第175話 海へ 1

「剣に槍に盾……。これは何に使うのですか? エルゼリア殿」

「贈り物の一つだよ。騎士オリヴィア」


 武器が来ると騎士オリヴィアが興味津々と言った様子で武器を覗き込んでいる。

 騎士エイミーにたしなめられてすぐに戻るがそれでも気になっているようだ。


「時間も迫っている。早めに移動しよう」


 スターチスの一声で全員が返事をする。

 そして私達はリアの町を出発した。


 ★


 カタコトと馬車が揺れる中、ソウが私の隣でルンルンで鼻歌を歌っている。


「魚♪ ホタテ♪ 焼き魚♪ 海鮮丼♪ 海獣丼♪ 」

「また懐かしいものを。しかし今回は食べれないと思っていた方が良いぞ? 」

「な?! いやまて。海辺で交渉するのであろう? ならば我が少し潜って採りに行けば……」

「まぁエルムンガルドにお土産を頼まれているからな。ソウが一人で採りに行く分には良いが……」

「ならばよし! 海の幸が、我を待っているぅぅぅ!!! 」


 バサバサと翼をはためかせて、またルンルンで鼻歌を歌い始めた。

 今回もし海の料理を食べれるとなると本当に久しぶりになる。

 はて何十年、いや百年以上は食べていないのか。

 ソウじゃないが私も少し気分が上がって来た。


「ソウ殿が言うのだ。さぞ、美味しいのだろうね」

「美味しいが……。食べれるかわからないぞ? 」

「あちらで料理を食べるくらいの余裕はあると思うが」

「いやそういう意味じゃなくてな」


 首を傾げるスターチスにどう説明すれば良いのか迷う。

 内陸に位置する国の人は基本的に魚というものを川以外で見たことがないだろう。

 貴族となると見たことすらないかもしれない。

 それを考えると調理された魚を見てスターチスが食べるとは思えない。


「皇国「ヤマト」という国で食べたんだが、正直グロい。口に運ぶのを躊躇う程だ。それでも食べるか? 」

「それは……見て見ないとわからないね」

「ま、海に面した国でも食べる文化がない国の方が多いから仕方ない」


 けれど美味い。ヤマトで食べた時は衝撃を受けた。

 ヤマトで使っていた醤油しょうゆがよく合ったんだよな。

 そろそろなくなりそうだが……、今度転移魔法で買いに行こうかな?


「話しに聞く皇国「ヤマト」というのはどういった国なんだい? 」

「ん? 興味あるのか? 」

「長く国政にたずさわっているが聞いたことがない。興味のある国だ」

「なら少し話そうか」


 そう言い軽く語ってみせた。


 いつの日だったか。

 そうそう。確か皇国「ヤマト」に行ったのは雪降る国「イナバ」を出た後だった。

 イナバは王の世代交代と共に色々とごたついてね。あぁいやイナバの宮廷が喧嘩腰だったわけじゃない。

 王子が王になりたがらなかったんだよ。


 その様子を見てね。正直めんどくさかったし、もういいかなと思って、ソウと共に出ることにしたんだ。

 私としても十分に砂糖を使わせてもらったし研究も進んだ。イナバにこれ以上長居ながいするつもりもなかったからね。


 私は基本的に自由人なんだ。

 宮廷料理人という地位に殆ど興味も無かったから混乱にじょうじてイナバを出たんだ。

 そしてね。ソウに乗って南下なんかすると一風変わった国を見つけた。


「それがヤマト、と? 」

「あぁ。建物は全て木製。主食はパンでなくコメという粒のようなものをいたもの。様々な種族が平和的に暮らしている一方で、サムライという軍人がいる国だ」

「……サムライ」

「武器はカタナという、この辺で使われている長い包丁のような物。それを器用に使いこなして戦うんだ。で、彼らは途轍とてつもなく強い。いわく、力がないと守れない。獣人族じゃないが実力主義な所は通じるものがあるだろう」

「それはまた脅威だな」

「ま、エンジミル王国が戦うことはないんじゃないか? スターチスも彼らの事を聞いたことがないんだろ? 」

「ないとも。けれど、進行してくることを想定しているのとしていないのとでは取れる対策の種類が違う。これは帰ったら陛下に報告だな」

「基本的に温和なだから大丈夫だとは思うけど……、まぁ良い。話の続きだ」


 滞在期間は他の国に比べて短かったけど、ある意味皇国「ヤマト」という国は私の価値観を作り上げた国だ。

 ヤマトは様々な種族が行きかう国で、個々が強い。

 冒険者ランクにして全員Bオーバーはくだらないだろう。

 何でそんなに強いのか聞いたことがあるんだ。

 その時あいつらなんて答えたと思う?


 ――美味い飯につかえる主人がいれば幾らでも戦える。


「……失礼だが理屈になっていないし、答えになっていない」

「だろ? 因みに言った奴は人族で主人は犬獣人だったよ。他の国からみれば奇妙に映るだろうね」

「だね」

「けれどそれがあそこでは普通なんだよ。サムライとして主人に仕える。それが彼らにとっての名誉なんだよ。その為には力を出すための飯、――あ、これコメ料理のことな、を腹いっぱい食う。多少人種が変わろうが主人の元に集まった人達は仲間で家族なんだよ」


 私はあまり人種というものをあまり気にしないようにしていた。

 気にはなるけど気にしない程度。

 行く先々で特異な目で見られることはあっても、直接危害を加えられることが無かったし、多分アドラの森で育った影響もある。

 危害を加えられなかったのはいっつも隣にいてくれるソウのおかげだろうね。


 それまで行く先々、どういう訳か単一種族国家ばっかり。

 ヤマトのように多くの種族が仲良くしている国は初めてだった。

 それに異形種と呼ばれる人達と出会うのも。


 それまで気にしないようにとしていた反動か、強烈にヤマトがいびつに見えた。

 アドラの森を出て幾つか国を歩いたけど一瞬にして景色が変わったようなものだからね。

 けれども種族の違う彼らが一緒に飯を食っている所を見て、自分の目指す指針の一つを見つけたわけさ。


「むろん国によって事情が違うのは知っている。他から見ればヤマトの方がおかしく見えるだろうしね」

「……」

「けどまぁあの時から料理を食べるのに人種なんて関係ないなと思ったよ」


 特別な事ではない。

 特別ではない事だが、難しい事だ。

 滞在期間が短かったから何でそんな文化が出来上がったのかまではわからない。

 けれど彼らの価値観が私に影響を及ぼしたのは確かだ。


「ま、ヤマトに関してはこんな所だ。暇つぶしにはなったか? 」

「かなり貴重で興味深い話だった」

「ならよかった。じゃ、次スターチスな。この空白地帯というのを教えてくれ」

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