第95話 料理完成! そして不穏を告げる者達

 ナプキンを首に巻いたソウが料理を口にする。

 私はごくりと喉をならして様子を見る。

 張りつめた空気が漂う中、ソウはフォークを置いて一言告げた。


「美味である」

「うっし。完成だ! 」


 私が拳を握り喜ぶと今までの張りつめた空気が霧散して、ソウが料理をぺろりと平らげる。

 やっとできた!

 時間ギリギリではないけど、時間制限があるとなかなか進まないから冷や冷やしてたんだ。

 けどできた!

 これぞリアの町の祭りに相応しい一品と胸を張れる。


 ランチタイムが終わった頃ソウに新料理を味見してもらった。

 いつもは食いしん坊なソウだけど、こと味に関しては信頼が置ける。

 味を評価してもらうにはこれ以上の適任は今まで見たことない。


「ほほう。料理は出来たのか」

「きたのかエルムンガルド」

「新料理はもう食べたのである。非常に残念だがエルムンガルドにあげる分はないのである」

「構わぬよ。妾は祭りで楽しむことにするからの」


 エルムンガルドは前を通り食堂の窓際の席に着いた。

 パンの匂いが窓から漂ってくる。

 どうやらヴォルトもパンを焼いているようだ。


「こんにちは」


 落ち着いた声と共に香ばしい匂いが入ってくる。


 違った。持ってきたみたいだ。


 自分の思い違いに恥ずかしくなりながらも振り返るとそこには作業服姿のヴォルトがいた。

 骨の手で持つトレイには幾つかのパンが。

 しかし嗅いだことのない匂いだ。


「新作か? 」

「ええ。なんとか完成しました。一度試食をしていただけないかと思いまして」

「ならば我が食べて進ぜよう! 」


 ソウが尊大に言いながらパンターゲットに目をやる。

 ヴォルトも最初からその予定だったみたいで人間大のソウの元にパンを一つ置いた。


「エルゼリア殿も如何でしょうか? 」

「頂きたい所だが、片付けがあるんだ。祭り本番に楽しませてもらうよ」

「そうですか。ではソウ殿——」


 ちょっと惜しかったかな。

 けど片付けをしないとディナータイムに間に合わない。

 研究は研究。仕事は仕事。

 ソウの高い声を背にしながら私はそのままキッチンへ向かった。


 ★


「美味である。申し分ないのである」

「それは嬉しく思いますねぇ」

「自らは食べれんというのに……。お主も変わっとるのぉ、ヴォルト」

ワタクシは人の幸せそうな顔を見ると幸せになるものですよ」

「それ自体は否定せんが……こやつは人ではなく獣じゃがの」

「細かいことは気にしないことです。エルムンガルド殿」


 エルゼリアがいなくなった食堂でソウが試食を終えた。

 ヴォルトはソウの食器を片付けるとエルムンガルドと談笑を始める。


「――しかし今日もここにいらしたとは。気に入りましたか? 」


 ヴォルトは正面に座るエルムンガルドに聞く。

 彼女はいつもの調子でゆったりとした口調でヴォルトに答えた。


「気に入らぬのならば来ぬよ」

「確かに。しかし……、ワタクシも人の事を言えた口ではございませんが、何故ここまでエルゼリア殿に肩入れするのですかな? 」

「不思議かの? 」

「不思議、というほどではございませんが、いくら気に入った者とはいえ、貴方にしてはいささか過剰な気がしますので」

「本当にお主も人の事は言えんのぉ」


 エルムンガルドは苦笑浮かべながら腕を組み直す。


 このレストランを訪れる者は様々だ。人もだが理由も。

 ヴォルトにはヴォルトの理由があり、エルムンガルドにはエルムンガルドの理由がある。

 それを知りつつもヴォルトは彼女に聞いたのは、長い付き合いの中でもかなり珍しい事で、ヴォルトの好奇心を刺激したためだ。


 ヴォルトはエルゼリアに人と交流するきっかけを作ってくれた恩でこうしてパン工房を営んでいる。

 もちろんエルゼリアの人徳もあるだろう。

 けれどヴォルトがこうしてパン工房を営んでいるのは、暇つぶしや町の人との交流なども考えての事。


 逆にエルムンガルドはどうだろうか。

 エルムンガルドはそう言ったものが殆どない。

 エルゼリアを気に入った、といえばそれまでだが、ヴォルトからすればエルムンガルドが数日に一回わざわざ山から下りて顔を見せたり食事をしたりというのは奇妙に映っているわけで。


「それは……。ふむ」


 細い脚を組み直して考える。

 涼しい風が二人に吹くとゆっくりとエルムンガルドは口を開ける。


「手のかかる子供は可愛いから、かのぉ」

「手のかかる子供、ですか」


 その言葉に引っかかりを覚えるヴォルト。

 彼は精霊女王エルムンガルドが妖精王と夫婦関係だったことを彼女から聞いている。

 加えて彼女から産み落とされた者達はそれぞれ精霊族や妖精族となって世界に存在することも。

 妖精族の源流を辿れば、この夫婦に行きつくのだが……。


 (自分の子孫、という意味でしょうか? )


 エルムンガルドの含みのある言葉に首を傾げるヴォルト。

 知識を照らし合わせればこれが一番納得のいく答え。

 けれどどこか引っ掛かりを覚えるのも事実で。


「では妾はこれから、あの忌々しい土地に行ってくるかの」

「お供しますよ」

「すぐに終わるから構わぬよ。あと少し放置しても良さそうじゃが、それでこの町のものが困ったら後悔しそうじゃからの」


 席を立ったエルムンガルドは一瞬で姿を消してしまった。


 ★


 グランデ伯爵領上空にて。

 仕事を終えたエルムンガルドは空を飛びながらゆったりとリアの町へ向かっていた。

 ちょっとした空中散歩気分だ。


「む? あれは……」


 何かを嗅ぎつけたエルムンガルドが蒼い目を細くする。

 見終えるとエルムンガルドは眉を顰めた。


「まさかとは思うが、いくさかの? 」


 嫌なものを見た、と言わんばかりに不機嫌になるエルムンガルド。

 けれど彼らが向かっている方向を見て更に不機嫌になる。


「リアの町の方角か。妾が一掃してもよいのじゃが……」


 今武装集団は無警戒状態。加えて士気も高くなさそうである。

 武装集団はエルムンガルドに気付いていない。

 ならば彼女が一撃で殲滅することは可能だろう。

 しかしそれを思いとどまらせることがあった。


 (妾がやれば一瞬。しかし彼の者達が自らの意思でリアの町に向かっているとは思えぬし……)


 見下ろす彼女の目には貧相な武装と体つきをした者達が映っていた。

 もしかしたら誰かの命令で無理やり向かわされているのかもしれない。

 そう思うと手を出すのを躊躇われた。


「こういう荒事を上手く纏めるのはヴォルトか町長か、エルゼリアに聞くのが一番じゃの」


 独り言ちてエルムンガルドは転移魔法を発動させる。


 グランデ伯爵がロイモンド子爵領に向かって派兵していることは、エルゼリア達はまだ知らない。

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