第10話




 私が戦地に送られて半年が経った。



 アーレアがその決断を下した時、不思議と私は嫌に思わなかった。



 だけど、悲しくて。悲しくて毎晩泣いている。



 この涙がどういう意味のものなのか、私には語る口がない。語るだけの資格がないんだ。



 だから、卑怯者の私は泣いているのを見つかったときのエピソードを、昔話のように照れ臭く、声も小さに語るしかできない。

「リリ、泣いているの?」



 ヴァルキリーサークルが発足する前。私が戦地に訪れて数週間が経った夜だった。



 アスカの班に所属するトーアが私を見つけて、震える背中に話しかけてきたのだ。



「……ううん、泣いてない……」



 トーアの突然の訪問にそう強がるので精一杯だったのだけれど、ひっくひっく、と情けないしゃっくりが止められず、無言のトーアがそれを嘘だと指摘しているようでもあった。

「そうよね。リリ、貴方はこんなところに来るべき人じゃない。私達は出来るだけ貴方を銃弾とは無関係な位置にいてもらおうとしているけど、私達は進行分隊だから同じ場所にずっと留まる訳にはいかないの。早く戦闘が解除されたらいいのに……」



 トーアは、突然送られて来た女王の私に精一杯気を使った言葉をくれた。



 ここでの私の扱いはとてもじゃないけれど、いいものであるとは言えなかった。



 それもそうだ。幾ら、戦地の中では比較的激しくない地帯だとはいえ、敵軍に進行しながら進軍してゆくこの部隊は、歩みを進めるほどに危険になってゆく。



 そんな中に同盟国の重要な要人であるアーレアの妻である私が突然送られて来たのだ。

 彼らからすればこれほど迷惑極まることはない。



 それでも私は出来るだけ、彼らの迷惑にならないようにしてきたつもりだ。



 戦地で、いくら私が特別な扱いを受けていたとしても、それでも環境は劣悪と言ってよかった。シャワーを浴びることも、マトモな食事をとることも、睡眠ですら満足にとることはできない。



 彼らのように訓練を受けた兵士ではない、一般人の私がこの生活に耐えられるはずもなかった。



 だけど、私はそれが辛いと思ったことはない。



 なぜなら私は命を賭けていないからだ。

 だけども、私が泣いている理由は自分がこんな環境に無理矢理置かれたことではない。



 直接生死の危険に晒されてはいないし、生活が辛いとはいえそれが嫌だと思ったことも一度たりともない。



 命を賭けて戦う兵士がいて、そのおかげで私は今生きているし、国の民たち……APの同盟国に属する全ての人達が自由に生きていけているのはみんな、戦地にて前線に立って戦っている兵士たちのおかげ……。全ては彼らのおかげだからだ。



 だから、私は泣いていた。泣いているのが知られないように、毎晩泣いていたのだ。

「違う……そうじゃない。トーア。私はここでの毎日が嫌で泣いているんじゃないの」



 字にしてしまえば、こんな風にスマートな台詞として書けるけれど、実際の言葉はなんどもしゃっくりに言葉の足を挫かれ、嗚咽で濁った声で度々みっともなく鼻水を啜る音で醜く語られた。



「違う……ではどうして泣いているの。リリ」



 当然、トーアはそう聞いた。



 トーアは優しい女性だった。こんな優しい女性が、戦場で戦士として冷たい鉛が込められた冷たい鉄の銃を構え、人を撃っているのだ。



 それは誰のせいだろう。きっと、それは……それは誰のせいでもない。

 酷く嗚咽に咳き込む私の背を撫でて、トーアは辛抱強く私の次の言葉を待っていた。



 彼女の優しく温かい手で、少しではあるけれど私はなんとか落ち着きを取り戻し、自分でも聞こえるか聞こえないかの小さな声で、答えたのだ。



「カイロが……死んだ」



 トーアの手が止まった。



 トーアは声のトーンを少し下げると、「カイロと、仲が良かったの?」と尋ね、暗い部屋の中で私の顔を覗き込む。



 私は首を横に振ると、「話したことはない」と一言答え流れ続ける涙を拭くけれど、それは全くとして間に合わない。



「話したこともないカイロのために、貴方は泣いているの?」



 私はもう一度、首を横に振った。



「カイロのためだなんて……。違うわ、私が泣いているのはもっとシンプルな理由なの。子供じみているから、みんなの士気を下げちゃうから、私みたいな人間が戦線でこんなことで泣いていたらきっと邪魔になるから」



