第135話 BAR「竜の巫女」

 レストラン「竜の巫女」には四つほど食堂がある。

 内二つは常に使い、一つはお客さんが入りきらなかった時の為の予備に、そして一つはある目的のために使わないでおいた。

 けれどそれも今日で終わり。

 内装工事が終わったその一室を見て思わず「素晴らしい」と言ってしまった。


「これでよかったのか? 」

「完璧だリーダー」

「なら良いんだが……、何する部屋なんだ? 」

「限定的だがバーにしようと思う」


 と内装工事をしてくれた熊獣人の業者のリーダーに教える。

 すると目を輝かせてこちらを見た。


「そりゃぁ良い。酒を飲むのは食堂や家で物足りていたから知らなかったが、他の町のやつらがバーという酒専門の店があると言っていた。気になっていた所なんだよ」

「ならよかった。けどうちはレストランが本業だ。本格的なバーは他の人達に任せるよ」

「はは。一度ここで飲んだら違う店を開く気になれないかもだぞ? 」

「まずもって限定公開だからね。バーに通いたいという人が出たら他の誰かが作らなければいけなくなるよ」

「町を活性化させるためか? 」

「というよりかは息抜きも兼ねているかな。雰囲気のあるバーで飲んで気を抜けばいいさ。最近皆頑張り過ぎだろ? 」

「確かに」


 リーダーが太い腕を組んで大きく頷いた。


 加えて貴族対策の意味も兼ねている。

 どこで方向性を間違えたのかこの「竜の巫女」はレストランというよりかは大衆食堂のような感じになってしまった。

 突発的に貴族がやってきた場合、綺麗所を一つでも作っておかないといちゃもんをつけられかねない。

 リア町長なら何も言わないだろうけど他の貴族はわからない。

 聞くにこの町は今注目されているらしいし。


 なのでいつ来るかわからない権力者を接待する部屋というのは必要になる訳で。

 できれば私の所じゃなくてリア町長の所に行って欲しいがリア町長が連れて来る可能性もある。

 そうだ。

 今度バーを開いた時にリア町長も呼んでみるか。


「俺達もまたこさえてもらおう。だがこれを見たやつが依頼を出すかもしれん。忙しくなりそうだ」

「その時は休憩がてらにお越しください」

「ちゃっかりしてらぁ」


 笑いながらリーダーが手を振りレストランから出て行く。


 そういえば。

 結構長い付き合いだけど彼の名前はなんだったか……。


 ★


 薄暗い店の中でキュッ、キュッとワイングラスを拭く。

 雰囲気に飲まれているのかアデルとソウも大人しい。


「今日のエルゼリアさん、大人って感じがするな」

「いつもと違う服なのである」


 どうやら勘違いだったようだ。

 二人はいつも通りだ。

 しかし私はいつも「大人」という雰囲気を出してないのだろうか?

 ちょっとショックを受けながらも他の客に向く。


「白い長袖のシャツに黒のジャケットがお似合いですね」

「ありがとう。リア町長」

「いつもの髪型も良いですが、今日のポニーテールも美しく思いますよ」

「お世辞でも嬉しいよ。コルバー」


 二人の賞賛が心に染みる。


 今日はBAR「竜の巫女」開店日。

 いつもお世話になっている人達を呼んでお祝いの一杯をご馳走だ。


 開店に合わせてそれぞれ呼びに行ったのだけど、最初リア町長を呼びに行った時彼女の目尻には大きな隈が出来ていた。

 最近忙しいようで休みがとれていないとのこと。

 館で働く他の人達を見ても皆どこか疲れた様子。

 よっぽど忙しいらしい。

 なのでせめて今日だけでも休みをとれたらという思いもあって、引っ張って来たのである。


「これがバーというやつですかな? 」

「だな。私が知る限り一般的な感じはこんな風だ」

「勉強になります」

「……普通ルミナスは入れないからな? 」


 コルナットとルミナスがキョロキョロと周りを見て観察している。

 コルナットもバーを見るのは初めてなのだろう。

 興味深いのは分かるが他のバーでキョロキョロしていると笑われるぞ?

