第168話 女傑マリアル・ロイモンド伯爵の来訪 2 領地を治める者として

 ――マリアル・ロイモンド伯爵。


 今や元子爵領のみならず元グランデ伯爵領も治める大領主である。

 目の前にいる彼女はその人で大領主というよりかはどこにでもいる町民のような感じを受ける。

 茶色く長い髪は綺麗に整っているが長年の栄養不足で痛んでいるよう。黒い瞳と人の良さそうなにっこりとした笑顔からはほんわかとした雰囲気をただよわせて、穏やかな姉のようなイメージを与えてくれる。

 身長は私より少し低いくらいで人族の平均くらい。

 服装は質素しっそそのもの。

 私の隣にいる騎士爵のオリヴィアの方が余程豪華な服を着ている。


 よく観察すると化粧で誤魔化しているがよく見ると目の下にくまが見える。

 きっと今日来たのもかなり無理をしたのだろう。


「わたしの顔になにか? 」

「ん? あぁ~、すまない。特に何もないから気にしないでくれ」

「ふふ。もしかして伯爵に見えないと思いましたか? 」

「そんなことないよ。ただ苦労人かなとは思ったけど」

「よく観察されたことで。確かに苦労は多いですが、どれもやりがいのある仕事なので後悔はしておりませんよ。エルゼリアさん」

「あれ? 私自己紹介したっけ? 」

「いいえ。しかしアリアちゃんからよく話を聞いていましたので」

「ちょ?! お姉さま?! 」

「アリアちゃんは良い人に巡り合えたようですね」


 ロイモンド伯爵が口に手を当てくすっと笑い、リア町長が少し顔を赤らめて俯いてしまった。

 穏やかなだけど、どこかいたずら心のあるような人だな。

 面白いね。


「これは私も自己紹介をした方が良さそうだな」


 コホンと軽く咳払いをしてロイモンド伯爵を見る。


「改めましてお初お目にかかる。私は旅の料理人でこの町で竜の巫女というレストランをしているエルゼリア。アドラの森のエルゼリアだ。祭りの時は助かったよ。ありがとう」

「あの程度しか出来なく心苦しかったのですが、役に立ったようで何よりです」

「おかげで盛り上がったよ。おすみ付きがあるのとないのとでは違うからね」


 自己紹介を終えるとロイモンド伯爵の視線が隣に移る。


「お久しぶりです。マリアル・ロイモンド伯爵」

「お久しぶりですね。会議以来でしょうか? 騎士オリヴィア・スカイフォード」

 

 二人が穏やかな声で挨拶をする。

 するとオリヴィアの隣に控えていた騎士エイミーも挨拶を行った。


「エイミーちゃんも久しぶりね。スカイフォード騎士爵の話は聞いているわ。順調そうね」

「お久しぶりです。中々開拓に手間取りましたが今の所順調です」

「ここにいるということは……」

「はい。領地を発展させるための知恵を学びに」

「そうなのね」


 ほほほ、と口に手を当てながら微笑むロイモンド伯爵。

 普通領地の運営状況は領主に聞くんじゃないのか?

 何故騎士オリヴィアじゃなくて騎士エイミーに聞く?!

 チラリと騎士オリヴィアの方を見る。

 気にした様子はないようだ。

 普通領主である自分を差し置いて運営状況を副官に聞かれると気にするものだが……、慣れているのだろうか?


「さてロイモンド伯爵様。挨拶は程々に」

「いけないそうだったわ。エルゼリアさんにお伝えしないといけない事があったの」

「伝える事? 」


 聞き返すと二人は頷き真面目な顔をする。


「エルゼリアさん。エルゼリアさんのおかげで旧ロイモンド子爵領は貧困から脱することが出来ました。これはわたし達の祖父祖母の代から続く悲願でもありました。食料が手に入りにくい状況で貴方が食料を分けてくれたこと、そしてこの町この領地の発展に貢献してくれたこと、感謝の念に堪えません。本当に、ありがとうございました」

「ありがとうございました! 」


 ガバっと勢いよく二人が頭を下がる。

 僅かに遅れて後ろにいる人達も頭を下げる。


 大したことない、と言いかけてやめる。


 私がしたことは大したことは本当に無い。

 大量に保存している食料の中の一部を分けてソウに祝福を施してもらっただけ。

 この町の復興は私自身メリットがある話だったことも私の行動を後押しした。

 あとはこの町の人達、この領地の人達の力で復興しただけ。

 外から見れば私が劇的に変えたように見えるかもしれないけれど、その町に住む人の努力あっての復興だ。

 私の力ではない。


 けれども「大したことないよ」という言葉はかけるべきではないだろう。

 目の前で頭を下げる二人は三代にわたって苦しめられたのだから。

 ここで謙遜けんそんしてしまったら「大したことない」ことすらできない無能領主というレッテルを張るようなもの。

 この二家が領民の税金とかを抑えたり様々な政策をとらなければとっくの昔に終わっている。

 よってこの二家の努力を無にさせるような言葉は慎むべきだ。

 それに違う領地の領主がいる前では言うべきでもないな。


「感謝の言葉、ロイモンド伯爵家並びにリア男爵家より、確かに受け取った。顔を上げてくれ」


 言うと顔を上げて少し不思議な顔をしている。

 けれどそれを気にせず言葉を続ける。


「領地復興、領地発展にたずさわることができて誇りに思う。これからもよろしくな! 」


 リア町長とロイモンド伯爵は顔を見合わせ「これからもよろしくお願いします」と私に向いた。

 その後幾つか話をしながらお茶会に入る。

 話の中に私の叙爵じょしゃくのことも出たけどつつしんでお断りした。

 もうみや仕えは疲れたんだ。


「そう言えばわたしは竜の巫女に行ったことがありませんね」

「来るか? 」

「行ってもよろしいので? 」

「構わないさ。犯罪者でなければ誰でも歓迎するよ。しかし王宮や王城のような豪華さは期待しないでくれよな? 」

「エルゼリアさんの料理は美味しいので気にならないかと思いますよ」

「それは頼もしいですね。といってもその豪華な料理やきらびやかな料理というのは王城以外で食べたことがないのであまり経験がないのですが」

「では行きましょう! 」


 言いながらリア町長は職員達に指示を出す。

 部屋を出て玄関に向かっていると、ロイモンド伯爵がすれ違う職員に「頑張っているみたいですね」と声をかけているのをみた。

 リア町長が言っていたロイモンド伯爵の元職員というのは本当だったみたい。

 元部下の元気そうな姿を見てほっとしているようだ。

 ロイモンド伯爵の挨拶も終わり、リア町長について行く形で館を出る。

 私達は竜の巫女へ向かい、そしてロイモンド伯爵の接待することになった。

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