 トーアは黙って聞いていた。私のことをおかしな女だと思ったに違いない……そう思ったの。

「教えて、リリ。シンプルな理由ってなに? 笑ったり、怒ったり……そんなことはしないわ。戦場で泣いている人を蔑むようなことはしない。私達は泣いている人たちのために、誰も泣かさないために戦っているの。

 だから、どうかその涙の理由を聞かせて? リリ」



 少しの間、黙っていたトーアが優しい声で言ってくれた。ほんの少し、その優しい声がマムに似ていて、つい私は言ってしまった。泣いている、なんとも情けない訳を。



「今日はカイロだったわ」



「……今日は? どういうこと?」



「一昨日はレンカ、その前はネッコ……」



 その名前を聞いてトーアは声を震わせて私に尋ねた。

「リリ……もしかして、貴方は」



「トーア……。私は悲しいの。とても、それはとてもとても。人が死ぬのは悲しいわ。それが戦場であったとしても、私はそれが止むを得ない犠牲だとは思えない」



「レンカもネッコも、貴方とほとんど言葉を交わしたことも無いわよね。そんな彼らの死を悼んで泣いていたというの?」



「ごめんなさいトーア。私は悲しい、悲しいわ……」



 アスカ班はイチタ小隊の一部で、5人編成の班だった。イチタ小隊の中でも最も後方に位置づけられた班で、常に前線で敵の様子を伺いながら進軍しているイチタ少尉が率いる本隊からの指示を待ちながら行動している。



 そのため、ここに私が配置されている。

「だけどリリ、カイロもレンカも……ネッコも、アスカ班じゃない。それぞれバラバラの配置にいる兵士だったはずよ。貴方はそれなのに……」



「トーア、人が死ぬことはとても悲しいことよ。彼らには愛する誰かがいて、彼らを愛する誰かがいて……。愛で繋がっているはずの世界は、こんなにも戦いで死を呼んでいる。

 私は、私は悲しいのよ」



 理解が出来ないようではあったけれど、トーアは私を抱き締めてくれた。強く、とても強く。



「リリ。一昨日に死んだレンカはね、私の同期の仲間だったのよ。気が強くて、周りの男達にもいつも張り合っていた。私はね、戦争が始まった時に思ったものよ……。

 この人は絶対に死なないな、って。だけどね、たった一発の弾がね。……たった一発の弾が目に当たっただけで死んでしまったんだよ……。だけど私はレンカが死んだ時、悲しんであげられなかった。

