第100話 第1回エレメンタル・フェスティバル・リア 2 食べ歩き

 午前の部が終わり店を閉める。

 まだやってくれ、という声があったが流石にルール違反をすることはできない。

 また次回な、とだけ伝えて惜しまれつつも片付けていった。


 一日限りのこの祭りは午前の部と午後の部で出店する店がわけられている。

 これは一つの店がお客さんを総どりしないための措置であり、また出店する側も祭りの参加者ということで祭りを楽しむ意味合いもある。

 だから私達は店を閉めた後、それぞれ分かれて祭りを楽しむことにした。


 ★


「やっぱ賑やかだねぇ」

「何をのんびりと見て回っているエルゼリア! 早く、早く料理を食べに行くのである! 」


 ソウが耳元でうるさく叫ぶ。

 通りすがる人達は「またか」のような目線で見ているがソウは気にしていないようだ。

 ソウは今日という日を待ちに待っていた。

 だから焦る気持ちはわからなくもないけれど私もじっくり楽しみたいわけで。


「む。あれは見たことのない店なのである! 」

「わかった。あそこまで行くからそこから飛び出るなよ? 」

「わ、分かっているのである。ゴブリン出汁だけは勘弁なのである」


 今日を迎えてソウが暴走するのは分かりきっていた。

 だから先んじて脅しをかけていたりと対策はしておいた。

 けれど限界突破したソウの感情がいつ爆発するかわからない。

 よって私は駆け足で店に走り机についた。


「幾つかメニューがあるようだ」

「我はこのパパパ・シュパーティーというのを頼むのである」

「私もこれを頼もうか」


 メニューを決めて店員さんを呼んで注文する。

 この謎な料理について店員さんに聞いてみると飲み物のような名前だけど、これは料理のようだ。

 店員さんが戻っていく方を見る。そこにはアロムさんがリア焼きで使うような巨大な鉄板を二枚のヘラで掻き混ぜている料理人がいた。


「リア焼きとは違うようだ」

「麺だな」


 麺類をこの町周辺では見たことがない。

 てっきりそういう文化がないと思っていたのだが、違ったみたいだ。

 しかし茹でるのは常套手段だが焼くとは。

 私以外にも奇抜なことをする人はいるみたい。


「パパパ・シュパーティーになります」


 猫獣人の店員さんが二つ机に置く。

 少し身を寄せて覗くと白い湯気と共にこんがりと焼けた良い匂いが立ち昇って来る。

 これはソースを入れて焼いたのかな?

