第149話 オリヴィア・スカイフォードは商人を助ける

「オリヴィア団長。そろそろ休憩にしましょう」


 軍馬を走らせるオリヴィアはチラリと離れた所を走る副官のエイミー・ウォードの言葉に軽く頷く。

 そしてはちきれんばかりの声で休憩の合図を送り馬の速度を落とす。

 道の横に馬を寄せて彼女達は休憩に入った。


 通常、国に緊急事態か演習のようなことがなければ軍馬が道を走ることは無い。

 行きかう人々が何かあったのではないかと驚いている中、雰囲気に似合わない声がその場に響いている。

 周りの目線を気にしていないのか彼女達は手早く休憩の準備を行い腰を降ろして荷物を探っていた。


 王都からロイモンド伯爵領にあるリアの町に行くにはシフォン公爵領を直線経路で走るのが一番早い。

 よってオリヴィア騎士団はシフォン公爵領を出てロイモンド伯爵領に入っているのだが、予定よりも少し遅れていた。

 その原因は――。


「オリヴィア団長。この服どう思いますか? 」

「似合っているよ」

「オリヴィア団長。シフォン公爵領で予約した服を着て式を挙げる予定なのですが、同席してもらえませんか」

「是非同席させてくれ。精一杯、祝福しよう」


 シフォン公爵領で大量の買い物をしたからである。


 シフォン公爵領はファッションの最先端である。

 様々な服がならび女性のみならず男性も魅了する。

 服を選ぶ際の個人のセンスは必要だが、各店の店員のセンスも磨かれている。

 この領地で買えばハズレは引かない。


 軍人とはいえ彼女達も成人女性だ。

 おしゃれに気を使うこともあれば恋をすることもあれば。

 ある者はシフォン公爵領で買い物を行い、ある者は結婚式の時に着る服を予約する者もいた。

 オリヴィアが彼女達をたしなめ先を急げば予定が遅れるようなことはなかったのだが――。


「大量に買いましたね。オリヴィア団長」

「う、うるさい。悪いかエイミー! 」

「いえ悪いとは言っていません。ただ、誰に見せるのかと」

「見せる者がいなければ買ったらだめなのか! 」

「そのようなことは……ふっ」

「~~~~っ! エ、エイミー。お前だってっ!」

「私に恋人の一人もいないとでも? これでも領地では人気があるのですよ。私」

「まさか私に黙って?! 」

「………………まぁ浮ついた話の一つすらありませんが。誰か様のおかげで」


 オリヴィアも皆と一緒に買い物をしたためこうして遅れた。

 久しぶりにオリヴィアとエイミーのやりとりを見る団員達は微笑ましい瞳で二人を見ている。

 エイミーは気付いているがオリヴィアは気付いていない。

 頭に血が上りやすいオリヴィアはエイミーのかっての良いいじり相手になっていた。


 エイミーはオリヴィアの副官である。

 けれども同時にプライドが高く頭に血が上りやすいオリヴィアの制御役でもあった。

 このオリヴィア騎士団はオリヴィアにかれて集まった者がほとんど。

 けれども騎士団の運営などはエイミーの方が得意であった。

 そのことをオリヴィア自身が自覚している為、エイミーに領地立ち上げの際ついて来るように声をかけたのだが。


 オリヴィア・スカイフォード二十九歳人族女性。

 エイミー・ウォード二十七歳人族女性。


 領地開発に心血しんけつそそいだ二人だが、綺麗な服をリュックサックに大事に仕舞っている二人共、そろそろ結婚したいと考えていた。


「さて。お遊びはここまでにしておきましょう」

「私とはお遊びだったのか?! 」

「……誤解を招くような言葉使いはやめてください。わざとですか? わざとですか? 」

「何がだ? 」

「………………はぁ。まぁ良いです。では皆さん休憩はこのくらいにしておきましょう。馬も休むことができたでしょうし、出発の準備を」

「総員出発準備を! 」

「「「はい!!! 」」」


 彼女達はきびきびと動き始める。

 そしてリアの町に向かって出発した。


 オリヴィア達が出発してすぐ。

 すぐに異変を察知したオリヴィアは片手を上げる。

 同時に全員が馬の速度を落としオリヴィアの指示を待つ。


「……賊のようだ」


 他の団員達の危機感知には引っ掛からない。

 がオリヴィアの言葉を疑わず顔を引き締める。


「街道に出ている。誰か襲われている可能性がある。すぐに駆け付けるぞ」

「「「はっ!!! 」」」


 そして彼女達は馬で駆けて行った。


 ★


「……多すぎでしょう! 」

「良い狩場なんでねっ! 」


 テレサの火球ファイアーボールが盗賊に当たり悲鳴が響く。

 けれどもそれに動じることなく奥から更に盗賊が湧き出る。

 魔法使いであるテレサ、回復役であるリリ、そして護衛対象であるコルナットを護る形で前衛達は近寄る盗賊を倒していくがキリがない。

 すでに彼らの前には数十の死体が横たわっている。


「くそっ! こいつら強すぎだろっ! 」

伊達だてに魔境暮らしはしてないんでね! 」


 迫りくる賊をガラックが斬りつけすぐに定位置に戻る。


 ――ヒットアンドアウェイ戦法だ。


 これを繰り返して死体の山を築いている。

 通常護衛のような時に使うような戦法ではないが、多対一を常に一対一に持ち込む子のやり方は今の状況に適していた。


 テレサやガラック達は魔境で何度も死ぬような思いをしている。

 今くらいの数のゴブリンに囲まれたこともあれば、道連れのような形で中層に連れられることもあれば。

 その時の経験が今の彼女達を生かしているのは皮肉だろう。

 