 次の瞬間、私が死ぬかもしれない。だから、……悲しむのは全部が終わってからにしようって思ったの」



 トーアの告白は、私にとっては余りにも残酷な告白に聞こえた。



「トーア……悲しいわ。レンカが死んだこと、とっても悲しい……」



 私はアスカ班に送られてから毎晩ずっと泣いた。我慢することも出来たのかもしれない。だけど、私はちゃんと『人が死ぬことを悲しい』と思いたかった。



 無理に思い込もうとした訳じゃない。この悲しみは、我慢してはいけないものなのだと思ったのだ。



 ピース戦争が始まって、AP軍の兵士は2万人。BWは5万人死んだ。



 数字とはなんて無情なのだろう。沢山の人が死んだのに、数字はただその数字を冷淡に記すだけ。



 この2万という数字はただの数字の羅列じゃない。5万という数字は記号でもない。



 戦死者を合わせれば7万人……。これはただの数式でも、単純な足し算でもないんだ。



 愛する人を失った人が7万人いるということなんだ。

「マーク……私はどうすればいいの」



 アーレアから捨てられ、ニックもいない。マムも死んでしまったし、もう私にはなにもない。でもなぜだろう、私はいつもマークのことを想ってしまうのだ。



 ただひとつ、はっきりしていたのは、それが愛だということ。



 どんな形の愛なのかは、私自身も分からないけれど……とにかく、それは私に残されたたった一つの特別な愛なのだ。

 ある時、アスカ班はイチタ小隊の各班と合流する機会があった。



 キャンプを張り、ひと時の休息。各地での情報交換もそこで行われた。



「リリ女王。なぜ貴方がこんなにも危険な場所におられるのです。アーレア将軍はなぜこのような仕打ちを」



 アーレアの名前を聞いて、私は心が痛んだ。



 裏切ったのは私の方だ。あの時、結婚式を抜け出して外に出たから……

 だけれど、マークとの出会いがそこであったことを想い返すと、どうしても後悔だけが胸を染めなかった。マークとの出会いはそれほどに、年月を重ねれば重ねるほど特別なものになっていったからだ。



「アーレア将軍は、私と結婚する前まで自ら戦地に立ち、名誉の傷を負いました。その為戦地に再び立ち戦士たちを率いることは叶わなくなりましたが、いち兵士としてではなく政治の立場から戦うことを決断されたのです。

 私は、戦地視察という目的でこの戦場に参りました。これは確かにアーレア将軍の命令でもありますが、私自身望んだことでもあります。

 ……例えば、考えてみてください。あれほど素晴らしい頭脳を持ったアーレア将軍が、私を簡単に戦地視察などという名目で配置するわけがありません。なぜならば、私のようななにもできない一人の女を戦地に送るなど、彼の名が汚れるからです。

 その案が持ち上がったとき、彼は猛烈に反対しました。ですが、私が強く望んだのです。この目で戦争を見ておきたい……と。

 イチタ小隊にはご迷惑をおかけしていると思います……。邪魔でしたらすぐに退きます。ですが、私も皆様と同じように命を賭けたいのです」



 ――全て本当の事だった。



 確かにアーレアが一度その案を唱えたことがあった。だけどそれは一時の感情の昂ぶりから出たもので、すぐに撤回したのだ。



 だけれど私は撤回したその案を拾い上げ、今度は逆に懇願した。



「行かせてほしい」



 と。



 当然、彼は反対した。一時の自分の意見に対してもきちんと私に謝罪もしてくれた。



 でも私には、戦争を知っておかねばならない使命があったのだ。

 静かな夜。私はイチタ小隊が合流したキャンプで歌を歌った。



「カイロ、レンカ、ネッコ……ミート、ナッツヤソ、トレント、ザーバラに捧ぎます」



 テントで横になるアスカ、マグカップを片手に見上げるトーア、キャンプの小さな火を見詰めているイチタ、刀身の大きなナイフで木を削っているキナ、メモ帳のような紙に絵を描いているラミト、その他の数人は私がそれらの名前を口にした時、一斉に私に注目した。



「リリ女王……なぜその名を……」



 信じられないといった様子でイチタ少尉がぽつりと一言言った。


「言ったでしょう。彼らに捧ぐ……と」



Love and Peace.Beautiful world.Perfect age.Happy generation.

The things we have lost along the way.

Hold on.Something is wrong.Just what are forgetting?


Love and Peace.Beautiful world.Perfect age.Happy generation.

The things we have lost along the way.

Hold on.Something is wrong.Just what are forgetting?

Where's the love?



