第110話 精霊温泉へようこそ! 1 移動
エルムンガルドの家へ行くことになった。
人員を竜の巫女関連の人で固めようと考えていた私は空いている時間に声をかける。
けれどウルフィード氏族の人達は何かと用事が入っていていけない人が続出。
涙ながらに悔しがっていた彼らには悪いが今回は仕事に励んでくれと声をかけて当日を迎えた。
「よし。揃ったな」
休日の昼、土産のワインをソウの異空間収納に入れた私は皆を見渡しす。
ソウにラビ、ヴォルト、アデル・ロデ・ジフとルミナス君、そしてそれぞれの両親とウルル、ウルリナ、ナトート、トルマだ。
ほぼフルメンバーに近いがライナーは今日氏族の人達を連れて魔境の中層に行く予定らしい。
彼は定期的に中層に行っているみたいで今日は休み。
今日くらい休めばいいと思ったのだが、冒険者達との日程を考えると次の日程が遠くなるとの事。
ストイックだなと思いつつも、ウルフィード氏族の戦士達が涙ながらに温泉に行きたがっていたのは魔境の中層に行くのが嫌だから、という理由ではないと思っておこう。
絶対皆無事に帰って来てくれよな。
「揃ったようじゃな」
いきなり凛とした声がその場に響いた。
振り向くといつもお馴染みエルムンガルドがいる。
昼の太陽に照らされて長い緑の髪はキラキラと輝きを花で作られた
吸い込まれるような蒼い瞳が私を見るけど、ぐっと堪えて挨拶し揃っていることを伝えると、エルムンガルドが周りを見て軽く頷いた。
「では出発といこうかの」
エルムンガルドが腕を前に突き出す。
何かぼそっと呟いたかと思うと巨大な魔法陣が地面に現れ私達を囲う。
「え――」
心の準備が出来ないまま、私達はエルムンガルドの家に転移させられた。
★
一瞬で視界が切り替わる。
そのせいかうっと頭がクラりとする。倒れそうになるが踏みとどまり周りを見る。
「ううう、気持ち悪ぅ~」
「……大規模集団転移」
「転移酔いをする日が来るなんて思いませんでした」
「転移する日も来るとは思わなかったがな」
皆が皆グロッキーだ。
気持ちは分かる。私も時々ソウの
「おおっと転移酔いか。悪いのぉ。ほれ『鎮まれ』」
エルムンガルドの一言で気分がすーっと良くなっていく。
周りの皆の顔色も良くなっていく。
軽快な声からは悪いと思っている感じは受けないが、それを表情に出さず、エルムンガルドに抗議の言葉を入れる。
「転移するならする前に言ってくれ」
「忘れとったわ」
カカカ、と精霊女王が笑う。
彼女の感覚で魔法を行使させられたらこちらの身が持たない。
全くもって質が悪い。
しかしこれ以上何か言っても無駄だろう。
気持ちを切り替えて息を吸って、大きく吐く。気持ちの良い、透き通った空気だ。
周りを見ると大きな木々が生い茂っている。規則に生えているはずなのに、何故か不快に感じない。自然そのもの、と言った感じを受ける。
家に行くということだったので恐らくここはエルムンガルドが持っている五つの山のどれかだろう。
周りを見ていると所々に光り輝く何かが見える。
覚えがある。
あれは小精霊の塊、――いやあれは。
「む。こっちに来るのじゃ」
エルムンガルドが声をかけると周りから多くの球体が彼女の元へ集まっていく。
彼女を照らすように並び浮かぶとぱっと弾けて小さな透き通った人になった。
「皆―ーー! こんにちはーーー! 」
「私達はエルムンガルド様の所で働いている精霊よ! 」
「今日一日休んで行ってね♪ 」
「よ、よろしく」
「よろしくなのである! 」
ちらっと周りを見ると皆唖然としている。
彼女達は差し詰め女王の侍女といった所だろか。
返事をしないのも精霊達に悪いので代表して私とソウが返事をする。
だが彼女達がソウを見た瞬間、固まった。
「……え? 竜? 」
「何でこんなところに竜がいるのよ! 」
「エ、エルムンガルド様。聞いてませんよぉ~」
「ひぃえぇ~。食べられるぅ~」
急に騒ぎ出す精霊達にエルムンガルドはため息交じりに声をかける。
「安心せい。その竜、――ソウはそこにいるエルフ「エルゼリア」の契約精霊じゃ。お主達がエルゼリアに危害を加えん限り何もせぬよ」
「悪戯はするかもしれないがな」
「……そこの小童共とエルゼリアが我をどう思っているのか気になる所なのである」
人間大のソウがジト目で私を見て来るけれど無視だ。
もし今までの悪戯や異常行動に関してソウ自身非がないというのならそれは間違いだろう。
自分が無罪と言うのなら、自分の胸に手を当てて考えてほしい所だ。
溜息をつきながら少し恐慌状態になっている彼女達を観察する。
元素精霊に概念精霊か。他にもなんかいそうだが……本当に色んな精霊がいる山だな。
こんな所アドラの森以外に見たことがない。
「お出迎に遅れて申し訳ございません」
「構わぬよ。して、できたかの」
「急造で申し訳ありませんが準備は整いました」
どこからともなく声が聞こえてくる。
声の出どころを探っていると白い毛並みの鹿がこちらに駆け寄ってきている。
この鹿……。精霊獣か!
