第136話 出張レストラン「竜の巫女」の準備

 先日のコルナットの提案で出張レストランをすることが決定した。

 やったことはないが、ようは他の町で出店を行って本店のアピールをするようなものと私は捉えている。


「出張レストランですか? 」

「あぁ。といっても大々的なものじゃないから働いてくれている皆は休みにしようかとおもう」


 机を拭くウルルに言う。

 ついて行きましょうか、と聞いてきそうだったので先に休みだと伝えた。


 ついて来てくれるのは嬉しいのだけど竜の巫女のウルフィード氏族の人達を連れて行くと、他の氏族の人達が着いてきそうで怖い。

 慕われているのは嬉しいのだけれど、大勢でぞろぞろ行くとそれこそ来る客に迷惑をかけるかもしれないし。

 なので少数で行くつもりだ。


 ウルル達にお休みを伝えると私はアデル達が住む寮に向かう。

 そしてアデル達の両親に許可を得て今回もアデル達を同行させることにする。

 今アデル達は様々な方面で成長段階だ。

 少々お節介が過ぎるかもしれないが見分を広めて可能性を広げてあげるのは大人の役割だろう。


 ――常識というのは布一枚。


 この町の普通が普通でない場合があるということを知ってほしい。

 あと出張レストランも手伝ってほしい。


「出張レストラン?! 」

「面白そうですね」

「何をすればいい? 」

「いつもと同じだ。接客をしてくれたらいいよ」


 コルナットに聞いた話によると行く場所はこのロイモンド伯爵領内。加えるのならば旧ロイモンド子爵領内である。

 町を幾つか通るみたいだが、どの町もあまり獣人族や妖精族に偏見のない町と聞いた。

 問題はないだろう。


「他には誰が行くんだ? 」

「当然だがコルナットとルミナス。あとは……まだ決めていない。今から誘いに行こうと思っている所だ。一緒に行くか? 」

「「「行く (行きます)!!! 」」」

「よし。じゃぁ行こうか」


 可愛らしく手を上げる三人に少し微笑みながら私は一先ずライナーの所へ向かった。


 ★


 結果から言うとライナーは今回も無理だった。

 理由は単純。

 冒険者達との都合の関係で若者を連れて魔境の中層に向かう予定だからである。


 後ろでぐったりとしていたウルフィード氏族の人達がすがるような目で見ていたが、私にはどうすることもできないので、心の中で無事に帰るように祈りながら扉を出た。


「出張レストランですかな? 面白そうですねぇ。是非ご一緒させてください」


 エルムンガルドもエルド酒造と約束があるということで一緒に行けないとのこと。

 そしてヴォルトの元を訪れると三人目にしてやっと快諾を得られた。


「ヴォルトが来てくれると助かるよ」

「そう言って頂けると嬉しいですねぇ。あ、ならばパンでも幾つか焼いて行きましょうか」

「それは嬉しいよ」


 ヴォルトのパンは竜の巫女の看板になるほどの売れ行きである。

 もちろん他の料理あってだが、ヴォルトのパンを求めに来る人は多い。

 なのでヴォルトはいつも多めに作っているらしい。


ワタクシも違う町に行くことで刺激が欲しいですねぇ」

「刺激? 」

「いえね。この前ルミナス殿が新商品を開発したと聞きました。これは負けていられないと思いまして。いやはや年甲斐なく熱くなるとはお恥ずかしい。しかし常に新商品開発を目指す研究者としては負けていられないと、込み上げてくるものがあるのですよ」

