第150話 竜の巫女の日常

 前回の出張レストランの事もあってか最近やたらと忙しい。

 明らかに従業員が足りていないのだけれど増えたのは外からのお客さん。

 だからこれは一時的なものだと考えているので私が料理を運ぶことも多い。


「「「いらっしゃいませ! 」」」


 ランチタイム。

 出来上がった料理を運ぶために料理を持って移動していると、アデル達が可愛らしくお客さんを招き入れていた。

 人が多いので三つ目の部屋に誘導する姿を見つつ私は料理を食堂に運ぶ。


「こちらご注文のフレッシュサラダにオニオンスープ。そしてスクランブルエッグになります」


 手際てぎわよく町の奥さん達の前に料理を置く。


「ありがとうね」

「いえ。それほどでもありません」

「最近多いみたいだけど大丈夫? 」

「その内収まるでしょう」


 気遣ってくれる人達に軽く微笑んで安心させる。

 けれどもどこか不安そうな表情をしている。


「もし大変だったら私達も手伝うから言ってね」

「過労で倒られたら大変だものね」

「そうそう。料理がおいしいだけじゃなくて私達の癒しの空間にもなっているもの」

「私達にとってかけがえのないお店だから」

「その時はよろしくお願いします」


 嬉しい事を言ってくれる彼女達に再度微笑んで一礼し、食堂を出た。


 ★


「切り方も慣れてきたな」


 アデルが集中して食材に向かっている中、私は独りちた。

 今は昼食が終わった後で私はアデルの成長を観察している。

 危なっかしい所は時々あるけどまだ許容範囲内。少なくともソウよりかは上手い。


 アデルを弟子にしてから時間が経つ。

 所謂いわゆる見取り稽古のような段階を終えて包丁を持たせたのだけれども、最初は中々うまくいかなかった。


 私の教え方が悪いと言えばそれまでなのかもしれないが、思えば今まで料理をしたことの無かったはず。

 彼女の母、アドナもあまり料理が上手いと言ったことは聞かないし、そもそも食材が少なかったのだから仕方がないのだろうと結論付けた。


 見取り稽古自体は成功していたのか包丁の持ち方などは出来ていた。

 が、実際に使うとなると手が震えたり怪我をしたり。

 ソウの回復魔法を使いながら何度も実践をつんでようやくこうして形になった。


「あとはレシピか」


 何を教えようかと考える。

 オニオンスープのようなスープ系は外せないだろう。

 あまり特殊な料理を教えても出来るかどうかわからない。

 ならばこの町で採れる食材を使った料理が良いかな。

 ブル系のステーキに焼肉。

 この町のオリジナル料理のリア焼きに、タレの作り方も教えないとね。


「えぇっと、あとは鍋に入れて……」


 今日は毎日行っている野菜炒めの練習だ。

 アデルは少し困っているようだが、敢えて助言はしない。

 失敗も必要だからね。

 かといって食材を無駄にすることは無い。

 運が良いのかそれとも失敗しない料理を教えているおかげか、少なくとも野菜炒めを失敗したことは無い。

 まぁ失敗したら我が家の精霊様に食べてもらうが。


 様子を見ているとジュウジュウと良い音が聞こえてくる。

 ヘラの使い方も十分だ。

 と見ているとう焼き終える。

 さぁ実食と行きますか。


 料理を皿に盛る。

 食堂に運ぼうとすると、レストランの入り口が開いた。


「邪魔するぜ」

「あれ? ライナーさん? 」

「ライナーか。どうしたんだ? まだディナータイムじゃないぞ? 」


 ライナーに続いてクタクタのウルフィード氏族の戦士達が入って来た。

 クタクタなのはいつもと同じなのだけど、この時間に来るとは珍しい。


「わりぃ。少しこいつらに食事を食わせてやってくれねぇか。もちろん代金は払う」

「……今は営業外なんだが」

「そう言わず頼む。こいつらがどうしても、久しぶりにエルゼリアの料理が食べたいっていうんだからよ」

「まぁ良いが……」


 出すのは良いけどどうしたものか。


「ま、食堂に行っていてくれ」

「助かる。行くぞおめぇら! 」

