第146話 ニフォンの町 6 拝啓 ルミナス・ウルフィード様
「そう言えばこの国の砂糖事情を知りたいのだが」
一先ず報酬の話がまとまりメイド達が紅茶を注ぎお茶会が始まった。
出されたクッキーを食べるとほんのりと甘い味が口に広がり、砂糖が入っていることに気付く。
高位貴族である公爵家に砂糖がないということは無いとは思っていたけど量が少ない気がする。
もちろん敢えて少なめにしていることも考えられるし、そういうお菓子があるのも知っている。
どちらか判断できなかったため聞いてみることにした。
「砂糖か。輸入に頼っている状況で、高級品という扱いだな」
「この国では大体スプーン一杯で金貨一枚といった所でしょうか」
やっぱりかと思いつつも、ついでなので他の事も聞いてみることに。
「香辛料類は国内で。確か旧グランデ伯爵領……今のロイモンド伯爵領内で採れたはずだな」
「カカオは私達の領内で採れますが……、あの毒のように苦いものを何故? 」
「採れるのか?! 」
驚き身を乗り出して聞くと二人が驚いたような表情をする。
カカオが採れるのか。
しかし二人はその価値に気が付いてない様子だ。
「失礼した」
少し誤魔化しながらソファーに座り直して考える。
砂糖や牛乳が簡単に手に入るようになればチョコレートを作ることができる。
甘い物大好き雪降る国「イナバ」で作ったことがあるが、さてこの国で作れるか。
砂糖は貴重品。
ふんだんに使うことはできない。
ならば代わりとなる物を使いつつ……。
「もしやカカオが
「ん? あぁ……。カカオと砂糖、あと牛乳とかを混ぜると甘い菓子が出来るんだ。混ぜる割合をかえると、これまた面白くて、味が変化する」
「それは興味深い」
「けれど砂糖が貴重品だろ? それをどうしようかと考えていてな」
「ならばこの館にある分を使ってみてはくれませんか? 」
「良いのか? 」
「差し上げます。カカオも定期的にリアの町へ送りましょう。代わりといっては何ですが、その菓子とやらを一つ食べさせてくれませんか? 」
魅力的な提案だ。
カカオが手に入りここにある砂糖を使うことができるとは。
だが——。
「ご心配なく。持っていかれた分は後で補充いたしますので」
「ならこの館の心配はしなくても良さそうだな。よし、今から作ろうか! 」
私は立ち上がりスターチスの許可を得てキッチンへ向かう。
さぁお菓子作りと行こうじゃないか。
★
「これがチョコレートというものなのですか」
「真っ黒いですが、甘い香りがしますね」
チョコレートを作り終えた私は早速公爵一家に出した。
するとマリーとルミナスが顔を覗かせて興味深そうに顔を近づけ覗き込んでいる。
私が作っている間に仲良くなったようだ。
「今回作ったのは「イナバ」という国で作られていた一般的な物だ」
「やはり見たことのないお菓子ですね」
「イナバという国も聞いたことがない」
「まだまだこの世界には私達が知らない事が多いということでしょう。お父様、お母様」
「マリーの言う通りだね」
不思議がる両親に振り向くマリー。
公爵がイナバを知らないのか。
ならばこの国はイナバから遠く離れたところにあるのかもしれない。
そもそもこの国にはソウの転移で来た。
未だに国の立地がわかっていないが少なくとも私がいた場所から遠く離れているのは確かなようだ。
「では実食してください。毒見の方は済ませてありますので」
「おいしゅうございました」
毒見役のメイドの方を見ると彼女の瞳は今机の上に置いてある公爵家用のチョコにロックオンされていた。
いや美味しいのはわかるが、主人のチョコをガン見するのはいいのかよ毒見役。
口元を緩め少し笑いながら再度公爵一家を見る。
彼らは食前の言葉を口にして恐る恐るといった感じでチョコを手に取った。
――パリ。
噛むと良い音が聞こえてくる。
「固いですが噛めば噛むほど崩れ甘さが口に広がります。癖になりそうな固さですね」
「なんという甘さ」
「これがあのカカオから作られているとは思えません」
気に入ったようだ。
小さく小分けしたチョコを次々に口に運んでいく公爵一家。
机の上にはもう一つチョコが置いてある。
「アデル達も食べたらどうだ? 」
