第160話 新しい命
エルゼリアの弟子アデルの朝は早い。
白く小さなコックコートに身を包んだ彼女は農作業を終え帰って来た両親に挨拶する。
「父ちゃん、母ちゃん、行ってくる! 」
「頑張れよ」
「エルゼリアさんに迷惑をかけないようにね」
「分かってるって。行ってきまーす! 」
ニカっと微笑みアデルは職員寮を出て行った。
朝といってもまだ朝日は昇っていない。
けれどもそれを苦にせず彼女は暗い中、すでに光が付いているレストランに向かって走っていく。
通りすがるジフとロデに手を振り
いつもはこの二人と遊んでいる時間帯だったがエルゼリアの弟子になることで、この時間帯に遊ぶことは無くなった。
それに関してジフとロデはなにも文句を言わない。
ただ「迷惑をかけるなよ」とだけアデルに言ってジフが拳に沈むだけ。
特に問題なく彼女達の関係は続いていた。
「朝早いのぉ」
「おはようございます。アデルさん」
「エルムンガルドさん、リディアさん! おはようございます! 」
「うむ」
アデルが竜の巫女へ向かう途中、彼女はエルムンガルドとリディアと出会った。
アデルが早朝この二人に出会うのはこれが初めてではない。
むしろよくあることである。
エルムンガルドは時々朝一でヴォルトのパンを食べに来ているのだが、アデル達がリディアと出会ってからはリディアも山から下りて来るようになった。
リディアも竜の巫女の料理が気に入ったのか、朝を共にすることはよくある。
「アデルはこれから修業かのぉ」
「修業ってほどじゃないけど」
止まっていた足をレストランに向ける。
リディアが神秘的な光を放つおかげで彼女が足を進めるスピードが上がる。
アデルはエルムンガルドの言葉に恥ずかしそうに言葉を返す。
けれどもアデルがエルゼリアの下で料理をしている姿は誰がどう見ても修業だろう。
「エルムンガルドさんはパンを? 」
「うむ。あとは、これじゃ」
エルムンガルドがリディアに向くと、リディアが角に一つのバケットをひっかけていた。
アデルが覗くとそこには多くのフルーツが入っている。
彼女が「何に使うのかな」と首を傾げているとエルムンガルドが口を開いた。
「朝も早いしの。ヴォルトに朝食用のリプルパイでも作ってもらおうかと思っての」
それを聞きアデルは目を輝かせる。
何せヴォルトのリプルパイは子供から大人まで大人気のパン。
朝はいつもよりも豪華だなと心躍らせながらアデルは二人を連れてレストランに入った。
★
アデルは朝の稽古を終えて朝食を摂る。
目の前にあるのはヴォルトが作ったリプルパイ。
その隣にはアデルが作ったスープが並んでいる。
時々だがエルゼリアはアデルが作った料理を朝食に並べるようになった。
アデルからすればまだまだ人に出せるものではないと考えているみたいだが、エルゼリアからすれば十分とのこと。
それに料理を出して周りの反応を見ないとエルゼリアの主観のみの判断になってしまうことを、エルゼリアはよく知っている。
エルゼリアが作る料理は絶品だ。
それはこの町の誰もが感じていることで誰も否定はしないだろう。
けれどもエルゼリアはアデルを育てる上でそれを良しとしなかった。
腕の良い料理人が、弟子が作った料理を評価する。
よくある事ではあるが、その料理人の舌の評価が絶対なのかと言われると、ノーだろう。
この世界では味覚も種族も様々な人が行きかっているのを知っているがゆえに、エルゼリアは自分の味覚を絶対としていない。
よって彼女はアデルの料理の評価を周りにも頼み、彼女の料理がどの方向に行けばいいのかという指針にした。
「ん~~~!!! 甘い! 」
「シャキシャキ! 」
ジフ達がヴォルトのリプルパイを元気にどんどんと口に運んでいく。
本当は甘い物は最後の方が良いのだが、冷めると味が落ちてしまうので二人は先に食べている。
アデルがリプルパイを食べる手が止まり緊張しているのがわかる。
料理を食べるのにも順番というものがある。
濃いものを食べた後に味の薄いものを食べるとインパクトに欠ける。
今回アデルが料理を作っていることを知っているのはエルゼリアのみ。
けれども周りの大人達はアデルの緊張具合から彼女がスープを作ったことを察していた。
「このスープは落ち着きますね」
「流石エルゼリアさん。甘い物のあとにさっぱりとしたスープ。心地いい」
「よっしゃぁぁぁぁ!!! 」
ジフとロデがスープを口にして感想を言うと、アデルが拳を上に突き立てた。
二人は驚き一瞬固まる。
けれどもすぐにスープに目を落として事情を察した。
「……やられた」
「まさか、アデルが? 」
「ご好評ありがとうございます! 」
「くっ、殺せっ! 」
「負けた気分」
「いきなりなんだよお前達……」
アデルは苦笑しながら席に着く。
悔しがる二人を見ながらも一気にお腹が空いてアデルはリプルパイをシャキッと食べた。
「美味い!!! 」
★
ランチタイムと昼食を終える。
アデルはこの後も料理の勉強をしたかったが今日はお休みの日。
ジフ達と遊ぶ約束をしてレストランで別れたので、彼女は
「? 」
寮を出て畑を通りすがろうとした時何かに気が付く。
(なんだろう? 赤い、光? いや青? )
赤と青の光が彼女の目線の先で小さく
けれども不思議と危険な雰囲気は出ていない。
明らかに異常事態なのだが彼女は好奇心に勝てなかった。
アデルは近寄りしゃがんで小さな渦を覗き込む。
渦を巻いていたかと思うとそれはピタリと止まり赤と青の球体の姿をとる。
(触ったら……だめだよな)
触りたいけど触らない。
アデルが面白そうな球体に触れず様子を見ていると、ピシッとヒビが入った。
「え? オレなにもしてないのに! 」
アデルは驚き慌ててどうしようかと右往左往する。
右に左にと見ているとエルムンガルドとリディアがレストランから出てくるのが目に映った。
「エルムンガルドさん! 」
「む?! 」
「それは! 」
呼ばれた二人がアデルの近くにあるものを見るとすぐに駆け寄る。
彼女達が近寄った瞬間、ピシピシっと球体が割れて、それがあらわとなった。
「? 」
小さな人型の女性が
アデルも彼女を見つめ返しているがあわあわと慌てている。
そして二人の様子を珍しそうに見ているエルムンガルドとリディア。
——精霊の誕生の瞬間であった。
———
後書き
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