第11話(1)




 ――弾丸が当たらないのは君に会いに行くためさ。



 ――パッフェルフェンダーをはるばる超えて、愛しい君に会いに行くのさ



 ――溶けないように包んだひとかけらのチョコと、枯れないように乾かした真っ赤なダリアを持って。



 ――僕は君に会いに行くのさ。弾丸の雨も、槍の風だって僕をよけてゆくのさ。



 ――君にチョコを、君に花を、君にキスを。



 ――にっこり笑った後に一発の銃弾が僕の命を奪ってゆくのさ



 ――僕は君に会いにいくよ。愛を確かめに行くよ。




 夢の中でその歌を歌っていたのは誰だろう。



 とても懐かしいような気がするんだ。



 どこかで聞いた声のような気もするし、初めて聞くような気さえするの。



 ……私が目を覚ました時、かさかさと乾いた涙の跡が目から目に向けて道を作っていた。



『僕は君に会いに行くよ。愛を確かめに行くよ』



 初めて聴いた歌が、夢の中だとは。



 こんなに不思議な体験は初めてだった。



 

「ヴァルキリーサークル、第2連隊!」



「はっ!」



 規則正しく同じリズムを刻むように第2連隊はイチタ少尉の前に整列した。



 幾十もの瞳が真っ直ぐにイチタ少尉を見詰め、次の号令を待っている。



 その瞳には、確固たる決意と覚悟、そして忠誠心が滲んでいて、そんな彼らの目にイチタ少尉は顔や口には出さないが、満足そうだ。



「我らの正義は」



「ここにあり!」



「我らの命は」



「女神にあり!」



 私はそういうつもりではなかった。戦場で戦いの象徴になりたかったわけじゃない。ただ、私は戦争を……。




「リリ」



 名を呼ぶ声に振り返るとトーアが心配した様子で私を見詰めていた。



 なにかを言おうとしているけれど、なんと言葉をかければいいのかわからずに佇んでいるようだ。



「トーア……。ごめんなさい、私……心配かけちゃうような顔してたのよね」



 トーアは「そんな……!」と続かない言葉を言って、無言に戻ってしまう。



 彼女の様子を見て、私に対してなにを気にしているのか気付いていた私は、いつもと同じように笑って見せ、「大丈夫だから、どうか気にしないで」



 それでもトーアはなにかを言いかけたけど、すぐに首を横に振って私に笑い返すと黙ってその場を離れた。



「撃ち方、構えろ!」



「サー!」




 ジョージが再びキャンプを訪れたのは、昨夜のことだ。



 すっかり拠点を持つにまでなってしまったヴァルキリーサークルに、キャップを頭にちょこんと乗せただけのジョージは私を見つけると、血相を変えて走り寄ってきた。



「あははあ~、リリ女王様! お望みの《弾丸の当たらない男》の情報をお持ちしましたよ~!」



 嬉しそうに口の端を釣り上げながらジョージが言いながら距離を詰めるのを、トーアやラミトが止める。



「おおぅ、なんだい? 私はなにも危険物も武器も、なにも持っちゃいませんぜ? ……ああ、そういえば尻のポケットで温めたコニャックならあったな。ある意味これは危険物ですかい? ひぇはっはっ」



 トーアとラミトがやや呆れ顔で私を見詰め、ジョージの持ち物を調べていたキナが持ち物におかしなものが入っていないことを、頷いて合図した。



「離してあげて、トーア、ラミト。それにジョージのそういう感じ……嫌いじゃないの」



 やっぱりトーアはなにか言おうとしたけど、口をまた結んだ。これがトーアの癖なのだ。



 彼女はいつもなにかを言おうとはするが、思いとどまる。

「理解があって本当に助かりますよ、リリ女王」



 ジョージがお尻のポケットからちゃぷちゃぷと音を鳴らしながら、ブランデーの入ったスキットルを見せた。



「これが危険物でない証拠に、ここで私が飲んで見せましょう~。なに、大丈夫です。もしもの場合、爆発して死ぬのは私だけですんでねぇ。どれどれ、危険物のお味はと……」



 ボトルの蓋をあけてそれを飲もうとするジョージをラミトが「いい加減にしろ」と制する。



「いいの、飲ませてあげて。折角のお客様なのに私からなにか飲み物を出すことも出来ないから」



「なんとお優しい。その優しいお心の沁みたコニャックは実に美味い」



 口元を拭うジョージの口元には、コニャックで濡れた顎髭がてらてらと光っていた。

 ジョージがトーアとラミトの立つ間の席に座り、テーブルにこつんとスキットルの底を鳴らして置いた。



「リリ王女はお年柄、まだ酒は飲まないでしょうが、コニャックっていうのはね、ひと肌くらいの温度が一番、香りが上がって美味いんだ。だからいつもこのスキットルに入れて尻で温めてるってわけなんです」



