第142話 ニフォンの町 3 自由時間 2 保護者サイド

 エルゼリアとソウ、そしてヴォルトはアデル達の少し後ろを歩いていた。

 コルナットやテレサ達はいない。

 彼らは用事が残っているということで今回は別行動となったのだ。


 緑のローブに身を包んだエルゼリア達は後をつける。

 けれどアデル達はおろか周りの人達がエルゼリア達に気付く様子はない。


「……エルゼリア殿。一度私の魔法がかき消されたのですが」

「気にするな。あの白いローブはちょっと特別なんだ」

「聞くだけ野暮やぼでしたか」


 ヴォルトが「はぁ」と大きく溜息をつく。


 今エルゼリアのお気に入りの白いローブはソウの異空間収納の中。

 何故着ていないのかというとヴォルトがエルゼリアに隠蔽ハイド消臭オーダレスなどの魔法をかけたらかき消されてしまったからである。


 そもそもの一連の発端はエルゼリアとヴォルトが子供達を見守りたいと言い始めた所からある。

 しかし普通について行くとバレるかもしれない。

 特にルミナス。

 ルミナスは感覚が鋭敏な人狼族である。

 よってどうするか考えた結果ヴォルトの魔法で姿や臭いを消してついて行くという案であった。


 だがそこで予想外の事が起こった。

 エルゼリアがヴォルトの魔法を弾いてしまったのだ。


 これでは子供達の安全を確保できない。

 そう思ったエルゼリアはその原因たる白いローブを渋々脱いで、いつも着ている緑のジャケット姿になっているということだ。


「少し過保護すぎやしないか? 」

「そんなことはない。知らない土地で何かあったら大変だろ? 」

「エルゼリア殿の言う通りです。保護者たる我々は彼らの安全に加えて成長を見守る義務がございます故」


 ソウがエルゼリアの肩の上で呆れて大きく溜息をついた。

 もちろんの事その音は静寂サイレンスでかき消されている。


 言っている事はまともに聞こえるのだが、見える状態だと普通にストーカー。

 子供を見守るというよりかは子供を攫う側に見える。


「そらなら子供達について行けばよかったのである」

「私達大人がいたら子供達が楽しめないだろ? 」

「その通りです。加えるのなら知らない土地で自分達で考え行動する。これは一種の成長の機会です。あまりない、町の外に出る機会。良い刺激になると思いますよ」

「……あとで怒られても我は知らないのである」


 再度大きな溜息が聞こえ、エルゼリアとヴォルトはウキウキした感じで子供達の後を付けて行った。


 ★


 子供達が最初に向かったのは衣服店であった。


「ルミナスは一番小さいはずなのにしっかりとしているな」

「この旅が彼を成長させたのでしょうねぇ。嬉しい限りです」

「親じゃないのに親バカなのである」


 二人はソウの言葉を無視して店内に入りアデル達を観察していた。


 今回の買い物はロデの買い物である。

 エルゼリアは最初「アデルの買い物では? 」と思ったが子供達が話している内容からロデの買い物と知る。

 意外なことに驚きながらも、エルゼリアはアデルが可愛らしい服をチラチラ見ているのが可愛らしいと思った。


「贈り物、だったよな? 」

「そのようで」

「誰に送るんだ? 」

「さて……そこまでは」


 エルゼリア達が子供達の話を聞いていたとはいえ全て聞こえるわけでは無い。

 むろん感覚を強化すれば聞くことが出来るのだが、情報操作系の魔法とはいえ魔法の重ね掛けは干渉を引き起こす。

 よって出来れば使いたくないと思った結果がこれである。


「アデルが選んでるな」

「となるとお相手は女性でしょうか? 」

「ロデに妹いたか? 」

「聞いたことありませんね」

「あ、ジフがまた殴られたな」


 ゴン! と少し控えめな音が聞こえてエルゼリアは笑みをこぼす。

 このやり取りは最近特に多い。

 エルゼリアは彼女達のスキンシップの一つだと考えて微笑ましく見ているが、当たり所が悪ければ一撃必殺。

 言葉が過ぎるジフにも悪い所があるのだが少々過激な気がしなくもない。


「買ったみたいだな」

「次へ行くようで」


 子供達がきちんと会計を済ませた所を見て安堵する。

 彼らが外に出て行くのを見て、エルゼリア達も外に出た。


