第153話 シフォン公爵邸へ 1

 私がアルモンドの町から帰宅して数日後。

 ついに待ち望んだ公爵からの手紙が返って来た。

 早いな。

 スターチス自身が囲っている人員を使ったのか、手紙を運んできた人は一風変わった騎士風の人。

 聞くとここまで急いで手紙を渡すように指示を出されたのは初めてらしい。

 どれだけお菓子に飢えてるんだよ、と思いながらも騎士と別れて自室で手紙を開けた。


「了解だって」

「ならばすぐに行くのである! 砂糖が我を待っているのである! 」

「すぐに行きたいのは山々だが次の休みだな。あと砂糖は持って帰らない」

「な……」


 机の上で絶望した表情をするソウから目を離して便箋びんせんの中を探る。

 すると手紙に書かれていた招待状が三つあった。


「私とソウとヴォルトの分だな」

「……砂糖」

「お。ソウの着地地点も書てくれている。ありがたい」

「我の砂糖……」


 更に便箋の中を探ると何やらカードのようなものも出て来る。

 これが領都に入る時必要となる特別許可書、か。

 領都に入る時の手続きを簡略化してくれるのはありがたい。


「とするとニフォンの町まで集団転移でいって、公爵領に入って、そこから空を飛んで着地といった所か」

「せめてクッキーを……」

「後で作ってやるから戻って来てくれ、ソウ」


 旅程りょていを組みながらもソウに移動を頼む。

 ソウは「クッキー」という言葉に大きくやる気を出してすぐに了解してくれた。

 あとはヴォルトに伝えるだけと考え早速伝える。

 出発日を打ち合わせた後、私達は集団転移魔法でニフォンの町へ飛んだ。


 ★


「ここからは我の出番である! 全ては砂糖いっぱいのクッキーの為に! 」


 シフォン公爵領に入ると広い場所に出た。

 ニフォンの町とシフォン公爵領をへだてる砦の向うに、すぐ近くに町がある訳ではないようだ。

 けれどこれは都合が良い。

 多くの人が行きかう場所から離れてソウが巨大化。

 気合十分のソウの背中に私とヴォルトが乗った。


「では行くのである! 」


 ソウが大きくバサッと翼を開く。

 そしてその場を飛び立った。


「確かこの辺だよな? 」

「見せていただいた地図だとこの辺だと思いますが」

「ヴォルト。一応周辺に人がいないか調べる事は出来るか? 」

「簡単です」


 雲の上でヴォルトに頼む。

 私とヴォルトは遠視ロングサイトの魔法を使って下を見ているが、着地予定地点には誰もいない。

 けれど着地する時遠目で誰かに見られるかもしれない。

 巨大なドラゴンが領都を襲おうとしている。なんて話が出回ったら大変だからな。ヴォルトに一手間かけてもらうことにした。


「……少なくとも私の魔法には誰も引っ掛かりませんね」

「流石公爵といった所か。領民がパニックにならないような場所を教えてくれるとは」

「もしくは周りを封鎖しているのかもしれませんよ? 」

「それだと私達が出る時、不審人物になるだろ? 多分ここは誰も近寄らない場所なんだ」


 感心しているとソウが高度を一気に降ろす。

 そして指定された山に着地した。

 そこから私とヴォルトは身体強化をかけて山を下りる。

 超速で領都の手前まで行くと長蛇の列ができていた。


「私達は……、あっちの入り口だな」

「特別待遇なのである。我特別なのである! 」

「ソウは出会った時から特別だろ? 」

たまにはエルゼリアは良い事を言うのである」


 多分意味を取り違えている。

 そう思いながらも口にせず貴族専用の入り口に向かう。

 ちょっとだけ時間を待ち門番に公爵から渡された特別許可書を差し出す。

 怪しい者を見る目で見ていた門番達が急に態度を変えた。


「お入りください! 」


 態度が前の貴族と全然違う。

 このカード。本当に「普通」の「特別許可書」か?

 いやまぁ良い。

 通れるのなら、それでいい。

 少し納得できないまま門を潜る。

 何やら騒がしい音が聞こえるが、気にせず潜り抜けると、私の目に大きな馬車が一つ入った。


「エルゼリア様、ソウ様、ヴォルト様。ようこそ領都シフォンへ。ここからは我々がご案内いたします」


 黒いスーツを着た男性が言うと、後ろに控えていた騎士達が「バッ」と音を立てて敬礼をした。

 え、これどういう状況?