 ジョージの話はいちいち興味深かった。彼の言った通り、飲酒の許される齢ではなかった私には、コニャックの話は初めて聞く話で、興味深い。



「……素直で純粋そのもの、という目ですな。その瞳で見つめられると、流石の私も嘘を吐けなさそうだ。

 いや、けれど、これでも私はメッツ国内でも正直者として有名でね。どうぞ私の言葉は全て真実だと受け取ってほしいものです」



 調子よく口から踊る言葉は、やはり私の今までであって来た種類の人のそれではなく面白い。そういえば、しばらく私は冗談を言うような人と話をしていなかったのかもしれない。



 ……冗談といえば、マークは冗談を言うタイプの男ではなかったな。



 また私の中でマークが蘇り、それを振り切ろうとジョージに対して「それで……なにが分かったんです?」と尋ねた。



 カラカラと空回りするような音でスキットルのキャップを閉め、ジョージはコンコン、とテーブルを鳴らすと愉快そうな顔で笑った。



 その顔を見た私は、単純になにか楽しいことや嬉しいことを話す顔なのだと思った。



「この男……マーク・ウォーですぜ」



 例の弾丸の当たらない男の写真を指でコツコツと差し、ジョージは私の顔を楽しそうに見詰めて笑うのだった。



「マーク……ウォー……?」



 自分の口以外から聞くのは、初めてだったかもしれない。……いや、ニックが一度言ったのかもしれなかった。



 だけど、そんなことはとてもどうでもいいことで、肝心なその名前をジョージが口に出した時、それが誰の名なのかがピンと来なかったのだ。



「おや? マーク・ウォーを知らない? それはおかしいですな」



 ジョージは意外だという顔で少し驚いていた様子だった。



 だけど次第に私の顔から冷静さが消え、赤みを帯びてくる過程を見ていたジョージが驚いた顔を撤回するかのように目を細めた。



「なぁんだ、やっぱり知ってるじゃあありませんか。リリ女王」



 同席したトーアとラミト、キナはジョージの言っている内容を理解出来ずに顔をちらほらと見合わせている。だけども、その時の私はそんなトーア達の動きに気を向ける余裕などなく、気が付いたら大声でジョージに叫んでいた。



「マーク! マークを知っているの!?」



 もう二度と会うことも、その名を聞くこともないだろうと思っていたマークの名を言ったジョージを見る目が、この視界がくすみ、ぼやけてゆく。



 はっきりと見えていたはずのトーアやラミトの顔も、すりガラスの向こうにたたずむようで、まるで顔が見えない。



「リリ!」



 トーアの私を呼ぶ声を打ち消すように、「マークに……マークに会いたい! ジョージ、マークに会わせて!」と叫んだ。


 ジョージもまさか私がここまでの反応を見せるとは思っていなかったらしく、目を見開いたまま、スキットルがテーブルの上で倒れるのも気にせずに固まっていた。



 やがて我に返ったジョージと、頬を伝った涙で自分が泣いていることに気付いた私が、同時に乾いた唇を軽く舐めずった。



「本当にこれが……マークなの?」



「本当さ、リリ女王。なんてったって俺は本人に会って話をしてきたんだ。嘘なんかあるわけがないさ」



 倒れたスキットルを漸く立て直し、ジョージが先ほどと比べて控えめな笑みで私に笑いかけた。感情が昂ぶってしまった私を気にかけてキナが肩を抱いてくれたので、私は彼女の手に触れ「ありがとう、でももう大丈夫」と涙を拭く。



「なぜマークがBWに……ううん、マークが《弾丸の当たらない男》?」



「皮肉なもんですなぁ、リリ女王。貴方が女神として崇められているヴァルキリーサークルは《戦死しない部隊》で、あっちは《弾丸の当たらない男》ときたもんだ。

 やっぱり、愛する二人だから……ということですかな?」



 皮肉めいた言葉にも関わらず、表情はとてもリリをからかっているように思えないジョージ。リリの真後ろにいたキナがジョージを睨みつけるが、ジョージはそんなキナと目を合わせる事すらもしなかった。



「リリ女王、貴方がマークがどこでなにをしているのかを知らなかったように、マークもまた貴女が戦争に巻き込まれているだなんて知らなかった。ひどく動揺してましたよ、マークも……」


「どうすればマークに会えるの……」



 ジョージは首を横に振ると、言い辛そうに髭の先端をいじりながら、痰の絡んだ咳をした。その後、少し私を見ると「あー……」と前置きのように置いて次のように言ったのだ。



「結論から言えば答えはNOです。現時点でリリ女王とマークが会うことは叶いません」



「そんな……ッ! なぜ……」



 ジョージに食い下がろうとする私を制したのは、キナとトーアだった。なぜ止められたのか分からなかった私は思わず二人の顔を交互に見る。



「リリ、黙って聞いていたけど……私もジョージの言うことに同感よ」



「キナまで……トーア、貴方もそうなの!? 私に「マークに会うな」というの?!」



 トーアは私の腕を掴んでジョージにそれ以上追及しないようにしながらも、私の顔を見なかった。



「……解って、リリ。貴女は今やAPの象徴、私達が正気で戦える唯一の象徴なの。そんな貴女が、愛しているとはいえBWの戦神と言われているマーク・ウォーと会わせる訳にも、会える手段もないわ」