 テレサ達が護るのはコルナットとルミナスの馬車。

 彼らがシフォン公爵領から砂糖を運んでいる途中、賊に襲われたのである。


 今テレサ達の目に映るだけで約十。奥にいる者を含めると巨大な盗賊団であることがわかる。

 盗賊達にも縄張りというものがある。

 縄張りを侵さないように仕事商人等の襲撃を行うのだが、今襲撃しているのはこの周辺一帯を締めている盗賊団の下っ端といった所だろう。


 テレサ達は終わりない盗賊の襲撃に辟易へきえきとしながらも確実に敵の数を減らしていた。

 額に冷や汗を流していると大きな声が彼女の耳に届いた。


「総員賊を排除せよ! 」

「「「はっ!!! 」」」


 馬の走る音と共に聞こえてくる女性の声。

 テレサ達だけでなく盗賊達も声の方を見ると、盗賊達が驚いた。


「あれはまさかオリヴィア騎士団?! 」

「解散したんじゃないのかよっ! 」

「撤退だ! 」

「逃がすか! 」


 白いマントを羽織った女性が馬から飛び降りたと思うと、消えた。

 瞬間テレサ達の前にいた賊が真っ二つになる。


「せ、閃剣?! 」


 驚く男性も瞬時に亡き者となった。

 テレサ達が呆気にとられる中、オリヴィア一人が無双して、続けて部下達に指示を出す。


「これより掃討戦に移る! 森を探索しつつ賊を殲滅せよ! 」

「「「はっ!!! 」」」


 到着した団員達に指示を出し、オリヴィア達は森の中へ入っていった。


 ★


「団長に任せていれば直に終わるでしょう」


 水色のショートヘアをした女性——エイミーがテレサ達に声をかける。

 エイミー達数名は襲われていたコルナット達の護衛。

 万が一のことを考えてオリヴィアが彼女を残したのだ。

 オリヴィア無双に呆気に取られていたテレサ達だが、エイミーに気付きお礼を言う。


「いえ。これも仕事の一つなので」

「そう言って頂けるとありがたいですねぇ。あ、私Cランク冒険者のテレサと言います」

「これはご丁寧に。私はオリヴィア騎士団の副団長、エイミー・ウォードと申します」


 エイミーは淡々とした様子でテレサ達に自己紹介をする。

 テレサ達も自己紹介を済ませると、テレサが聞く。


「私達がくるまでに多くの賊を討伐していた様子。とてもではありませんがCランクに見えなのですが」

「あぁ~、そういえばランクを上げていませんでしたねぇ」

「申請する暇もないというか」

「……賊相手の方が楽」


 彼らの言葉に首を傾げるエイミー。


 どう見ても大規模盗賊団による襲撃だ。

 普通のCランク冒険者なら一瞬で壊滅。

 彼女達は一体どんな環境に置かれているのだろうと興味を引いた。


「終わったぞ。エイミー」


 言うと血一つ浴びていないオリヴィア達が森から出て来る。

 けれども本当に仕事を終えたようで、手には戦利品の金貨を持っていた。


「遅かったですね」

「……ブランクだ。全く忌々いまいましい」

「いえ途轍とてつもなく早かったと思うのですが」

「テレサ。その前にお礼を」


 リリにたしなめられ、慌ててオリヴィア達にお礼を言う。

 けれどもオリヴィア達は「当然のことをしただけだ」と言いコルナットとルミナスに目を向けた。


「無事で何よりだ」


 オリヴィアは深紅の髪をなびかせ背筋を伸ばしてコルナットに向いた。

 ガラックとボルのみならず、同性のテレサ達も一瞬見惚れる。

 何も言わないのはまずいと感じ取ったのか、慌てた様子でコルナットが代表で前にでる。

 彼がお礼を言うと報酬の話になった。


「私達は陛下の命によりリアの町周辺の賊を討伐することになっている。広く見ればここもリアの町周辺に含まれる。気にするな」

「リアの町? リアの町に何か御用で? 」

「ん? もしや貴殿らもリアの町に向かう途中か? 」

「ええ。というよりも我々はリアの町に住んでおりますので。今はこうして商品を運んでいますが、リアの町で店を開かせていただいております」


 コルナットが言うとオリヴィアが少し考える。

 けれどもオリヴィアが言葉を発する前にエイミーが口を開いた。


「我々をリアの町へ案内してくれませんか? 」

「……私が言おうとしていたのだが」


 明らかに上司な人に先んじて提案する女性に奇妙なものを感じながらも、コルナットはささやかなお礼ということでそれを承諾しょうだくした。

 そしてコルナット達とオリヴィア騎士団は共にリアの町へ向かうのであった。


 ……尚、軍馬と商人の馬車では速度が違う。

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