第144話 ニフォンの町 4 ルミナスの勇気 2
「あああ、ちきしょう! ルミの馬鹿! 」
「行きますよ! ルミを抱えて逃げます」
「即時撤退」
飛び出してしまったルミナスに頭を抱える三人。
けれど彼らはルミナスをおいて逃げるという選択肢を選ばずに飛び出した。
すると大人二人が驚いている。
けれどすぐに嘲笑した。
「なんだ驚かせやがって。獣人族のガキじゃねぇか」
「あとはエルフに人族か。ここは大人の仕事場だ。すぐに家に帰りな」
「まぁ見られた以上帰れないだろうけれどな」
男達はニヤニヤしながら腰にしている短剣を持つ。
構えに型のようなものはない。
ならずものの構えである。
「ルミ! 出しゃばりやがって」
「これは逃げれませんね」
「……どうする」
アデル達は身体強化をかけながら頭を巡らせ逃げる算段をする。
相手の実力は未知数。加えて体格差がある。
そんな相手と戦うのがどれほど危険な行為かよくわかっているからだ。
ルミナスは謝りながらも前を向き拳を構えていた。
彼に後悔している様子はない。
むしろ闘志を燃やしていかにして女の子を逃がすか考えていた。
「作戦変更! 隙を見て逃げる」
「あっちの女の子は? 」
「構ってられっか! 」
「……早く衛兵を呼ぶのが一番」
「だから呼ばせないっていってるだ、ろっ! 」
男が一人アデルに切りかかる。
(速い! )
意外な身のこなしに驚きながらも選択肢をかえて
「~~~っ! 」
「ちっ! 魔法か」
「ロデ! 」
ロデが「お~う」とのんびりとした返事をしながら壁を蹴る。
そこから急転、体を何回も回して遠心力の乗った拳が男の頭を打ち付けた。
「ぐぉっ! 」
「ジフ! 」
「分かってる。
男が不意打ちを喰らいカランと音を立てて短剣を落とす。そしてジフの無属性魔法で固められて一時的に動きを止められた。
その後ろで舌打ちが聞こえる。
瞬時に人攫いの男が一番確実な方法を選び逃げようとするが、ルミナスが高速で移動して会心の一撃を
「ぐ、ぉ」
「ガキが! 」
拘束している間に逃げようと考えていたアデル達はルミナスの行動に驚き動きが止まる。
「がっ! 」
「あ”っ! 」
「ぐっ! 」
その瞬間蹴りで三人とも吹き飛ばされて壁にぶつかる。
ケホケホとせき込みながらも立ち上がるとそこには憤怒の表情を浮かべた人攫いがいる。
頭に血が上り依頼よりも鬱憤を晴らすことにしたようだ。
「てめぇら。タダじゃ済まねぇぞ」
三人は再度立ち上がりすぐに態勢を立て直す。
距離を取って拳を構える。
第二ラウンドの始まりであった。
★
ルミナスは考えていた。
確かにアデル達の言うことは正しい。
けれど彼はどうしてもこの場を引くことが出来なかった。
(助けられるばかりじゃいけない! 僕だって! )
ルミナス・ウルフィードは人狼族としては大人しく力が弱い。
それ故に周りから大事にされて育ったが、人を助けるということはあまりなかった。
――それは助ける側になりたいという憧れなのかもしれない。
――それは単なる人狼族としての闘争本能からくるのかもしれない。
様々なイレギュラーのおかげかルミナスは真っすぐに育った。
今どんな感情が彼を突き動かしているのかは不明だが、その真っすぐさが今の彼を動かしているのは確かである。
結果として、彼はウルフィード氏族の戦士として目の前の敵を倒して、横でぐったりしている女の子を助けたいと心の底から思っている。
尊敬する戦士「ライナー・ウルフィード」の言葉によると逃げれない状態で力量差がある場合は関節を狙えとの事。
関節を封じて動きが鈍っている間に逃げるということだ。
ルミナスは身体強化された脚で相手の膝関節に蹴りを入れる。
「攻撃が直線的過ぎるんだよ! 」
だがそれは空を切り、彼の背中に衝撃が走った。
地面に打ち付けられるけれどもすぐに体を起こして再度攻撃する。
「ガァァァァ!!! 」
「うっせぇ! ガキが! 」
それも避けられ壁に向けて蹴り飛ばされた。
「かはっ! 」
肺から空気が漏れ出す。
ルミナスは体を動かそうとするも体が思うように動かない。
「正義のヒーロー気取りのガキが。めんどくせぇ」
男が近付いて来る気配がする。
危険が迫っているのがわかる。
けれども引く気にはなれなかった。
――邪魔。
思うとルミナスは足枷となっている人化を解いた。