 もしかしたら、怒られるかもしれない。



 そう思いながら歌い終わると、キャンプはしん……と静まり返った。



 いいんだ。これは私がしたくてしただけのこと、彼らから蔑まれたとしても本望だから……。



 私がそう思いつつもその場に座ろうとすると、イチタ少尉が「リリ王女」と私を呼び止めた。



「なんでしょう」



「もし貴方のお具合が許せば……もう一曲歌ってくださいませんか」



「……え」



 トーアやラミト、アスカ達はパチパチとまばらに拍手をして私を見詰めていた。



「そうですね、出来れば次は……明るい歌がいい。生きている俺達の為になにか、お願い出来ますか」



 私は座りかけた腰を浮かせながら、周りの仲間達を見渡した。



 誰もが期待している瞳で、見詰める。

「ええ、喜んで」



 もう一度立ち上がると私は、グリーンバードに伝わる故郷の家族を想う歌を歌った。



 この日は少しだけ、悲しみより嬉しさが上回っていたような気がする。

『リリ。もういいだろう戻ってこい』



 アーレアがアスカ班に入電した時に彼は私にそんな労いの言葉を言った。



 彼の気持ちは嬉しかったけれど、どうしてもアーレアの元に戻る気になれない気持ちが私を戦場に留まらせ、半年も経つ今となっては時々にしか聞いてこなくなった。



 狂った女王としてメディアに度々登場していたことは知っている。



 私は自分がどのように言われるかに関しては無頓着で、どんなに悪く言われても特に傷つくことはない。



 そんなある意味での関心の無さが、今の私を創り上げているのかも知れなかった。

「戦争に意味をいらない。意味がいらないものに命を賭ける意味もまたない。

 ならば、俺達はなんのために戦う?

 愛するもののためだ!

 世界統制を司る主要国家が集まり、巨大な軍事力で創り上げたAP軍!

 多国籍軍といってもいいこの軍は、世界市場から見ても類を見ない最強の軍である!


 理論的に言えば……いや、違う。物理的に言っても数が多い、加盟国が多いだけのBWが我々と同等に渡り合えるはずがないのだ!


 だがこの戦争ではもうすでに一年間BWとの戦争が続いている!

 ……なぜか!


 AP軍の持つ過ぎたる軍事力・軍事兵器は、戦争の決着を付けるのに使うには余りにも過ぎた力になってしまった!


 AP軍の同盟国が持つ核の数は1万発である!

 しかし、皆も知っての通り核など一万発も持っていても、一発使っただけで致命的な痛手を負うのだ。BWを殲滅できても、APが新しい秩序として平和を創り上げたあとも、核の爪痕はずっと続く。


 本来抑止力の為に作られた水爆もそうだ。持っているだけで我らは使うことが出来ない!」


「豊過ぎる国民生活もそうだ。BWは貧困に喘ぐ国や、ダウンタウン・スラム……革命軍を中心にして組織された。

 今後の世界を考えて爆弾1つをも使えない我ら。


 例えば細菌兵器もそうだ。使用してしまえば、BWに致命的なダメージを与えることは出来るだろう! だが人道的な問題ばかりを気にして我らは独断でそれを使用できない!

 

 ……そもそも人が人を殺すこの戦争に於いて、どちらかに正義を問うことなどこれこそ無意味ではないか!


 我々は、自分たちの平和を守るために奴らの宣戦布告を受けた。

 これまでの生活を、これまでの平穏を、平和を勝ち取るために武器を取ったのだ。


 BWらはどうか。奴らは平和を私達から奪うために、平和な生活、人生を送る権利を得るために独立を宣言した。受け入れられなければ武力行使をすると!


 勝てるはずのない、見込すらもない戦争を奴らはわざわざ始めたのだ!


 それはどうしてだろうか? 


 実に簡単なことである。奴らは平和を知らない!


 我らの国の国民は、奪われることを知らない!


 だがBWの国民たちも、AP同盟の国民たちも、共通しているのは、双方とも《戦争を知らない》のだ!!」

「誰が、一体この世界の何人の人間が、昼に光る星を見つけられるだろうか。


 我らは見つけることが出来た。昼間に光る星を。


 それが我らの星、リリ・ピースだ! 


 彼女は戦争を知らない! だが知らないから、自ら戦地に入った!

