第115話 兎幻獣人国第三王女ラビアン・ローズ

 昨日正体不明の兎獣人が来たのだけどその後特に問題なく朝を迎えることができた。

 朝と言ってもまだ暗い。

 灯りをつけながら一階へ向かう。


 あの兎獣人が何者かはわからないけどレストランは通常運転だ。

 なので仕込みはやらないといけない。

 そろそろアデルがやってくる頃かなと思いつつも階段を降りるとそこには――。


「食べるぞぉ! 」

「きゅぅ~~~」


 少し大きめのソウが大きな口を開けて兎獣人を食べようとしていた。


「からかうのもほどほどにしておけよ? 」

「このレストラン我の食事危害を加える邪魔をするのならば相応の報いが必要であろう? 」

「危害を加えると決まったわけじゃないのに……。ライナー。ソウを止めなかったのか? 」

「止めて言うことを聞く口か? 」

「聞いた私が悪かったよ」

「なにやら不当な評価を下された気がするのである……」


 気絶した兎獣人をチラリとみてライナーとこれからどするか相談する。

 ライナーは今日、用事があるみたいで早めに相談するためこうして朝から一階で待っていたとのこと。

 私は構わないが……、となるとこの不審者を監視する人が限られてくる。

 ライナーと同等以上の力を持っている者となるとヴォルトかエルムンガルドか……。

 エルムンガルドは小さな力のコントロールが苦手そうだからヴォルトに交代してもらうのが一番だろうね。


「おはようございます。……おやそちらは? 」

「おはようヴォルト」

「ヴォルトの旦那。おはようございます」

「ヴォルト。ちょっと相談したいことがあるんだけど」


 今日は早めにパンを持ってきたようだ。

 手にお盆を持ってキッチンからヴォルトがやってきた。

 パンを置いたヴォルトに軽く事情を話すとこころよく監視を引き継いでくれた。


「今日はワタクシ、用事がございませんので構いませんよ」

「助かりましたぜ、ヴォルトの旦那」

「いえいえ困った時はお互い様ですよ。しかし……なるほど。この者が昨日の気配の正体だったのですね」

「ヴォルトはこの兎獣人を感知していたのか? 」

「ええエルゼリア殿。しかし特に敵意のようなものを感じなかったので放置していたのですが、ワタクシをも誤魔化すほどの情報操作系魔法ですか。興味深い」


 ヴォルトが下を向き兎獣人を覗く。


「兎獣人という種族は基本的に魔法を苦手とします」

「兎獣人に限らず獣人族全般に言えることだけどな」

「ええ。しかしこの方は使ってみせた。しかも使い手が限られる情報操作系魔法を、です」


 ヴォルトは興味深そうに更に顔を近づけている。


 獣人族は身体強化魔法を除けば魔法が苦手だ。

 種族によっては一種類の魔法に特化して得意なものがある種族もいるが兎獣人はそれに当てはまらない。

 兎獣人は音を利用した探知や察知を得意とするが、こと冒険者の斥候のような役割はかなり苦手。

 魔法のこともあるが動くときに耳が邪魔になるからだ。

 どちらかというと兎獣人は蹴りを利用した接近戦闘を得意としているからヴォルトが不思議がるのも頷けるというもの。


「この者の目的も気になる所ですが一先ず仕事を再開されては? 」

「だな。私も仕込みをしないとな」

「おはようございます!!! ……ってうぉっ! 」

「おはようアデル」


 アデルが裏口からやって来て床に転がる兎獣人に驚いた。

 その様子に苦笑を漏らしながらも私達は挨拶を。

 驚くアデルに「気にするな」とだけ言ってヴォルトにこの場を任せ私はキッチンへ向かった。


 ★


 仕込みを終えて、アデルに少し料理を教える。

 これはソウにバレてはいけない。

 ソウがキッチンにいないタイミングを見計らって教えないとダメなのだ。


 ソウも何か食べれると知ると気分を良くするだろう。

 けれどソウの対抗意識のようなものを剥がすにはドッキリの方が面白い。

 そう思いながらもアデルに手順を教える。

 教えた後は寮のキッチンで練習してもらう算段である。


「簡単だけどこんな感じ」

「ありがとう! エルゼリアさん! 」

「どうってことないよ」


 レシピを教え終わると次の作業へ。

 朝食を作っている間にランチタイムのメンバーがやって来た。

 それぞれと挨拶をして掃除を済ませて朝食を食べる時間帯に。

 すると開けておいたレストランの入り口から元気な声が響いて来た。


「おはようございます!!! 」

「ラビ。遅刻だぞ? 」

「す、すみませ……ってフーナ?! 」


 食堂から玄関に向かうとラビが驚いた様子で床に転がっている兎獣人を呼んだ。


「なんだ。ラビの知り合いか」

「し、知り合いというか……」


 聞くと目をきょろきょろとさせて慌てている。

 知り合いが訪ねて来たということに慌てる要素はないと思うのだが。

 いやもしかして村からやってきた彼女の親族だろうか?


「家族か? 」

「い、いえ……家族じゃなくて、幼馴染というか……」

「へぇ。なら連れ戻しに来たのかね? 」

「かもしれませんね」


 言った瞬間大きな耳を垂らしてしゅんとするラビ。

 彼女の様子を見る限り帰りたくないようだ。

 まぁ家出同然で出て来たとか言っていたもんな。

 当り前といえば当り前か。


「ん……」


 ラビと話していると兎獣人がピクリと体を動かした。

 徐々に瞳を開けてラビの方を向く。

 するとガバっと勢いよく立ち上がり、片膝をついた。


「お久しぶりでございます。ラビアン・ローズ殿下」

「「「………………ん? 」」」


 片膝をつく兎獣人が何かとんでもない事を言った気がする。

 何やら「殿下」とかなんとか。

 チラリとラビの方を向く。

 すると諦めた表情を浮かべてラビが私の方をみた。


「……フーナがばらしてしまったので仕方ありません。しかし黙っていてもいずれわかる事。なので改めて自己紹介を」


 ラビが口に手をやり軽く咳払いをして背筋を伸ばす。

 キリッとした表情でこちらを見る。


「僕の本当の名前はラビアン・ローズ。兎幻獣人国の第三王女です」


 言うと少し悲しそうな表情をする。

 どうやらラビは自分が王女とバレると今までの関係が崩れると思っているのだろう。

 だがな~。


「「「……ふ~ん」」」

「ちょっ?! なんですかその反応」

「いや今更王女と言われてもな」

「ラビさんはラビさんですし」

「なんなら種族王が三人いますし」

「王女よりも偉い存在がこの周辺に多くいるしなぁ~」


 憤慨といった様子でラビが抗議してくる。

 けれど話している間にラビは笑い場が明るくなる。

 フーナと呼ばれた兎獣人も「不敬な! 」と怒鳴り散らしていたが明るいラビを見て静まった。


「……早く食事をしたいのである」


 ソウの空気を読まない言葉にさらに場が笑いに包まれ、一先ず食事をすることに。


 まぁ王女であれ兎幻獣人であれラビはラビだ。

 いつも明るくドジっ子なラビに変わりない。

 詳しい話は後にして食堂に戻り朝食を口にする。


 ……ん? 幻獣人?

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