 まぁ今日は身内だけだから良いけど。


「では――」

「マスター。いつもの」


 一言挨拶しようとするとカウンターに座るソウが常連気取って注文してきた。

 頬がピクピク動くのを感じながらも一先ず我慢する。

 そして挨拶をしてBAR「竜の巫女」を開業した。


 ★


 ここで振るうワインは基本的にエルド酒造のワインだ。

 物流が盛んになったリアの町だが当然酒類も入るようになったのだけれど、エルド酒造を超えるものとなると無いに等しい。

 流石リアの町一の酒造を名乗ることはある。


 けれど一応他の町の酒も仕入れてはいる。

 ニッチな客が注文することがあるのと、この町に住むようになった人達が故郷の味を思い出したくなるかもしれないからだ。

 ワインだけに限らないが、こういうのは味だけの問題ではない。


「落ち着いた雰囲気で飲むとこうも味が違うのですか」

「口の中にゆったりと染み渡るのである」

「……零すなよ」


 カウンターに座る人間大のソウに釘を刺す。

 魔法で零れ落ちないようにしているのは知っているが彼の口は所謂ワニのような口。

 せっかく新しく作り上げた店で零されたら堪ったものじゃない。


 しかしカウンターに座り赤いワインの入った透明なワイングラスを片手にテイスティングをする竜か。


 ……シュールな絵だな。


 まるでワインに精通しているような雰囲気を漂わせる翼を生やした蒼い竜を見て少し笑いそうになる。

 が、我慢してコルナットの方へ向く。


「これはこれはエルゼリアさん。美味しくいただいております」

「あ、ありがとうございます」


 コルナットが言うとルミナスがペコリと頭を下げた。

 コルナットにはワイン、ルミナスは果汁を使った飲み物を出している。

 流石に子供にお酒を出すわけにはいかないからね。


 軽く微笑みながらすっとみるとコルナットのグラスが空いていることに気が付く。

 幾つかあるラインナップから一つ取り出し魔法で作った氷を入れてコルナットに出す。

 コルナットはいつものようにグビっと飲むのではなく、ゆっくりと全身で感じるように飲むと私の方を向いた。


「エルゼリアさん。ルミナス君は凄いですねぇ」

「だろ? 」

「ええ。正直なところ物書きから教えないといけないと思っていたのですが、余程良い教育がされているようで教える必要がありませんでした。なので今は商品を作りつつ仕事を覚えてもらっている所です」

「早いな。ま、それも含めてルミナスのポテンシャルと言ったところだろうね。で商品はどうなっている感じだ? 」

「それが予想以上に売れています。単価が安い事も後押ししているとは思いますが、覚えやすく遊び方に応用が利く商品で。あとで様々な遊び方を考案したルミナス君の功績ですね」

「そ、そんなこと、ないです」

「ルミナス君。自信を持ちなさい。自信に溺れるのはいけませんが過度な謙遜もダメですよ? 」


 ルミナスは「はい」と答え顔を赤くして、果汁の飲み物をちょびっと口につけた。


 ――褒めつつも嗜める。


 普通なようで難しい。

 この場面だけ見るとコルナットは弟子を育てるのが上手そうだ。

 四苦八苦している私にコツを教えてほしい。

 

「で、エルゼリアさん」

「なんだ? 」

「ものは相談なのですが」


 とコルナットが少し赤らめた顔で真剣な表情をしてこちらを向いた。

 なんだろう、と思っているとゆっくりと口を開く。


「私はこれから数日間ロイモンド伯爵領内に商品を卸しに行こうと考えております」

「あぁ~、時々やってるな」

「えぇ。で顔つなぎのこともありますのでもちろんルミナス君も連れて行こうと考えているのですが、エルゼリアさんもご一緒しませんか? 」

「私がついていっても面白くないぞ? 」

「いえいえそのようなことは御座いません。リアの町の竜の巫女といえば領内でも有名になりつつあります。なのでここは一つ――」

「? 」

「――出張レストランをしてみませんか? 」

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