精霊獣がエルゼリアの後ろにくる。
こちらを見て一瞬黒い瞳を大きくさせて、一度ゆっくりと
「お噂はかねがね。我が主エルムンガルド様より話はお伺いしております、アドラの森の愛し子様」
「こ、これは丁寧にどうも」
「我を忘れてはいけぬのである! そしてよろしくなのである! 」
「こちらこそよろしくお願いします」
鹿はソウにも向いて軽くお辞儀をした。
顔を引き攣らせながら思い出す。
アドラの森の事を持ち出して、こんな丁寧に挨拶されたのはいつ以来だろうか。
アドラの森出身エルフと言えば「変人」の代名詞だからな。
「エ、エルゼリアさん。アドラの森って? 」
「あぁ。アドラの森と言うのは私が生まれ育った森の事だ」
いち早く異常状態から復帰したジフが私に聞く。
「基本的に森で育ったエルフ族はファミリーネームが無いんだ」
「俺もないのですが……」
「それは人族の町で生まれ育って、その習わしで生きているからだな。基本的にファミリーネームがあるのは貴族だろ? 」
「そうですね」
「で話を戻すと森で生まれたエルフ族の場合ファミリーネームの所が森の名前になる。世界中には色んな「エルゼリア」がいるからな。区別がつかなくなるんだよ」
「なるほど」
「だから私の正式な名前は「アドラの森のエルゼリア」ということになる。丁度ライナー達の氏族名と似たようなつけ方だ」
言うとジフが「そうですか」と肩を落として少し俯いた。
「ま、こんなものは生まれた場所によるものだから気にする必要はないよ。ジフはどこで生まれてもジフだろ? 」
彼の肩にポンと手を置きながら優しく諭す。
今までの環境に加えて、溢れるように存在する精霊を見て「森」というのが彼にとって更に重要な物に映ったのかもしれない。
けれどそれは違う。
「付け加えておくが、こんなに精霊がいる森なんてないからな? 」
「そうなんですか? 」
「私がいたアドラの森は別として、世界各国をまわってこんなにも精霊に溢れる場所は見たことがない。いても数人から数十人くらいだったな。森があるからと言って精霊が多くいるわけでは無いんだよ。まぁそれに精霊がそこにいることにも気付かずに生活をするエルフ族なんてザラだったし」
言うとジフが顔を上げて少し元気を取り戻す。
「よかったじゃないか。いっぱい精霊が見れて」
「はい! 」
はにかむジフの髪を軽くくしゃりとさせてエルムンガルドに向く。
「私達はいつも見えないようにしてるんだからね! 」
「感謝しても良いのよ? あとおやつをくれてもいいのよ? 」
「関わるとめんどくさい人達もいるからねぇ」
「エルムンガルド様の所だと自由にできるから良いよねぇ」
「ねぇそこの僕。お姉さん達と遊ばない? 」
「……お主らはすぐに調子に乗る」
「お客様の前で失礼を。後でお説教です」
「「「申し訳ございませんでした!!! 」」」
鹿の精霊獣が言うといっぺんに人型精霊達が頭を下げる。そして目にもとまらぬ速さであちこちに散る。
エルムンガルドの方を見ると溜息をついて彼女は私達を見た。
「案内しよう。こっちじゃ」
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