第104話 弟子育成計画 2 変化していく二人

「おはようございますエルゼリアさん! 」

「お、おう。おはよう」


 朝、仕込みをしようとするといきなりアデルがレストランに来た。

 不意打ちだからかなりびっくり。

 彼女の出勤はまだ先のはずだがどうしたのだろうか?

 

「エルゼリアさんは朝早くから仕込みをしていると聞いたからだ! 」

「なるほどね」


 アデルはにかっと微笑む。

 確かにアデルは昨日料理を教えてほしいと言ったがまさかこんなに積極的にくるとは。

 やるからには全力で。そんな感じを受けるね。

 ともあれこのままアデルを入り口に立たせるわけにはいかないので中に入れる。

 朝とはいえまだ日が昇っていない。


「早起きしたのか? 」

「いやそんなことない。いつも父ちゃん達、もっと早いからこのくらいの時間には起きてるぞ」

「なるほどね。畑を手伝ったり? 」

「いやジフ達と遊んでる」


 日が昇っていない朝から元気だな。

 そのあり余った元気のままいつも仕事に来ているということか。

 その分寝るのは早そうだ。


「最近だとルミも一緒に遊んでるな」

「ルミ? ……あぁ~ルミナスのことか」


 そそ、と頷くアデルを連れてキッチンへ向かう。

 

 ルミナスとは最近アデル達とよく遊んでいる人狼族ウルフィード氏族の子供の一人だ。

 女性を思わせる名前だが彼は男の子。確か八歳くらいとか言っていたかな。

 彼はいつも元気いっぱいなアデルに振り回されて後ろをついて行っているイメージだ。

 まぁ何にしろアデル達に馴染んだようでなによりだ。


「ルミ、スゲーんだぜ! 」

「すごい? 」

「それが器用なんだ! この前もなんか木の枝で遊び道具作ってたし」

「ウルフィード氏族に伝わるものかね? 」

「さぁわかんねぇ。けど小さい物をやりくりするのは得意みたいだった」


 アデルが褒めるということはそうなんだろう。

 元気いっぱいで破天荒な感じを受けるアデルだけど嘘はつかない。というよりもつけない。

 彼女が嘘をつこうとすると顔や動きに出るからな。

 出ないということは本当にルミは何か道具を作るのが得意なんだろう。


「まだ準備と言う準備は出来てないが、これからの方針を伝えておこう」


 キッチンに入りアデルに向いて昨日決めたことを伝える。

 正直な所、包丁を持てない期間があるから「やめる」と言いかねないと思ったが杞憂きゆうだったみたい。

 一通り説明を聞いたアデルは大きく頷いて「わかった」と言う。


「後々専用の服と道具はこっちで買おうと考えている。服は仕立て屋テラーで、調理器具はレアの町で。ここまでで何か質問あるか? 」

「オレもレアの町に行くのか? 」

「それは私だけで行こうと考えてるよ」

「行けないのか……。レアの町、行ってみたかったんだけど」


 その言葉に苦笑しながら「まぁ今回は我慢な」と言い宥める。

 アデルに限らずロデやジフ達は他の町にいったことがない。

 活発なアデルは器具を買うことを口実に行ってみたかったのかもね。

 器具についての愚痴じゃなくてよかったよ。


「アデルは今から成長するし色んなものを調理するようになるだろう。成長や調理するものに合わせて器具も換えていかないといけないとは思うけど、基本セットを買えばまず外れないからね」

「わかったけど……、買い換える必要あるのか? 」

「何を目指すのか、で変わってくる。それに調理するものによっても変わってくる。包丁一つでも何種類もあるからな」


 言いながらキッチン下の扉を開ける。

 アデルに見るよう伝えると驚いた。


「こんなにもいるのか?! 」

「切れ味もそうだが切る食材の厚みも考えないといけないからな。ここにあるのは最低限。ソウの異空間収納の中にはもっとあるぞ? 」

「すげぇ! 」


 新しい事に触れたせいかアデルは目を輝かせてこちらを見る。

 純粋な視線が眩しいけど、一先ず扉を閉めてアデルに向いた。


「さ。一先ず見て学ぶことから始めよう」

「うん……いや、はい!!! 」


 ★


 (やっぱすげーーー!!! )


 エルゼリアが朝の仕込みをしている時、アデルは憧れの入った瞳でエルゼリアを見ていた。

 興奮した表情で、しかしエルゼリアの一挙一動を見逃さないとばかりにアデルは調理されていく食材を見ている。


 タタタタタタタタ……。


 エルゼリアはリズミカルに包丁で切る。

 頭の中で時間を数えながら次の工程をしている為かエルゼリアの表情は無表情。

 その鬼気迫る様子に恐れるどころかアデルは更に瞳を輝かせている。


 (オレもいつかこんな風に……)


 アデルの尊敬度が急上昇している中、その心を知らないエルゼリアは包丁を止めて具材を鍋に入れる。

 ジュと軽く焼き水を入れて温度を見ながら調整していく。

 と思うといつの間にかまた包丁を手にしている。

 エルゼリアは次の仕込みに入り、アデルはそれを観察していた。


 この光景をこの町に来るまでに関わり合ってきた料理人が見ると驚くだろう。


 ――エルゼリア、という料理人は基本キッチンに他人を入れたがらない。


 気の許した者はともかくとして弟子という異分子を入れることなどなかった。

 弟子をとったことがないというのはキッチンに他の人を入れたくないという彼女の心理的抵抗による所も多かった。

 今エルゼリアが弟子をとりキッチンに入れていることを、彼女が関わってきた料理人が聞くと殆どが「それは嘘だ」と笑い飛ばすだろう。


 このリアの町はエルゼリアによって大きく変わった。

 けれど逆にエルゼリアもこの町に影響されてきているのかもしれない。


 彼女の変化仕込みはまだ始まったばかりである。


 ★


 ふぅ、一段落だな。


 仕込みを終えた多くの鍋を確認して一息つく。


「うぉっ! 」


 後ろを振り向くとアデルがいた。

 そうだった。アデルに見せていたんだった。

 集中しすぎて彼女の事を完全に頭からなかったな。


「ど、どうだった? 」

「エルゼリアさんすげーーー!!! 」


 アデルがキラキラ光る瞳でこちらを見て来る。

 さっきまで存在を忘れていたなんて口が裂けても言えないな。

 けど、これでよかったのだろうか?

 正直不安である。

 彼女が何か得るものがあればいいんだが。


 チラリと見るが、今回は本当に見るだけだったようだ。

 最初だからこんなものだね。

 これはアデルと一緒に私も成長しないといけない、ということか。

 次からは見る注意点とかを教えた方が良さそうだ。


 自分の不甲斐なさを感じつつも、この後することをアデルに伝える。

 そして私はアデルを連れてレストランの裏口に回った。

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