第116話 幸運をもたらす兎幻獣人という獣人族

「いやぁ~、黙っていてすみません」

「吃驚したけどそれだけだしな」

「ここには皇帝すら殴り飛ばす元宮廷食医がいるのである。王女程度では驚かないのである」


 ソウの一言で全員の目線が私を襲う。


「まぁまて。ソウの言葉には語弊がある」

「というと? 」

「あのまま偏食を続けていたら死んでいた。確かに暴力に訴えたのは悪かったが、仕方のない処置だ」

「そのせいで皇帝がマゾに目覚めてエルゼリアに求婚したのは、懐かしい思い出だったのである」

「「「求婚された?!!! 」」」

「断ったがな」

「「「断った?!!! 」」」

「当たり前だろ? 誰がこのんで権力に縛られないといけない。皇帝の妻なんてまっぴらだ」

「……勿体ない」

「求婚する皇帝とやらもそうだけど、断るエルゼリアさんもエルゼリアさんだな」

「そう、ですね。アデル」

「はは。エルゼリアさんらしいといえばエルゼリアさんらしいですねぇ」

「料理しか興味がないのは今も昔も変わらないのである」


 思い返せば懐かしい。

 私が薬膳料理を学んだのも帝国だったな。

 まぁその後逃げるように城を出たが。

 今は私の事は構わない。ラビの事だ。


「さてラビ。一つ確認したいのだが……」


 私が話を振るとラビとフーナと呼ばれた獣人族の顔に緊張が走る。

 恐らく私が聞きたいことがわかったのだろう。

 しかし聞かないわけにはいかない。

 事と次第によってはこのレストラン周辺の警備体制を見直さないといけなくなるからな。


「さっきの紹介で兎幻獣人国の王女と聞こえたんだけど……。本当か? 」


 更に緊張が高くなる。

 だが諦めたかのように溜息をついて従者の方を向いた。


「フーナが余計なことを喋るから」

「……申し訳ありません。この者達が殿下を兎幻獣人と知って拉致しているのかと思い先走ったことを口にしてしまいました」

「いや名乗りを上げたのはラビだったからな。そっちの従者は王女と言っただけで兎幻獣人とは言っていない」

「ぐ……。そうだった気も……します」

「で? どうなんだ」

「はい僕は兎幻獣人族です」


 緊張した表情でラビが言う。

 聞き間違いではなかったか。

 これまたやっかいなことになったな。


 私が知る限り幻獣人族という存在は希少だ。

 私もかなりの年月を生きてきたが数回しか見たことがない。

 それこそ異形種と呼ばれる存在よりも希少である。

 その希少性故に高値で取引されることが多いと聞く。

 つまり違法奴隷売買。


 さらに問題になるのがその種類。

 この世界には幻獣という生物がいると聞く。

 幻獣人とはその幻獣の特徴を受け継いだ獣人族のことをいうのだけれど、どの幻獣の特徴を受け継いだのかが問題だ。


「答えたくなかったら答えなくていいんだが、ラビは何の幻獣の特徴を受け継いでいるんだ? 」

「……カーバンクルです」


 それを聞き天を仰いだ。

 よりにもよってカーバンクル。

 カーバンクルという幻獣は宝石を体に宿した存在だ。

 そして保有することで「幸運が訪れる」と伝えられている。

 そのせいもあってか積極的に違法奴隷売買で狩られる対象になっているようだ。

 これはヴォルトに警戒網を強めてもらった方が良いかな? と思いながらもチラリとヴォルトの方を見る。

 すると私が言いたいことを察したのか軽く頷いてラビの方を見た。


「ラビ殿。貴方の事を知られると、ワタクシ達のような異形種とはまた違った問題が出てきます。それはおわかりでしょうか? 」

「……はい」

「つきましてはこのレストラン周辺に厳重な警戒を敷かなければならないのですが」

「少し待っていただけないだろうか? 」


 ヴォルトが話していると従者の兎幻獣人が一歩前に出た。