「ありがとうございます。姉さん! 」

「やっと姉さんの料理が食べられる」

「お姉様の手料理……はぁはぁ……」


 ……彼らが変なのはいつものことだ。


「アデル。彼らを食堂に案内してくれ」

「わかった! 」

「あと先に食べていてくれ」

「良いのか? 」

「構わないよ。私はちょっと時間がかかりそうだからな」


 アデルの返事を聞いて私はキッチンへ向かう。

 ソウに保存してもらっているスープを取り出してもらい、野菜を軽く切り刻む。

 フライパンに肉を入れてちょっと調味料を振りかけ刻んだ野菜を入れて、即興の野菜炒めを作ると、人数分皿に盛って食堂へ向かった。


「ドラゴンスープに簡単な野菜炒めだ。しっかり食え」

「ありがてぇ」

「これがないと生きていけねぇぜ」

「むしろ私はお姉様がいないと生きていけません」


 危ない発言が飛んできたような気がするが、気にせずそれぞれに配膳はいぜんする。

 ウルフィード氏族の戦士達に食べるように促して、チラリとアデルの方を見るともう食べ終わっているようだ。

 というよりもいつの間にかソウもアデルの隣にいた。

 まさかとは思うが……、アデルの料理を横取りしたな?

 見失ったかと思えばこれだ。

 全く食い意地の張った精霊様だこと。


「かぁぁぁぁ! このパンチの効いた味! 弾けるぜ! 」

「ドラゴンスープはこってり系だがその言葉じゃ収まらねぇな! 」

「あぁ。それになんだ? この内側から力があふれる感じは」

「生命力が回復するっ! 」

「ならまだまだ行けるな? 」

「「「休ませてください」」」


 全員がすぐさま止めに入った。

 回復したみたいだけど、食べる前の彼らの疲労具合を見て、ライナーもよく無茶を言うものだ。

 けれどいつもよりも疲れていたみたいだな。

 何か起こったのだろうか?


「いや小型のドラゴンが出てきてな」

「へぇ……。中層に? 」

「そうだ。といってもドレイク。最弱のドラゴンに何をビビってんのやら」


 何だドレイクか、と呟くと戦士達から抗議の声が上がった。


「氏族長。それは氏族長と姉さんがおかしいだけですぜ」

「そうです! 私達には翼がないんです! それに氏族長みたいに空中を自在に歩ける武技はないのですよ! どうやって倒せと?! 」

「魔法も苦手なのにどうしろと?! 」

「んなもん木に登って一気にジャンプして一撃で仕留めればいいだろうが」

「「「普通は出来ません!!! 」」」


 軟弱な事をいってんじゃねぇ、とライナーが叱るが彼らの気持ちもわからなくもない。


 体内に巡る「気」を「技」に変換した「武技」。

 ライナーは恐らくその内の「空歩」か「空踏み」「天駆てんく」のような武技を習得しているのだろいうね。

 けれどもそれをウルフィード氏族の戦士達が出来るかというと怪しいところ。

 ドレイクを一撃で仕留める力を持っていても、当てる手段を持っていなければ、ないのと同じだから。


「そういえばドレイクは倒したのか? 」

「もちろんだ」

「死ぬかと思った」

「火事にならなかったぜ」

「もう二度とドラゴンと戦いたくないです」

「でそのドレイクは? 」

「ん? あぁ冒険者ギルドに渡したな」

「なんだ。せっかくステーキでも作れたらと思ったのに」


 例えドラゴン種最弱のドレイクといえど、ドラゴンなのは間違いない。

 ステーキや焼き肉にすると美味しいのだが、惜しい事をしたものだ。

 やれやれと様子を見ていると、戦士達から熱烈ねつれつな視線を浴びているライナーが。


「氏族長。なんで、なんでっ、竜の巫女に運ばなかったのですかっ! 」

「お前達も一緒に冒険者ギルドに持っていっただろ?! 」

「ですがっ! ドラゴン肉ぅぅぅ! 」

「おうお前達……。やる気か? 」

「「「やってやらぁぁぁぁ! 」」」

「喧嘩をするなら外でやれ!!! 」


 殺気立つ彼らに一喝入れて溜息をつく。


 全くもって、今日も竜の巫女は騒がしい。

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