 戦場ならばつまずいただけで死に至る窮地なのに、だ!


 彼女は全ての死を悼み、全ての人間に愛を歌う。


 我らはなんのために戦うだろうか? 戦争を失くすために敵を殺すのか?

 幸福な世代が幸福だと気付かないほどに平和な世の中を守るために戦うのか?


 誰も戦争で武器を手にするとその理由を忘れてしまう。思い出せないほどに生死の境を塗って生きているのだ!


 我らに戦う理由を得る自由をもらいたい……。


 我らAPが核を使うことは出来ない。だが、BWはどうだ? 失う物のない奴らならば平気な顔で核弾頭を積んだミサイルを発射するだろう。

 その時に、我らは笑えるのだろうか。奴らを『馬鹿なことをする奴らだ』と笑えるだろうか?


 その核によって大事な人間が死に至り、失った愛は大きな憎悪へと姿を変える。

 そうなったとき、この戦争から平和を守るための理由は粉々に砕け散るだろう!


 我らは! ここに一つの勢力として高らかに宣言する!

 単純だが命を賭して戦うに相応強い目的のために!

 我らはリリ・ピースを守る為だけに戦う!


 我らリリ・ピースを囲む聖なる師団を、『ヴァルキリーサークル』とここに名乗るのだ!」

 イチタ少尉の演説は、後世にも残る名演説とされ一躍彼を有名にした。



 私が彼らの前で歌った数か月も後のことだ。



 とても、……とても不思議なことが起こったのだ。



『イチタ少尉の部隊は戦死者がでない』と。


 

 それどころか『誰も戦傷者すらも出ない』とやけに知名度が上がり、たちまち私たちのイチタ部隊はAPで有名な部隊となった。

 その頃から、いつしかイチタを含めた部隊のみんなが私を見る目が変わってきたのだ。



 なにか神様のようなものを崇めるような、そんな大袈裟な態度に変わり、彼らは口々にそんな不思議な出来事を私のおかげだと言うようになる。



 戦争とは、それほどまでに人を狂わせるのだ。



 神の存在を信じる兵士から死ぬ。これは兵士たちの間で有名なジンクスだと、後に私は誰かに聞いた。だからイチタ達のような一流の兵士たちがそんなものを信じるとは思えなかったけれど、彼らは私を女神のように祀り上げると、他の部隊から独立することを検討しはじめた。

 ――私はなにも、自分たちの部隊だけが死ななければそれでいいだなんて思ったことはない。



 きっとトーアやキナたちもそうだろう。



 だけど、彼らは私と共にいることで、戦争を本当の意味で終わらせたいと考えたのだ。



 イチタの演説は、「ヴァルキリーサークルを組織することで、今後もリリを戦地に連れていく」ということを暗に意味していた



 国民や兵士たち、国連の幹部たちの反発は猛烈にあったが、アーレアがイチタを後押ししたことでなんとか成立までこぎつけた……みたいだ。

 アーレアは私の思うようにさせてくれた。もしかしたら、彼は私を愛していなかったのかもしれない。



 だって、私は処女ではなかったのだ。そして、処女で無かった……いえ、処女を捧げた人物に対しても後悔はない。



 マーク、貴方は一体いまどこでなにをしているの?



