第138話 カブの町 2 出張レストラン「竜の巫女」

 私が出張レストランをするというと、異様な熱気に囲まれた町長の館兼役場だったが、一先ず落ち着き私達は帰る事が出来た。

 まさかあんなことになるとは。

 あのままだと比喩ひゆでもなく宿に戻れなかったかもしれないな。


「すごい人気だったな。エルゼリアさん」

「カブの町でも人気でしたね。エルゼリアさん」

「違う町も? 」

「有り得ると思います」


 夕食後、宿の一階に集まっていると子供達が言葉の剣で切りかかって来る。

 うぐっ、と胸を抑えながらも顔を上げてコルナットに聞く。


「私達はそのまま帰ったが、そっちはどうだった? 」

「一先ず卸す商品は卸しました。ルミナス君の紹介も行ったのですが詳細は明日ということにしてもらいましたよ」

「そっか」


 私達が宿に帰った後二手に分かれた。

 私とこの宿で休むグループとコルナットについて行くグループだ。


 コルナットはこの町にもフルーツや野菜などを卸している。

 その時にルミナスの事を紹介すると思ったがやっぱりか。

 詳細は後日ということは簡単な紹介にすんだみたい。

 まぁ限られた時間で新鮮な野菜を早く届けるにはこれが一番だろうね。


「ソウの異空間収納に他のものも入れておくか? 」


 言うとコルナットは少し悩んで「よろしくお願いします」と答えた。

 勝手に決めたがソウも気にした様子ではない。

 あ。後で異空間収納の中身を食べないように注意しておこう。


「とりあえず今日の所はこんな感じかな」

「明日もよろしくお願いします」


 席を立ちそれぞれとった部屋に向かう。

 町長の館の事があるから心配だけど、リアの町の外での出店。

 怖くもあるけど、どこかウキウキしている自分がいる。

 穏便に終わりたい気持ちがある一方で楽しく明るくやりたいな。


 明日が楽しみである。


 ★


 晴天である。


 そして――。


「うおおおおお!!! 待ちきれねぇ! 」

「まだかっ! まだなのかっ! 」

「なんだよチキショーッ! こんな美味そうな匂いを出しやがってっ! 」


 物凄く暑苦しい。


 朝食を作りつつ思い返す。

 どうしてこんなことになってるんだろうな。

 本当に、なんで……。


 朝起きてすぐに仕込みをするべく指定された場所に向かった。

 子供達はいつもの可愛らしい従業員服で、私は白いシェフの服。

 出来る限りひっそりと向かって場所を確認するとそこには広く区切られた場所があった。


 この外側だろうかとも思ったが、朝の準部をしている他の出店の人が言うには区切りの内側であっていたらしい。

 その広さに子供達と目をうつろにしながらも、店や机を出して、パラソルをつけ、準備をし仕込みを始めるといつの間にか人溜まりが出来ていたという訳である。


 この人の多さ。割り振られた場所のあまりの広さに驚かされたが正直なところ町の判断は正しかったと思う。


「これは早めに開けないと暴動が起こりそうだな」

「ですねぇ。ワタクシもパンの準備でも行いましょう」

「頼む」


 ヴォルトに頼みつつ、ソウにパンを出してもらう。

 甘い匂いがこちらまで漂って来る中、朝食を作り終えた。


「ではかなり早いですが出張レストラン「竜の巫女」、開店します! 」

「「「うぉぉぉぉ! 」」」

「皆さん。順番は守ってくださいね」

「守らない奴はガブリ、なのである」

「こちら朝食のメニューになります! 」


 それぞれが動き出したようだ。

 私は出されたオーダー通りに料理を盛り付けて行く。

 アデル達従業員に料理を渡して再度盛り付ける。


「焼いているだけなのになんだこのステーキ! 」

「蕩けるようだ。噛んだ感触がしねぇ」

「サラダもシャキシャキしてる! 」

「どうなってる?! 何もつけていねぇのにこの野菜の甘さはっ! 」


 どうやら好評のようだ。

 嬉しく思いながらも更にオーダーを作っていく。


「サクッ、と……なっ、あめぇ!!! 中に何か入ってやがる! 」