するとルミナスの体は急に軽くなり男を射殺さんばかりに睨みつける。
男から「ひぃ」と情けない声が上がり、ルミナスは一歩前に出る。
男の後ろから蒼い瞳の少女がルミナスを少し怯えた様子で見ている。
けれど逃げる様子がない。
「ば、化け物め! 」
男はついに持っていた短剣を振り下ろす。
けれどルミナスは軽いステップでそれを回避して拳を腹にめり込ませる。
人攫いの男が腹を抑えて二歩、三歩下がったかと思うとルミナスを睨みつける。
けれども怯むことなく今度は軽くジャンプをして拳を顔面にめり込ませた。
戦局は硬直している状態であった。
ルミナスは人化を解いて力を十全に使える状態だが、僅か八歳の子供。
攻撃の一つ一つに体重が乗らず決定打を与えることが出来ない。
一方で人攫いの男は男で高速で移動するルミナスを捕捉出来ずにいた。
子供でも強大な力を持つ人狼族。
加えて最近ライナー達から身体強化の仕方を教えてもらったことでその力は増している。
が――。
「終わりだ、終わり」
男の雰囲気がガラッと変わる。
コキコキと肩を鳴らしたかと思うとルミナスの後ろにいる仲間の男性に声をかける。
「そっちはいつまで手こずってんだ」
「それはお前もだろ! 」
「うっせぇ」
ルミナスの元に後ろから叫ぶような声が聞こえる。
思わずルミナスは後ろを見ると、そこには満身創痍になりながらも人攫いの男を
「お前達を単なるガキだと侮った俺達が馬鹿だったよ」
その言葉でルミナスは目の前の男に視線を戻す。
「依頼主を待たせるわけにはいかねぇ。大人げねぇが大人の仕事に口出したお前達が悪いんだ」
男は短剣を再度構え直す。
構えは同じだ。
けれど雰囲気が違う。
ルミナスの全身の毛がぞわぞわっと逆立つ。
けれど感じたことのない殺気に竦みそうな足を踏ん張って拳を前に構えた。
そして男の足が動く。
だが――。
「そこまでにしていただきましょう」
いつの間にか二人の人攫いは地に伏していた。
全員何が起こったのかわからず周りを見る。
けれど誰も見当たらない。
「こいつらは何回殺しても殺しきれんな」
「エルゼリア殿落ち着いて。子供達が怯えます故」
「……殺気が物凄いのである」
聞き覚えのある声に子供達は再度周りを見る。
視界が歪んだかと思うとそこには一人の老紳士と緑の服を着たエルゼリアがいた。
「な、なにが……」
「いえ単なる無詠唱化した
「ばかを、いうなっ! こんな威力あるはずがっ! 」
「自分の物差しで相手の力量を測ると見誤る事は多々あります。さっき、学んだはずでしょう? 」
ヴォルトが人攫いに近付きながら解説する。
エルゼリアは殺さんばかりに男達を見たかと思うと子供達に目をやった。
「……後でお説教だからな」
「「「……はい」」」
比較的柔らかい表情で子供達に言うが今の彼女の顔は子供達を委縮させるには充分であった。
エルゼリアは子供達の返事を聞いて、ソウに回復魔法の指示を出す。
ソウは何も言わず、一人一人の上をくるりと回り回復魔法を施した。
「さてこの者達ですが――」
「見つけたぞ! 」
「お嬢様! ご無事で! 」
ヴォルトが何か言おうとするとガチャガチャと金属同士がすれる音が辺りに響く。
エルゼリア達が音の方を見ると騎士のような格好をした集団がやってきた。
「賊だ! 」
「殺しても構わん! 総員構え! 」
隊長らしき人物が指示を出すと全員がエルゼリア達の方へ剣を向ける。
子供達は動揺したがエルゼリアとヴォルトは気にした様子はない。
ヴォルトがコツンとステッキを地面を叩くと小さな魔法陣が現れて、消えた。
エルゼリアは困ったような表情でソウを肩にして「どうしようか」と考える。
「皆さんお待ちください! 」
状況が緊迫する中、一番後ろにいた少女が声を上げる。
「この方々は私を救ってくれた恩人です! 無礼は許しません! 」
その言葉に今度は騎士達に動揺が走る。
騎士達の動揺を気にせず金髪碧眼の少女は上品に一礼した。
「助けていただきありがとうございました。そして騎士達のご無礼をお許しください。スターチス・シフォン公爵が娘マリーゴールド・シフォンと申します。気軽にマリーとお呼びください」
マリーは顔を上げて、笑顔を作り、笑ってみせた。
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