 食前の言葉を口にしてフォークで深い茶色をしたパパパ・シュパーティーを絡めて食べる。


「おお。これは中々に美味である」

「濃厚ソースが絡まって美味いな」

「それにこの食感! ムチムチかと思いきや固め! いい意味で期待を裏切られたのである! 」


 麺も素材によって硬さが異なってくる。

 この店のパパパ・シュパーティーは固麺のようだ。


「これはフォークが進むな」

「こってり系なのである」


 大盛りにされていた料理はあっと言う間に無くなった。


「「ご馳走様 (なのである)! 」」


 寂しくなった皿を店員さんに下げてもらい私達は次の店へと向かった。


「おや。エルゼリア殿。いらしたのですね」

「来たぞヴォルト」

「来たのである。そして至福のパンを寄越すのである! 」


 ガッつくソウに苦笑いを浮かべながら並んでいたお客さんにパンを渡すヴォルト。

 町のマダムは「大変ねぇ」と笑いながら去っていくがソウは気にせず目の前に広がるパンを覗いている。

 今物凄く私恥ずかしい。


「今日はこの一品のみとなっていますのでご容赦を」

「了解だ」

「エルゼリア。美味そうなのである。パンの匂いが我を呼んでいるのである。早くお金を支払うのである」

「わかった急かすな急かすな」


 呆れながらヴォルトにお金を渡してパンと交換。

 ここにいると他のお客さんに迷惑なので店から離れることにする。


「また祭りの後でな」

「はい。また後で」


 ヴォルトも私の意図を組んだのか軽く手を振って次のお客さんにパンを渡していた。

 彼の出店を見つつソウにパンを一つ分ける。

 すると奪うように両手で受け取り目を輝かせる。


「ふぉぉぉぉ。外側はサクサク、中はふわとろなのである! 」

「お! これは……焼いたオンジか」

「リプルもあるのである」

「他にもフルーツが混じってるな」

「パンの生地にも何か混ぜて……はっ! この味は人参なのである!!! 」

「ラビが喜びそうだ」


 天高く飛び上がりそうなラビの姿を幻視して苦笑いを浮かべパンを頬張る。

 外の固さはいつもよりも固い。けれど蕩けるような歯応えに見事に調和のとれたフルーツ達。

 流石はヴォルトである。


「ふぅ。食べ終わったのである」

「早っ?! 」

「エルゼリアのパンも寄越すのである! 」

「ちょっ――「頂くのである! 」」


 私がパンをじっくり味わおうとしていたら方から重みが消える。

 ソウが目の前まで着て奪うように手に取った。

 私がとり返す間もなくソウの腹の中に消えてしまった。


 こ、こいつ。私ヴォルトのパン、結構楽しみにしてたんだぞ。

 しかもこれは限定品。ヴォルトが作るのは次回だ。

 これが「次回」に持ち越された者の気持ちか。


 ちくしょぉ!!!


