第5章:兎の国のラビ
第102話 「竜の巫女」のエルゼリアは弟子をとる
第一回エレメンタル・フェスティバル・リアも終わり落ち着いた頃。
私はいつものようにレストラン「竜の巫女」で料理を振るっている。
あの後何かと
祭りの
忙しさも去り落ち着きも安定し日常が戻る中ゆっくりと過ごせるなと思いながら、机を拭いていると仕事を終えたはずのアデルが私の所にきた。
「オレに料理を教えてくれエルゼリアさん!!! 」
……忙しい日々はまだまだ続きそうである。
料理を教える?
今までアデルはそんな雰囲気を出してこなかったけど、どういう風の吹き回しだ?
「なにがあったんだ? 」
「オ、オレが料理を作りたいと思うのがそんなに不自然か? 」
「不自然である」
ジャガフライをパリパリと食べているソウが断言するとアデルは少し顔を引き攣らせている。
いや確かに不自然には感じるのだけれど彼女は何かネガティブな方向に勘違いしてるな。
「いやまぁ不自然さはそうなんだが、それよりも今までそんな雰囲気を出さなかったからな。何かあったんじゃないかってね」
「特に何もない。料理を教えるのはやっぱり……ダメか? 」
しゅんとしながら言うアデルに近付く。
アデルが気にしているのは鍛冶師とかがよくやる技術の秘伝のことだろうか?
私は基本オープンだから気にする必要はない。
だから頭を軽く
頭から手を離して席に着くように言うと素直に席に着いた。
「まぁ忙しいから本格的に教えるのには時間がかかるけどそれでも良い? 」
「もちろんだ! 」
机から身を乗り出して元気よく答えるアデルに頬を緩める。
祭りが終わった後、この店にやって来る客が格段と増えた。
町の人はいつものようにくるのだけど、祭りの宣伝効果か周りの町の人が足を伸ばしてくることが多くなった。
新規のお客さんも増え、中には今まで私が行ったことのない町の人も多くいる。
嬉しい悲鳴だがこのタイミングでアデルに料理を教えるとなると、時間的に余裕がとれないのもまた事実。
「にしてもどうして料理をしたいと思うようになったんだ? 」
少し首を傾げてアデルに聞く。
祭りが終わっていきなりだ。何か心境の変化があったのは間違いないだろう。
私は少し表情を柔らかくしてアデルが喋りやすいように雰囲気を作る。
するとアデルは真剣な表情でこちらを見た。
「この前の祭りでやっぱりエルゼリアさんはかっこいいなって思って」
「かっこいい? 私が? 」
「そうだ! 特に料理をしている時は特に! 」
恥ずかしくなり目線を逸らして頬を掻く。
アデルの純粋で真っすぐな瞳が眩しいっ!
しかしかっこいいから料理をしたい、か。アデルらしい理由だな。
料理人は基本裏方だ。
かっこいいなんて言われることは同業者を除くとないんじゃないか?
私も初めて言われたし。
ま、料理に興味をもってくれるのは私としては嬉しい限りだ。
精一杯教えたい。
けど何を教えたらいいのかわからないな。私弟子をとったことないし。
「かっこいいエルゼリアさんを見てオレもあんな風に料理が出来るようになりたいって思ったんだ! 」
「そ、そうか」
「知ってるか? この前の祭りでエルゼリアさん、男達だけじゃなくて女達にも人気が出たんだぜ」
「……初めて知った」
アデルが自慢げに言う。
知りたくなかったような……、けれど嬉しいような。
悪い気分ではないが私はヘテロだ。
「その内町の人達からも「弟子にしてくれ! 」ってくるんじゃないか? 」
「よし。それは断ろう」
「勿体なくないか? 」
「教えるのはいいんだがアデルを教えるので精一杯だろうからな」
「へへ。そうか……」
「ともあれ教えるにあたって幾つか注意をしておこう」
言うとアデルは顔を引き締めこちらを見る。
今までにないくらいに真剣な表情だ。
動機は「かっこいいから」だけどやるからには真剣にやるみたいだ。
まぁこうでなければ私が困るんだが。
と軽く咳払いをして注意事項を教える。
「幾つか言うがどれも基本的で、当たり前で、重要な事だ。この先アデルがどんな料理を作るのようになるのか楽しみだけど、これは忘れないでくれ」
「うん」
「まず一つ目。食材は無駄にしない事」
アデルが大きく頷く。
基本的だが、料理人として
――食材は有限だ。
料理人は食材を使って料理を作る。
仲間と作る事もあれば私のように一人で作る事もあれば。
けれどその裏で様々職種の人が働いているのを忘れてはいけない。
食材そのものを作る農家はもちろんのこと、運ぶ商人に、加工して料理として出す時に運んでもらう従業員に。
基本的な職種をあげたがもちろん他にも多くの職種が絡んでいる。
加えて料理人が食材そのものに感謝を忘れたら終わりだ。
自然の恵みたる食材を調理して食すということは命を食べていると同じだから。
貧困を経験したアデルなら大丈夫だとおもうが念押ししておく。
「いいかアデル。食べる時もそうだが私達は多くの命に助けられて生きている。これだけは忘れてはいけない」
「わかった」
短く答えるが伝わったようだ。本気度を感じる
「二つ目だが、危険な真似をしない事」
「例えばどんなのだ? 」
「そうだな。包丁を人に向けないとか」
「そんなことしねぇよ! 」
「しないかもしれないが人間極限状態になったらわからないからな。包丁を持つ時は常にその先を人に向けるな。向けるくらいならどこかに置くんだ」
「……どんな極限状態になったらそんなことをするようになるんだ」
「例えばコンマ数秒を争う中で多くの注文が入ったり? 」
包丁を向けた先に人がいれば移動中に傷付けるかもしれない。
なので可能な限り包丁は安全な方向へ向けることだな。
伝えて次に移る。
「あとは……これも基本的だが火の取り扱いには気を付けるんだ。火事にはなりたくないだろ? 」
「確かに」
「乾燥している日は特に注意だ。この町で火事をみたことないが、私は食堂が燃えているのを何度も見たことがあるからな。どれも当たり前のように聞こえるが、これがふとした時に忘れるんだ。どこかにメモでも取って常に見えるようにしておいた方が良いかもな」
アデルが「わかった」と答え、残りの注意事項について話していく。
アデルは今熱意に燃えている。けれど彼女は飽きるかもしれない。
飽きないように最後まで見届けるのが私の役目かな。
あとは出来れば彼女が「何のために、誰のために料理をするのか」答えを見つけて欲しいな。
これを見つけることが出来れば、――技術は半人前でも、一人前だろうし。
ともあれ今日からアデルが弟子になった。
この先不安なことも多いけど、彼女に料理を好きになって欲しいなと思う今日この頃だ。
———
後書き
第五章となりました!
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