 ★


 馬車に揺られながら話を聞く。

 黒スーツの男性が言うにはスターチスからの指示らしい。

 自分達の足で行けるのに、わざわざ用意してくれるとは。


「奥様がとても楽しみにしていらしたので」

「お菓子目当てか」


 私の言葉に男性は微笑むだけ。

 正解のようだ。


「しかしよく私達がくる日程がわかったな。時間はともかく日にちがズレたら大変だったんじゃないかと思うのだが」

「お気遣いありがとうございます。しかし私達は従者で騎士。日にちが前後するくらい、苦にはなりません」

「……なんかごめん」


 どうやら日にちがズレていたみたいだ。

 けど考えれば普通の事だ。

 幾らこっちにソウがいるとはいえ交通手段も移動にかかる時間も不確実。

 この感じだと手紙を送った直後から門の所で待っていても不思議ではない。


 私達は話ながら公爵邸に行く。

 着くと騎士達に護衛されるような形で中に入り、玄関を開けるとニコニコ顔のペチュニアがいた。


「ようこそ。シフォン公爵邸へ」


 ペチュニアと挨拶をして中に入る。

 前回通された応接室へ行くとそこにはマリーが座っていた。

 私を見て慌てて立って彼女も挨拶。

 私達も挨拶を返すとそれぞれソファーに座る。

 ペチュニアの話によるとスターチスは忙しく今日はここにこれないとのこと。

 少しの寂しさを感じながらも「仕方ないか」と思いつつ目的の物を取り出した。


「まずは私から」

「これは前と違う形状のチョコレートですね」

「あぁ。まずは形を変えてみた。加えて前よりもミルクの量を増やしているから味がよりマイルドになっている」

「試食済みなのである! 」

「では食べて見てくれ」


 二人が目を輝かせながら棒状のチョコレートを手に取った。

 パリッと音がすると「ふぁぁぁぁぁ」と聞こえてくる。


「ミルキィですね」

「より甘さが際立ちます。前回よりも砂糖を入れたのですか? 」

「いや逆に減らした」

「減らして、こんなにも甘いのですか?! 」

「出来れば安上がりな方が良いだろ? 甘さを砂糖で出さなければならないというルールはないんだ。もし貴族様向けに商品をつくるのならその差額分で装飾みたいな特別感溢れるものを作ればいいし」

「確かにそうですね」

「それならば砂糖の輸入量を増やさなくても済みますね」


 マリーとペチュニアが言い、私も頷く。

 続けてソウに袋を一つ出してもらい、それを二人に渡す。


「気に行ってくれたようでなにより。ということでこれをお茶会なんかで使ってくれ」

「これはまさか! 」

「ああ。さっきのチョコレートだ」


 ヴォルトにパンを出される前に、用意していた物を出す。

 すると嬉々としてペチュニアが受け取りベルを鳴らす。

 メイドが入って来たかと思うと保管するように指示を出し、彼女は退出していった。


 ペチュニアがニコニコしながらこちらを見る。

 喜ばれて何よりだ。

 けれども本当に驚くのはここから。

 ヴォルトに目配せをするとコクリと頷き、彼は虚空こくうに手を突っ込んで一つのバケットを取り出した。


「甘い匂いが広がります! 」

「これは更にすごいものが出てきそうな気がしますね」

「お口に合えば良いのですが」


 と言いながらもヴォルトは白い布をとる。

 そしてチョココルネが彼女達に顔を出した。


「不思議な形状のパンですね」

「お母さま見てください。こちらからチョコが見えています! 」

「あら本当ですね」

「あぁ……、垂れてしまっている」

「早めに食べる事をお勧めいたしますよ」


 朗らかな顔でヴォルトが言う。

 すると二人はすぐにパンを口に入れた。


「柔らかい! 」

「固いチョコレートも好ましいですが、このとろけるようなチョコレートも素晴らしいですね」

「はわぁぁぁぁ。口の中に甘いチョコレートが広がります! 」

「なんと幸せな味なのでしょう」


 口元を緩めてチラリとヴォルトを見ると、嬉しそうだ。

 再度目を戻して今も、本当に美味しそうに食べる二人を見る。

 今この瞬間は、貴族ということを忘れて食べるのも良い事なんだろうなと、ふと思った。

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