「その気持ちはわかるな」


 苦笑しつつ同意する。

 かくいう私もヴォルトの同類だ。

 子供相手にむきになっていると思われるかもしれないが、一研究者としては負けていられないと思う訳で。


 確かに分野は違う。年齢も違う。けれども童心は忘れない。


 これが研究者である。

 相手が子供であろうと悔しいものは悔しい。

 研究して一つでも新しい物を世に出したいというのは研究者のさがというものであろう。

 だからアデル達。ドン引きしたような目で見ないでくれ。


「他に誰か誘うご予定は? 」

「あとはラビを誘って最後だな」

「ルミナス殿も行くとの事でしたが、母のテラ殿は同行しないのですかな? 」

「それがな――」


 と苦笑交じりに説明する。


 ライナーの所を訪れた時、テラも誘った。

 けれどすでにルミナスが着いてこないようにと釘を刺した後だったらしい。

 テラはかなり落ち込んでいたがその後「よろしくお願いします」と見守るように依頼された。

 私はそれをこころよく受けたのだけれど拒絶されたのがよっぽど効いたようだった。


 ルミナスからすれば親に仕事をしている所を見られたくないのだろうね。

 

 そのことをヴォルトに話すと同じく苦笑交じりに「それは仕方ありませんね」と返す。

 その後ヴォルトと軽く打ち合わせてラビを誘い、更に準備を進めることにした。


 ★


 出張レストランということで当然ながら出店を行うための許可書やら店そのものが必要となる。

 店はエレメンタル・フェスティバル・リアで使った物をそのまま使うことにした。

 椅子や机、日よけのパラソルなどもそのまま使用。

 メニューは後で決めるとして食器はレストランにあるもので良いだろう。

 で出店許可書なのだけれど――。


「各町でとることになりますね」


 やはりというべきかリアの町ではとる事が出来なかった。

 大きな括りとしてロイモンド伯爵領だから「もしかしたら」と思ってのだけど無理だったみたい。


「私も行ってみたいですね。旅行」

「旅行じゃなくて出張レストランなんだけど」

「子供達に自由時間を作るつもりでしょう? 」

「確かにそうだけど」

「ならば旅行ですね。私も自由な時間が欲しいです」


 リア町長の館にて目に隈を作ったリア町長が隣のコルバーを見ながら言う。

 けれど同じく目に隈を作ったコルバーが首を横に振って、リア町長はがくりと項垂れた。


 ここに来た時彼女はかなり不健康そうだったが、今は別の意味で不健康そうだ。

 こうなるとリア町長の体調が気になる。

 彼女を思って外に連れ出すのは良いのだけれど、その皺寄せは確実にリア町長の部下に行くわけで。

 おいそれと彼女を外に連れ出すことはできない。

 私が出来る範囲といえばレストランに招待するくらいか――。


「エルムンガルドに疲労回復の魔法でもかけてもらったらどうだ? 」

「私に過労で死ねと? 」

「悪かったよ。だから凄むな」


 疲労回復の魔法はいい案だと思ったのだけれど、彼女からすれば仕事量が増えること自体が地雷だったようだ。


「ま、適度に休むように。最近落ち着いてきたはずだろ? 」

「ええ。町は、ですが」

「お嬢様、いえリア町長は他の貴族に大人気ですからな。あちこちにひっぱりだこなのですよ」

「それは良い事では? 」

「……変な貴族に絡まれなかったらの話ですが」

「悪かった」


 項垂れるリア町長の体がかすんで見える。

 相当苦労しているみたいだ。

 しかし項垂れたリア町長に変わってコルバーが説明してくれた話によると、町の状況を悪くするようなことにはなってないようだ。

 何とか相手の手をすり抜けるように綱渡りをしているらしい。


「ま、相手がリア町長を出し抜いた先で、この町に危害を加えようとすると黙っていない人がいるからな。双方にとって良い結果だろうね」

「なので毎回冷や冷やものです。何故貴族というのはあそこまで強欲なのでしょう」

「リア町長が無欲すぎるんだよ。趣味の一つでも持てると良いんだが……」

「そのような時間があると? 」

「ですよねぇ~」


 笑いたいが笑えない。

 事務処理はともかくとして、貴族相手なら物理に訴えていたかもしれない。

 私はリア町長程優しくないのだ。


 ともあれ準備は出来た。

 さぁ出張レストラン「竜の巫女」、始動だ!

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