第172話 口は災いの元 2

「急にお呼びして申し訳ありません」


 私が応接室へ行くと真っ先にリア町長が申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。

 けれど彼女の隣を見ると私を急に呼び出したのも理解できる。

 それほどに、意外な人物がリア町長の隣に立っていた。


「エルゼリア殿。彼女を責めないでほしい。君を呼んだのは私なのだらか」

「い、いや、責める気はないよ。しかしリアの町に何の用事だ? スターチス・シフォン公爵。今年いっぱいは忙しくてこっちにこれないんじゃなかったのか? 」

「状況が変わったんだ。一先ず話をさせてもらえるかな? 」


 真剣な表情をするスターチスに戸惑いながらも促されるまま私はソファーに座る。

 見計らったかのようにメイドが入って来てそれぞれに飲み物を配る。


 ――不憫な。


 男爵など一捻ひとひねりで潰せるほどの大貴族が来ているせいか手が震えている。

 大貴族が単なる町長の館に来ることは無くもない。けれどもそれはその貴族が治める町くらいだろう。

 他領の、しかも公爵という大貴族がくるなど誰が予想できただろうか。


 あ、砂糖関係で私が原因の可能性があるのか。

 震えながら部屋を出て行くメイドの背中を見て、心の中で「ごめん」と謝った。


 しかしリア町長の表情も不自然だ。

 聞くに国王相手でも堂々と出来るくらいの精神の持ち主。何をこの公爵に恐れているのか。

 弱みでも握られたのか?


「色々と話したいことがあるが……、実の所エルゼリア殿に頼みがあってリアの町にきたんだ」

「頼み事? 」


 聞き返すとスターチスはゆっくりと頷く。

 少し緊張しているのか紅茶に口をつけてから再度口を開く。


「エルゼリア殿。エルゼリア殿に、外交官補佐をして欲しい」

「外交官補佐ぁ?! 」

「実は――」


 とスターチスが事情を話してくれた。


 私がスターチスと出会う前の事。

 突然「ワタツミ王国」から手紙が来たらしい。

 その手紙には両国で国交を結びたいとの事が記載されていた。

 聞いたことのない国だが、各地から情報を集めて、深海にある魚人族が治める国だということがわかったようだ。


「正直なところ相手の意図がわからない。何故我が国なのか、そして陸地の国と国交を結ぶ理由がさっぱりだ」

「それは深海にないものが欲しいんだろうね」

「だとしても不可解過ぎる」

「でも話を聞く限り国交を結ぶことにしたんだろ? 」

「ああ。その通りだ」

「人族が治める国が異形種が治める国と国交を結ぶ、ねぇ……。珍しい」


 本当に珍しい事だ。

 基本的に人族が治める国では何かしら人族至上主義を掲げる教会と交流があったりする。

 獣人族のような異種族すら嫌悪する教会側からすればこのような行為は反逆に等しい。

 中々に変わりだねの王様みたいだな。


「教会勢力が入り込む前に事を進めた。この先何かしらの妨害があるかもしれないが陛下は突っぱねるつもりだろう」

「私達からすればいい事だが……、それ大丈夫か? 」

「大丈夫かはわからない。けれども陛下がここまで強権を発揮したのは初めて見たよ。さて、話を戻そう。方針を決め何度かやりとりをする中で国交を結ぶ際にそれぞれ贈り物をすることになった」

「贈り物か」

「相手が贈ってくるのは糖樹という樹らしい」

「糖樹を贈ってくるのか?! 」


 驚き身を乗り出して再確認するとスターチスが少し驚いたような表情で大きく頷いた。


 糖樹はその名の通り糖を作る葉をつける樹の事だ。

 けれども強いプレッシャーを継続的に与えないと成長しないという性質を持つ。

 それ故に人の手で育成することが難しい。

 外に出すらいなら自国で作って砂糖を輸出した方が良い。

 けれどもそれを贈り物として出す?!

 あり得ない……。


「なにをそんなに驚いているんだ? 確かに希少とは聞いたが」

「あぁ~。ロイモンド伯爵から聞いたのか。希少だよ。希少中の希少。糖樹がつける葉の殆どを砂糖に変えることができる、金なる木だ」

「な?! 」

「因みにだが、エンジミル王国側が贈る物は? 」

「……宝石だ」

「糖樹が作り出す富を考えると釣り合わないな」


 確かに宝石は高価だ。

 けれども糖樹に比べるとかすむほどの値段。

 これはやらかしたなと思いながらも、ふとワタツミ王国とやらが何を求めているのか気になる。

 糖樹を差し出してまで欲しい物とは何かということだ。


「相手は国交を結ぶにあたって何か要求してこなかったのか? 」

「今の所要求はない」

「さらに意図が読み取れないな」

「そうなんだ。だからこれから国交を結ぶにあたっての本格的な交渉を行うことにした。その場に――」

「私がいてほしいと? 」


 スターチスがゆっくりと首を縦に振る。


「なんで私なんだ? 」

「エルゼリア殿は多様な知識を持つ。そして多くの種族と交流があるとみた。君がいることで交渉が上手くまとまるかもと思ってね」

「流石の私も魚人族と会ったことはないぞ? 」

「それでも異形種と呼ばれる人達と交流がない者のみで交渉に行くよりかは良いと思うが」


 それを聞き私は少し心が揺れる。

 正直な所行きたくない。

 けれども私の中途半端な情報のせいで混乱させたのかと思うと責任感を感じないわけでもない。

 それに異形種に分類される魚人族と国交を結ぼうとしているこの国の王様を少し応援したくなったのも事実で。


「……メンバーは? 」

「外交官として私が。護衛としてオリヴィア騎士団が着く。あとじ込まれる形になったがトライ・ファラット子爵という貴族も同行する」


 公爵をトップに国内最強クラスの騎士団が護衛してくれるのか。

 まぁ国と国のやりとりはプライドのぶつけ合い。

 このくらいが一番だろうとは思うけど、変なのがいるな。

 外国との交渉事で国内のいざこざを出してくるとは思いたくないが、要注意だね。


「因みにこれが陛下からの手紙になる」


 スターチスが純白の封筒を取り出して渡してくる。

 封筒をペーパーナイフで開けるとそこにはバッチと手紙、そして書類が入っていた。それぞれ一つ、一枚ずつだ。


 中身を読むとそこには公爵に同行するようにと書かれている。

 同行する時の発言権は伯爵相当。

 相当奮発したな。けれどもそれは私には関係ない。

 が、報酬として糖樹から採れた砂糖の一部を優先的にロイモンド伯爵領、特にリアの町に回してくれると書かれていた。

 

「よし引き受けた」

「そう言ってくれて助かるよ」


 スターチスは心底安心したかのように大きく息を吐いた。


「でいつ出発するんだ? 」

「あまりリアの町に長居ながい出来ないけれど、まだ先になるよ。少なくともオリヴィア騎士団がトライ・ファラット子爵を連れてきてから出発することになっている」

「わかった。じゃその間に情報収集と行きますか! 」

「情報収集? 今以上に情報が手に入るので? 」

「心当たりなら十分にある。この町に種族王が三人いるのを忘れたのか? 」


 にやりと笑って私はリア町長の館を出た。

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