第123話 兎幻獣人国へようこそ! 5 キャロットシチュー・ラビ

 朝調理し終えた私は食堂に向かう。

 昨日シェフ達に頼んだのは「今日の朝食を任せてくれないか? 」ということだった。

 問題が起きたらダメなのでもちろん国王夫妻には伝えてある。


「だ、大丈夫かな」

「大丈夫だろ」


 隣を歩くアデルが心配そうに聞いてくる。

 アデルは私の弟子ということで他のシェフやコック達と一緒に隣で料理を見せていた。

 いつもと違う雰囲気を肌で感じ取ってもらうためだ。


「エルゼリアさんは何でそんなに堂々としてるんだ? 相手は王様なのに」

「ん~。慣れ? 」

「……答えになってない」


 と言われてもそうとしか答えることが出来ないんだよな、これが。

 確かに最初は緊張したけど自然と料理をしていると慣れて来る。

 この王城のシェフ達も言っていたけど基本裏方。

 なので直接王様と対面することは無いのだけれど、何故か私はその機会が多い。


「さ。そろそろ着くぞ」

「お、おう」

「良いかアデル。背筋を伸ばせ」

「はい」

「前を向き、顎を引け。決して自分の料理に自信を持て! ま、これが王様と料理人として面会する時の心構えかな? 」

「はい! 」

「じゃぁ……行くぞ」


 こうして私達は食堂へ入った。


 ★


「今日の朝食はエルゼリア殿が料理をしてくれるとか」

「え?! エルゼリアさんがですか?! 」

「そうだ。昨日シェフから聞いてな。承諾した」

「僕聞いてませんよ?! 」

「伝えてないからな」


 ノックをして中に入ると迎え入れられる。

 マキシミリアム国王が「来たか」とこちらを見て頷くとラビに状況を説明する。

 驚くラビに、正面に座るロデとジフが苦笑している。

 けれどやっぱりロデとジフの表情は少し表情が暗い。


「ではご用意しても? 」

「うむ。頼む」


 一言尋ねるとマキシミリアム国王が耳をピクピク動かしながら答えた。

 他の王族を見ると皆同じく耳を細かに動かしている。

 余程興味があるみたいだ。

 少し微笑ましくなりながらも扉の向うに合図する。

 すると扉からカートを押した使用人達が入って来てそれぞれの前に皿を置く。


「む? この細い人参は……」

「これは僕の大好物じゃないですか! 」

「へぇ。ラビアンの好物か。楽しみだな」

「ラビアンは昔から人一倍人参に煩かったですからね。期待できそうです」


 キャリアン王妃がうっすらと笑みを浮かべて視線を落とす。


「この国で飼育されているかはわかりませんが卵を使った人参料理となります。薄く切った人参に卵を絡めたそれを口にするとフォークを止めることは出来ないでしょう」


 ほほぉ、と全員興味深そうに皿を覗く。

 実際キッチンで見ていたコック達のフォークが止まらなかったから間違っていないはず。

 では、と家長であるマキシミリアム国王が食前の言葉を口にして麺よりも薄い人参をフォークに絡める。

 くるくると巻いたかと思うと口に運びぱくりと食べた。


「これはっ! 」


 マキシミリアム国王が目を開く。

 数回もぐもぐと口を動かしたかと思うと次の人参にフォークを伸ばした。


「止まらん! 止まらんぞ!!! 」

「これは癖になる味ですね」

「料理はシンプル。しかしこんな人参料理があったとは」

「うぉぉぉぉ! こんなの食べたことねぇ! 」

「やっぱりこれに尽きますねぇ~! 」


 フォークで人参を巻くのを忘れて皿を持ちカカカカカと口に掻き込んでいる。

 王族らしくない食べ方だけど、この食べ方は好きだな。

 元よりこの料理は家庭料理。

 王族が求める品のようなものはない。

 けれど「フォークが止まらない美味しさ」というのは保証できる。

 だからまずジャブとしてこれを出した。

 その後も幾つか料理を振る舞う。

 そして最後の料理となった。


「さてこの料理は本来人参料理には含まれません」

「というと? 」

「この料理は様々具材を入れて食べるものだからです。しかしこれ自体はこの国にあることは知っています。なので少しアレンジを加えてお出ししました」


 コック達がスープを置いている間私が解説を入れる。

 これがこの兎幻獣人国で食べられているのはラビと最初にあった時確認済み。

 だから忌避感のようなものはないだろうと思い、出した。

 けれどどうやらこの国で作られているものとは異なるようで、キッチンで作っているとコック達に「毒見」と称して全部食べられそうになったのを阻止したのは我ながらファインプレーだった思う。


「これは……シチュー! 」

「甘い良い香りだ」

「しかし……こんなにも人参が入っていたか? 」

「それにどうやらこのシチュー。一つ一つ違う種類で、しかも加工も違うみたいですね」

「私達の知るシチューではありませんね」


 流石人参のプロフェッショナル。すぐに気付かれたか。


「人参は苦味の強いキャロット・ツリー・キャロットから甘みの強いイナバ・キャロットなど様々なものを使っております。また加工も工夫を凝らし……とまぁうんちくはこの辺にしておきましょう。是非ご堪能下さい」


 全員にシチューが行き渡ったのを確認して話を止める。

 食べるように促したけど手が動かない。

 はて。何かダメな物でも入っていただろうか?


