第11話(2)

 ジョージが嬉しそうに笑った。それは、ひぇっひっひっ、といういつもの笑い方ではなう、がっはっはっ、という豪快な、気持ちの良い笑い方だった。



「そうですかい。リリ女王、あんたがたった一度で良いって言うんなら、マークと会う機会を設けてやらなくもない」



「ほんとに!」



 ジョージの思わぬ提案に私は思わず身を乗り出して聞いた。反射的に体が動いたのだ。



「ジョージ! いい加減なことを……」



「リスクは大きいですぜ!」



 叫ぶトーアの声に被せてジョージは言った。

「リリ女王が約束を守るってんなら、俺は全力で機会を作るって約束しまさぁ。だけどもそっちはそっちで動いてもらわなきゃ叶わない。

 例えば……ここにいる3人の女軍人さんの協力……とかね」



 ジョージがトーアを初めに、キナとラミトを見渡し彼女らの反応を伺っているようだった。



「なにが言いたい」



 キナが銃を下ろす変わりにぐっさりと刺すような、尖った口調でジョージに言った。



 普段は私に柔らかく話し掛けてくれるけれど、彼女たちの軍人の側面を私は初めて垣間見た。



「ひとつ、絶対的な条件があるんでさぁ」



「言ってみろ」



「俺を生かして帰してくれる……こと」



 トーア達は顔を見合わせて、誰もがフッと微かに笑った。私にはなんでトーア達が笑ったのかはわからなかったけれど、なぜかジョージも笑ったのでなんとなく一緒に笑った。




 パァン、という銃撃音で私は現実に引き戻された。



 訓練での発砲の音だということに気付くまで、ほんの数秒を必要としたけどすぐにここが現実なのだと目が覚める。



「本当に会えるのかな……。会っていいのかな、トーア」



「私は反対よ、リリ。だけど、誰よりも愛を説く貴女が最も求める愛の形を与えないで、どうして戦える? 答えは簡単よ、全てを終わりに導くため。そのために私を貴方に捧げるのよ」



「……私には難しいわ。トーア」



「すぐに難しいといって複雑なことを考えなくする……貴女の悪い癖ね、リリ」



 トーアの指摘に私はおかしくて笑ってしまった。でもおかげでなんだか少し楽になったような気もする。



「ありがとう、トーア」



「お礼を言うのはまだ早いわよ。リリ」


――And I 've been adventure the world and Kimi to Boku

By laughing and crying

We I 've been holding hands at any time

Whether someday someday


If I one morning wake up and I 'm not Kimi is in this world

A hard thing, but does not come to look even try hiding in an attempt to Odorokaso


Ah -kun I 'm would fall in one day deep sleep

And then I 'm not wake the other eye

Me and the world that we have adventure until now I 'm do not have to fight alone

 私の歌う歌に目を閉じて聴いてくれる人は、日に日に増え、その数が両手と両足の指を折って数えられなくなった頃、ヴァルキリーサークルは発足した。



 戦争を失くすための隊を、組織を作る。



 それが大儀なのか、私にはわからなかったけれど、この世界から戦争が無くなるのなら、私がどんな風に扱われてもいいと思った。



 この歌が届くのは、いつだろう。



 この歌が貴方に届くのは、いつなのだろう。



 マークと会えることを今から想像してみるけれど、私は一体彼にどんな言葉をかけることが出来るのかな。



 なんて話せばいいのかな。



 

