後。
「うん、そうだな。せっかく魔力強化が使えたんだ。今度は魔力強化有りで今までの訓練をしよう! ユーリ、パパの動きをよーく見ておくんだぞ」
ユーリは見る。父を。
どこか、身体から闘志を漲らせているように見える父を凝視する。
ボッ!!
「ふぇ?」
見ていたはずだった。見えるようになったはずだった。
しかし、何も見えなかった。
気がつくと目の前には父の拳、そして、目の前で爆発が起きたかのような風圧。
ユーリはペタリと地面にお尻をついた。腰が抜けたのだ。
そして……
「ふ、ふええぇぇぇぇ!!」
ユーリは泣いた。一年半前と同じように。
そしてまた始まるのだった。動体視力の訓練が。
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