「一つ問いたい」

「なんなりと」

「このシチューの名前を教えてくれないかな? 」


 名前か。そう言えば考えていなかったな。


 シチューに入れる肉の代わりに多様な人参を入れている。それは様々な味を楽しむためだ。

 けれど何から何まで入れればいいという問題ではなかった。

 シチューのスープの味に素材が負ける。それを回避するために癖の強い人参を多く入れた。

 多様で癖の強いシチュー、か。

 人参という種類が多くの人を笑顔にするのなら、このシチューの名前は差し詰め――。


「キャロットシチュー・ラビ。といった所でしょうか」


 全員一瞬ぽかんとした表情を浮かべてマキシミリアム国王はにこやかに頷いた。

 当の本人は顔を真っ赤にしている。


「それはいい! では頂こうか。キャロットシチュー・ラビ、をな」


 マキシミリアム国王は大きめのスプーンで人参をすくいゆっくりと持ち上げる。

 大きめに切られた四角い人参が口の中に入った。


「おおお。この歯応え。コリコリとして噛み応えがある」

「噛む度に中から味が染み出てきますね」

「これはワイン、でしょうか」


 ご明察。

 それはワインで煮込んだ人参だ。

 けれど普通に煮込んだだけじゃない。

 煮込んで入れるだけでも美味しいのだがそれだとどうしてもスープの味がどうしても混ざってしまう。だから煮込んだ人参に保護魔法をかけて噛んで砕けるまでシチューの味と混ざらないようにしてある。


「こちらの人参は噛んだ感触がありませんでしたね。ホロホロと崩れるようでした」

「むむっ! ここにも隠れていましたか! 麺人参! 」


 とムジカ王子が満足気に言い、ラビが隠された人参を見つけた。

 ラビに麵人参と名付けられた人参が彼女の口に吸い込まれるように食べられている。

 全く美味しそうに食べて。嬉しい限りだ。


 ——ご馳走様でした。


 ★


 私とアデルの食事も終わり一息つく。

 すると帰る準備をした私達の所にラビがやって来た。


「僕は、残ることにしました」


 ラビが俯きながら言うと子供達が見てわかるほどに落ち込んだ。


「ちょっとやり残したことがあるので」

「そっか」

「ま、また会えるよな? 」

「竜の巫女にも、きますよね? 」

「……待ってる」

「皆。ありがとう」


 ラビは顔を上げて子供達にニコリと笑って見せる。

 ぐすんと両隣から鼻をすする音が聞こえる。

 しかし誰もラビを止めようとしない。


 ――彼女を引き留めてはいけない。


 小さくとも彼らにはそのことがわかっているのかもしれないね。

 いつも元気なラビがいなくなるのは寂しいけれど、彼女には彼女の居場所がある訳で。

 加えてラビは家族に愛されている。

 ならば私に出来ることは殆どないな。


「じゃぁなラビ。元気で」

「ありがとうございます。ではまた」

「またな。ラビさん」

「また転びに来てください」

「物を壊すのを待っている」


 いやそれは私が困るんだけど、と苦笑しながら私は案内兎に連れられて、外の世界に戻った。


 ★


 エルゼリア達が外の世界に戻った後、ラビは手に花を持ち小高い丘に足を運んでいた。

 登り終えるとラビの目には縦長な墓石が多く映る。

 右に左に彼女は首を動かして、目的地を探し、再度足を進めた。


「ありました」


 ラビは足を止めて一つの墓石の前に立つ。

 そこには一人の兎幻獣人の名前と人参を持つ兎が刻まれていた。

 厳かな雰囲気の中ラビはしゃがみ花束を置く。

 彼女は立つと、まるで報告するかのように墓石に話掛けた。


「……伯父さんの言う通り外の世界は初めての事ばかりでした」


 思い出すかのようにラビは言う。


「いっぱい美味しい物を食べました。いっぱい友達ができました。いっぱい楽しい事がありました。伯父さんが聞いたら驚くかもしれませんけど僕もちゃんと外の世界で働くことが出来たんですよ? 今からでも褒めに来てください」


 少し俯き、顔を上げる。

 その表情はどこか決心したかのようなものだ。


「僕はやっぱり皆が大好きです! だらか僕は――」

「おおーい。ラビアン! 父さん達が呼んでるぞ! 」

「今行きます! お姉ちゃん! 」


 呼ばれた方を見てラビは大きな声で返す。

 そしてラビは姉と共に王城へ駆けて行った。

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