「これは……蜂蜜か! 」

「粋なことをしやがるぜっ! 」


 今日の朝食のメニューはフレッシュサラダにレッドブルのステーキだ。そしてヴォルトからは蜂蜜を入れた太く長いパン。


 朝から頑張る人達にちょっとした景気付けにとステーキをメインとしたがっつり系を提供だ。

 けれどバランスをとるためにサラダを添えた。

 本当はもっと後になってから開店しようと思っていたから後数品付け加える予定だったのだけれど、長くなりそうな料理は省いた。


 朝から重いかなと思ったけどそうでもないみたい。

 このメニューで大丈夫なようだ。

 なら他の町でもこれでいけそうだな。


 ヴォルトはエルムンガルドの所で採れた蜂蜜を使ったパンを出したみたい。

 甘い匂いが漂ってきていたけど、中に蜂蜜を入れていたとは恐れ入る。


 私達の料理に周囲のヴォルテージが上がる。

 会計はヴォルトに任せているから大丈夫だろう。

 安心して料理に専念し、気付いたら昼の部も終わっていた。


 ★


「「「恵みに感謝を」」」


 ヴォルトが出してくれたパンを口に入れる。

 サクサクした感触を噛みしめていると中に入っていた蜂蜜が口の中に広がっていく。


「うわっ、甘っ! 」

「これは暴力的なまでの甘さなのである! 」

「中に蜂蜜とは。おお。蜂蜜を入れて焼いているせいか、蜂蜜の周りが少しサクサク感が増していますね」

「この食感、良いですね! 」


 昼、一段落した後、コルナットとルミナスと合流し、遅くなった朝食兼昼食を食べている。

 私達はヴォルトの蜂蜜パンをゆっくりと味わっていたが子供達はそうではないらしい。


「やべぇ! やべぇよヴォルトさん! 」

「どうやって蜂蜜を入れているのかわかりませんが美味しいですね」

「蜂蜜最高」

「こんなに口の中に広がるほどに甘い物を食べたことありません! 」

「ほほ。嬉しい事を言ってくれますねぇ」


 子供達は夢中になってがむしゃらに食いついてた。

 一口食べたかと思うと隙なくもう一口、そしてもう一口と食べている。

 美味しいのは分かるが急いで食べると喉を詰まらせるぞ?

 けど元気よく笑顔で食べる姿を見るのはいつ見ても良い物だね。

 見ているこっちも元気になれる。


「さてこの後の予定なのですが」

「私達は昼で終わりだけど、そっちは? 」

「私達も用事は終わりました。顔合わせも済みましたし、何よりこの町でルミナス君の商品が売れている様子を見てもらうことが出来て良かったと、個人的には思います」

「もしかしてルミナスを連れてきたのはそれが目的? 」

「ええ。自分が住んでいる町だけでなく、他の町でどのように売れてどのように評価されているのかを知る良い機会でしたので」


 ルミナスの事を知らない人が彼の商品を買う様子を見る。

 これは良い経験だと思う。

 一人品物に向き合うのも良いけど、どんな人が買い、どんな顔をするのかを知るのは今後につながる。

 ルミナスが照れくさそうにしているのを見る限り悪い反応ではなかったのだろうね。

 これを燃料にして更に商品造りに励んでもらいたい。


「町によって売れ行きが違うと思います。あとは他の町を周って見て行ければと」

「ならもう出るか? 」

「夜はやらないので? 」

「宿をとっていないだろ? 夜開いて次の場所に移動しているとどうしても野営になる。確か聞いた話だと次の町までそんなに距離はなかったはずだ。早めに行って宿をとりたい」


 私は大丈夫だけど子供達に野営はちょっときついかも。

 いや会った当初は野生児のような感じだったし意外といけるかもしれないが、彼らを預かっているものとしては出来る限り不便はさせたくない訳で。


 そんなこんなで出発の準備を行った。

 周りで見ていた客が、本当に残念そうな表情をしているのを見て心が痛んだけど、本店の方へ来てくれとだけ伝えて荷物をまとめた。

 準備が済んだところで私達は町を出て次の町へと出発した。

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