第176話 海へ 2

「空白地帯……。今通っている場所はどの国にも所属していない土地だ」

「……そんな所を通って良いのか? 」

「構わないよ。空白地帯と言っても政治的な理由から各国が所有したがらない場所なんだ。それにこの場所は賊が蔓延はびこらないようにするために定期的に各国の兵士が巡回している。因みに今年は我が国が行っている」


 スターチスがそう言いカーテンを開ける。

 窓の外には荒野が広がっていた。

 国が所有したがらない場所、ね。

 確かに辺り一面荒野だし、持っているだけでも負担にしかならなさそうだ。


「この場所を手に入れたとしても維持をするのが難しい。一面が荒野だから町を作るメリットもなく何か特産となるような物が採れる訳でもない」


 エルムンガルドに祝福をほどこしてもらえば、と思ったが口を閉じる。

 今の状態が最善なのだろう。

 人が住んでいないのなら特に干渉する程でもないな。


「それにこの場所は我が国以外にも三ヵ国とめんしている。この場所をとっても他の国と面することで侵略される恐れが出る。その危険性が出るくらいなら、お互いに監視し合う方が良いというわけだ」

「けど商人達はこの場所を通っているんだろ? 」

「通ってはいるが積極的に通っていないようだ。通っているのは正面に位置する国へ行く商人のみ。他の国に行く商人はエンジミル王国から通るよ」


 どんな国と面しているのか聞いて考える。

 やっぱり聞いたことのない国の名前だ。

 ソウのやつ。本当に私をどこに飛ばしたんだ?

 もしかすると別の大陸に行ってない?

 ありえるから怖い。


「大体はこんな所だが……、一応我が国の事情を話しておこうか」

「それはもっと早くに教えてほしかった」


 言い返すとスターチスは「それは悪かったね」と苦笑いを浮かべる。


「事情と言っても必要な部分。着いて来たトライ・ファラット子爵についてだ」


 言うスターチスは良い顔をしていない。

 余程の厄介者なのだろうか。


「エンジミル王国には二大派閥というものがある」

「王族派閥と貴族派閥か? 」

「知っていたのかい? 」

「対立している二つの派閥があるというのは聞いたことがある」

「なら話は早い。私は王族派閥なのだがファラット子爵は貴族派閥だ」

「……嫌な未来しか視えない。出来るのなら派閥をそろえてほしかった」

「私もそうしたかったのだが押し込まれてね。貴族派閥の中でも影響力の大きいものは殆ど弾いたんだが、微妙な立ち位置の彼が外務省から派遣されたんだ。一応私は領地経営を主としている。外交は本業じゃないんだ」

「……そこは本業に任せたらよかったんじゃないか? 」

「そうなんだが……、どうも外務省は今回の国交樹立に乗り気ではないようでな。渋々陛下の命に従っているという感じなのだ。そんな彼らに今回の外交を任せるとどうなると思う? 」

「……意図的に交渉を失敗させようとするかもな」

「もしくは相手に理不尽な要求をする可能性もある。よって私に白羽しらはの矢が立ったというわけだ」

「それはご愁傷しゅうしょう様」

「本当にね。けれどそれだと外務省の面子めんつに関わる。だから彼が派遣されたというわけだよ」


 そんな経緯があったのかと理解。

 しかし微妙な立ち位置の敵対貴族か。

 厄介事の匂いしかしない。

 恐らく彼は上司から何か指示を出されているだろう。

 まぁいくら出されようが爵位ではスターチスが、物理では私達にかなわないだろうけど注意は必要だな。


「ま、出来る限り問題を起こさないでくれ。私は貴族のごたごたに巻き込まれるのは御免なんだ」

「それはファラット子爵に言ってくれ」


 走る馬車の中で笑い声が響く。

 緊張していた空気が和らぐのを感じながらも馬車は更に進んだ。


「そう言えばエルムンガルドがワタツミ王国特有の挨拶があるとか言っていたな」

「挨拶? 」


 目的地までまだまだある。

 馬車の中で雑談をしていると思い出してスターチスに伝えると、少し難しい顔をしてしまった。


「文化の違いが頭の中になかったわけではないけれど、言われてみれば挨拶に違いがあってもおかしくない」

「挨拶の仕方は確か……、「果敢なる海の戦士に」と言ってから自己紹介をするみたいだ」

「なるほど……。なら私達の場合だと「果敢なる陸の戦士」といった所かな? 」

「さぁそれはわからないが、挨拶に海の戦士と入っているからどれだけ海底国家というのが難しい環境にあるのかがわかるね」

「確かに。わざわざつけるくらいだ。海の魔物というのは聞いたことがないが……いるのかい? 」

「もちろんいるとも。因みに私はヤマトで海に出ていた時、海中から襲われて船が壊れて投げ出されるところだった」

「それは恐ろしいな」

「その程度ではエルゼリアの脅威にはならないのである。船がやられても魔法で飛べば問題ないのである。だから恐ろしくないのである」


 確かにそうだが、と言って思い出すかのように言うソウを見る。

 脅威ではないがいきなり海の中から襲われた時は本当に驚いたんだぞ?

 まぁ確かに余裕はあったが。

 というよりもあの時海に出たのはソウのワガママが原因じゃなかったか?


「海獣丼を求めて海に出た時襲われたのは良い思い出なのである」

「いや良い思い出になっているのはソウだけだから」

「そのようなことはない。倒したのはクラーケンだったから海獣丼は出来なかったのであるが、エルゼリアも美味しく焼いて食べていたのである」

「確かに美味しかったけどさ」

「た、食べたのか? そのクラーケンを」

「クラーケンを知っているのか? 」

「一応魔物図鑑で見たことがある程度だ。しかし食べれるような外見じゃないと思うのだが」

「まぁ……なんだ。クラーケンって食べたことなかったからさ。大きなイカと思えばなんてない」

「そう思うのはエルゼリアだけなのである」

「なら今度クラーケンを採ってもソウには食べさせなくても良いな」

「な?! それは卑怯なのである! 」


 ソウが必死になって「食べさせろ」と言って来る。

 クラーケンは他のイカに比べて超絶甘い。

 加えてヤマト産の調味料をつけると絶品だ。


「……興味深いが、少し躊躇ためらうな」

「美味いんだがな」


 美味しいとわかりつつも、姿形すがたかたちを見たり想像すると躊躇うというのはよくあることだ。

 無理に食べる必要はない。

 こっちには食にうるさい精霊様がいるのだからね。


 ともあれ私達は馬車を走らせる。

 そして最初の休憩となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る