 私が首をかしげているとラビの方を向く。


「ラビアン殿下。国へ戻るようにと、陛下より言伝ことづてうけたまわっております」

「えええ~~~」

「ワタシを派遣したのも陛下がラビアン殿下を思っての事。早急に国元へお戻りください」

「あんな窮屈な所には戻りたくない! 」

「そうおっしゃらず。それともご家族がお嫌いになったのですか? 」

「そんなことないけど……」


 帰りたくないという気持ちは痛い程に伝わった。

 しかし家族が嫌いで出てきたわけではないようだ。

 それはそれで一安心だが、さてどうするか。


 私個人としてはこのレストランにいてほしいと思う。

 なんだかんだいって彼女の前向きさや周りを明るくする性格は好ましいのだ。

 しかし国元に帰ってもらった方が警備体制など厳重だろうから安心できるわけで。


「これはまだ話し合いが続きそうだな」

「そうですねぇ。ともあれワタクシは一先ずこの周辺により厳重な魔法を施すとしましょう」

「ラビが残るとも限らないぞ? 」

「ラビ殿のこともあるのですが、警戒を強めるのは祭りが終わってから考えていたことですので」

「そうなんだ」

「ええ。良い事ではあるのですがエルゼリア殿は前回の祭りで目立ちましたので。エルゼリア殿を狙わずとも子供達を狙い脅迫してくる輩がいないとも限りません。良い機会です。早めに取り掛かるに越したことはありません」

「なら……、すまないが頼むよヴォルト」

「お任せを」


 といいヴォルトは席を立ち食堂を出て行った。

 未だにフーナに抵抗するラビを見つつ私も席を立つ。

 彼女達の事もあるが、今日は仕事なんだ。


 ★


 フーナと言い争いになっているラビは使い物にならないのが目に見えていた。

 よって彼女は今日は休み。


 ラビ抜きでランチタイムを切り抜けて昼食を摂る。

 今日のメニューは人参たっぷりのスープだ。

 幻獣人族とはいえラビが人参が大好きな事を考えると、好みは兎獣人のそれと似たようなものだろう。

 と思いフーナに出したのだが――。


「見くびられたものだ」

「? 」

「ワ、ワタシは屈しないぞ! 人参に、屈しない!!! 決して議員人参買収事件のようなことは起こさない! 十二幻闘師の誇りにかけて!!! 」

「……何言ってるんだ、こいつ? 」


 ラビの方を見ると難しい顔をして私の方を見た。


「……兎幻獣人国には通貨がありません」

「ま、まぁそんな国があってもおかしくないが……」

「兎幻獣人国では人参が通貨代わりでサービスや商品の交換、給料の支払いに当てられます。そしてそれによって起こった悲劇が、議員人参買収事件ということになります」


 なんというか……。平和だな。

 いや価値観国それぞれだ。

 ラビがいた兎幻獣人国とやらでは重大事件だったのだろう。


「そしてフーナが時々言っている幻闘師というのはこの国でいう所の騎士のようなものです。その中でも優れた者を特務幻闘師、そしてその中でも特に実力を持っている十二人を十二幻闘師と言います」

「ならばそこのフーナとやらは差し詰め近衛騎士とか宮廷騎士といった所か」

「貴様になれなれしく「フーナ」と呼ばれる筋合いはない!!! 」

「ならなんて呼べばいいんだよ」

「ワタシの名前は「フローナ・アラン」だ。卑劣な外の人間共に呼ばせる名前など持ち合わせていない! 精々幻闘師様とでも呼べ」

「いや今さっき名前いったじゃないかフーナ」

「幻闘師様と呼べといっているではないか!!! 」


 何かおちょくると楽しい奴だな。

 しかしそれも程々にしないとね。

 と一先ず紅茶を口にして一息ついた。

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