 アーレアから久しぶりに入電があったその日は、雨が降っていた。



 コンクリートが温度を奪う寒い日で、コンクリートの壁が雨を吸う度に余計に体温を奪ってゆくような気になる。そんな憂鬱になる日だった。



「いつまでワルキューレ役をしているつもりだ」



 アーレアの言葉は、入電を重ねる度に温もりを失くし氷のような冷たさで、私の肌を凍らせるようだ。



「私には、分かりません。今の自分の立場も、置かれている状況も。私が戦地に立つことで、戦争が無くなるなにかのきっかけになれば……。

 最初は本当にそれだけだったんです。でも、それが今もそうなのかと言われると……わかりません」



「お前は奴らの戦う理由にされているに過ぎない。なにか理由をつけて、自分たちの戦争を聖戦だと思い込みたいだけだ。お前はそれに利用されている。

 なにがヴァルキリーサークルだ。お前は武器を持たないし、誰も傷つけない。

 なのにお前を女神だと祀り、お前を守るために戦うと言いながら、結局は敵の兵士を殺して前進してゆくんだ。……リリ、もう戻ってこい。

 一緒に民衆の先頭に立ち、私と共にこの戦を終息させるのだ。ヴァルキリーとまで呼ばれるようになったお前となら、きっと容易いことだ」


「……一度に沢山言われても、難しいですわ。アーレア将軍」



「相変わらず、困難なことは途中で思考を止めるのだな。だが、そのせいでお前の周りを誤解させているのだ。私が命令を下せば、お前は強制的に戻らせることは出来たんだ。

 それをなぜ今までしてこなかったのを、よく考えておくのだな。また入電する、その時までにはいい返事を聞けると信じているよ。リリ」



 私は、マークへの愛と、アーレアへの愛を比べるのが恐ろしかった。



 なぜなら、比べるまでもなかったからだ。



 結婚をし、何年も共に過ごしてきたアーレアと、たった一度夜を共にしただけのマーク。



 比べるまでもなく、普通ならばアーレアを愛すのだろう。



 だけど私は、マークを愛してしまった。

 ――愛とは、他に与えるもの。



 クリスは言ったわ。全てを愛せよと。



 だけど神様、私はたった一人しか愛せないの。



 人に対して平等に愛することは出来る、出来るわ。だから私は、人が死ぬのが悲しいの。



 泣いてしまうの。



 だけど、愛する男の人……恋人はただ一人。



 それがアーレアじゃなくて、マークだって私は分かってしまったのよ。



 ジョージが会わせてくれるって、マークは生きているって教えてくれたあの日、私は全てを理解してしまったの。

 その頃の私は、戦地に行くことはほとんどなく、ヴァルキリーサークルの拠点で飾り物の人形のような扱いだったわ。



 目の前で人が死ぬことも、身近で誰かが死ぬことも無くなった。



 どういう訳か、ヴァルキリーサークルでの戦死者はほとんどいない。



 私という《モノ》が、この戦争に於いて本当に必要なものなのか。次第に分からなくなっていた。



 アーレアの言うように、私はただの《戦う理由》として存在しているのではないのか。



 そう思うとたまらなく心臓が縮みそうに苦しくなる。



 マークやニック、私の大事な人がいなくなり、トーアやキナという新しい大事な人が出来た。


 だけど、トーアもキナもラミトも、私がいるから戦っているのだとしたら……?



 拠点に駐屯している兵士で、イチタ少尉とトーア、キナにラミトは私と同じく特別な作戦の時を除いては、ほぼほぼこの場所から離れはしない。



 彼らが戦いに赴かないのは嬉しかったし、彼らが死ぬ可能性が低いという現実は、あの時に比べれば私の心を救った。



 でもそれは、戦地に赴く兵士が減ったということではない。



 ただ内と外の人間が数人、入れ替わっただけなのだ。



 それなら、私がいることで戦死者が減ったなんてことも、全ては希望的な想像なんじゃないだろうか。



 なぜなら、私が女神ではないことは、私が一番よく解っているからだ。

「マーク……会いたい……」



 雨の水分を含んだ風が身体を冷やすのに、私の震えは寒さからくるものではなく恐怖から来るものだ。



 この恐怖は、死の恐怖。



 人の死が運ぶ恐怖。



 どうか誰も死なないよう……。

 雨の日が数日続いた少し湿気が名残惜しそうに地に貼りついていた頃、三度ジョージが尋ねてきた。



「リリ女王、パームライズホールに招かれたら……その地を訪ねることは可能で?」



「パームライズホール……ですか?」



 トーアが「世界に2国しかない中立国よ」と私に教えてくれて、私はその名前を思い出した。



「知っているわ! 戦争が始まるずっと前にダンスパーティーに行ったことがあるの!」



 唐突に想い出した。



 パームライズホールとは、他の国よりも土地が低く砂漠体のように乾燥した地帯のため、穴のような地ということで【ホール】がつけられた変わった国だ。


 パームライズホールでは、リールダンスという変わったダンスが盛んで、それを見にやってくる観光客も多い……とニックが言っていた。



「パームライズホール……リールダンスね!」



「おお、リリ女王。よくご存知でさぁね。そうです、リールダンスの地。

 だが、ここで大きなダンスパーティがあるのです。しかも中立国らしく【仮面舞踏会】だそうでね」



 ジョージは笑いながら、一枚のチラシを取り出し「APでもBWでもない、正真正銘パームライズホール国主催のイベント。要人が参加することは叶いませんが、俺のような庶民レベルの民間人ならほぼ無条件で参加できるんでさぁ」



 ラミトとキナが顔を見合わせて、無言の会話を交わし、そこにトーアが割って入り、眉間にしわを寄せた。



 ジョージは私に距離を詰めると、黄色い歯を見せて笑った。


「ここに……マーク・ウォーを呼びます。ダンスが得意なタイプにゃあ見えなかったが……ステップくらいは踏めるでしょう。リリ女王、彼にダンスを教えて頂けますか?」



 その言葉にトーア達を見た。



 苦笑いではあったけれど、トーアもキナもラミトも、みんな笑って頷いてくれた。



「行く! 行くわ! 絶対に絶対に絶対!」



「その返事が聞けただけでもやりがいあるってなもんです。きっちりギャラはもらいますがねぇ」



 細くした目でジョージはトーアを見詰め、トーアは「報酬はヴァルキリーサークルとして出す。心配するな」と言った。



「そんな、心配だなんてとんでもない! なんなら私はノーギャラでもいいくらいだったんだ! リリ女王さえ喜んでくれれば、ね。だけど……まぁ、私も入用があるってことで……」



「ふん」



「トーア、ジョージと仲良くしてあげて。ジョージは悪い人じゃないわ」



「解っていますよ。金に汚いだけでしょう」



「ひぇっひっひっ」



 ジョージが可笑しそうに笑うものだから、私も一緒に笑ってしまった。



「ひぇっひっひっ……こうやって笑うの?」



 ジョージの真似をして笑うけど上手くいかない。いつも面白い笑い方だなーって思っていたから、真似しようとしたの。



「リリ女王、私の真似なんかしてもなんの得もありませんぜ。だけど、どうしてもというのならコツはこうです。ひぇっひっひっ」



「ひぇっひっひっ!」



 私達のやりとりにラミトとキナも笑った。



 トーアもやれやれ、といった様子で苦々しく笑ったけど、この5人が笑ったのはこの時が初めてだった。私は、それが嬉しくてたまらなかったんだ。



「パームライズホールには、各国一度に3人までしか入国出来ないと言う制約があるんです。俺が行くのは必須として、後はリリ女王とあと一人……」



「私が行く」



 やっぱりトーアが手を挙げた。



「やったぁ! トーアと行きたかったんだ!」



「あまりはしゃいではダメよ、リリ」



「ここではしゃがなかったら、多分一生はしゃぐ場面なんてないわ!」



 トーアの手を取ると踊るようにくるくると周り、その姿がコミカルだったみたいでラミトとキナも堪え切れずに声を出して笑った。



「今からダンスの練習しなきゃ!」






【続く】

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