第161話 火と水の精霊

「む?! いかん! 」

「これはまさか! 」

「『精霊よ。相反あいはんする力よ。ぬしの存在をここに認める』」


 エルムンガルドがいつもと違う張りつめたような声で唱えると、一瞬精霊が光り、そして収まった。

 アデルは何が起こったかわからないままその光景を眺めていた。

 小さな精霊も何が起こったかわからない様子で周りを見渡している。


「ふぅ……。危なかったのぉ」

「タイミングよく我が主がいなければこの精霊は生まれてすぐにこの世から消え去っていたでしょう」

「そ、そんなに危ない状況だったのか?! 」


 アデルと精霊は驚きエルムンガルドを見上げる。

 驚く精霊を見る限りこの小さき精霊族も自分の事を分かっていないようだ。

 しかしそれもそのはず。

 何せ生まれたての精霊。人族の子でも生まれた時から自分の事を知っている者は、いないだろう。


「この精霊は元素相反そうはん属性の二種が混ざっておるからの。その性質がお互いに打ち消し合い消滅するのが自然というもの」

「我が主。それでは難し過ぎるかと」

「む、そうか」

「つまりこの精霊を例にとってご説明すると、自分の中にある二種類の力がお互いにぶつかり合って自然消滅する一歩手前だったということです」


 リディアが驚いているアデルにかみ砕いて説明すると精霊の方を向いて「危なかったな」という。

 精霊もリディアの言葉を理解しているのか怯えた表情をしアデルに引っ付いた。


「ですがもう大丈夫です。我が主がそれを収めましたので」


 安心したのか二人共大きく息を吐き地面に座る。

 精霊はアデルを背にして無防備な状態だ。

 それほどにアデルに気を許しているのだろう。


「こうやって二種類の属性? をもつ精霊は珍しいのか? 」


 アデルが小さな精霊を手の上に置いてエルムンガルドに聞く。

 精霊もアデルの質問に興味津々なようで、小さな手をアデルの上について、エルムンガルドに身を乗り出していた。

 エルムンガルドはリンクした二人の様子を面白そうに見ながらも答える。

 そしてその言葉をリディアが補足していった。


「二種類の属性を持って生まれる精霊はおる」

「珍しいかと言われると珍しい類になりますが、それを言うのならばエルゼリア様と契約をしているソウ様のような竜型の精霊獣の方が希少でしょう」

「しかし相反あいはんする属性をもって生れて来る精霊族は少ない」

「我が主の言葉を補足するのならば、生存することも、ですね」

「ど、どうしてだ? 」

「なに簡単な事よ。体の中に相性の悪いものを二つ抱えるようなものじゃからじゃ」

「この精霊は本当に運が良かったと言えるでしょう。消滅する前にエルムンガルド様の手によって消滅を免れたのですから」


 アデルと精霊が話を聞いているとぶるっと体を震わせた。

 そして精霊は全身を使ってエルムンガルドとリディアにお礼を告げる。

 アデルも立ち上がってお礼を言う。

 すると小さな精霊はアデルの肩に乗っかかり彼女の首に軽く頬ずりしていた。

 精霊のそれは気の知れた恋人に接するような感じを受ける。


「しかしアデルは珍しいものをみたのぉ」


 完全にアデルに懐いている精霊を覗き見ながらエルムンガルドがアデルに言う。

 アデルは首を傾げて「珍しいもの? 」と聞き返す。

 エルムンガルドは小さな精霊から顔を離してアデルに説明を始めた。


「精霊誕生の瞬間を見ることが出来る者なぞ殆どおらんからの」

「相反属性の精霊なら尚更なおさらですね」


 二人の言葉を聞くとアデルは好奇心が刺激されたのか目を輝かせて肩を見る。

 小さな精霊は少しもじもじしながらも赤く頬を染めている。

 その可愛らしい仕草しぐさに心を射止いとめられたのか、アデルは精霊に見入ってしまった。


 しばらくしアデルが落ち着くとエルムンガルドがアデルに聞く。


「この精霊ぬしの事が気に入っているようじゃが……、精霊契約を結ばぬか? 」

「精霊契約? 」


 聞き返すアデルにリディアが一歩前に出てゆっくりと説明する。


「精霊……、精霊族という存在は非常に不安定です。その存在や力を安定化させるために契約、――つまり精霊契約を結びます。精霊族同士でも行うことはあるのですが、異なる種族と結んだ方が力は安定しやすく多いですね」

「エルゼリアとソウが良い例じゃろうな」

「なるほど」


 理解したのかアデルは肩に乗る精霊を見る。


「オレと契約するか? 」


 聞くと肩からふわりと浮き上がりアデルの前まで移動する。

 そして大きく頭を振りながら両手両足を大の字にしてアデルの顔に引っ付いた。


「こ、こら」

「~~~♪ 」


 アデルが笑いながら精霊とたわむれている。

 それを珍しいものを見るような目でエルムンガルドとリディアは見守っている。


「余程気に入られているようじゃな」

「生まれて間もない精霊にこれほど気に入られるとは。これもまた運命というものでしょうか」

「さぁのぉ」


 カカ、と軽く笑いエルムンガルドはこれから向かうことを提案する。

 場所はエルムンガルドの森の中。

 契約を結ぶだけなら特に場所を気にする必要はない。けれど精霊女王たるエルムンガルドがいるということで、形式に習いつつ契約を結ぶとのこと。

 もちろんアデルは賛成だ。というよりも普通の契約と儀式めいた契約の区別がついていない。

 よって「エルムンガルドの意見」に賛成ということで、それを了解しようとした時、遠くから声が彼女の所に届いた。


「アデル。まだこんな所にいたのですか」

「遅い」

「わ、わりぃ」


 遊ぶ約束をしていたジフとロデが彼女を迎えに来たのであった。

 走る彼らの額には僅かな汗がにじんでいる。

 けれどジフはアデルの頭の上に乗っかっている精霊を見て急に足を止めた。


「そ、その精霊は……」

なつかれた」

「そ、そうですか……」


 ジフの顔が急に暗くなる。

 ジフの気持ちを察してかアデルは口を閉じる。


 (どうしよう。これからエルムンガルドさんの所に行くんだけど……、言わない方が良いよな)


 ロデが二人の変化に戸惑う中、エルムンガルドが口を開いた。


ぬしら約束があったのかの? 」

「あ、あ~。遊ぶ約束を……」

「精霊契約は後日にするかの? 」


 それを聞きジフの顔が更に暗くなった。

 リディアは呆れるようにエルムンガルドを見上げるが、彼女が気にした様子はない。


「お、俺達はいつでも遊べますので。アデルの精霊契約を優先させてください」

「む。そうか。ならこれから妾の森へ行こうぞ、アデル」

「あ、あぁ……」


 どんよりとした空気が漂う中、アデルはエルムンガルドについて森へ行く。

 リディアが振り向き最後に見た光景は涙をいてどこかに駆けて行くジフの背中だった。

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