 ジョージは私と目が合わないようにキャップのツバを目深に被り、ラミトも俯いたままで目を合わせてくれなかった。



「この話を知っているのは、ここにいる5人だけ。もちろん、私達は決してこのことを口外しない。そして、リリ……貴女もここから外で絶対にマーク・ウォーとの関係を話してはいけないわ。会いたいなんて、もっと言っちゃ駄目」



 トーアは、厳しい表情で私を真っ直ぐに見詰めた。その真っ直ぐな瞳が、口を開かなかったとしても全てを語っている。



「……もしも、それでも私がマークに会いたいと言ったら?」



「今ここで貴女を射殺して、その後で私も自分の頭を撃ちます」



 ひぇっひっひっ、と瞼を隠して笑うジョージは二人の会話を聞くと、口元だけを緩めた。



「APの女神がBWの戦神とファックした仲だって知れちゃ大事件だってことさぁ。

 残念だがリリ女王、そこの女軍人さんは本気さ。あんたのブランドが地に落ちちゃ、一度1つにまとまりかけたAP軍は、またバラバラに分裂しちまう。

 そうなりゃ、あんたも軍法会議モノだし、下手すりゃ吊るされちまうしなぁ。内部の分裂でAPの統制が崩れりゃお偉いさん方は、局地兵器を使用する理性を飛ばしちまうかもしれねぇ。

 だったら、ここで伝説の女神として名前を残したまま嫉妬に狂った女軍人の手によって無理心中ってしたほうが、よっぽどいいってわけだ」

「ジョージ、お前がここで死ぬこともちゃんとそのシナリオに入っているの? それはリリがここで約束してもしなくとも変わらないっていう絶望もね」



「ジョージを殺すって言うの……?! そんな」



 トーアの言葉に思わず口を出てしまう。私の目の前で知っている人が死ぬ……。それも戦いではなく、あくまで言う言わないのくだらないことで、味方が撃ち殺すというのだ。

 

 

 そんなものが正気であっていいはずがない。



「ダメ! 絶対にダメよ、トーア! 殺すなら私だけにして頂戴……ジョージも、トーアも……マークも……。もう、もう誰にも死んで欲しくないわ」



 トーアがジョージを殺す意思を告げたと同時に、キナがジョージに向けて銃口を向けていた。ジョージはというと、両手を上げ【降伏】のサインを出しているけど視線は私に釘付けになっていた。



「……驚いたな。リリ女王」



「勝手に喋るなジョージ!」



 キナが照準をジョージに合わせたまま叫び、ジョージはその怒声に口を閉じた。



 トーアもラミトも、そしてジョージも誰もがまた私を見詰め続けている。私はそれほどなにかおかしいことを言ったのだろうか。



「リリ、今は貴女を生かすか殺すかの話をしているのよ。ジョージのことはそのついでと言ってもいいくらいなの。いい? 貴女は今、自分の命を決断しなければいけないのよ。

 なのに、なぜそんなにもジョージのことを尊重するの」



 トーアは、少し悲しそうな顔でおかしなことを聞いてきた。彼女の問う理由が私にはあまりよく分からなかったのだけれど、ちゃんと話さなければジョージが死んでしまう。



 賢くない私でもそれくらいのことはわかった。

「なにを言っているのトーア? どんな理由があっても、人が人を殺す理由があっていいはずがないわ。マムが言っていたの、愛はどんな憎しみにも勝るって……。なのに人が人を殺す世の中が悲しくて、私は出来ることをしたくてここに居るわ。

 貴方達が私をAP軍の象徴だとするなら、それは私が戦争理由になっているということじゃないのかしら。

 もしも、……もしもそうなら。ここで死ぬべきなのは、ジョージではないわ」



 私の話に誰も口を挟まなかったので、構わずに続けた。



「だけど私という【人】を貴方という【人】に殺させたくないの。私が、マークと会うことで誰かの不幸になるのなら。死んでしまう人が増えるのならば、どうか私をこのまま放っておいて。

 私は誰に殺されるでもなく、誰に罪を背負わせるでもなく、自分で終わらせるのだから」



「……」



 キナが天井を見上げて銃を下し、トーアは私を後ろから強く抱き締めた。ラミトは相変わらず俯いたままだったし、ジョージは降伏を取り下げるように両手を下ろす。


「やれやれ……本当に《女神様》がいらっしゃるとはね」



 ジョージがひぇっひっひっ、と笑い右手の親指の爪で歯を鋤いた。



「愛深き、リリ女王。時に聞くが俺が望めばあんたの【愛】とやらをこの俺も受けることが出来るのかい?」



「ええ、もちろん」



「そうかい。じゃあ、俺ぁあんたとベッドで愛を語り合ってみたいんですがね」



 咄嗟にキナが「貴様!」と再び銃口を向ける。



「やめて、キナ! ……ジョージ、貴方は独身?」



「俺よりも太ったワイフと、年中ガンスミス・ボガードになり切ってモデルガンを話さねえチビが一匹でさぁ」



「じゃあ、私には貴方を愛するだけの資格と素質がないわ」



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