 ヴァルキリーサークルが発足し、AP軍内でヴァルキリーサークルに志願したい兵士を募ったところ、思いもよらない人数が殺到した。



 軍としての機能と、格式の問題もあるのでその全部を受け入れることは出来なかったが、ヴァルキリーサークルはあっという間に50人ほどの部隊になってしまった。



『戦死しない部隊』と知名度を上げていた元イチタ隊だったが、人数が増えたことでそうもいかないくなった。



 それはそうだ。50名の部隊が毎回戦地で一人の戦死者も出さずに帰ってくるなどとは考えられなかった。

 だけども、そんなヴァルキリーサークルは他の部隊に比べて極端に戦死者が少なかったらしい。



 だから、落ちると思われた人気は衰えず、次から次へと志願者が絶えなかったのだ。



 私はというと、ただどうすればいいのか分からなかった。



 ただ言われるがままに、求められるがままに、答えるのみで、私が戦争を失くすことも止めることも出来るはずがない。



 でも非戦争論者としての自分を失う訳にはいかない。

 私は、ヴァルキリーサークルが発足する前から、部隊に誰も戦死者が出なかったとしても毎日泣くことは無くならなかった。



 この戦争の当事者としている限り、どこかで人が人を殺している。



 そして死んだその兵士は、敵であろうが味方であろうが遠くか近くか、必ず自分と繋がっている。



 私の部隊で死人が出ないからと言って、万を超す戦死者の数が急に減るわけでもない。



 どれだけ女神と祀り上げられたところで、私の力などないに等しいのだ。

 戦争は、愛から始まるのか。



 戦争は、憎しみから始まるのか。



 ならば、平和はどこから生まれるのだろう。



 世界が愛で溢れれば、戦争など起こらないはずだ。



 平和を得るための戦争だなんて、もうすでに破たんしているのではないのだろうか。

「へへ、……どうも」



 AP軍でヴァルキリーサークルを知らない者などいなくなった頃、一人のジャーナリストが取材にとやってきた。



 太った男で、伸びた髭が印象的な中年の男だった。



「どうも……ジョージと言います。よろしくお願いしますよ、リリ女王」



「ええ、どうぞよろしく」



 トーアとラミトが護衛として彼の背後を監視する中、私へのインタビューが始まる。

「それにしても……《戦死者が出ない部隊》ですかい。あちらには《弾丸の当たらない男》がいて、なんだかコミックの中の話みたいですねぇ、ひゃっひゃっ」



 大きな口を開けて笑ったジョージの歯は、少し黄ばんでいて口臭がリリの鼻を突く。



「おっと、これは失礼……。昨日はビールとチキンをたらふくごちそうになっちまいまして……、女王を前にお口のケアを怠るとは……どうか死刑は勘弁してください」



 今まで出会ったどの男よりもジョージは調子のいい感じの男だった。トーアやラミトが眉間に皺を寄せて不快さを表情に出すけれど、私は逆にこのフランクさが好印象だった。

「弾丸の当たらない男……ですか?」



 ジョージが言った《弾丸の当たらない男》とはなんなのか気になった私は、彼がなにか質問をする前に聞いてみると、ジョージは右手に持ったペンの先で頭を掻きながら私を見た。



「おお、これはこれは女王様からこんな私に質問を頂けるなんて、偉く光栄ですな」



 ジョージはポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出すと、トーアとラミトに「これ、女王様にお見せしても?」と尋ねる。

 トーアとラミトがその紙を確認すると、問題がないか二、三会話を交わし、広げたそれを私の前に差し出した。



 その神には戦地を往く一人の兵士の姿があった。その兵士はヘルメットで顔は見えないが、銃剣を両手に構えながら屍の道を歩いている。



「この人が、弾丸の当たらない人……ですか」



「ええ、そうです。BWじゃあ有名人らしいですぜ。なにせ毎回無傷で帰ってくるから、同じ仲間から気味悪がられているらしいですがね」


 ジョージは「そこが女王様と違うところですさあ」と言って、豪快に笑った。



「この人の名前は?」



 それはほとんど無意識に出た言葉だった。なぜ、私がこの《弾丸の当たらない男》の名前を聞いたのか、分からない。



「それがねぇ……。わたしはBWのお偉いさんに友達が少なくてですねぇ……名前まではまだ知らないんですよ。まぁ、女王様が気になるようでしたら次までには調べておきますよ。ひゃっひゃっひゃっ」



「そうですか……。いえ、ならば大丈夫です。わざわざ調べて頂かなくとも、そこまで興味のあることではありませんし……」



 そう言いながら、私は何故かその写真の男性から目を離せなかった。





【続く】

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