 子供達が次に向かったのは薬屋である。

 今も痛々しいこぶを作っているジフのための薬である。


「ジフももう少し女心がわかれば傷薬の厄介にはならなかったんだけど」

「はは。今まで気にする必要がありませんでしたからね。経験がない事を考えると仕方ないですよ」

「それを考えると余計なことを言わない分ロデやルミナスが大人に見える」

「子供のうちに異性とたわむれるのも、その時の特権かと。成長するにつれて喧嘩すら普通にできなくなりますからねぇ」

「それは言えてる」


 言っていると薬屋の店主がジフのコブをみて驚いていた。

 薬が欲しいというとすぐに用意して幾つかジフに渡す。

 だがそれだけに終わらず薬屋の店主はジフの頭に薬を塗り始めた。


「だれがこんな酷い事を」


 店主のその一言でエルゼリア達はアデルが気まずそうに顔を逸らしたのを見た。

 地面を陥没させるほどの威力を持つ拳である。

 いくら戯れているだけとはいえ店主ドン引きのコブを作ったことに気まずくなったのだろう。


 薬を塗り終えたジフは塗ってもらった分のお金を支払おうとする。

 けれども店主はそれを断って買う分だけの代金だけでいいと言う。

 薬屋を出る時、アデルが気まずそうにしていたのは気のせいではない。


「次はアデルの……籠手ガントレットか」

「………………ジフ殿は言葉の責任をとらないといけなくなるかもですねぇ」

「アデルも服にすればよかったのに」

ワタクシも同意見ですがこればかりはなんとも……」

「本格的にジフの生命の危機なのである」


 ジフが冷や汗をドバドバと流しながらやってきたのは彼が提案した武器屋である。

 もちろんアデルの武器を買うためだろう。

 店主のドワーフ族の男性は子供達をみて少し鬱陶うっとうしそうに対応している。

 けれどもアデルが籠手ガントレットが欲しいと言った瞬間奇妙なものを見るような目で彼女を見た。


「……ロリコン滅すべし!!! 」

「ろりこん……というのはよくわかりませんが、好奇な目で見ているのは確かですねぇ」

「普通は剣みたいな武器なのである。超が付くほどの接近戦闘を想定するアデルが異色なのである」

「アデル殿が想定しているのは戦闘ではないと思いますが」


 エルゼリアが負のオーラを出している間にもアデルは店主に手を見せて自分用の籠手ガントレットがないか聞いている。

 けれども彼女に合う籠手ガントレットはなかったようで肩を落としている。

 その様子を見て店主は変わり者のアデルに幾つか武器を提案するがどれも首を横に振る。

 結果としてアデルは何も買わず外に出た。

 ジフの命が助かった瞬間でもある。


「ここは雑貨屋ですねぇ」

「ルミナスらしいのである」

「ロリコン滅すべしロリコン滅すべしロリコン滅すべし……」

「……そろそろ戻ってくるのであるエルゼリア」


 不穏な言葉を口にしているエルゼリアにソウが一言入れる。

 ソウは負のオーラをまき散らす彼女を呆れた様子で見るが気付いていない。

 が雑貨屋に入ると気分が切り替わったのか普段通りに戻る。

 切り替えの早さにヴォルトが驚きながらも様子を見た。


「ルミナスは手紙か」

「実用的ですねぇ」

「真面目というかなんというか」

「しかし連絡を欠かさないのは商人には必要なこと。これで彼もまた一歩商人に近付いたみたいで。成長を喜びましょう」


 ヴォルトが手紙と小物を買っているルミナスを見て素直に喜んだ。


 この国において紙は貴重という程ではない。

 製紙技術も他の国と同じ水準で有している。

 確かに高いがどちらかというとシフォン公爵領の服の方が圧倒的に高い。


 リアの町でも紙は売ってある。

 けれどもこの町ほど安くない。


 良い物を安い値段で買う。

 商人だけでなく市場のマダムの間でも常識な事であるが、ルミナスが自分で選んで自分で買うことが初めであることを考えると上出来であろう。


 エルゼリア達大人グループが見守る中子供達は買い物を済ませる。

 アデル達が雑貨屋を出て、そしてエルゼリア達も外に出た。

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