「ご馳走様なのである~」

「……覚えてろよ」

「ヒィ?! 殺気を感じるのである! 我は無罪なのである! 」

「どう見ても有罪だ。馬鹿野郎この野郎」


 今度ソウに出すスープはゴブリン出汁にしよう。そうしよう。


 パンをもう一回食べたいと思ったのだがパンは売り切れ。

 悔し涙を流しながらもソウに会心の一撃を喰らわせ、その場を離れることに。

 終始ヴォルトが申し訳なさそうにしていたが悪いのはソウだ。

 気にする必要はないとだけ言い残して私は彼に手を振った。


 周る所はまだまだある。

 ということで私はぐったりしたソウを肩に乗せて会場を歩く。

 この会場は幾つかのエリアに分けられている。

 私が店を出していたのは食事エリア。ヴォルトはこの食事エリアと、今向かっている食品エリアとの間に店を出していた。


「むぅ……。そろそろなのである」

「ソウにしてはよく覚えているな。出された資料を」

「我を馬鹿にしているのか? 」

「そんなことないよ。褒めてあげよう。ほら」

「そんなこと……ふ、ふぅ……。苦しゅうない。もっと撫でるが良い」


 ちょろい。

 反対側の手でソウを撫でつつ周りを見る。

 目立つなぁ~。

 苦笑いを浮かべながら黒塗りの出店を発見。

 エルド酒造である。

 個性豊かな店が並ぶこの祭りだが、流石に真っ黒な店はこのエルド酒造以外にないだろう。


「来てくれたか! 」

「出来上がったぞ! わしらの一品! 」

「名付けて――「「ORオー・アール - 01」」!!! 」


 名前も、個性的だった。


 だけど二人が楽しそうで何よりだ。

 品物を見せてもらってもいいかと聞いて見せてもらう。

 どうやら今日間に合わせたのはこれのみのようだ。


「本当はもっと違う組み合わせも出したかったんだが」

「二種混合がこれほどまでに難しいとは。魔法陣から作り直さんといかんかったわい」

「いやこの短期間で出来るものじゃないからな?! 」

「いやいや元あった魔法陣を写してパーツを弄るだけだ」

「それだけのことに、こんなにも時間がかかるとは。まだまだマスターするには時間と研究が必要だな」


 いや、と言いかけて口を閉じる。

 この二人は本気でそう思っているようだ。ならばこれ以上言うのはやめておこう。

 ともあれ一つコップを受け取り味見をすることに。


 コップを鼻に近付けるとフルーティーな香りが鼻腔くすぐる。

 オンジとリプルを混ぜ合わせたようだ。けれど香りはリプルの香りが強く出ているみたい。

 そしていざ、と口に含む。


「……どうだ? 」

「自信作なんだが」

「……」


 口の中にフルーティーな香りが広がっていく。

 香りだけではない。

 リプルとオンジが溶け合い舌を蹂躙して冷たいそれが喉を通過した。


「……素晴らしい、の一言だな」

「ふぅ……やったぜ」

「ちょっと冷や冷やしたな。これでこけたら次作る気力が湧かねぇからな」

「だがガリッツ、エルゼリアから「素晴らしい」を掴み取ったぜ」

「おうよルフド。これが俺達の、力だ! 」


 がしっと二人は腕を合わせてニカっと笑う。

 そして瓶を幾つか出して大きな声で客を呼び始めた。


「我も飲んでみたかったのだ」

「……今さっき私のパンを食った奴はどこのどいつだ? 」

「むぅ……」


 膨れるソウを肩に乗せ、私達はその場をサッと去る。

 エルド酒造から次の目的地、エルムンガルド農園を探すことにする。

 エルムンガルドは「エルムンガルド農園」として店を出している。

 正直な所良心的過ぎる値段で品物を出していないか冷や冷やものだ。


 人混みを分けながらエルムンガルドの店を探す。

 すると一際人が集中している所を見つけた。


「……まさかと思うが」

「エルムンガルドだな。気配がやつのものそのものだ」


 やっぱり大事おおごとになっていたかと溜息をつきながら集団に向かう。

 エルムンガルドを見れそうな隙間を見つけて、目を疑った。


「何故にメイド服?! 」

「や、やつにあのような趣味が?! 」

「む。その声はエルゼリアか。こっちに来るが良い」


 ギロっと集団がこちらを見る。

 私とわかるとささっと分かれて道が出来た。その先にはメイド服を着たエルムンガルドがいて......。

 本当にどんな状況?


「テラーがこれをきて店をしてみてくれと言うのでな。面白そうじゃったし余興にもとおもうての」

「……エルムンガルドには羞恥心というのはないのか? 」

「あるぞ。しかしこの程度」


 なんというか、際どくはないのだがそれが余計に煽っている。

 エルフ型のエルムンガルドは美人だ。

 豊満な胸まで伸びる長い緑の髪に宝石のような蒼い瞳。高い背丈せたけに白い素肌。胸の大きさに比べて手足が細いはずなのだが、テラーの仕業なのか脚にむっちり感が出るようにストッキングを調節してある。

 これは後で説教が必要だな。


「フルーツは……売れているな」

「うむ。順調そのものよ。売り切れて暇じゃったからそこにいる者と話ておった」


 書かれた値段を見るとお祭り特価の少し高めのお値段が書かれていた。

 それを見てきちんと言うことを聞いてくれたんだなと少しだけ安堵する。

 しかしこの姿は如何なものかと思う訳で。


「似合っとらんかのぉ? 」

「……似合い過ぎて困ってるんだ」

「よくわからんのぉ」


 カカカ、と笑いながら椅子に座る。

 足を組むと大事なものが見えそうになるので注意する。

 エルムンガルドが戻してくれるが、後ろからがっかりしたような声が聞こえてくる。

 相方がいる奴は後で奥さんに気をつけろよ?


「こっちは楽しくやっとるわい。次に行ってはどうかの? 」

「不安しか残らないが、そうさせてもらおう」


 手を振るエルムンガルドに軽く手を振り返して背を向ける。

 そしてすぐさま私は仕立て屋テラーへ向かった。


「最近町長の館からメイド服の注文がありましてぇ」

「で? 」

「そこで町でも人気の高いエルムンガルドさんにぃ~、着てもらったら物凄く人気が出るんじゃないかと思いましてぇ」

「で? 」

「え~えっと~。てへ♪って痛い痛い痛いっ! 」


 一先ず仕立て屋テラーの出店へ行きアイアンクローをかます。

 手を離してバタリと倒れた彼女に冷たい目線を送る。

 ソウが可哀想なものを見る目で近寄りポンと肩に手をやった。


「いらっしゃいませぇ~」


 お客さんが近くによるといきなり立ち上がり応接する。

 話を聞く前に彼女の仕事ぶりを見るとしようか。

 テラーを見ると丁寧に接客をしていた。

 意外である。

 けれど売っているものは、メイド服。

 いやおかしいだろ......。

 なんでメイド服が売れると思った?!

 それにメイド服を着た人達がぞろぞろと町を歩いているのはおかしいだろ!


「いやぁ夜のお供に売れるかと。意外な刺激って必要では? 」


 頭の痛い人である。

 恐らく館のメイドに触発されたのは分かるのだが発想があらぬ方向へ行ってしまっている。

 まぁこの姿で外に出ない分には大丈夫なのか?

 いや平民がメイド服を着るのは大丈夫なのか?

 分からない。

 この国の事が、よくわからない。


「もしかしてエルゼリアさんもメイド服に興味が? 」

「ない! 」

「そんなに強く否定しなくてもぉ。きっと似合うと思うのですがぁ~」

「似合わなくてもいいよ。じゃ、またな」


 私も被害を受けそうなので早々に退散することにした。

 後ろから呼び止める声が聞こえてくるが気にしない。

 そしてその足で次の店へ向かうのであった。

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