「良いのか? 」
「確かかなり高いと聞きましたが」
「うんうん」
「構わないよ。食べないのなら私が食べるが」
そう言うとすぐに手を付けた。
「おおおーーー! 新感覚だ! 」
「苦さの中に甘さが程よく混ざっていますね。確かに食べたことがない」
「甘い」
「はい。ルミナスさん。あーん」
「あ、あーん」
マリーの声が聞こえたかと思うとルミナスが口を開けているのが見えた。
パリッと音が聞こえ二人は少し恥ずかしいのかクスクスと笑っている。
アデル達が喜んでいる所から少し離れて人狼姿のルミナスとマリーがいちゃついている。
やっぱりそう言うことだったか。
まぁ割り込むような無粋な事はしない方が良いだろう。
スターチス達も微笑ましいようなものを見るような目でみているし特に問題はないとおもう。
いや問題はあるのだろうけど、今この瞬間くらいは良いだろうね。
「エルゼリア殿。折り入って頼みたいことがある」
「? なんだ? 」
「このチョコレートというお菓子の調理方法を教えてもらえないだろうか? 聞けば砂糖やミルクの比率を変えることで様々な味を出せるのだろ? ならば他の可能性もあるんじゃないのかな? 」
「貴方。それだと一方的過ぎますし言葉が足りなさすぎます」
「むぅ」
「スターチスの言葉を訳し付け加えると一緒に共同開発をしないか、という話になります。もちろんエルゼリアさんの日常を壊さない範囲で」
「対価にこちらから砂糖を融通できればと考えている。出来れば砂糖はチョコレートの開発に使ってほしいが、菓子類の開発という大枠で予算を新たに作っておこうと思うのだが」
それは良い!
要は送られてくる砂糖を使い放題ということだろ?
いや流石にお客さんには出せないけど時々楽しむくらいなら十分だ。
それに研究開発。
心躍る言葉だ!
「開発期限は設けない。こういうのは期限を設定すると碌なことにならないからな」
「エルゼリアさん。このお菓子は社交界に衝撃を与えます。出来れば良い返事を頂きたいのですが――」
「了解した。さぁ早速契約書を作ろうじゃないか!!! 」
拳を握りしめ立ち上がる。
スターチス達が驚いたような表情をしているが、ソウが「エルゼリアは研究馬鹿なのである」というと、表情を崩してベルを鳴らした。
その後私達は契約書を作り公爵家を後にする。
宿で一泊しリアの町へ帰る時、ヴォルトが用事が出来たということで一旦別れたが、そのまま町へ戻った。
私も子供達も得るものがあった今回の遠出。
リアの町に帰ったら何を作ろうか楽しみである。
★
エルゼリア達がリアの町に帰り時間が経った。
全員がそれぞれ忙しくしている中、ルミナスもコルナットの店で忙しく働いていた。
「いやはやまさか私が砂糖に香辛料にと、取り扱うようになるとは」
顔を引き攣らせていうのは犬獣人の商人であるコルナット。
エルゼリアとも知人であるということから公爵直々に指名されて公爵領からカカオや砂糖を運ぶようになった。
公爵一家と直接会った時の緊張が一気に解けたのか受付台の上でぐったりとしている。
けれどコルナットの仕事はこれだけではない。
ロイモンド伯爵領内にあるアルモンドの町で採れる香辛料の取引もやらなければならなかった。今はそれも終えてやっと一息ついたところだが、重圧からくる疲労は隠せていない。
元々忙しい身であったがそこに「貴重品」や「高級品」の輸送という重大な仕事が舞い込んだのだ。
本来は喜ぶべきであろうが、こればかりは仕方ない。
「ルミナス君。そう言えばマリーゴールド様よりお手紙を預かっていますよ」
「本当ですか! 」
作業をしていたルミナスが大声で喜ぶ。
けれどすぐに向かうようなことはせず、シフォン公爵家の印が入ったウルフナンバーズカードを商品棚に置いて一仕事を終え、コルナットの元へ向かった。
コルナットはその様子を頼もしく見ながらもルミナスに手紙を渡す。
「お返事も書かないといけないでしょう。少し休憩にしましょうか」
「はい! 」
元気のいい返事をし、ルミナスは純白の便箋を大事に抱えて、休憩室に駆けて行った。
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